新・人間革命14巻

〈My Human Revolution〉

 小説「新・人間革命」学習のために

 「白樺の友」編 

2020年4月30日

 

看護者の皆さん ありがとうございます! 

 

 

 今回の「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」は、「白樺の友」編として、第14巻「使命」の章につづられた看護に携わる友への励ましを掲載する。次回は「ドクター部」編を、5月8日付2面に予定。※第8巻の掲載は、5月15日付の予定です。 

 

碑の起工式 

 

 1978年(昭和53年)6月23日、池田先生は、「白樺の碑」「華冠の碑」の起工式で、白樺の友に和歌を贈った。

 

 白樺の

  真白き生命を

   つつみたる

  天使の胸に

    幸ぞ光れと 

 

喜びの結成

 

 1986年(昭和61年)3月21日、「白樺会」が結成。池田先生は、この日を記念して詠んだ。

 

 生命を

  こよなく愛し

    慈しむ

  あゝ白樺の

    悲母に幸あれ

 

毅然とした優しさが希望に 

 

 白樺は「パイオニアツリー(先駆樹)」と呼ばれる樹木の一種で、伐採後の荒れ地や山火事のあとなどでも、真っ先に育つ、生命力の強い木であるといわれている。また、あとに生えてくる木々を守る、「ナースツリー(保護樹)」としても知られている。

 彼(山本伸一=編集部注)は、人びとの生命を守りゆく看護婦グループに、最もふさわしい名前であると考え、「白樺グループ」と命名したのである。

 “看護婦さん”というと、伸一には忘れられない、青春時代の思い出があった。

 それは、国民学校を卒業し、鉄工所に勤めていた時のことである。戦時下の軍需工場での労働は、かなり過酷なものがあった。

 伸一の胸は、結核に侵されていた。(中略)

 そんなある日、高熱に加え、血痰を吐き、医務室に行った。憔悴しきった伸一の姿を見ると、医務室の“看護婦さん”は、素早く脈をとり、体温を測った。四十代半ばの小柄な女性であった。

 彼女は、心配そうな顔で言った。

 「これじゃあ、苦しいでしょう。ここには満足に薬もないし、レントゲンも撮れないから、すぐに病院へ行きましょう」(中略)

 道すがら、彼女は転地療法を勧めたあと、屈託のない顔で語った。

 「戦争って、いやね。早く終わればいいのに……。こんな時世だけど、あなたは若いんだから、病気になんか負けないで頑張ってね」

 診察を終えると、伸一は、何度も頭を下げ、丁重にお礼を述べた。“看護婦さん”は、さらりと言った。

 「気にしなくていいのよ。当たり前のことなんだから」

 社会も人の心も、殺伐とした暗い時代である。親切を「当たり前」と言える、毅然とした優しさに、力と希望をもらった気がした。それは、伸一にとって、最高の良薬となった。

 彼女の優しさは、「戦争はいや」と、戦時下にあって堂々と言い切る勇気と表裏一体のものであったにちがいない。一人の生命を守り、慈しむ心は、そのまま、強き“平和の心”となる。(99~102ページ) 

 

宗教的な信念こそ献身の力

 

 医療に人間の血を通わせるうえで、看護婦の果たす役割は、極めて大きいといえよう。看護婦は、人間と直接向き合い、生命と素手でかかわる仕事である。その対応が、いかに多大な影響を患者に与えることか。

 体温を測るにせよ、注射一本打つにせよ、そこには看護婦の人間性や心が投影される。患者はそれを、最も鋭敏に感じ取っていく。

 そして、看護婦の人間性や患者への接し方は、どのような生命観、人間観、いわば、いかなる信仰をもっているかということと、密接に関係している。

 ナイチンゲールは「ともかくもその人の行動の動機となる力、それが信仰なのです」と述べている。真に献身的な看護には、宗教的な信念ともいうべき、強い目的意識が不可欠であろう。

 仏法は、慈悲、すなわち、抜苦与楽(苦を抜き楽を与える)を説き、その実践の道を示した教えである。

 さらに、仏法は、生命は三世永遠であり、万人が等しく「仏」の生命を具えた尊厳無比なる存在であることを説く、生命尊厳の法理である。

 まさに、仏法のなかにこそ、看護の精神を支える哲学がある。

 その仏法を持ったメンバーが、自身を磨き、職場の第一人者となっていくならば、人間主義に立脚した、患者中心の看護を実現しゆく最強の原動力となることを、伸一は、強く確信していたのである。(105~106ページ) 

 

“白樺”は菩薩の心輝く集い 

 

 〈1969年(昭和44年)6月6日、「白樺グループ」の結成式が行われた。その模様を聞くと、山本伸一は万感の思いを語った〉

 「この会合はささやかだが、やがて歳月とともに、その意義の大きさがわかってくるよ。メンバーは皆、本当に大変ななかで懸命に信心に励んでいる。(中略)

 三交代という不規則な勤務のうえに、常に人間の生死と直面している。疲労も激しいだろうし、緊張感もストレスも、相当なものがあるだろう。

 会合に出席するのも必死であるにちがいない。急患があったりすれば、参加できなくなることもあるだろう。

 しかし、そのなかで、広宣流布の使命の炎を赤々と燃やして、頑張り通してこそ、真実の仏道修行がある。それによって、自らの人間性も磨かれ、人の苦しみ、悲しみが共有できる。菩薩の心、慈悲の心を培うことができる。

 『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(御書329ページ)と仰せの通りだ。

 冬を経ずして春は来ない。花には忍耐という大地がある。労苦なくしては勝利もないし、人生の幸福もない。

 皆がともに勝ちゆくために、同じ看護婦として互いに励まし合い、支え合い、使命に生きる心を触発し合っていくことが大事になる」

 それから伸一は、未来を仰ぎ見るように顔を上げ、目を細めた。

 「これで、苗は植えられた。二十年、三十年とたてば、このグループは、必ず大樹に育つよ。

 もともと、病に苦しんでいる人のために尽くそうと、看護婦の仕事を選んだこと自体、菩薩の心の人たちなんだ。みんなが、自身の使命を自覚し、自身に挑み勝っていくならば、『白樺グループ』は、最も清らかで、最も強く、一番、信頼と尊敬を集める、功徳と福運にあふれた女性の集まりになるよ。楽しみだ、楽しみだね……」(111~113ページ) 

 

命を守ろうとの一念は感応

 

 「白樺グループ」では、看護の基本は、生命の法則を知ることであるとの考えのうえから、教学の研鑽に力を注ぐことにした。

 (中略)

 仏法の研鑽は、皆に自身の使命の深い自覚を促し、人間主義の看護の実現をめざす原動力となっていった。

 「一念三千」や「色心不二」「依正不二」「九識論」等の法理を学び、生命と生命は互いに相通じ合うという「感応妙」の原理を知ると、メンバーの患者への接し方は大きく変わっていった。

 ある人は、交通事故にあい、ほとんど意識がなくなった八歳の女の子の健康回復を、懸命に祈りながら、日々、手を握っては、励ましの言葉をかけ続けた。

 「必ず治るから、頑張ろうね」「早く元気になって、また学校に行きましょうね」

 だが、反応はなく、一週間、二週間とたっても変化は見られなかった。しかし、三週間目から、容体は好転し始め、やがて、視線が反応するようになった。

 ある日、少女の体を拭いていると、突然、少女が言葉を発した。

 「お姉ちゃん、ありがとう。私、学校に行けるようになるからね」

 彼女は、跳び上がらんばかりに驚いた。本当に、生命は感応し合っていたのだ。

 こうした体験は、彼女一人ではなかった。皆が同様の体験をもち、看護する人の一念の大切さを痛感していった。だからメンバーは、患者のことを必死で祈った。

 “このまま死なせるものか!”

 “この命を必ず守らせてください!”

 その心で、看護にあたった。(115~116ページ) 

 

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。 

 【おことわり】小説では、当時の時代状況を反映するため、「看護師」を「看護婦」と表記しています。 

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更新日

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