新・人間革命1巻

2020年3月18日

第1653回

「仏」は自身の中に

 

 〈ニューヨークの座談会を訪れた伸一は、信心の確信を持てない婦人たちを温かく包み込むように指導〉
 「信心を貫くならば、一人も漏れなく、幸福になれます。現に、日本では、百万人を超える同志が幸せになっています。それが最大の証明ではないですか。仏典には、こんな話が説かれています。
 昔、ある男が、親友の家で酒を振る舞われ、酔って眠ってしまった。親友は、この男が決して生活に困り、嘆くことのないように、寝ている間に、最高の高価な宝石を衣服の裏に縫いつけてあげた」
 参加者は、吸い込まれるように、伸一の話に聞き入っていった。
 「……やがて、男は別の土地に行き、おちぶれて食べるにも事欠くほど貧乏になってしまった。しかし、自分の衣服に、そんな高価な宝石が縫いつけられていることなど、全く気づかなかった。おちぶれた果てに、男は親友と再会する。親友は、男の衣服に、高価な宝石を縫いつけたことを教える。その宝石のことを知った男が、幸せになったのはいうまでもありません。
 これは、法華経に説かれた『衣裏珠の譬』という説話です。最高の宝石とは、皆さんの心にある『仏』の生命のことです。御本尊に唱題し、広宣流布のために戦うことによって、その『仏』の生命を引き出し、最高の幸福境涯を築くことができる。
 しかし、せっかく信心をしながら、それがわからずに、ただ悲しみに沈んでいるとしたなら、この説話の男と同じようなものです」

 

新・人間革命 第1巻 慈光

2020年3月17日

 

第1652回

誓願の祈りは決意の唱題


 〈ブラジルのサンパウロの座談会で伸一は、農業を営み、不作に悩む壮年の質問に答える〉
 「仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。そして、その挑戦のエネルギーを湧き出させる源泉が真剣な唱題です。それも“誓願”の唱題でなければならない」
 「セイガンですか……」
 壮年が尋ねた。皆、初めて耳にする言葉であった。
 伸一が答えた。
 「“誓願”というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。祈りといっても、自らの努力を怠り、ただ、棚からボタモチが落ちてくることを願うような祈りもあります。それで良しとする宗教なら、人間をだめにしてしまう宗教です。
 日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。その“誓願”の根本は広宣流布です。
 つまり、“私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください”という決意の唱題です。これが私たちの本来の祈りです」

 

新・人間革命 第1巻 開拓者

2020年3月16日

第1651回
「地涌の菩薩」こそ、
我等の究極のルーツ

 

 〈シカゴの座談会で伸一は、人種差別に苦しみ、自分のルーツに縛られてきた黒人の青年に、「地涌の菩薩」の自覚に立つよう促す〉
 「仏法では、私たちは皆、『地涌の菩薩』であると教えています。
 『地涌の菩薩』とは、久遠の昔からの仏の弟子で、末法のすべての民衆を救うために、広宣流布の使命を担って、生命の大地から自らの願望で出現した、最高の菩薩のことです。
 もし、ルーツと言うならば、これこそが、私たちの究極のルーツです。つまり、私たちは、いや、人間は本来、誰もが社会の平和と幸福を実現していく使命をもった久遠の兄弟なんです。
 自己自身の立脚点をどこに置くかによって、人生の意味は、まったく異なってきます。たとえば、緑の枝を広げた大樹は、砂漠や岩の上には育ちません。それは、肥沃な大地にこそ育つものです。
 同じように、豊かな人間性を開花させ、人生の栄冠が実る人間の大樹になるには、いかなる大地に立って生きていくかが大事になります。その立脚点こそ、『地涌の菩薩』という自覚なんです。
 この大地は普遍であり、人種や民族や国籍を超え、すべての人間を蘇生させ、文化を繁茂させます。その地中には、慈悲という清らかな利他の生命の泉が湧いています。皆がこの『地涌の菩薩』の使命を自覚し、行動していくならば、真実の世界の平和と人間の共和が築かれていくことは間違いありません」

 

新・人間革命 1巻 錦秋

2020年3月15日

第1650回

平和の原点、それは、
どこまでも「人間」に帰着する

 

 〈1960年(昭和35年)10月、山本伸一はハワイの座談会で、アメリカ人と結婚し、孤独を抱えながら暮らす日本人女性を励ます〉
 「あなた以外にも、このハワイには、同じような境遇の日本女性がたくさんいると思います。
 あなたが、ご家族から愛され、慕われ、太陽のような存在になって、見事な家庭を築いていけば、日本からやってきた婦人たちの最高の希望となり、模範となります。みんなが勇気をもてます。
 あなたが幸せになることは、あなた一人の問題にとどまらず、このハワイの全日本人女性を蘇生させていくことになるんです。
 だから、悲しみになんか負けてはいけません。強く、強く生きることですよ。そして、どこまでも朗らかに、堂々と胸を張って、幸せの大道を歩いていってください。さあ、さあ、涙を拭いて」
 伸一の指導は、婦人の心を、激しく揺さぶらずにはおかなかった。慈愛ともいうべき彼の思いが、婦人の胸に熱く染みた。彼女は、ハンカチで涙をぬぐい、深く頷くと、ニッコリと微笑んだ。
 「はい、負けません」
 その目に、また涙が光った。それは、新たな決意に燃える、熱い誓いの涙であった。
 伸一の平和旅は、生きる希望を失い、人生の悲哀に打ちひしがれた人びとに、勇気の灯を点じることから始まったのである。それは、およそ世界の平和とはほど遠い、微細なことのように思えるかもしれない。
 しかし、平和の原点は、どこまでも人間にある。一人ひとりの人間の蘇生と歓喜なくして、真実の平和はないことを、伸一は知悉していたのである。

新・人間革命 1巻 旭日

 

2020年3月14日

第1648回
信心をしているか否かで
人を決めつけてはならない!


 〈サンフランシスコで伸一は、信心に励む妻を支える未入会の夫への感謝を語る〉
 「信心をしていないのに、学会をよく理解し、協力してくれる。これほどありがたいことはない。私は、その尽力に、最大の敬意を表したいんです。
 みんなは、ただ信心しているか、していないかで人を見て、安心したり、不安がったりする。しかし、それは間違いです。その考え方は仏法ではありません。
 信心はしていなくとも、人格的にも立派な人はたくさんいる。そうした人たちの生き方を見ると、そこには、仏法の在り方に相通じるものがある。また、逆に信心はしていても、同志や社会に迷惑をかけ、学会を裏切っていく人もいます。
 だから、信心をしているから良い人であり、していないから悪い人だなどというとらえ方をすれば、大変な誤りを犯してしまうことになる。いや、人権問題でさえあると私は思っているんです」
 伸一の思考のなかには、学会と社会の間の垣根はなかった。仏法即社会である限り、仏法者として願うべきは、万人の幸福であり、世界の平和である。
 また、たとえば広い裾野をもつ大山は容易に崩れないが、断崖絶壁はもろく、崩れやすいものだ。同様に、盤石な広布の建設のためには、大山の裾野のように、社会のさまざまな立場で、周囲から学会を支援してくれる人びとの存在が大切になってくる。
 更に、そうした友の存在こそが、人間のための宗教としての正しさの証明にほかならないことを、彼は痛感していたのである。

 

新・人間革命 1巻 新世界

 

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.3.25

1656回

  

日天月天ワンショット

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