先生の記事

2022年1月21日

 

永続的な勝利への大道を歩め

 

<我らには永遠の希望がある>

 

 人類の英知の

 真髄の結論は何か?

 それは

 この地球世界から

 「悲惨」の二字を

 なくすことだ!

 

 「自由」があるから

 人間は幸福。

 「平和」があるから

 人間は安全。

 

 平和と自由は

 祝福されるべき

 人類の血が求め抜いた

 宝庫である。

 

 豊かにして堂々たる

 全世界の都会には

 無数の人間が行動している。  

 しかし ひとたび

 戦争になれば

 それらは皆

 巨大な牢獄と化してしまう。

 

 多くの民族が融合し

 燃え盛る

 生命と生命との

 音をたてながら

 新しい時代を

 新しき二十一世紀の舞台を

 築きゆかんとする

 鋭敏な魂よ!

 

 

 君は

 驚くほど

 強くなるのだ!

 君よ

 偉大な巨人として

 生き抜くのだ!

 

 ありとあらゆる

 嫌悪の苦汁を

 呑まされゆく苦痛は

 断じて打ち破れ!

 彼らは

 嘆息するような

 気の毒な

 哀れな道をゆく者なのだ。

 

 おお 人間よ!

 おお 人類よ!

 偽善者に

 断じて騙されるな!

 

 絶対の平和の大道は

 庶民の心にあることを

 忘れてはならない。

 

 

 いかなる

 憂鬱なことがあっても

 断固たる

 創造者であり

 先覚者である

 私たちは

 永続的な勝利への大道を

 歩みゆくことを

 断じて忘れてはならない。

 

 固い道も

 柔らかい道も

 生涯 持ち続けた

 汝自身の精神を

 汝自身の高尚な思想を

 堅持しながら

 変転極まりない

 この社会をば

 魂の極致の信念をもって

 私たちは進むのだ!

 

 何ものにも屈せず歩む!

 恐れを拒否して歩む!

 人生の生命の

 終わりも忘れて歩む!

 そして走る!

 

 我らには

 永遠の希望がある。

 我らの天下の都市は

 恐れも嘆きも終末もない。

 人間が人間として

 喜び合い 助け合う

 連帯の都市なのだ!

 

 そして そこから

 「世界平和の道」を

 創るべきだ!

 「人類の花園」を

 築くべきだ!

 

 これを

 「一閻浮提の広宣流布」

 大聖人は見通し

 予見されたのである。

 

 「末法万年 尽未来際」

 この甚深の御聖訓を

 私どもは

 永遠に忘れてはならない。

 その使命があるからだ!

 

 

2022年1月21日

〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉

第2回 世界平和への誓い

「世界平和の道 人類の花園」(2000年)

:Top↑ End↓

2022年1月20日

無冠の友への新春メッセージ 

池田大作

 

大いなる飛躍の第一歩を

尊き大誠実の振る舞いに感謝

 

<「無冠」こそ"創価の不軽菩薩">

 

 

 

 尊貴なる「無冠の友」の皆さん!

 「青年・飛躍の年」、

 明けましておめでとうございます。

 

 感染症の流行や

 気候変動に伴う天候不順など、

 これまでにも増す困難の中、

 皆さんがどれほど祈り、

 どれほど心を砕いて

 配慮を尽くしながら、

 聖教新聞を配ってくださっていることか。

 

 「無冠の友」ありて、

 広宣流布と立正安国の前進あり!と、

 感謝は尽きません。

 

 陰で支えてくださっている

 集金担当の皆さん方も、

 本当にありがとうございます。

 

 とともに、「無冠」の誇りを胸に、

 これまで配達を担ってくださった方々に、

 心より御礼を申し上げます。

 

 御書には、

 「かくれての信あれば、

 あらわれての徳あるなり」

 (新1850・全1527)と仰せです。

 最も地道にして

 最も忍耐強い

 功労を重ねられた皆さんが、

 大福徳に包まれ、

 三世永遠に栄えゆかれることは、

 絶対に間違いありません。

 ◇ 

 御本仏・日蓮大聖人は、

 「もし文字を離れば、

 何をもってか仏事とせん」

 (新762・全153)とご断言であります。

 広宣流布とは、

 「文字の力」「言論の力」で、

 何ものにも負けない

 仏の大生命力を自他共に呼び起こし、

 民衆の一人一人を救い切っていく

 究極の聖業であります。

 その最大の推進力こそ聖教新聞であり、

 そして、その最強の旗手こそ

 「無冠の友」の皆さんにほかなりません。

 

 聖教の波動は、

 内外の読者の人生に

 活力と希望を送ると同時に、

 地域社会にも深く連帯と繁栄を広げていきます。

 

 私も宝友と忘れ得ぬ出会いを刻んだ

 福島県の土湯では、

 深き決意の同志が一丸となって走り抜き、

 地域の数多くの世帯が

 聖教の愛読者になっておられると伺いました。

 そこには、実に半世紀にわたって

 営々と配達を続けてくださった

 宝のご家族がいます。

 

 ご夫妻は、病も幾たびと勝ち越え、

 お子さん方も立派に育て上げながら、

 愛する郷土に貢献を果たされてきました。

 後継のバトンを受け継いだ息子さんは、

 こけし職人として日本一に輝いています。

 

 まさに、聖教の旗を高らかに掲げ、

 誓願の祈りと行動で、

 「信心即生活」「仏法即社会」の実証を

 誉れの天地に示し切ってこられたご家族が、

 いずこにも光っているのです。

 ◇ 

 聖教新聞を

 「日本中、世界中の人に読ませたい」

 との恩師・戸田城聖先生の熱願は、

 私と不二の心で行進する

 「無冠の友」の誓願となって結実し、

 聖教電子版は現在、

 210カ国・地域からアクセスがあります。

 

 「世界人権宣言」の起草にも尽力された、

 ブラジル文学アカデミーの

 アタイデ元総裁の信条を思い起こします。

 「新聞は毎日、

 また常に、民衆の光輝ある力のために、

 現在と未来の間に立って、

 歴史の行進を先取りする。

 そして世界の地平線へ、

 鋭きまなざしを広げていく」と。

 

 世界の「セイキョウ」は、

 いよいよ「歴史の行進」を先取りし、

 世界市民の「光輝ある力」を

 限りなく高めていきたい

 と思うのであります。

 ◇ 

 私は、「無冠」の方々こそ

 創価の不軽菩薩なりと尊敬し、

 信頼しております。

 

 皆さん方こそ、

 「不軽菩薩の人を敬いしは、

 いかなることぞ。

 教主釈尊の出世の本懐は

 人の振る舞いにて候いけるぞ」

 (新1597・全1174)との御聖訓を、

 月々日々にたゆむ心なく

 実践し抜いておられる方々だからであります。

 

 先日も、大阪・堺の地で、

 長年「無冠の友」だった方から、

 「配達50年の掉尾を飾る、

 本当に嬉しいことがありました」

 と喜びの便りが届きました。

 それは、さわやかな挨拶を心掛け、

 地域活動に努める姿を

 ずっと見ていたご近所の方から、

 「あなたが誇りとしているその新聞、

 読ませてもらうわ!」

 と声を掛けられたというのです。

 尊い貴い大誠実の振る舞いの勝利です。

 

 私は妻とこれからも、

 無冠家族の絶対無事故、健康長寿、

 そして幸福勝利を、

 真剣に祈り続けてまいります。

 

 地涌の誓願を貫く人は、

 いつまでも、いかなる立場になっても、

 「青年の心」で生き生きと

 境涯を深めながら、

 所願満足の人生を歩んでいけます。

 

 さあ、今日も、

 栄光の峰を見つめつつ、

 大いなる飛躍への第一歩を、

 堂々と踏み出しましょう!

 

 青年と共に!

 私と共に!

 

 2022年 元旦

 

2022年1月20日聖教新聞2面

2022年1月18日

偉大な歴史を築く一年に!

 

不惜身命の闘争こそ師弟の魂

戸田先生 勇気をもって仏法を実践せよ

強き信心が変毒為薬の原動力

何があっても断じて勝つ

 

 

 あけまして、おめでとう! どうか、この一年も、よろしくお願い申し上げたい。

 戸田先生が、しばしば、遺言のように語っていた言葉は何か。

 それは「勇気」である。

 「仏法の真髄は、慈悲であり、われわれにも慈悲は必要だけども、凡夫だから、なかなか慈悲はもてないものである。

 この慈悲に代わるのが勇気だ。

 『人を救おう』『自分を向上させよう』『人間革命しよう』『日本を、世界を広宣流布しよう』という勇気だ。

 勇気をもって仏法を実践することが、慈悲に通じていくのである」

 これが戸田先生の厳然たる指導であった。

 

 この一年、自分自身のため、

 偉大なる歴史の建設のため、

 勇気をもって前進してまいりたい!

 

 きょう1月8日は、57年前(1945年)、

 牧口初代会長の獄死の事実を、

 同じく獄中にあった戸田第2代会長が、

 判事から初めて告げられた、

 厳粛な「師弟の日」である。

 

 師の獄死を初めて知った。

 あまりの悔しさに泣きあかした。

 師弟というのは、そういうものである。

 

 〈治安維持法違反と不敬罪で投獄された牧口常三郎先生は、1944年(昭和19年)11月18日に獄中で逝去された。厳しい独房生活による栄養失調と老衰のためである。翌45年の1月8日、戸田城聖先生は、取り調べの判事から「牧口は死んだよ」と告げられた。

 

 後年、戸田先生はその時の心中を語っている。

 「先生の死をお聞きしたとき、だれが先生を殺したんだと叫び、絶対に折伏して、南無妙法蓮華経のために命を捨てようと、決心したのであります」(『戸田城聖全集』3)〉

 

 この日から、戸田先生は「広宣流布の巌窟王」となった。

 自分が偉くなるのではない。

 殉教の牧口先生の“分身”となって、

 先生の精神を実現していくのだ

 ――こう決意された。

 

 第3代の私も、

 寸分たがわぬ「師弟不二の心」で、

 御聖訓どおりの難を一身に受けながら、

 戦って戦って戦いぬいてきた。

 不惜身命・死身弘法の大闘争。

 これが、牧口先生、戸田先生、そして私という、

 創価学会を貫く師弟の魂なのである

 

 巡り来た「1月8日」のこの日、

 世界広宣流布の大実証を、

 私は皆さま方とともに、

 牧口、戸田両先生にご報告することができた。

 それが何よりもうれしい。

 

広布拡大が報恩

 「華果成就御書」には、「弟子が妙法を弘める功徳は、必ず師匠の身に帰する」(全900・新1211、趣旨)という原理が御教示されている。

 

 弟子が戦うことが、

 師匠への恩返しである。

 これが仏法である。

 人間の道である。

 ゆえに、広宣流布の拡大の闘争こそが、

 師匠への最大最上の報恩となるのである。

 

 日蓮大聖人は、「撰時抄」に、こう仰せである。

 「多くの流れが集まって大海となる。微小な塵が積もって須弥山(最高の山)となったのである。日蓮が法華経を信じて題目を唱え始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの微塵のようなものである。

 やがて二人、三人、十人、百千万億人と、法華経の題目を唱え伝えていくほどならば、妙覚(最高の悟り)の須弥山ともなり、大涅槃という悟りの大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに、また求めてはならない」(全288・新205、通解)

 

 「仏になる道」は、どこにあるのか。

 それは「広宣流布の拡大」にしかない。

 大聖人の仏法は「広宣流布の信心」である。

 

 信心即生活である。

 ゆえに、今がどれだけ厳しくとも、

 この広宣流布の信心さえ貫けば、

 すべての努力が生かされ、

 いくらでも生活の面で、

 また社会の面で、

 勝利し、成功していけるのである。

 

 今、世界の同志の連帯は、

 かけ算のように何倍もの力を発揮し、

 功徳も増し、人材も増し、

 威光勢力も増し始めた。

 

 日顕一派と決別し、

 広宣流布は、

 大聖人正統の創価学会によって、

 この地球上に、

 いやまして速度を加え、伸展してきた。

 

 これもすべて、

 世界広宣流布を自由自在に

 進められるようにとの御仏意であり、

 御仏智であったというほかない。

 

 いよいよ、“太陽の大仏法”が、

 平和へ、幸福へ、繁栄へ、

 全人類を本格的に照らす

 時代に入ったと思えてならない。

 

 大聖人は在家の弟子に、

 「その国の仏法流布は、あなたにおまかせいたします」(全1467・新1953、通解)と仰せになっている。

 大聖人から託された、

 それぞれの深き使命の天地にあって、

 世界最高峰の須弥山のごとき

 大福運を積んで積んで積みきっていただきたい。

 

全てに意味が

 ここで、日蓮大聖人が四条金吾にあてられた、有名な御書の一節を拝したい。

 同僚からの讒言によって、主君から領地替えを命じられるなど、苦境に立たされていた金吾への励ましのお手紙である。

 「一生は夢の上の出来事のようにはかないもので、明日のことさえわからないものである。たとえ、どんな乞食になったとしても、法華経にきずをつけてはならない。

 それゆえ、同じくは、(あなたの決意はすでに定まっているのであるから)嘆いた様子を見せないで、このあなたの誓状に書かれたように、少しもへつらわずに振る舞い、語っていきなさい。

 なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって(状況は)悪くなるであろう。たとえ、所領を没収され、(土地を)追い出されようとも、それは十羅刹女(諸天善神)の御計らいであるのだろう、と深く信じていきなさい。

 もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの戦い(文永9年2月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻きこまれて、きっと打ち殺されていたにちがいない。今、あなたが江間家を追い出されることも、このまま江間家にとどまっていてはよくないだろう、という釈迦仏の御計らいなのであろう」(全1163・新1583、通解)と。

 

 大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。

 しかし、そうであったからこそ、

 戦乱をまぬかれることができ、

 かえって良かったのだと仰せである。

 

 仏法の眼で見るならば、

 すべてに深い意味がある。

 嘆いてはいけない。

 「強き信心」

 「勇気ある信心」さえあれば、

 あらゆる困難を、

 必ず「変毒為薬」していける。

 

 どうか、この大聖人の御聖訓を心に刻み、

 何があっても前へ、また前へ、

 前進していただきたい。

 

 仏法は勝負である。

 断じて勝たねばならない。

 自身に勝ち、

 人生に勝利していく。

 そのための信心である。

 

 雄々しく苦難と闘う皆さま、

 そして誠実な心で戦う皆さまの姿は、

 すべて大聖人が御覧になっている。

 安心して、使命深き、

 わが人生を生きぬいていただきたい。

 この一生、毅然と、勇敢に、胸を張り、

 一日一日を、

 自分らしく進んでいっていただきたい。

 

 皆さま方が、健康で、朗らかで、長生きして、

 和楽の人生を築かれんことを

 心よりお祈り申し上げたい。

 

 寒いなか、

 奮闘してくださっている

 尊き同志に喜びをあたえゆく、

 名指導のできるリーダーであっていただきたい。

 

 どうか、この一年、お幸せに!

 本当にご苦労さま! ありがとう!

 

2022年1月18日VOD新番組に収録された池田先生の指針

2002年1月の本部幹部会から

2022年1月12日

 

人生の流転

 

 

 また我らの

 新しい年が

 始まった!

 

 一年を

 十年の価値ある人生に

 生きる人もいる。

 「一生 空しく過して

  万歳 悔ゆる」人もいる。

 

 人生は

 今日も

 生きゆく以外にない。

 否 生き抜くことが

 人生だ。

 

 誠実の人間たれ

 勇敢なる人間たれ

 そして

 勝利の人生たれ!

 

 熱烈たる人生王者の

 自分の魂を

 使命の魂と

 深く結び合わせながら

 断固として

 勝ち誇る人生たれ!

 

 それには

 勇気ある信仰だ。

 それしか

 無数無量の諸天は

 祝福してくれない。

 

 人間主義の信仰こそ

 恐るべき力を持ち

 晴れやかな力を持ちながら

 天使たちが

 君を護る。

 君を讃える。

 

 狂気のごとき

 この社会。

 癒しがたい

 狂いに狂った

 愚行を繰り返す

 この世界。

 

 怒りの涙を

 さらに強き格闘に転じて

 暗澹たる怒濤の彼方に

 燦然と輝く

 自分自身の王国へ

 行くのだ。

 

 宿命の嵐に

 負けるな!

 陰険な波浪に

 負けるな!

 邪義の陰謀に

 負けるな!

 

 我らには

 哀しみなどはない。

 我らには

 敗北もない。

 

 我らの彼方は

 常に

 幸福の鐘が

 希望の鐘が

 鳴りやむことはない。

 

 いかなる

 厳しい試練があっても

 我らは

 すべてを勝ち越えゆく

 無量の黄金よりも貴重な

 無限の力を持っている。

 

 目には見えない力が

 満々として

 言葉もなく

 常に轟々と

 鋭く響いている。

 我らは負けない!

 

 君よ

 今日も

 元気を取り戻せ!

 

 君よ

 幸福の魂を引き離す輩とは

 今日も厳然と

 断固 戦え!

 

 あの美しい

 満天の星のごとく

 勇気に溢れ

 希望に溢れ

 勝利に溢れゆく

 栄光にふさわしき

 人間王者の威厳に満ち満ちて

 常楽我浄の王宮の扉を開き

 笑みを湛えながら

 わが人生の流転を

 進みゆくのだ。

 

 我々が信ずる力は

 臆せず動ぜず

 悠然と安座して

 慈光に包まれ

 必ず忍耐の彼方に

 大勝利の讃歌が待っている。

 

 新しい一年

 君の胸にも

 また あなたの胸にも

 大いなる喜びが流れ込み

 偉大なる勝利の

 諸天の祝福の輝きに

 包まれゆくことを

 私は祈りたい。

 

2022年1月12日

〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉

第1回 新年を迎えて

「人生の流転」(2002年)

2022年1月10日

2022年1月9日

池田先生ご夫妻

恩師記念会館で勤行

 

 池田先生ご夫妻は9日、

 総本部の創価学会恩師記念会館(東京・新宿区)に訪問され、

 勤行・唱題された。

 

 「青年・飛躍の年」の開幕と、

 各方面・県の新出発を寿ぐとともに、

 世界の無事安穏と、

 創立100周年の広布の峰へ

 飛躍の大行進を開始した

 全国、全世界の同志の

 福徳・健康・勝利を心から祈念した。

 

2022年1月10日聖教新聞1面

2022年1月9日

 

大心で地球を

 地域を包み 

広布と人生の大桜を満開に

 

22世紀へ「立正安国」の襷を君に

青年よ正義のトップランナーたれ

妙法の力用は無量無辺

“一切衆生の仏性を喚び顕す”

   

 一、年頭より、日本でも世界でも、

 わが地涌の青年たちを旗頭として、

 創価家族は舞を舞うがごとく、

 「大法弘通」、

 そして「慈折広宣流布」という

 人類の幸福と平和への

 新たな飛躍の大行進を開始しました。

 

 立宗770年の新春に、

 御本仏・日蓮大聖人の御賞讃は、

 いかばかりでしょうか。

 弘安3年(1280年)の正月、

 若き南条時光を讃えられた御聖訓を、

 全宝友に贈りたい。

 

 「花は開いて果となり、

  月は出でて必ずみち、

  灯は油をさせば光を増し、

  草木は雨ふればさかう。

  人は善根をなせば必ずさかう

 (新1897・全1562)と。

 

 一、今日は凜々しき新成人の皆さん、

 晴れの門出、誠におめでとう!(大拍手)

 今、私は1・26「SGIの日」に寄せる

 40回目となる平和提言を、

 「若者」と「女性」、

 そして「子ども」の未来に大きく光を当て、

 準備を進めております。

 

 その中でも論及しますが、

 国連の推計によれば、

 21世紀の末までに、

 この地球上には109億人に及ぶ

 人々が誕生すると言われています。

 

 創価の師弟は、

 大聖人が「開目抄」に明かされた

 「法華経を弘めて

  未来の一切の仏子にあたえん

 (新120・全236)

 という仏の大誓願を、

 そのまま受け継いできました。

 

 そして新成人をはじめ

 今の青年部、未来部の皆さん方こそ、

 21世紀から22世紀へ

 「立正安国」の襷、

 「令法久住」の襷を担う、

 正義と人道のトップランナーなのであります。

 どうか、この誇り高き使命に胸を張って、

 さっそうと負けじ魂の力走を頼みます。

 

 仏法の永遠の生死観から見るならば、

 「妙とは蘇生の義なり

 (新541・全947)と仰せのように、

 これまで広布の途上で逝去された同志も、

 仏縁を結んできた方々も、

 共に偉大な地涌の生命力をたたえて、

 必ずや澎湃と世界の平和と共生を築く

 陣列に躍り出てくることを、

 私は確信してやみません。

 

 一、思えば、半世紀前に私が対話を開始した、

 20世紀最高峰の歴史家トインビー博士も、

 21世紀に照準を合わせておられました。

 そして創価学会が実践してきた

 「中道」こそ、

 21世紀に生きる人類の歩むべき

 正しき道であると、

 絶大なる信頼を託してくださったのです。

 

 牧口・戸田両先生が

 共に御書に線を引いて

 大切にされていた御金言があります。

 それは、女性の門下に贈られた

 「法華初心成仏抄」です。

 すなわち、

 「一度妙法蓮華経と唱うれば

 「一切衆生の心中の仏性を

  ただ一音に喚び顕し奉る功徳、

  無量無辺なり

 (新703・全557)との一節です。

 妙法には、全人類、

 さらに過去・現在・未来を貫いて

 一切の森羅万象から、

 仏性を喚び顕しゆける

 計り知れない力用があります。

 

 一、あの70年前の二月闘争の折、

 私は蒲田支部の同志と

 報恩の弘教に奔走しながら、

 凍てつく夜空に

 冴え光る満天の星を、

 よく仰ぎました。

 そして広大な宇宙の中で、

 久遠からの誓いの友と、

 妙法流布に生き抜く

 「歓喜の中の大歓喜」のロマンを

 朗らかに語り合ったのです。

 

 私たち青年の奮闘に応え、

 戸田先生が「地球民族主義」という

 遠大なビジョンを

 示してくださったのも、

 この二月闘争のただ中です。

 

 その恩師の大境涯を偲びつつ、

 かつて元旦に認めた一対の書を、

 わが同志に贈ります。

 一つは「大心」

 ――「大いなる心」。

 そして、もう一つは

 「大桜」であります。

 

 この一年、

 全世界の宝友と共々に、

 大きな大きな心で、

 地域も、国土も、地球も、

 いやまして妙法の大功力に包んでまいりたい。

 そして「冬は必ず春となる

 (新1696・全1253)と、

 広布と人生の「大桜」を

 福徳満開に咲かせゆくことを

 決意し合って、

 新年のメッセージとします(大拍手)。

 

2022年1月9日本部幹部会への池田先生のメッセージ

2022年1月4日

〈池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ〉

大いなる生命の翼を共々に

 

 妙法を信受する我らは、大宇宙の運行の妙なるリズムに則り、一年一年、「心の財」を積みながら、「地涌の人華」を多彩に咲かせ、広げていくのだ。

 これほど充実した福徳の年輪はない。

 北極圏に近いアイスランドの同志からは、厳寒の中、オンラインで新年の集いを行い、異体同心で元気に出発したと報告を頂いた。

 欧州では、年頭から36カ国を「心は一つ」と結んで、伝統の広布サミットも予定されている。

 * * 

 「青年・飛躍」の鍵は何か。それは、祈りを根本にした慈愛であり、真心からの励ましではなかろうか。

 御本仏・日蓮大聖人は、母鳥が卵を温めて孵化させ、雛鳥たちを飛翔させる営みを、仏の慈悲に譬えられた。

 有名な御文がある。

 鳥の卵から、くちばしや目ができて、やがて大空を翔るように、「我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱えの母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生いそろいて、実相真如の虚空にかけるべし」(新2068・全1443)と。

 すなわち、題目の「唱えの母」に温められるならば、万人が必ず必ず仏の大境涯を開いていけるのだ。

 どの生命も、永遠の幸福の大空へ羽ばたく翼を抱いている。その翼を、自他共に大きく広げ、限りなく鍛え上げていくのが、我らの人間革命なのである。

 今、心の凍てつくような社会にあって、人を励まし、若き生命を育てる温もりが渇仰されている。

 新生の女性部を中心に、題目の「唱えの母」という最極の熱と力を漲らせながら、創価の人材群を一段と高く高く飛躍させていきたい。

 * * 

 箱根駅伝では、創大駅伝部が負けじ魂と団結の力走で、感動と勇気を送ってくれた。本当にありがとう!

 明2023年には、マレーシアに中高一貫校「創価インターナショナルスクール・マレーシア(SISM)」が開校する予定である。その定礎式が2日に晴れやかに行われた。

 青年こそ、人類の希望だ。

 平和と人道に殉じられた牧口先生、戸田先生の創価教育の希望の襷は、今や地球社会の若き世界市民に受け継がれている。

 さあ、新たな勝利山へ、共々に登攀を開始しよう!

 

2022年1月4日〈池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ〉

 

2021年12月27日

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 燃える命で飛躍の春へ

 

桜梅は薫り 桃李は香る

平和と共生の人華を爛漫と!

 

 師走になると、尽きせぬ感謝とともに思い起こされる恩師の和歌がある。

    

 勝ち負けは 

  人の生命の 

     常なれど 

  最後の勝をば 

    仏にぞ祈らむ

   

 これは、一九五七年(昭和三十二年)の十二月に、戸田城聖先生から私が賜った一首である。

 先生が波瀾万丈の苦難を乗り越え、生涯の願業たる七十五万世帯の大折伏を遂に達成された時であった。だが、体調を崩されて悲願の広島行きも断念し、静養を余儀なくされていた。

 私自身、夕張炭労事件や大阪事件をはじめ、熾烈な攻防戦の矢面に立ち続けた渦中である。冤罪を晴らす法廷闘争も始まっていた。

 御書に仰せのごとく、三障四魔が紛然と競い起こり、学会が更なる飛躍を果たせるか否かの分岐点にあったといってよい。

 ゆえに先生は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書一一六五ページ)との御聖訓を、自ら今一重深く拝された。

 そして、何があろうとも、「師子王の心」で悠然と祈り、戦おう! 途中はどうあれ、最後は断じて勝とうではないか! 全学会員を勝たせようではないか!と、病を押して励ましてくださったのである。

 不二の弟子として私は奮い立ち、強く固く決意した。

 ――一年また一年、世の毀誉褒貶を見下ろしながら、先陣を切って“次こそは”“来年こそは”と、広布の法戦に挑みゆくのだ。わが誉れの同志が一人ももれなく、一切を変毒為薬して「最後の勝」を飾りゆけるように道を開くのだ、と。

 ゆえに私にとって、何よりの喜びは、創価家族の凱歌の人生にほかならない。

 つい先日も、聖教新聞に、牧口常三郎先生と戸田先生の故郷である北海道の百三歳を迎える多宝のお母さまが、それはそれは神々しい笑顔で紹介されていた。

 度重なる悲嘆を越え、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同二三四ページ)との一節を拝し抜いてきた生命が輝いている。

 「私は勝ちました」との大勝利宣言に、妻と最敬礼して拍手を送った。日本中、世界中に光る、この「最後の勝」の晴れ姿こそを、私は報恩の誠として先師と恩師に捧げたいのである。

 

冬に不屈の信心

 北海道、東北、北陸、信越、北関東、近畿、中国、さらに世界の北国、雪国の宝友の冬のご苦労が偲ばれる。

 折から寒波襲来で大雪となり、皆様の無事安穏を祈らずにはいられない。

 とりわけ、日の出前の暗く寒い中、聖教新聞を配達してくださる、尊き「無冠の友」の無事故を祈念するとともに、この一年の労に最大に感謝申し上げたい。

 厚田の天地に念願の墓園が開園した折、北海天地の友と私は御書を拝読した。

 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を」(同一二五三ページ)と。

 そして約し合った。

 厳寒の逆境を勝ち越えた春の訪れにこそ、計り知れない希望と喜びがある。“法華経は冬の信心なり。冬は必ず春となるのだ”と確信し、粘り強く苦難への挑戦を繰り返そう、と。

 この御書を頂いた妙一尼は、迫害が続く中、夫に先立たれ、病気の子らを抱えながら、必死に信心を貫き通した女性である。

 世界の創価の女性たちが鑑としてきた母である。

 妙一尼は、流罪の大難に遭われた佐渡の日蓮大聖人のもとへ、自らの従者を遣わし、お仕えさせてもいる。

 その御礼を綴られた御返事が、今回、御書の新版に新たに収められた。

 大聖人は、釈尊が過去世に積んだ身の供養と対比されながら、法華経の行者を護り抜こうとする妙一尼の気高い「志」を、大絶賛されているのである。

 「志既に彼に超過せり。来果何ぞ斉等ならざらんや」(御書新版一六九三ページ)――あなたの志はすでに彼の人(過去世の釈尊)を超えています。未来の果報がどうして同じでないことがあるでしょうか――と。

 今また、妙法の広宣流布のために異体同心で戦う創価の同志、なかんずく女性たち母たちが無量無辺の大果報に包まれゆくことは、絶対に間違いないのだ。

 

皆を必ず幸福に

 「冬は必ず春となる」に続けて、大聖人が引かれた法華経の一節がある。

 「若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん」(創価学会版法華経一三八ページ)

 誰一人として置き去りにせず、救っていくのだ! 必ず救い切れるのだ!と。

 日蓮仏法は、いかなる困難な壁も越え、万人成仏の妙法を全世界に弘め、一切衆生を幸福にすることを根本の誓願とした「広宣流布の宗教」である。

 そして、あらゆる差別を排し、誰もが平等に仏性を具えた尊極の存在であると、一人ひとりが個性を生かし合い、尊敬し合う「人間主義の宗教」なのだ。

 思えば、一九七九年(昭和五十四年)の五月三日朝、公式に第三代会長を辞する総会を前に、私は内外の策動を清風の心で見極めながら、筆を執った。

 「桜梅薫 桃李香」(桜梅は薫り 桃李は香る)と。

 大聖人が示された、厳冬を勝ち越えた凱歌の春に、「桜梅桃李」という平和共生の人華の園を、世界中に薫り香らせゆかんと、人知れず心に期したのである。

 時は満ち、時は来りて、晴れやかな女性部の新出発とともに、いやまして多彩な自体顕照の幸のスクラムが広がり、嬉しい限りだ。

 

「魂の独立」30年

 御本仏の平等大慧の御精神を踏みにじる権威主義、差別主義の邪宗門の衣の呪縛を解き放ち、正義の学会が「魂の独立」を果たして三十周年を迎えた。

 あの一九九一年(平成三年)の秋から年末、私は、関西の兵庫へ、大阪へ、中部の愛知へ、第二総東京へ、わが故郷・大田区をはじめ東京各区へ、大聖人有縁の千葉、神奈川、静岡へ、そして埼玉へと、西へ東へ、動きに動いた。

 その前進は、「文化音楽祭」など、創価の意気軒昂なる歌や舞と共にあった。

 さながら「ま(舞)いをも・まいぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書一三〇〇ページ)と仰せ通りの民衆の躍動である。

 文化や芸術は、人間性の多彩な開花であり発露だ。それを教条的、独善的な偏見によって排斥する、生命抑圧の宗門と決別し、我らは晴れ晴れと進んだ。そして文化の力で、世界の人びとを結んできたのである。

 過日、八王子を訪れた際、彼方に秀麗なる白雪の富士を望むことができた。

 富士のある静岡、山梨の友の不屈の同志たちのことが胸に迫る。ことに富士宮特区の友は、「魂の独立」三十周年の記念日に大歓喜で集い合った。

 痛快なる民衆の勝利劇に、私も快哉を叫んだ。

 “富士宮の不二の同志、万歳!”――と。

 このほど、東海道の青年たちが、学会正義を師子吼して戦った先輩同志の闘魂を後世に残そうと聞き取り調査を行い、証言集として届けてくれた。その後継の心意気が誠に頼もしい。

 

「勇気」を称えよ

 「芸術は世界を一つに結びつけます」とは、楽聖ベートーベンの言葉である。

 本年、コロナ禍に屈せず、創価グロリア吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、関西吹奏楽団、また、創価シャイニングスピリッツ、創価グランエスペランサ、創価ジャスティスウィングス、創価中部ブリリアンス・オブ・ピースなど、各地の音楽隊・鼓笛隊、さらに創価大学のパイオニア吹奏楽団等の活躍はめざましかった。

 「創立の日」記念の本部幹部会でも、世界の青年部と音楽隊によるベートーベンの「第九」(歓喜の歌)が、全学会に満々と「飛躍の息吹」を行き渡らせてくれた。

 「第九」といえば、四国の徳島や、福岡はじめ九州の友が歌い上げた大合唱も忘れることはできない。

 ベートーベンに、「フィデリオ」という歌劇がある。

 「レオノーレ」という名の妻が「フィデリオ」という偽名で男装して牢獄内に潜入し、不当に捕らわれた夫を助けるストーリーである。

 劇中、厳しい困難を前に、レオノーレは歌う。

 「希望よ来たれ、疲れはてた人々の最後の星を消さないでおくれ。そして私の目標をてらしておくれ」

 レオノーレの勇敢な行動は、夫を陥れた悪人までも「何という法外な勇気だ」と感嘆させていく。

 最後には夫と全ての国事犯が釈放され、「高いよろこびの情熱でレオノーレの気高き勇気はたたえられよ」との大合唱が轟き渡る。

 それは、苦闘の友を励まし、いかなる大悪も大善へと転じゆく、世界中の創価の女性たちへの喝采と響き合っているのだ。

 “女性部一期生”の労苦もあろう。しかし一切は後世の感謝と称賛に変わる。その大確信で、どこまでも仲良く、朗らかに、楽しい前進を、お願いしたい。

 

師弟は誓い深く

 激動のこの一年、最愛のご家族を亡くされた方々もおられるだろう。

 大聖人は、母を追善する四条金吾に仰せである。

 ――亡き母は釈迦・多宝・十方の諸仏の御宝前におられて、「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と同心に頭をなでられ、悦び褒められていますよ、と(御書一一一二ページ、趣意)。

 広宣流布の真正の闘士である学会員の父母たちも、家族眷属も、皆、永遠に、大聖人の御照覧に包まれ、三世十方の仏菩薩から讃嘆され、厳護されゆくことを誇りとしていただきたい。

 「希望・勝利の年」から、「青年・飛躍の年」へ!

 忍耐と充実の冬から、友情と福徳の爛漫の春へ! 沖縄の桜の開花も近づく。共戦の喜びを沸き立たせ、地涌の青年を先頭に、さあ前進だ!

    

 新春に

  誓い深まる

    師弟かな

  

 ※ベートーベンの言葉は『新編ベートーヴェンの手紙㊦』小松雄一郎編訳(岩波書店)、歌劇「フィデリオ」の話は『ベートーヴェン フィデリオ』(音楽之友社)より。引用の言葉は坂本健順訳。

 

2021年12月27日〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

2021年12月30日(未掲載)

 

崇高な理想へ 勇気の挑戦

探求心と創造力と行動で

 

 インド・創価池田女子大学の卒業式。鍛え抜いた英知の翼で人類貢献の人生を歩む決意に燃えて(チェンナイの同大学で)

 汲めども尽きぬ価値創造の泉であるキャンパスに舞い戻られた卒業生の皆さん! 誠におめでとうございます。

 新たな人生の挑戦を開始されている凜々しき皆さん一人一人と、私も妻も、固い心の握手を交わす思いで、祝福の大喝采を送っております。

 本日の式典には、名門マドラス大学の尊敬するS・ガウリ副総長がご臨席され、皆さん方を温かく見守ってくださっております。

 30年ほど前になりますが、私がお会いして、インドの偉大な精神を語り合った、ラマスワミ・ベンカタラマン第8代インド大統領も、マドラス大学の誉れの卒業生であられました。

 大統領が生涯にわたって希求された「自由」への道は、いかなるものであったか。大統領は、詩聖タゴールの一節を通し、ご自身の信念を吐露されております。

 すなわち――

 「心が怖れをいだかず、頭が毅然と高くたもたれているところ」

 「言葉が 真理の深みから湧き出づるところ」

 「たゆみない努力が 完成に向かって 両腕をさしのべるところ」(『ギタンジャリ』森本達雄訳)

 そこにこそ、祖国を自由に導き、世界を平和と協調へと至らしめる人間の道があるといわれるのであります。

 まさしく、ここ皆さんの愛する母校こそ、この詩さながらの理想郷ではないかと、私は思いますが、いかがでしょうか。

 この青春の心の故郷から羽ばたいた皆さん一人一人には、いかなる荒波にも胸を張って立ち向かう「勇気の挑戦」があり、人間主義の「崇高なる理想」があります。倦まず弛まず自身を磨きゆく「創造性の開花」があるのです。

 そして、試練に直面しても、励まし合って共に立ち上がる最良の学友がおり、家族の絆で結ばれ、常に親身になって寄り添い、勇気づけてくださっているクマナン議長をはじめ最良の教職員の方々がおられます。

 この同窓の尊き連帯は、これからの長い使命の人生にあって、ますます真価を発揮し、かけがえのない高貴な光を放っていくことでしょう。

 現在、WHO(世界保健機関)の首席科学官として、新型コロナウイルス感染症対策の最前線で、人類のために勇敢に奮闘されているリーダーは、私の敬愛してやまない友人であるM・S・スワミナサン博士の長女であり、ここチェンナイ出身のソーミヤ・スワミナサン博士です。

 この博士が、深く心に刻まれていることは何か――。それは、民衆のため、弱き立場にある人々のために尽くされた、尊き母の姿から学んだ「探求心を持つこと」「創造的で大胆であること」、そして「信念のために立ち上がること」であります。

 どうか皆さんも、燃え上がる創価の「探求心」、「大胆な創造力」、そして信念を貫く「行動」で、一日一日を着実に、粘り強く勝ち開きながら、人類貢献の誇り高き道を朗らかに歩んでいってください。

 私と妻は、かけがえのない宝の皆さん方と、ご一家の健康とご多幸を、祈り続けてまいります。

 最後に、前途洋々たる未来へ飛翔しゆく乙女に、希望あれ! 歓喜あれ! 栄光あれ!と申し上げ、メッセージといたします。

 

2021年12月29日インド・創価池田女子大学卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ

2021年12月22日

 

通信員指導集「輝く創価の言論城」

 池田先生の「発刊に寄せて」

 

希望の言葉を世界まで! 我らの聖教魂は永遠に

 

 本紙創刊70周年の本年、通信員指導集『輝く創価の言論城』(非売品)が発刊された。ここでは、池田先生の「発刊に寄せて」の全文を掲載する。

 

 わが通信員こそ、

 陰徳陽報の「言論の闘士」であります。

 わが通信員こそ、

 普く賢い「民衆の英雄」であります。

 そして、我ら通信員こそ、

 生涯創造の「共戦の同志」なのであります。

 

 この宿縁深き通信員の方々と心一つに、

 聖教新聞創刊七十周年の佳節を勝ち飾り、

 創価学会創立百周年へ

 従藍而青の言論戦を開始できることは、

 この上ない喜びであり、希望であります。

 

 いまだかつてなき

 「民衆の機関紙」

 「人間の機関紙」たる聖教新聞を、

 飛躍させゆく鍵は何か。

 恩師・戸田城聖先生と私の

 真剣なる祈りと思索の結晶として、

 一九五四年(昭和二十九年)、

 誉れある通信員制度はスタートしました。

 

 聖教の草創期にあって、

 最も献身的に支えてくださったのは、

 まぎれもなく通信員の皆様でありました。

 

 広宣流布の最前線の息吹を

 いち早く摑み、

 共に企画を練り、

 取材に走り、

 記事を書き、

 写真を撮る。

 

 その勇敢にして誠実な挑戦の積み重ねこそ、

 何ものにも代え難い

 聖教の熱となり、

 力となり、

 宝となってきたのであります。

 

 聖教新聞は、

 通信員の不撓不屈の闘争なくして発展することは、

 決してありませんでした。

 これは、

 同じ通信員の誇り高き自負を持って

 執筆を続けてきた

 私が断言できる厳然たる事実であります。

 

 家庭、地域、仕事、学会活動

 ……多忙を極める毎日の中で、

 通信員の誓願を貫きゆくことが、

 いかに崇高な修行であるか。

 まさしく、

 人知れぬ労苦と血のにじむような努力をいとわぬ

 「言論の闘士」たちの偉大な「陰徳」があればこそ、

 今日の世界的な聖教新聞の興隆という

 「陽報」があるのであります。

 そして、この「陰徳」は、

 皆様方の生命と一家眷属を三世永遠に包む

 「陽報」となって輝きわたることも、

 また間違いありません。

 

 通信員が果たす使命は、

 時と共に、いや増して大きくなっております。

 電子版の充実もあり、

 現在、「世界聖教会館」を中心として

 全国の支社・支局が団結し、

 聖教新聞は五大州の隅々まで発信されています。

 皆様が懸命に取り組む

 一編の文章、

 一葉の写真、

 一本の動画が、

 希望の光、

 幸福の光、

 平和の光を、

 全世界へ放っていくのです。

 

 その一つ一つに触れ、

 「地方版の柱」であると同時に

 「世界に広がるセイキョウの柱」

 である皆様の尊き名前を拝するたび、

 私の心には尽きせぬ感動と感謝が込み上げてまいります。

 

 聖教を

 「日本中、世界中の人に読ませたい」

 と熱願され、

 通信員の活躍を心から期待されていた

 戸田先生が、

 いかばかりお喜びでありましょうか。

 

 「御義口伝」に、

 「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり

 (御書七八〇ページ)と仰せの通り、

 

 世界広布は

 「普く賢い」菩薩の働きによって進みます。

 愛する郷土を照らす

 普く賢い「民衆の英雄」の英知が、

 そのまま地球社会の未来を晴らしていく時代に入っております。

 とともに、

 普賢菩薩は「当起遠迎、当如敬仏

 (法華経六七七ページ)

 という最上第一の相伝を託されます。

 「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し

 (御書七八一ページ)

 との御聖訓を聖教紙面で果たされゆく

 通信員の福徳は計り知れません。

 

 御本仏・日蓮大聖人は打ち続く大難を、

 「山に山をかさね波に波をたたみ

 (同二〇二ページ)と仰せです。

 我ら師弟は、

 この忍難弘通の道に連なり、

 「言論」と「対話」と「励まし」を武器として、

 幾多の難を共々に勝ち越えてきました。

 

 御聖誕八百年を慶祝して発刊される

 『日蓮大聖人御書全集 新版』に、

 池上兄弟に送られた「兵衛志殿御返事」

 (一族末代栄えの事)が新たに収録されます。

 その中で、

 賢者の信心と団結で乗り越え、

 凱歌の実証を示した兄弟と一族を最大に讃えられ、

 「このことは一代聖教をも引いて、

  百千まいにかくとも、

  つくべしとはおもわねども

 と仰せになられています。

 どれほど書いても書き尽くせない。

 どれほど讃えても讃え尽くせない

 ――この御本仏のお心を拝しつつ、

 私たちはさらに、

 聖教の信念の一文字一文字を

 綴ってまいりたいと思うのであります。

 

 末法万年尽未来際への

 世界広宣流布を展望するとき、

 私たちの言論闘争は、

 「いよいよ、これから」

 が本門の戦いであります。

 六十五歳で小説『新・人間革命』を書き起こした私も、

 ますます師弟不二の炎を燃え上がらせ、

 生涯創造の「共戦の同志」である皆様と共々に、

 黄金の日記文書を記し残していく決心であります。

 

 日蓮仏法は

 地球の恒久平和への根本思想であり、

 実現への実践の方途を示しています。

 その「教科書」とも言うべき言論紙こそ、

 我らの聖教新聞です。

 

 正しき仏法を根本に、

 生命力満々と、

 人々の不安を打ち破る希望の言葉で、

 「安国」の実現へ、

 「安世界」の構築へ、

 今こそ力強く大前進しようではありませんか!

 

 皆様には、

 気高き先輩から受け継いできた

 無敵の伝統と連帯があり、

 頼もしき後輩が限りなく明日へ続いています。

 「正義の太陽たる通信員の聖教魂がある限り、

 創価の言論城は未来永劫に輝き続ける」

 ――そう強く深く念じつつ、

 記念の句を贈り、

 発刊へのメッセージといたします。

  

 通信員ありて

   創価と聖教 

      輝けり

  

 言論の

   師弟共戦

      金の日日

  

 通信員こそ

   人間革命

      勝ち戦

  

 二〇二一年八月二十四日 「聖教新聞創刊原点の日」に

 

2021年12月7日

 

ブラジル北東部の名門学府・ペルナンブコ連邦大学

池田先生に名誉博士号 池田先生の謝辞(代読)

 

民衆奉仕の獅子の青年と共々に

教育ルネサンスの新たな飛躍を

価値創造の英知で人類を結べ

 

ブラジルの大教育者パウロ・フレイレ博士

対話は人間の根幹に関わる希求

大学の校歌 信念を貫き高みを目指すのだ

 

 一、はじめに、貴・ペルナンブコ連邦大学の栄光の創立75周年、誠におめでとうございます。

 「人類の変革と発展」という遠大なビジョンを掲げ、長年にわたり、民衆に英知と希望の光を送ってこられた、偉大なる最高学府の晴れの佳節を、世界192カ国・地域のSGIの友を代表して、心よりお祝い申し上げます。

 とともに、ひときわ厳しいコロナ禍の中で、地域の医療に多大なる貢献を果たされ、未曽有の試練を越えて、大学の再開に尽力された、全ての皆さま方の尊き奮闘に、満腔の敬意を表するものであります。

 さらに、本年は、貴大学の誉れの卒業生であり、20世紀を代表する偉大な教育思想家である、パウロ・フレイレ博士の生誕100周年でもあります。

 この祝賀の折に、博士の名を冠した記念の野外音楽堂で、貴大学からの名誉博士号を賜りますことは、この上ない光栄であります。

 私は、この栄誉を、地元ペルナンブコ州はじめ貴国の発展に長年にわたり、誠実に献身を続けてきた、敬愛するブラジルSGIの同志、また、わがブラジル創価学園に学ぶ英才をはじめ後継の若人たちと心一つに、謹んで拝受させていただきます。ゴメス総長はじめ諸先生方、誠に誠に、ありがとうございます。

 

他者と手を携え

 一、本日ここに、栄えある貴大学の一員とさせていただいた私は、紋章にある「獅子」と「松明」、そしてラテン語で印された「恐れなき美徳」とのモットーを胸に刻みつつ、先生方と共に、また青年たちと共に、教育ルネサンスの新たな飛躍をと、期しております。

 

 その飛躍への翼は、第一に「民衆へのたゆまぬ貢献」であります。

 「教育の獅子」であられたフレイレ博士は、「たゆまぬ正義のたたかいによって、献身的で倦むことを知らぬ闘争によって、世界をつくりかえることが可能だ」(パウロ・フレイレ著『希望の教育学』里見実訳、太郎次郎社エディタス)と叫ばれました。

 この獅子吼は、私の恩師であり、民衆教育の大指導者であった戸田城聖先生の教えと響き合っております。

 第2次世界大戦中、日本の軍部政府の弾圧による2年の投獄を厳然と勝ち越えた恩師は、私たち青年に「人間革命」という希望の哲理とともに、民衆の幸福勝利のための闘争を示されたのであります。

 私が恩師に初めて出会ったのは、奇しくも貴大学が創立された翌年であり、このたゆまぬ師弟旅も、明年で75星霜となります。

 私が感嘆してやまないのは、貴大学が常に民衆の側に立ち、世界が抱える社会格差や貧困や環境破壊など、難題の解決に向けて、力強く「持続可能なブラジルの発展」をリードされてきた伝統であります。

 フレイレ博士が体現されていた通り、教育は知識の詰め込みではなく、この世界を人々と共に見つめ、「他者と手をたずさえ」、そして「希望と共に闘う」ことによって、「人間としての尊厳」を勝ち光らせていく営みでありましょう。

 青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)は、民衆奉仕の実践の中で、深く成し遂げられていきます。

 その意味において、今、さまざまな苦難を耐え忍びながら懸命に学び抜き、民衆への貢献に挑んでいる、貴国をはじめ世界の若人たちが、必ずや逞しく飛躍を遂げ、人類史の新章節をもたらしてくれることを、私は確信してやまないのであります。

 

多様性こそ

 一、次に、第二の翼は「多様性の尊重から生まれる価値創造力」であります。

 「多様性なくして、多様な視点もなし。多様な視点なくして、卓越した発展もなし」――このゴメス総長の断固たる信念とリーダーシップのもと、社会の幅広い層の若者に差別なく教育の機会を広げる「アファーマティブ・アクション」(積極的格差是正措置)を推進されてきたのが、貴大学であります。

 わがブラジルの誉れの友人たちも、いずこにもまして多様性に富む社会にあって、「桜梅桃李」という、それぞれの個性を最大に尊重し、生かし合っていく、人間共和と万物共生の連帯を織り成しています。

 この大らかにして、麗しい寛容の大地ブラジルから、多彩なる価値創造の英知と力が尽きることなく、湧き出ずることでしょう。ここにこそ、人類を結び、自然環境とも調和しゆく地球文明の希望を、私は見いだす一人であります。

 さらに、第三の翼は「対話によって共に学ぶ喜び」であります。

 「対話は人間の存在の根幹にかかわる希求である」(同著『被抑圧者の教育学』三砂ちづる訳、亜紀書房)とは、フレイレ博士の鋭き洞察でありました。

 実は、私たちの創価教育の創始者であり、戦時中、平和と正義の信念に殉じて獄死した牧口常三郎先生はフレイレ博士に先立つこと半世紀の1871年生まれで、今年が生誕150周年となります。

 「教師は、自身が尊敬の的となる王座をくだって、王座に向かう者を指導する公僕となり、手本を示す主人ではなくて、手本に導く伴侶となるべきである」

 この信念に立つ牧口先生が重視したのも、フレイレ博士と同じく、一方的な知識の伝達ではなく、対話によって学び合う知恵の啓発でありました。

 

互いを敬う

 「鏡に向かって礼拝をなす時、浮かべる影また我を礼拝するなり」(御書新版1071ページ・御書全集769ページ)という仏典の美しい譬喩があります。

 人間教育の真髄の喜びも、互いに尊厳なる生命を敬い、共に語らい、学び合う中にこそ、あるのではないでしょうか。

 この喜びを、老若男女を問わず向学の世界市民が漲らせながら、牧口先生もフレイレ博士も志向された「教育の世紀」へ、貴大学の誇り高き校歌の一節さながらに、共々に飛躍していきたいと思うのであります。

 「信念を貫き そして高みを目指すのだ!

 我らも 変わらぬ青年の息吹で!

 到来する光彩を 我が魂に一層輝かせ!

 天空の青は その明るさを増し 生命は 太陽に向かって 幸の微笑みを送るのだ」

 ご列席の皆さま方の益々のご健勝と貴大学の限りなき栄光、そして敬愛するペルナンブコ州はじめ、ブラジル連邦共和国の永遠の安穏と繁栄を心より祈って、私の謝辞とさせていただきます。

 ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)

 

2021年12月7日聖教新聞3面

2021年12月6日

〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉

 心の財を富士のごとく

 

サザンカ

 白雪の

  富士も讃えむ

     凱歌かな

  

 晴れわたる師走の青空を衝いて、白雪の富士が王者の風格で、ひときわ堂々と聳え立っていた。

 この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なりと、総本部から八王子市の東京牧口記念会館へ向かう車中、仰ぎ見た(12月2日)。

 57年前、沖縄で小説『人間革命』を書き起こした日でもあり、平和への共戦譜を綴ってきた愛する沖縄の宝友の大健闘が偲ばれた。

 ◇ ◆ ◇ 

 東京牧口記念会館には、殉教の牧口先生が常に拝されていた御書(霊艮閣版)が保管されている。私は、このほど完成した「新版」の御書全集を御宝前に供え、報恩謝徳の祈りを捧げた。

 今日に至るまで牧口共栄会をはじめ地元の方々の真心で、会館は美しく整備されている。

 日本全国、世界の各国・各地の広宣の法城を守り、荘厳してくださっている尊き同志へ、感謝は尽きない。

 ◇ ◆ ◇ 

 邪宗門の鉄鎖を断ち切った1991年11月28日。この日を期して、日本中、世界中から燃え上がる地涌の誓願の署名簿などが、多数、届いたことが蘇る。

 その一つに、私は贈った。

 「独立記念日、万歳!

 皆様の幸福記念日、万歳!」と。

 日蓮大聖人は「妙法受持の人を賞め讃える者は、福を須弥山のごとく積み」(御書新版209ページ・御書全集291ページ、趣意)と引いておられる。

 この三十星霜、創価家族の「心の財」は、いやまして須弥山のごとく、富士のごとく、高く揺るぎなく積み上げられているではないか。

 まさしく「魂の独立記念日」は、正義を貫く学会員の「幸福記念日」なのである。

 戸田先生は、よく言われた。「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と。

 女性部の新出発とともに、一段と「桜梅桃李」の多彩なスクラムで明るく楽しく、人間革命の幸と歓喜の波動を起こしていただきたい。

 ◇ ◆ ◇ 

  

 富士仰ぎ

  富士のごとくの

      学びたれ

  

 創立50周年を迎えて、ますます発展しゆく創価大学のキャンパスが本当にうれしかった。

 紅葉が冴え彩る構内を巡った。

 コロナ禍でも、力を合わせ、工夫して、探究と価値創造の挑戦を止めなかった誇りが伝わってくる。教職員と関係の方々のたゆまぬ尽力に深謝したい。

 使命深き創大生、短大生、そして留学生の健康と成長を心から祈った。ご家族をはじめ、送り出してくれている全ての方々に、安穏と幸福と勝利あれと念願せずにはいられない。

 建設中の駅伝部の新「学生寮」も視察できた。

 深き友情と信頼で結ばれた、わが“創価のメロス”たちよ、一人ももれなく、栄光凱歌の青春を走りゆけ!

 

2021年12月6日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉

 

2021年11月29日

さあ大歓喜の交響曲を!

 

真実の幸福は全てに勝つこと

 苦悩を突き抜けて偉大な境涯を開け

戸田先生

 

 我らは最高に“富める者”

  

 ベートーベンがこの「よろこびの歌」で知られる「第九交響曲」を作曲したのは1824年。日本では江戸時代末期となるが、それは死の3年前、53歳の時である。完成した最後の交響曲となった。

 「第九」は「合唱付」として有名だが、当時、合唱付きの交響曲は他に例がなかった。

 いわばベートーベンの“新思考”によって、新しき挑戦によって、人類に贈られた作品である。

 合唱部分で歌われる「歓喜の歌」は、ベートーベンと同時代を生きたドイツの大詩人シラーの詩「歓喜に寄す」に曲をつけたものである。

 “人類愛”と“平和”と“喜び”にあふれる、この詩に曲をつけようと彼が決めたのは、22、23歳のころといわれる。

 彼は、この夢をいだき続け、育て続けた。そして、約30年後に実現させた。

 青春の決意を見事に結実させたのである。

 よく知られているように、そのころベートーベンの耳は、ほとんど聞こえなくなっていた。

 「第九」の初演の際、聴衆の万雷の拍手も彼の耳には届かず、教えられて、初めて人々の大歓声に気づき、お辞儀をした――という話も伝わっている。

 フランスの文豪ロマン・ロランは、「第九」を、嵐の生涯に打ち勝ったベートーベンの「精神(エスプリ)の凱歌」と位置づけている。

 「不幸な貧しい病身な孤独な一人の人間、まるで悩みそのもののような人間、世の中から歓喜を拒まれたその人間がみずから歓喜を造り出す――それを世界に贈りものとするために。彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」(「ベートーヴェンの生涯」片山敏彦訳、『ロマンロラン全集』14所収、みすず書房)と。

 そして「悩みをつき抜けて歓喜にいたれ!」(同前)とのベートーベンの言葉に、彼の全生涯がこめられているとロランは結論している。

 耳も聞こえない。保守的な旧社会の人々からの圧迫もある。妬みもある。病気や経済的・家庭的悩みも尽きない――しかし彼は負けなかった。

 戦った。

 そして勝った。

 あらゆる苦悩の暗雲をつき抜けて、雲上の晴れわたる青空のごとき“歓喜の境涯”にまで自身を高めた。

 「第九」は、そうした人間ベートーベンの人生最終章の勝利の証しである。

 仏法もまた“勝負”である。勝負である以上、当然、敵もいる。

 困難につぐ困難もある。

 しかし、それら一切に勝ちきってこそ、真実にして永遠の幸福はある。

 広宣流布もある。

 ゆえに「断じて勝利を!」と、私は声を限りに訴えたい。

 

生命力を満々と

 さて、昭和18年(1943年)、軍部の弾圧により、牧口先生と戸田先生が投獄された東京拘置所は、東京戸田記念講堂が建つここ巣鴨にあった。

 そして翌昭和19年11月18日、牧口先生が73歳で逝去されたのも、この地である。(=東京拘置所の病監)

 昭和19年8月、当時44歳の戸田先生が、巣鴨の獄中から夫人のお父さまにあてた手紙に次の一節がある。

 「どうか強く生きていて下さい。(中略)今どんなに苦しくても貧しくても、私の生きている限り、『富める者』との自信を失わずにいて下さい」

 国全体が混乱の渦中にあった時代である。激しさを増す空襲。ご子息も疎開。ましてご自分は獄中の身である。

 だが、先生のこのご確信はどうか。――“われ、永遠に富める者なり”“われに連なる者も皆、富める者なり”と。

 信仰こそ最高の「富」である。

 信仰者は、苦難があるほど、より力を出せる。周囲をも幸福にしていける。絶対に動ずることがない。

 皆さまもまた、仏勅をこうむった方々である。尊貴なる地涌の一門である。

 「自分がいる限り、何の心配もいらない」「自分こそ、最高に『富める者』である」との気概で、この人生を強く、また強く生きぬいていただきたい。

 私は毎日、大切な皆さま方のご健康、ご長寿、無事故を、そして幸福を、真剣にご祈念している。

 どうかこれからも、来る日も来る日も生命力を満々とたたえながら、朗らかに、どこまでも朗らかに進んでいただきたい。

 そして皆さま全員が堅実な信心の実践で大福運を積みつつ、壮大なる、また絢爛たる創立70周年(10年後)への歴史を飾っていかれんことを重ねてお願いしたい。

 本日は本当におめでとう。ご苦労さま!

 

VOD新番組に収録された池田先生の指針(1990年11月の本部幹部会で) 

2021年11月19日

第5回本部幹部会

 池田先生のメッセージ

 

 

王者の誇りで人間革命へ飛躍

 慈悲と英知の翼を威風堂々と

 

女性部の1期生は一人も残らず幸福に

心広々と栄光の大空へ羽ばたけ

 

池田先生がかつてしたためた

「教学材宝(財宝)」、「栄光天使空」、「英知広布翼」の書が本部幹部会で紹介された

   

 一、多難なこの一年、全世界の創価家族が、まさに「苦楽ともに思い合わせて」妙法流布に戦い抜き、「創立の日」、そしてまた創立の父・牧口常三郎先生の「殉教の日」を、異体同心で勝ち飾ることができました。

 誠におめでとう!

 本当にありがとう!(大拍手)

 

 御本仏は「妙法の五字を弘め給わん智者をば、いかに賤しくとも、上行菩薩の化身か、また釈迦如来の御使いかと思うべし」(御書新版694ページ・御書全集550ページ)と仰せであります。学会員の一人一人が、どれほど偉大であるか。その福徳が、どれほど絶大であるか。なかんずく、多宝会・宝寿会・錦宝会をはじめ労苦を惜しまぬ宝友の尊き奮闘に最敬礼します。

 一、きょうは、全同志へ感謝と讃嘆を込め、三つの書をお贈りしたい。

 最初に、このたびの『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊を記念して、「教学材宝(財宝)」であります。

 思えば1952年、立宗700年の大佳節に完成した創価学会版・御書全集の発刊の辞に、戸田城聖先生は「今後の補正に最善の努力を尽さん」と記されました。その恩師の誓いを受け継ぎ、御本仏の御聖誕800年のこの年この秋、従藍而青の俊英たちと実現できたことは、大いなる報恩の誠であります。

 「教学」は、まさしく私たちの人生の「財宝」であるとともに、全人類にとって、かけがえのない「財宝」にほかなりません。

 コロナ禍にあっても創意工夫しつつ、各国各地でたゆみなく、教学の研鑽が進められたことは、なんと気高い求道でしょうか。

 地球文明の針路を示す確固たる希望の聖典が求められてやまない今こそ、教学という最も普遍的な生命尊厳の哲理を掲げて、世界市民の大連帯をいよいよ広範に築いていく時であります。

 

 一、次に、わが女子部が女性部の誉れの第1期生として羽ばたきゆくことを祝して、「栄光天使空」であります。

 「創立の日」のきょう、御書新版の発刊と同時に、女性部が新出発することは、華陽の乙女たちに「教学で立て」と望まれていた恩師もきっと笑顔で見守っておられることでしょう。

 とともに、恩師が創価の愛娘たちに念願されたことは、「一人も残らず幸福に」ということでありました。

 御書には、「この経(法華経)は女人成仏を手本としてとかれたり」(御書新版1738ページ・御書全集1311ページ)と仰せです。

 どうか、女性部の皆さんは、

 何があっても題目を唱え抜き、

 一人も残らず「幸福の天使」として、

 また「平和の天女」として、

 「歓喜の中の大歓喜」の舞を、

 楽しく仲良く伸びやかに繰り広げていってください。

 そして家族や友人を大切に、

 心広々と新しい地涌の仲間を創り、

 皆を栄光の大空へいざなっていただきたいのであります。

 

 一、最後に、新たな「青年・飛躍の年」の開幕に当たり、「英知広布翼」であります。

 大宇宙の森羅万象は、

 瞬時も止まることなく、

 生成流転を続けています。

 その一切をよりよく変転させていく

 究極の法則が妙法であります。

 この力を自他共に発揮して、

 「月々日々に」惰性を打ち破り、

 目覚ましい生命の飛躍を成し遂げ、

 よりよき社会を創造していけるのが、

 人間革命の大仏法なのであります。

 大聖人は、

 「にくまばにくめ」という毅然たる信心を貫き、

 同志を護り、

 後継を育てている健気な千日尼に示されました。

 「この経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり、師子王のごとし。空飛ぶ者の王たり、鷲のごとし」(御書新版1737ページ・御書全集1310ページ)と。

 明年は、

 師恩に報いようと

 広布拡大の飛躍を果たした「二月闘争」から70周年――。

 共々に、正義と勇気の師弟不二の師子吼を混迷の世に放ち、

 悩める友を包み励ます慈悲と英知の翼を大きく広げながら、

 威風堂々と王者の誇りで飛躍しようではありませんか!

 一、70年前、師弟の力で完成した御書全集に、恩師は和歌を認め、私に贈ってくださいました。

 その信頼の一首を、愛する不二の青年に、そして青年の心で立つ全宝友に贈り、私のメッセージとします。

  

 山を抜く

  力はみちたり

   若き身に

  励み闘へ

    妙法の途に

  

 日本のため、

 世界のため、

 未来のために、

 創価は勝ち進もう!(大拍手)

 

2021年11月19日第5回本部幹部会

2021年11月19日

第5回本部幹部会

原田会長

次なる「広布の山」へ新展開を

 

 一、女性部の新出発とともに、晴れ晴れと迎えた「創立の日」を記念する「第5回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。

 

 すでに聖教新聞で報じられた通り、学会は明2022年のテーマを「青年・飛躍の年」と掲げ、前進してまいります。2030年の学会創立100周年への「勝負の10年」の第一歩を完全勝利で踏み出し、明年は、さらに「大いなる広布の山」の登攀を目指して、人材の育成、広布の裾野の拡大に取り組むべき一年となります。

 

 コロナ禍の影響により、孤立や分断が深まる社会にあって、利他の精神で、心の絆を結び強めようとする学会員一人一人の生き方は、創価学会への認識を確実に変化させつつあります。その見えざる触発の積み重ねが、やがては、さらなる地涌の陣列の拡大への飛躍台となっていくことは間違いありません。

 

 と同時に、一人の人生にあっても、難を受け、魔と戦いながら信心を貫くことによって初めて自身の宿命を転換し、絶対的幸福境涯を開くことができるのであり、今の苦境は、そのまま人間革命への飛躍台でもあります。

 また、新たな飛躍のために、どこに力を入れ、伸ばしていけばよいのか。その開拓の最前線は「青年」をおいてほかにありません。

 

 明年は池田先生の入信75周年、

 「二月闘争」70周年、

 トインビー博士との対談開始50周年の佳節を迎えるとともに、

 「第2の七つの鐘」の4番目の鐘が打ち鳴らされる年となります。

 加えて『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊、

 女性部の新出発に当たり、

 64回の年間テーマで初めて「飛躍」の二文字が躍った意義を、

 しっかりと踏まえてまいりたい。

 創立100周年に向け、

 青年を先頭に、

 学会のさらなる飛躍へ、

 広宣流布の新展開を開始する一年にしてまいりたい(拍手)。

 

 一、未曽有のコロナ禍への前例のない対応を通し、かつてない効果も生まれています。

 

 オンライン会合が浸透した地域では、これまで仕事や育児で参加できなかった方や、夜間の外出が難しい高齢者など、協議会の参加者が大幅に増え、対面で開催する座談会の活気も増しているという地区が多くあります。

 実際、21世紀に入って以降、私たちを取り巻く時代状況は様変わりしています。

 

 共働き世帯の数は、

 専業主婦世帯の571万世帯に対して、

 1240万世帯と、

 今や2倍以上にも上っています。

 働く高齢者も、

 60歳から64歳の男女で70%以上、

 65歳から69歳で約半数を占めるなど、

 人々の就業環境だけを見ても激変しています。

 こうした中にあって、

 どうすれば幅広い人材を糾合し、

 積極的に活動へ参加していただけるか。

 また、限られた時間を有意義に活用して、

 友好の拡大に力を注いでいただけるか。

 

 池田先生は『未来対話』で

 「『新しい挑戦』『新しい自分になる』といっても、

 何か特別なことをやる必要はないんです」

 「大いなる飛躍のためには、

 基本がしっかりしていることが重要です」

 と指導されています。

 

 では、その広宣流布活動の「基本」とは何か。

 先生は

 「『座談会』

 『教学の研鑽』

 『一対一の個人指導』である。

 これが牧口先生、戸田先生以来の学会の伝統であるからだ。

 この3本の柱が、

 強力に、忍耐強く、実践される限り、

 やがて時代を動かし、

 人道と正義の連帯を広げ、

 新しい平和の世界を創っていくことができる」

 と教えてくださいました。

 

 「座談会」

 「教学の研鑽」

 「一対一の個人指導」

 ――この3本柱を、

 次なる飛躍を期すための最重要のホシと定め、

 その充実に総力を傾けてまいりたい。

 

 一方で、

 その他の諸会合や打ち合わせ、

 会議などは、

 リーダーが本当に必要最小限のものを、

 効果的かつ効率的に行うよう心掛け、

 その「会合革命」によって生み出された時間を、

 新たな人材の発掘・育成と、

 新たな友好の拡大に充てて、

 飛躍への力を十二分に蓄えてまいりたいと思います。

 

 一、昨年12月から本年1月に行われた調査では、

 60歳以上で、

 相談し合ったり、

 世話をし合ったりする親しい友人がいない人は、

 実に3割を超えておりました。

 若い世代でも、

 SNSなどを通じて“つながり”があふれているようでいて、

 実態は孤独感に包まれているようです。

 本年、行われた調査では、

 20代から30代の2人に1人が、

 日常的に孤独を感じると回答。

 そのうちの5割から6割が、

 コロナ禍で孤独を感じることが多くなったと答えています。

 

 御書には

 「夫れ、木をうえ候には、大風ふき候えども、つよきすけをかいぬればたおれず。本より生いて候木なれども、根の弱きはたおれぬ。甲斐なき者なれども、たすくる者強ければたおれず」(御書新版1940ページ・御書全集1468ページ)と仰せであります。

 

 人間革命と

 立正安国の「根」を強く張る

 私たち一人一人が助け、

 支えるべきたくさんの友が、

 私たちを待っています。

 

 さあ、今までの自分を超える勇気の跳躍から、

 新たな勝利への飛躍を開始しようではありませんか(拍手)。

 

永石女性部長

桜梅桃李のスクラム固く

 

 一、お元気な池田先生、奥さまのもと、11・18「創価学会創立記念日」に、女子部も一体となっての「女性部」の出発となりました。皆さま、大変におめでとうございます。

 

 創立の日を師弟の凱歌で飾ろうと、史上最高の拡大に挑戦し、輝く歴史を残した女子部の皆さん! 立正安国の連続闘争に走り抜いてくださった女性部の皆さん! 今日から共に女性部として出発できる!――これ以上の喜びはありません。

 

 いよいよ全世代にわたる創価の女性のスクラムが誕生しました。

 

 池田先生は

 “女性部のパイオニアである一人一人の人間革命の実証と

 桜梅桃李のスクラムこそが、

 21世紀の女性の

 「幸福勝利」と「平和連帯」の道を

 大きく踏み開けていく”と期待を寄せてくださっています。

 

 私たちは、ますます絆を強くし、尊敬し、信頼し合い、自他共の幸福を広げながら、永遠に広布の未来を開いていこうではありませんか!

 

 一、神奈川のあるヤング白ゆり世代のメンバーは、在日韓国人として偏見や差別を感じながら生きてきました。26歳の時、高校時代の同級生から仏法の話を聞き、人間主義の哲学に感銘を受けて入会しました。

 

 結婚が決まった時も、お相手のお母さんから「信心あるお嫁さんが来てくれてうれしい。これでうちもSGIね」と温かい言葉を掛けられ、“これが創価の世界なんだ”と熱いものが胸に込み上げました。

 

 その後、そのお母さんが病を患い、小学1年の息子さんが発達障がいの診断を受けた時に、「ヤング白ゆり希望カレッジ」の配信を見ました。同世代の人が同じ悩みを抱えながら学会活動に励み、はつらつと生きている体験に大きな希望が湧きました。

 

 彼女は今、「この信心に出合えて本当に良かった。感謝でいっぱいです」と語り、創価家族の励ましの中で、明るく朗らかに前進しています。

 

 一、仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、仏教は人間を中心に据えた宗教であり、仏教の広がりは、社会で最も弱い立場にある人々に「生きる力」を与えることになったとし、次のように語っています。

 

 「池田先生はこれまで、万人の幸福を目指し、世界の知性と対話を重ねてきました。これは偉大な功績です。皆さんには、この世界的な対話運動を継承していただきたい」と。

 

 私たち女性部は、その思想と行動の継承者として、人々に生きる力を送る対話を広げようではありませんか。

 

 「青春の誓い」に生き抜く池田華陽会の皆さん!

 幸福の春を創り広げゆくヤング白ゆり世代の皆さん! 

 そして、どんな闇をも晴らしゆく創価の太陽、女性部の皆さん!

 先生、奥さまと共に、新たなる歴史を築きゆく出発です。

 

 さあ、今ここから、自身と広布の勝利を目指し、新たな挑戦を開始してまいりましょう!(拍手)

 

林池田華陽会委員長

華陽姉妹と希望の連帯

 

 一、このたび、池田華陽会委員長の任を拝しました、林玲子と申します。華陽姉妹の皆さんと、世界一の麗しい連帯を築き、前進していく決意です。

 

 私は、三代会長有縁の地、東京・豊島区で生まれ育ちました。創価学園で学び、迎えた卒業式では、愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を“何があっても負けない自分になります”との思いを込め、池田先生に届けとばかりに一生懸命歌いました。その様子を先生が中継で見ていてくださり、「一緒に歌いました」とのご伝言が。先生は全部分かってくださっているのだと感謝があふれ、生涯、師弟の道を貫くことを誓いました。

 

 一、大学進学後、人と比べ、自信をなくすこともありました。その時、女子部の先輩が「負けない自分に成長するには、折伏だよ」と励ましてくださり、「変わりたい。強くなりたい!」との一心で挑戦を開始。多宝会の女性部の先輩にも対話に入っていただく中、友人を入会に導くことができました。

 

 気が付けば、自身のことばかりで悩んでいた自分が、人のために何ができるかと悩んでいました。広布の誓いに立ち上がった時、縁する人を守り、共に幸福になっていけるのだと、勇気を出す楽しさを心から実感した原点です。

 

 一、先生は「仏道修行といっても、特別なことではありません。善き友と語らい、善き友情を結び広げながら、皆で励まし合って、善き人生を勝ち開いていくことなのです。これが、創価学会です。これが、華陽姉妹です」と教えてくださっています。

 

 明年2月には、池田華陽会として初めての集いとなる「華陽カレッジ」を全国各地で開催します。同世代の友と何でも語り合いながら、一人一人の無限の可能性を輝かせ、自信と誇りをもって前進していきます。

 

 学会創立100周年へ、池田華陽会から、希望の連帯を大きく広げ、広布の未来を開いてまいります(拍手)。

2021年11月19日第5回本部幹部会

2021年11月8日

 

地涌の勇者を諸天は讃嘆

 

 栄光の学会創立の11月、あらゆる試練の嵐を突き抜けて、晴れやかに凱歌の秋を飾ることができた。

 御本仏・日蓮大聖人の御賞讃はいかばかりか。

 牧口先生、戸田先生の会心の笑みが胸に迫る。

 みんな、ありがとう!

 本当にありがとう!

 諸天も諸仏も最大に讃嘆し、皆が大福運に包まれゆくことは、御書に照らして絶対に間違いない。

 ある門下に送られた「異体同心事」の一節に、「あなたは、長年にわたって法華経への奉公を厚くされてきた上、この度は誠に勝れた御志が見られると、人々も彼らも讃えています。一つ一つ、私(大聖人)が承って、日天にも天照太神にも申し上げています」(1463ページ、通解)と仰せである。

 この御聖訓さながら、皆が互いに褒め讃える連帯こそ、創価の麗しき世界だ。

 今月の座談会では、広宣流布と立正安国に生き抜いてこられた多宝の父母をはじめ気高き地涌の勇者を一人一人、サーチライトを当てるように、心から労い、宣揚していただきたい。

 そこに、大歓喜が躍動し、福徳が倍増するからだ。

 戸田先生が言われていた通り、「慈愛に満ちあふれた、この世で一番楽しい会合」としていこう!

 ◇ ◆ ◇ 

 1957年(昭和32年)の11月8日、私は男女青年部のリーダーの会合に出席し、喜びを日記に留めた。

 「皆の元気、天をつく。頼もし。色心共に、飛躍しゆく、この青年たちが、未来を創造するのは当然の理。刻々と見事な成長」とある。

 今、その幾千万倍ものスケールで、日本全国、全世界の青年たちの成長と飛躍をつぶさに見守れることは、何よりの幸福である。

 大聖人は、騒然たる世相の中、時間をやりくりして、懸命に戦う若き南条時光を「十方の衆生の眼を開く功徳にて候べし、尊しとも申す計りなし」(御書1512ページ)と励ましておられる。

 わが創価の若人が一人また一人と仏縁を結び、新たな友を大切に糾合しゆくことは、全人類の仏知見を開く聖業に通じているのだ。

 ◇ ◆ ◇ 

 この57年の11月といえば、恩師が願業とされた75万世帯の大法弘通を成就する直前であった。

 当時、私が仏法対話を重ねても、批判を繰り返していた友人・知人が、少しずつ理解を深め、好意を示すように変わってきた。

 その感慨を、私は綴った。

 「幾十万の人、過去、敵なれど、今、味方となる。未来も、また幾百万の批判の人、必ず、味方に変わり、広布の陣列に連なりゆくことよ。大宇宙の法則――」と。

 時は巡り、日本のみならず世界中の各界の識者の方々も、「創立の日」を心から祝賀してくださる時代となった。感謝に堪えない。

 その陰には、今月に記念日を飾る文化本部、社会本部、地域部、儀典部など、誠実に忍耐強く貢献を貫き通してくれた、模範の友の労苦があることを、決して忘れまい。

 ◇ ◆ ◇ 

 音楽隊の創価グロリア吹奏楽団と関西吹奏楽団が、全日本吹奏楽コンクールで共に金賞を勝ち取った。創価大学のパイオニア吹奏楽団も銀賞を獲得している。コロナ禍の逆境を皆で突破し、つかんだ栄冠である。

 艱難を越えて鍛え上げた創価の負けじ魂の本領を、それぞれの誓願の天地で、いよいよ発揮する時だ。

 我らの平和・文化・教育の大行進で、地域にも地球にも、希望と勇気を送りゆこうではないか!

 

2021年11月8日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉 

2021年11月1日

教育の“信ずる力”で人類の善性を開花

 

生態系から大宇宙まで

トインビー博士と展望した未来

 

生命讃歌が響く共生の文明を

 

 一、世界の教育・学術の眼目と光る先生方をつなぐ今回のシンポジウムには、各国・各地域からご出席いただき、活発な討議と探究が進められると伺っております。

 尊い研究と啓発を営々と貫き通されている、心から敬愛してやまない先生方に、私は改めて最大の感謝を捧げます。

 わが創価大学にとりましては、創立50周年を飾る誠に意義深い開催となり、創立者としてこの上ない喜びであります。

 本シンポジウムに掲げられた「人類の共生と世界市民教育」との最重要のテーマに即して、3点にわたり、簡潔に所感を述べさせていただきます。

 

 一、第一に、「教育の“信ずる力”で、人類の善性の開花を!」と申し上げたい。

 昨年の3月に、WHO(世界保健機関)が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言してから1年と7カ月が経過しました。感染拡大の勢いが低下しつつある国が見られる一方で、深刻な打撃に今も苦しんでいる国も多く、感染症という人類共通の課題を解決するために、いやまして国際協力が必要とされるのは論をまちません。

 

温暖化の進展は地球の厳戒警報

 

 また本年8月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最新の報告書を発表し、人間活動の影響で地球温暖化が進んでいることについて「疑う余地がない」と断定しました。グテーレス国連事務総長は、報告書を「人類に対する厳戒警報」と強調し、今月末から始まるCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の成功を呼び掛けております。

 まさに国際社会は今、国益や自国のみの安全を最優先させる形で「分断」の溝を深めて、甚大な被害を拡大し続けてしまうのか、それとも「人類の共生」に向けて、「協力」という道を選び取るのか、大きな岐路に立たされていると思えてなりません。

 そして、この共生への選択に立ちはだかる一凶こそ、「人間が持つ可能性への不信感」とは言えないでしょうか。この不信感は、自分に向かえば無力感や諦めをもたらし、他者に向かえば偏見や分断をもたらします。

 一、翻って「教育」は本源的に、「人間生命への絶対的な信頼」から出発しております。

 私自身、教育を生涯の事業と定めた一人として、人間の善性と青年の可能性への絶対的な信頼を、近くは創価教育の創始者・牧口常三郎先生から、遠くは“人類の教師”たる釈尊から受け継いできました。

 釈尊は大乗仏典の精髄たる「法華経」において、仏の出現の因縁を「衆生をして仏知見(仏の智慧)を開かしめんと欲す」ゆえであると宣言しております。

 この意義について、「もし衆生に仏知見無くんば、何ぞ開を論ずるところあらん」と展開したのは、天台智顗でありました。

 その思想を貫いているのは、誰人にも尊極の生命が具わっており、逆境や困難も乗り越える智慧と勇気を発揮する力が宿っているとの確信であります。

 それを信じ抜いて一人一人に働き掛け、自覚せしめ、開き伸ばしていく。と同時に他者の尊厳にも目を開かせ、共に手を携えて、幸福へ平和へ生命を十全に開花させていく。ここに、教育という聖業の挑戦があると言えましょう。

 牧口先生も深く共鳴していたアメリカの大教育者デューイ博士が「五四運動」の最中に中国を訪れ、2年2カ月にわたり教壇に立った足跡が思い起こされます。

 中国教育学会の会長を務められた、尊敬する顧明遠先生が指摘されていたように、デューイ博士は青年たちに満腔の希望を寄せられたのであります。

 博士は、「人々がすべて自己の価値を知っていたらば、社会はきっと変化をもち進歩をもつ」(永野芳夫訳・大浦猛編『デューイ:倫理・社会・教育 北京大学哲学講義』飯塚書房)と力説されました。

 今こそ私たちは、教育の原点というべき“人間が持つ可能性を信ずる力”をいやまして強く深く発揮し、一人一人の若き生命をさらに伸びやかに、さらに豊かに開花させていきたいと思うのであります。そこにこそ、現代に蔓延する深刻な無力感から人々を解き放ち、社会の分断の分厚い壁を打ち破る希望が見いだせるからです。

 一、第二に申し上げたいのは、「青年の“負けじ魂”で、価値創造の大連帯を!」という点であります。

 私の恩師であり、希有の人間教育者であった戸田城聖先生は、70年前、青年であった私たちに、「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と指針を贈ってくださいました。恩師は青年を励まして、あえて人生と社会の厳しい試練に立ち向かわせる中で薫陶されるのが、常でした。それは、青年の「熱と力」、すなわち何ものにも屈しない“負けじ魂”を信ずるゆえであったに違いありません。

 恩師自らが、若き日から苦学に苦学を重ねるとともに、戦時中は、師匠と仰ぐ牧口先生にお供して、日本の軍部政府の弾圧による2年間の投獄にも耐え抜き、戦後、新たな人間革命の民衆運動を起こした究極の負けじ魂の闘士でありました。

 頼もしいことに、今、若き世界市民たちが各国・各地で、コロナ禍という緊急事態にも、力を合わせ、英知を出し合って、創意工夫し立ち向かってくれています。

 わが創価大学でも、とりわけ留学生の友が賢くたくましく逆境をはね返しています。多くの国々の多彩な学友と励まし合い、支え合って、仲間や地域や社会に貢献しながら、一回りも二回りも見事な大成長を遂げてくれているのであります。

 中国をはじめ世界のさまざまな文化に心を開いていた、かの文豪ゲーテは、「創造は多様性なくしては考えられない」(山崎章甫訳『詩と真実』岩波文庫)と語っておりました。思いも寄らぬ艱難からの挑戦に対し、まさしく多様性を生かし合って応戦する若き世界市民の連帯から、必ずや偉大な価値が創造されることでありましょう。

 恩師から学んだ中国の英知の言葉に「異体同心」そして「変毒為薬」とあります。

 感染症や気候変動をはじめとする人類共通の難題は、あらゆる差異を超えて、心を同じくして取り組む契機となります。教育の結合の力を軸として、それぞれの個性を尊重し合い、触発し合って、毒をも薬へと転ずる価値創造の大連帯により、21世紀の新たな地平が開かれゆくことを、私は信じ祈りたいのであります。

 一、第三に申し上げたいことは、「生命の“調和の智慧”で、地球生態系と共生の文明を!」という点であります。

 20世紀を代表する大歴史家のトインビー博士と私が対談をして半世紀になろうとしています。全人類の平和・共生を展望するとともに、大自然・大宇宙との調和・共生まで志向したことが懐かしく思い出されます。

 

偉大な人は万物を一体とみなす

 

 トインビー博士は、人間は宇宙の一市民であるとするギリシャ哲学のストア学派の主張や中国の王陽明の「偉大なる人は、天地万物をみな一体とみなす」との世界観に共感を述べられておりました。こうした先哲の洞察も、また地球生態系への最先端の科学的知見なども、生命それ自体に調和・共生を織り成していく妙なる力が本然的に具わっていることを照らし出しております。

 真実の喜びとは何か。私は、尊い現場で若人の命を慈しみ育んでいる世界の多くの教育者の方々と、それは「自他共に喜ぶこと」であり、「共々に智慧と慈悲を発揮することである」と語り合ってきました。

 人類、地球生態系、そしてさらには大宇宙へと広がる壮大なる連関の中で、生命の歓喜の讃歌を謳い上げてゆく共生の文明を、世界市民教育の光明で照らし示していきたいと、私は願うのであります。

 一、結びに言及したいのは、デューイ博士が、先に触れた北京大学での講義において青年たちを前に述べていた、気宇壮大な呼び掛けです。

 博士はそこで、「二千年後の人類ははたしてどんなものなのか」(前掲書)との問題提起をしました。

 その上で博士は、それは、もちろん知り得ない世界であるとしても、ただ暗中模索するのではなくして、我々の希望する目的へ、確固たる「教育哲学」で指揮しリードしていこうと呼び掛けたのであります。

 尊き先人たちの魂の呼び掛けに真摯に誠実に応えつつ、はるかなる人類の未来を創り開かれゆく崇高なる「教育哲学」のシンポジウムに、今再び、心からの尊敬と感謝を捧げ、私のメッセージといたします(大拍手)。

 

2021年11月1日52大学・機関の研究者が参加

 池田思想国際学術シンポジウムから㊤ 池田先生のメッセージ

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 

 凱歌の秋へ勇者共戦

2021年10月14日

今再び「大いなる広布の山」を登れ!

  

 広宣流布に生きゆく我らは、御本仏と常に共にある。

 日蓮大聖人は、甲州(山梨)と「一千里の山海」を隔てた佐渡の老いたる功労の国府尼に仰せになられた。

 「日蓮こい(恋)しく・をはせば 常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををが(拝)ませ給え、いつ(何時)となく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり」(御書一三二五ページ)

 妙法で結ばれた創価家族には、日天・月天という天の明鏡にも映し出されゆく、壮大なロマンの絆がある。日本中、世界中の地涌の宝友と誓願の祈りを一つに、共に励まし合い、異体同心の大連帯を広げゆくのだ。

 

模範の勝利島部

 

 去る十月七日は、「勝利島部」の日であった。

 この記念日に際して、全国の二百三十を超える島々で活躍されている、多くの友の近況を伺った。

 北は北海道、東北から、東京、信越・北陸の島々、中部、関西の島々、広島など中国、四国の島々、南の九州・沖縄の島々まで――。

 草創より、無理解な批判の中、忍耐して根を張り、地域の発展のために汗を流し、厚い信頼を勝ち得てきた多宝の父母がおられる。

 負けじ魂を燃やし、コロナ禍の苦難とも闘い、人間革命の実証を示しゆく同志がいる。島の“希望の宝”と光る、凜々しき男女青年部、未来部の友もいる。

 どんな烈風もはね返し、友好と貢献の見事な模範を打ち立てている創価の不軽菩薩たちに、私は合掌する。一つ一つの島に届けと題目を唱え、一人ひとりに福徳安穏あれ、栄光凱歌あれと祈る日々である。

 大聖人は、荒海に浮かぶ佐渡で、門下はもとより島の人びとを大きく包容されながら、「一閻浮提広宣流布」の未来記を宣言された。

 「一身一念法界に遍し」(同二四七ページ)である。

 地涌大願の一念は、どんな限界をも破る。

 一つの島の広布、一つの地域の立正安国は、紛れもなく「一つの世界」の広布であり、立正安国なのである。

 御本仏は「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と門下を激励された。

 私たちは、いずこの地にあっても、わが使命の郷土、地域で、広布を託された幸福責任者なりと、誇りに胸を張っていきたい。

 

母の「豊富な力」

 

 佐渡の千日尼へのお手紙には、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同一三一二ページ)と記されている。

 牧口・戸田両先生以来、このお心を拝し、母たち女性たちを大切にするのが、創価の師弟の心である。

 早いもので、私が長編詩「母」を作ってから、半世紀になる。一九七一年(昭和四十六年)の十月、大阪市の東淀川体育館で行われた関西婦人部幹部会が、発表の場であった。

 あの“大阪の戦い”から十五年。私と共に、けなげに奮闘してくれた常勝関西の母たち女性たちに真っ先に贈りたかったのである。

 まだ推敲の跡が残る詩の最終原稿を携えて、妻が私の名代として参加した。

 「母よ!/おお 母よ」

 「あなたは なんと不思議な力を/なんと豊富な力を もっているのか」

 私が詩にうたった感嘆と敬愛は、今も変わらない。

 否、これからこそ、女性たちの「豊富な力」が輝き光っていくはずだ。

 折々に、クリームイエローの気品ある創価世界女性会館の前を通るたびに、妻が笑顔をほころばせる。

 二十一世紀開幕の前年、「婦人」ではなくして「世界女性」との名を冠して誕生した殿堂の意義は深い。

 日眼女(四条金吾夫人)に送られた御書には、妙法の大功力を譬え、「明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや」(一一〇九ページ)と仰せである。

 太陽と月の如く、蓮華の如く、まさに今、人びとに幸と智慧を送り、生命尊厳の女性の世紀を勝ち開く、希望のスクラムが新生しようとしている。

 来る創立記念日の十一月十八日を期して、女子部が女性部として新出発する。いよいよ多様性の時代をリードし、桜梅桃李の個性をのびやかに尊重して生かし合い、朗らかな幸福と平和の大前進が始まるのだ!

 いかなる混迷の世の闇も打ち払う、この創価の宝光を世界が待っている。

 

青年の大確信で

 

 青年の秋だ。希望の秋だ。そして勝利の秋だ!

 大文豪ゲーテは言った。

 「青年は青年にたいしてもっとも強く働きかける」「これが世界を活気づけ、精神的にも肉体的にも死滅せしめない力なのである」と。

 七十年前(一九五一年)の十月、私たち青年部は猛然と立ち上がった。

 皆が若き胸に抱いていたのは、恩師からいただいた指針「青年訓」である。

 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である

 「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ

 その一言一言に、男子部も女子部も心躍らせた。

 恩師は、さらに“同志の士気を鼓舞し、広宣流布の大願の中心人物たることを、自覚せよ”と絶大なる期待を託されたのだ。

 翌月、東京都内で行われた学会全体の総会で、私は男子部を代表して「青年の確信」と題する決意発表を行った。当時は班長だったから、今でいえばニュー・リーダー、地区リーダーに当たるだろうか。

 それは、恩師の「青年訓」への報恩の誓いであった。

 「われら青年は、そのお言葉を絶対虚妄にいたしません」「闘争力と、勇気に満ちたる青年が、学会青年の確信であります」と――。

 この総会で戸田先生は、弟子に応えてくださるかのように、「創価学会の大誓願」と題して講演された。

 「北条時宗への御状」――文永五年(一二六八年)、執権の北条時宗を諫暁された御書を拝して、訴えられたのだ。

 “創価学会の魂とは、この日蓮大聖人の魂を魂とし、一乗妙法の力で、全民衆を救うのが、学会精神であります”

 この日から十年後(一九六一年)の十一月――。

 「男子部の日」の淵源となった五日の男子部総会には十万人、そして十二日の「女子部の日」の淵源となった女子部総会には八万五千人の友が、勝ち鬨をあげて集ったのである。

 この時、私が第三代会長として指揮を執り始めて一年半――生命の宝塔を林立させゆく青年たちの「勝利」の二字こそ、恩師に捧げる「師弟不二の誓願の結晶」となったのである。

 

舞を舞うが如く

 

 それから、さらに二十星霜を経た一九八一年(昭和五十六年)。「青年の年」と銘打ったこの一年、私は、総東京はもちろん、東海道、関東、関西、信越、中部と、列島各地、そして北中米、ハワイ、ソ連(ロシア)、欧州と、世界中を駆け巡った。

 一人の青年が本気で立ち上がれば、「二人・三人・百人と」広宣流布の陣列は必ずや広がっていく

 師の心を、わが心とする若人が一人いれば、その地域、その国の未来は明るい。これこそが、私が恩師のもとで先駆けた道であった。ゆえに、直接、会える、会えないではなく、私は、あらゆる機会を捉え、全精魂を注いで青年を励ました。

 この年の九月に行われた「北海道青年部総会」の大成功を報じる聖教新聞を手に、私は「見たか! 北海道の青年が立ち上がったぞ!」と快哉を叫んだことも懐かしい。

 十一月には、私は東京と関西で「嗚呼黎明は近づけり」の歌の指揮を執り、四国では、青年と共に「紅の歌」で新時代の暁鐘を打ち鳴らした。そして、「青年の年」の総仕上げが、九州・大分での長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」の誕生であった。

 この勇者の共戦によって本格的に始まった反転攻勢から、今日に至る世界広布の大道が開かれたのだ。

 大聖人は、「大悪を(起)これば大善きたる」(御書一三〇〇ページ)と断言され、勇み立つ生命を、「ま(舞)いをも・まいぬべし」「立ってをど(踊)りぬべし」、そして「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」と明かされている。

 大悪――最も大変な時こそ、大善へと、自分自身を、さらに社会をも転じていけると勇み、立ち上がるのが、仏法者にほかならない。 

 そこには、憂いも悲嘆も、感傷も諦めもない。喜びだ。最高無上の妙法を実践する大歓喜であり、わが使命を果たす誉れである。これほど尊く充実した「青春の勝利劇」はないのだ。

 当時の若師子も、華陽の乙女も、まっしぐらに広布の山を、私と一緒に登攀し、後継の陣列を築いてくれている。皆、私の生命の奥底から離れることはない。

 今再び、我らの前には「大いなる広布の山」がある。学会創立百周年の二〇三〇年へ、さらに二十二世紀の民衆勝利を開くために、越えてゆかねばならぬ山だ。

 ゆえに私は、今再び、愛し信ずる地涌の君たちに、声を大にして訴えたい。

 この山を登攀したならば、見える限りの世界がすべて君たちのものだ!

 その所願満足の歓喜の法戦こそ、無上道の人生であり、青春であるがゆえに、私はすべてを本門の君たちに託したい!――と。

 

 ゲーテの言葉は『詩と真実 第2部』山崎章甫訳(岩波文庫)から。

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

わが胸に燃やせ開拓魂

2021年9月23日

立正安国へ平和と幸福の潮を!

  

 秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。

 さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。

 そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。

 御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。

 私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。

 

宗教の使命とは

 本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。

 先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。

 ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。

 先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。

 相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。

 

常勝関西の初陣

 先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。

 一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。

 私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。

 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)

 この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと誓い合ったのである。

 関西の地区部長、地区担当員(現在の地区女性部長)たちは、一念を私の一念に合わせて脈動させ、跳躍し、共に険路を越えてくれた。

 法華経二十八品の最後に普賢菩薩は誓いを立てる。

 すなわち、「法華経の行者の苦しみを除き、安穏ならしめ、魔や魔民が付け入らないように護ります」。「大いに歓喜して精進できるよう励まします」。さらに、「法華経を全世界に流布し、決して断絶させません」等と。

 御本仏から「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と託された使命の天地で、この普賢の誓いを遂行するリーダーこそ、地区部長、地区女性部長なのだ。

 「“まさか”が実現」の関西の初陣は、まぎれもなく全地区の凱歌であった。

 

偉大な志に立つ

 大阪の戦いに続く同年九月、恩師・戸田先生から、私は「山口開拓指導」の総責任者に任じられた。

 当時、私は日記に記した。

 「義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」

 源義経も、高杉晋作も、“世の中狭し”と時代を乱舞し、各地にその勇名を馳せた。義経は“我を手本とせよ”と兵庫の鵯越の坂を駆け、讃岐の屋島へ、長門の壇ノ浦へと追撃した。

 一方、高杉晋作は幕末の長州で、維新回天の大業を開いた。その祖先は安芸国高田郡(現在の広島県安芸高田市)に居を構え、後に毛利氏に仕えた戦国武将とされる。「高杉」の名を冠した城跡もある。

 さて、幕末乱世、晋作が二十一歳の時に転機が訪れる。敬愛する師の吉田松陰が処刑されたのである。

 弟子は師匠の無念を晴らさんと立ち上がる。そのための開拓が、各地の志士と心を結ぶことだった。翌年、故郷の萩を起点に、大阪、堺へ、関東、信越、北陸へと駆け巡った。

 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」との縦横無尽の行動は、短日月に歴史回天の礎を築くのだ。

 晋作が自らに課したのは“困ったと言わないこと”である。「いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなる」との確信に立っていた。

 晋作が結成した「奇兵隊」の隊士となる条件は、身分でも経歴でもない。志があるか否かであった。 

 「」――これこそ、山口開拓指導に携わった同志に共通する自発の力である。

 恩師は言われた。

 「学会は日本の潮である。平和と幸福の潮である。この潮を、全世界の潮流として、地上に理想の社会をつくっていこうではないか

 この大理想を実現するのだと、友は山口に駆けつけてくれた。東京、関東、関西、岡山・広島など中国はもとより、北海道、東北、東海道、中部、さらに九州、四国からも、広布の志に燃え、困難を突き抜けて開拓の対話に挑んだのである。

 思うように拡大が進まないと悩むリーダーたちとは「必ずできる。我らは民衆を救うために来た地涌の菩薩ではないか」と自負し合い、一緒に壁を破っていった。

 この年(一九五六年)の十月から翌年一月までに三度、延べ二十二日間の戦いで、山口の世帯数は約十倍に飛躍し、新たな地区が澎湃と誕生したのである。

 

縁した「一人」と

 なぜ、この短期決戦に勝てたのか。それは、どこまでも「一人を大切に」したからに他ならない。

 戸田先生は当時、幾度となく語られていた。

 「たった一人でも聞いてくれる者がある。一人の人に会えばよい

 人数ではない。一対一の対話を大事にして、縁した「一人」と心を通わせることが、一切の原点である。

 そして一人の顔が見える座談会こそ学会の縮図であり、地区は励ましのネットワークの中心基地である。地域に友情と信頼を広げる民衆の城であり、桜梅桃李の和楽の園なのだ。

 地区こそ霊山の一会なり――私は、大切な座談会を希望と活力の会座にと、若き日から先駆した。

 ある時は、東京・足立区高野町(現在の江北四丁目)で行われた座談会に伺った。青年が育っていることを心から喜ぶ支部長の姿は、目に焼き付いて離れない。

 北区東十条の北会館(当時)での地区座談会のことも蘇る。新来の友人たちも入会を決意された。

 皆、愛する地元への貢献を一段と強めていかれた。現在も、地域の商店街などが大いに栄えていると伺い、嬉しい限りである。

 沖縄の同志が、垣根なく開かれた、楽しく賑やかな座談会で郷土の発展の力を結集してこられたことも、希望のモデルである。

 

大情熱は消えじ

 一九六〇年(昭和三十五年)十月、東西冷戦の最中、恩師の写真を胸に旅立った世界広布の開拓も、「一人」の激励、「一地区」の結成から出発した。

 いかなる時代状況であれ、一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こしゆくのが、我らの広宣流布であるからだ。

 忘れ得ぬ光景がある。

 一九七九年(同五十四年)十一月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会で、北海道・留萌管内の天売島から参加した七十二歳の大ブロック長(現在の地区部長)が素晴らしい体験発表をしてくれた。

 烈風に負けず、地域広布へ「激流の如き情熱」を燃やし、「果てしなく広がる大空の如き夢」をもち、「鉄石の決意」で戦い続けると師子吼したのだ。

 この広布大願の闘魂に応えて、私は第三代会長辞任後、初めて「威風堂々の歌」の指揮を執った。

 

 ◇ 

 七十年前、私は担当する地区で広布の開拓を、青春の熱誠で開始した。日記には、“わが地区が完璧になるよう、御本尊に祈る”との真情を繰り返し綴っている。

 今も変わらぬ心で、日本全国、さらに全世界の全ての地区に届けと、妻と共に題目を捧げる日々である。

 偉大な地区部長、地区女性部長の健康長寿とご一家の栄光勝利、そして地区の全宝友の幸福安穏を祈り、記念の句を贈りたい。

  

 地区部長には――

 

  不二の指揮

   地涌の黄金柱に

       凱歌あれ

     

 地区女性部長には――

 

  福徳の 

   創価の太陽よ

       舞い光れ

 

 さあ、わが地区の異体同心の同志と共々に、地涌の開拓魂を燃え上がらせて、新たな民衆凱歌の金字塔を打ち立てようではないか!

仏法で人格の芯を固めよ

 

 正義の青年は、もとより多事多難である。だからこそ、偉大な人格が鍛えられる。

 日蓮大聖人は、若き南条時光を繰り返し励まされた。「たがふ事あらば・いよいよ悦びとこそおもひて」(御書1542ページ)等と。

 思うようにいかないことがあればあるほど、いよいよ喜び勇んで剛胆に立ち向かうのだ。

 この勇気ある不退の信心を受け継いでいるのが、創価の青年たちである。

 ◇ ◆ ◇ 

 きょう8月31日は「学生部の日」。

 さらに、9月9日の「女子学生部の日」も間近である。

 感染症の拡大が続き、学業や生活や進路など万般にわたり、苦労が絶えないであろう。

 その中で、男女学生部の友はスクラム凜々しく「行学の二道」に励み、「立正安国」の対話を広げている。皆、智勇と福智の哲学者だ。

 イギリスの歴史学者・トインビー博士との懇談の折、21世紀の青年へ助言を求めると、一言、「忍耐強くあれ」と語られた。挑戦と応戦という視点から人類史を俯瞰されてきた博士の一つの結論である。

 今、大仏法の生命尊厳の哲理を掲げて、現代文明からの挑戦に忍耐強く応戦している君たちこそ、新たな地球文明の黎明を告げる旭日なりと、私は讃えたい。

 トインビー博士が、困難な時代のリーダーの要件に、

 一、洞察力

 一、節度

 一、度量

 一、持久力

 の4点を挙げられていたことも、思い起こされる。

 特に度量について博士は、苦しいことさえ楽しそうに耐え忍んで乗り越えていく達人芸のような力とされた。

 「御義口伝」には、「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)と仰せである。

 大聖人が示された仏道修行の真髄を、生き生きと現実社会で展開しているのが、学会活動にほかならない。

 学生部出身者の中には、コロナ禍の今、命を救う最前線である医療に従事している友もいる。

 後継の若人たちも、地涌の使命の青春を思う存分、乱舞し、仏法で人格の芯を揺るぎなく固め、新時代の指導者群を築き上げていただきたい。

 ◇ ◆ ◇ 

 宝の未来部の鳳雛たちも、新学期である。

 一人ももれなく、健やかに、伸び伸びと安心して前進し、成長していけるように、これまで以上に、皆で題目を送り、応援していこう!

 創価家族の「教育力」で、いやまして希望の未来を創り開いていくのだ。

 

2021年8月31日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉 

 

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 平和を創る信念の対話

2021年8月24日

誠実に朗らかに希望の哲学を語れ

我は進む! 師弟誓願の「この道」を

 

 

 西日本を中心に、各地で続発した大雨災害に、心よりお見舞い申し上げます。

 「立正安国論」に示されているように、「暴雨」は古来、「疫病」などと並んで、民衆にとって大きな「難」であります。

 コロナ禍、自然災害……今も打ち続くこの苦難に負けず、民衆一人ひとりが、どう変毒為薬していくか。それを地域、社会、世界という次元から考え、祈り、力を合わせて行動していく。ここに私たちの「立正安国の誓い」があります。

 復旧支援に尽力されている方々に、またコロナ禍の中、医療従事者はじめ命を守るために奮闘されている皆様に、深く感謝します。そして尊き宝友の健康長寿と無事安穏を、ひたぶるに祈っております。

 

共戦の旅へ出発

 

 八月は、世界の不戦への誓いを強め、人類の平和へスクラムを広げゆく月――と言えよう。

 恩師・戸田先生に、十九歳の私が初めてお会いできたのは、一九四七年(昭和二十二年)の八月十四日、三回目の終戦の日の前夜であった。敬愛する長兄の戦死の公報が届き、母が慟哭する姿を見てから約三カ月後のことである。

 信念の獄中闘争を勝ち越えられた平和の民衆指導者から、「正しい人生」の道を示していただき、猛暑の二十四日に入信した。「広宣流布」即「世界平和」の大願を掲げて、師弟共戦の旅に出発したのである。

 入信三年となる一九五〇年(昭和二十五年)の八月二十四日には、先生の事業の最大の苦境の渦中、師弟して生命尊厳の機関紙・聖教新聞の発刊を構想した。

 その二年後の八月十四日夕刻、私は特急「つばめ」で淀川の鉄橋を渡り、広布の新天地を開く決意で大阪へ降り立った。この夜、堺市内で行われた座談会に出席し、強く明るい庶民の集いから“常勝関西”の建設へ、生き生きと勇戦を開始したのである。

 さらに三年後の八月には、師の故郷・北海道の大地で、“夏の陣”さながら広布拡大に先駆した。日々、御書を拝し、「仏法を源泉に偉大な社会を開こう!」と励まし合い、日本一の弘教で戸田先生をお迎えしたのは、入信満八年の八月二十四日であった。

 一年また一年と、原点の八月に師弟の勝利を刻みながら、不退の同志と共に、わが壮年部の戦友と共に、平和と人道への「この道」を歩み通してきたのだ。

 「立正安国論」の結びに記された誓願には、「速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん」(御書三三ページ)とある。

 何があろうが、我らは強盛に妙法を唱え、正義の旗を高く掲げて進む。苦悩する一人に関わり、民衆の幸せと天下の泰平のために戦う。忍耐強く、粘り強く、誠実な対話で、現実社会の安穏への道を開き、自他共に「一生成仏」という永遠の幸福を築いていくのだ。

 

負けない一生を

 

 戸田先生と私の最初の出会いの翌日は、奇しくも仏教発祥の天地・インド共和国の独立の日であった。

 今年、生誕百六十年を迎えたインドの詩聖タゴールの叫びが改めて胸に迫る。

 「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている

 これはタゴールが日本で詠んだ一詩である。

 彼は一九一六年(大正五年)、神戸に初来日の第一歩を印すと、大阪、東京へ。横浜には長期滞在し、この夏、今の北区・飛鳥山の渋沢栄一翁の私邸や、茨城の五浦にも足を運んだ。長野の軽井沢で、女子学生らと緑陰懇談も重ねている。

 先月、インドから嬉しい報告が届いた。女子部結成記念日の七月十九日、インドの“華陽姉妹”が五万人に達したというのだ。

 コロナ禍にあっても、「如蓮華在水」の清らかで強靱な生命で、美事な幸の花園を広げてくれている。

 

 「負けない人は幸福

  恐れない人は幸福

  信つよき人は幸福

  皆さまは幸福の王女なり」

 

 ――三十年ほど前、インドの女性たちへ、妻と贈った指針である。

 

 私の妻も、同志たちと常々「負けない一生を」と、心に期してきた。

 九歳で家族と共に信心を始めた妻も、この七月で満八十年となった。牧口先生の手を引いて自宅の座談会へ案内した草創の“未来部”であり、戸田先生のもとで女子部の一期生、そして“ヤング白ゆり世代”としても奮闘してきた。

 インドをはじめ世界の平和の太陽たる女性たちが、一人ももれなく「負けない」一日一日を積み重ね、幸福勝利の人生であれと、妻は題目を送り続けている。

 

魔性との大闘争

 

 戸田先生が一九五七年(昭和三十二年)の九月八日、横浜・三ツ沢の競技場で、「原水爆禁止宣言」を発表された意義は、あまりにも深く大きい。

 その二カ月ほど後、先生は最悪の体調にもかかわらず、広島訪問を断行しようとされた。戦時下の過酷な二年間の投獄、さらに十数年に及ぶ広布の激闘で、身体の憔悴は甚だしかった。

 お体を案じて中止を進言した私を、先生は叱責し、「死んでも俺を広島に行かせてくれ!」と叫ばれた。

 病状悪化で願望は叶わなかったが、なぜ、それほどまで執念を燃やされたのか。先生は、同志が待っているのだと言われた。特に広島平和記念館(当時)では、同志の新出発の集いが予定されていたのである。

 人類で最初に原爆の犠牲となった広島に赴き、民衆の生存の権利を危機に陥らせている魔性の権力の根を絶つのだ、という烈々たる師の気迫に、弟子の私は感涙を抑えられなかった。

 第六天の魔王との「とられじ・うばはん」という絶え間ない法戦に臨んで、「一度もしりぞく心なし」(御書一二二四ページ)と言われた大聖人の大闘争に、我ら創価の師弟は、勇気凜々と連なっていくのである。

 

“黙すあたわず”

 

 原爆の恐ろしさ残酷さを世界に知らしめた絵画に、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」がある。位里氏は現在の広島市安佐北区の出身、俊夫人は北海道空知管内の秩父別町出身であった。

 敗戦後の占領下、厳しい検閲で、原爆の悲惨な実態が公にされず、語られることがなくなっていく世の中に、「これはいけない」と位里氏は憤怒した。

 「原爆をうやむやにするわけにはいかない、このことは描いて残さなければならない」――その思いが、「原爆の図」の連作に結実していったのだ。

 ともあれ“黙ってはいられない”との、やむにやまれぬ大感情こそ、無関心や臆病や忘却に覆われた社会の中で、真実を救い出す原動力である。

 日蓮大聖人は「言わずんばある可からず」(御書一七ページ)と仰せになられた。

 大聖人が放たれた破邪顕正の師子吼は、七百年の時を超えて、戸田先生が原水爆の奥に潜む魔性の思考を打ち破られた洞察にまで、底深く響き渡っている。

 この恩師の精神を受け継ぐのが、我らの言論戦だ。

 ゆえに「広島原爆の日」にあたる八月六日を、私は小説『新・人間革命』の「起稿の日」とし、“命の限り”と新聞連載を続けた二十五年後のその日を、「脱稿の日」とした。そして恩師が「原水爆禁止宣言」を発表した九月八日、『新・人間革命』の連載を終えたのだ。

 今や、バトンは未来に託された。わが愛弟子であり分身である新時代の“山本伸一たち”が、人生の「人間革命」のドラマを、世界中で壮大に舞い、多彩に綴ってくれている。

 「長崎原爆の日」の九日を中心に、第三十回の節を刻む「青年不戦サミット」がオンラインで行われ、広島、長崎、沖縄の三県をはじめ全国の青年部代表や、男女高等部など未来部の友が、真剣な瞳で参加した。

 不戦と核兵器廃絶への誓いを、後継の青年たち鳳雛たちが、凜然と継承してくれている。これほど頼もしいことはない。

 

邂逅から創造が

 

 先日、レバノン共和国のアラブ科学出版社から、トインビー博士と私の対談集のアラビア語版が発刊された。博士との対談から明年で五十星霜。これで翻訳出版は三十言語となる。

 博士も、きっと喜んでくださるであろう。陰の労苦を惜しまず、ご尽力いただいた全ての関係の方々に、心から御礼申し上げたい。

 博士は、人格と人格の邂逅からこそ、真に新しい創造が生まれると洞察されていた。ゆえに、創価の私たちに、人類を結び、文明を結ぶ「生への選択」の対話を託してくださったのだ。

 今、身近な地域社会にあっても、広範な地球社会にあっても、感染症や気候変動、分断や対立など山積する課題に、一段と対話を繰り広げて英知を結集し、新たな価値創造の力を発揮していかねばならない。

 地涌の世界市民が先頭に躍り出て、人類の宿命転換への連帯を拡大するのだ。

 

最も雄弁な言葉

 

 恩師の膝下で私が戦い始めた若き日、雑記帳に書き留めた民衆詩人ホイットマンの詩の一節がある。

 「人間の肉体は言葉である、千万の言葉である」と。

 口先だけの薄っぺらな言葉ではない。その人の全身から滲み出る勇気と信念、誠実な声、明るい笑顔、そして思いやりにあふれた振る舞いほど雄弁なものはない。その模範こそ、学会の父たち母たちである。

 さあ、それぞれが今いる場所から、自分らしく希望の哲学を語り広げよう!

 「いまだこりず候」(御書一〇五六ページ)という不屈の大情熱をもって、対話の広場に出ていこう!

 愛する若人たちよ、進むのだ。永遠に前へ! 尊き同志よ、朗らかに前へ!

 生命の讃歌、平和の凱歌を、堂々と轟かせながら!

 (随時、掲載いたします)

 

 タゴールの言葉は藤原定訳「迷える小鳥」『タゴール著作集1』所収(第三文明社)、丸木位里は『流々遍歴』(岩波書店)、トインビーは松本重治編訳『歴史の教訓』(岩波書店)、ホイットマンは白鳥省吾訳『ホイットマン詩集』(大泉書店)

 

世界広布新時代

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