先生の記事

2022年6月9日

凱歌の劇を いよいよ胸張り

 

 6月は、牧口先生の生誕の月であるとともに、創価の太陽・女性部の月である。

 4日は世界の華陽姉妹の日であり、あす10日は婦人部の結成記念日だ。

 牧口先生の故郷の新潟・柏崎の市の花は「ヤマユリ」。奇しくも女性部のシンボルである「白ゆり」と合致する。ヤマユリの英語名は「golden-rayed lily(黄金の光を放つユリ)」である。まさに今、「華陽カレッジ」や「創春ミーティング」など、生命の黄金の光を放つ、多彩な人華のスクラムを、牧口先生も、戸田先生とご一緒に、さぞかしお喜びであろう。

 * * 

 71年前の白ゆりの香りも高き婦人部結成の集いで、恩師・戸田先生は御書を拝された。

 「広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱えんことは、大地を的とするなるべし」(新1791・全1360)

 そして、慈父のごとく、「われわれがやっていることは、未来の社会にとっても、日本にとっても、世界にとっても、実に大したことをやっているんだよ。もっと、もっと、自信をもちなさい」と激励されたのだ。

 創価の師弟が貫いている一対一の勇気と誠実の対話――それは先人たちも願い求めてきた、民衆の幸福と平和の道にほかならない。

 アメリカの社会福祉運動家のヘレン・ケラーさんが1948年、来日された折、忘れ得ぬ出会いを結んだ、関西の錦宝会の母がいる。

 岡山のろう学校に学ぶ小学生の代表として、歓迎の花束を手渡した。すると、目・耳・口の“三重苦”を越えてきた不屈の女性は、少女の手のひらに、指で「ありがとう」と書いて、頰を寄せてくれた。その感激を胸に、自分も皆を励ませる人になろうと成長し、やがて妙法と巡り合えたのである。

 この母は今も「ありがとう」という奇跡の言葉を大切に、手話を自在に用い、広布のリーダーの娘さん夫妻やお孫さん方と、愛する兵庫の天地で信頼と友情の拡大に挑まれている。

 * * 

 牧口先生誕生の6日は、「欧州師弟の日」である。各国で記念の集いが平和への祈りを込めて行われた。

 スペインでは、学会の文化会館に隣接する市立公園が「平和庭園」として新たに開園された。長年にわたり公園整備に携わってきた同志の地域貢献の宝処だ。

 宗門事件の嵐が吹き荒れる中、健気なスペインの正義の友と私は語り合った。

 「正しいからこそ、勝たねばならない

 あれから30年余。スペイン創価学会は、当時の80倍近い陣列に発展を遂げ、同国の仏教連盟を代表する団体として、大いなる衆望を寄せられている。

 * * 

 今月が結成記念の学生部、高等部の英才たちも、元気で頼もしい。

 私は妻と毎日、全宝友の健康幸福・栄光勝利を祈りに祈り抜いている。いよいよの信力・行力を奮い起こし、いよいよの仏力・法力を湧き出しながら、胸を張って人間革命と宿命転換の凱歌の劇をつづりゆこう!

 

2022年6月9日〈池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ〉 

2022年5月30日

アメリカ創価大学

第18回卒業式から

 

差異を超えて「人間尊敬」の道を

 

創価の世界市民の真価を発揮し

使命の舞台から21世紀を晴らせ

 

 一、使命深き18期生の皆さん、また、大学院新教育プログラムの7期生の皆さん、晴れのご卒業、誠におめでとう!

 いつにもまして、ご苦労の多い中、勝利の日を共に迎えられたご家族にも、心よりお祝い申し上げます。

 人類の宝たる英才たちを支え育んでくださった教職員をはじめ、全ての関係者の方々、誠にありがとうございます!

 今この時、まさに試練の時代に旅立つ皆さんへ、私ははなむけとして「創価の世界市民の真価を勇気凜々と発揮せよ」と贈ります。

 世界市民にとって普遍の規範というべき「世界人権宣言」――その作成に重要な役割を果たされたブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁の最晩年、私はご一緒に対談集『21世紀の人権を語る』を発刊し、採択までの尊き歴史を留めました。

 東西冷戦下の当時、政治情勢、思想・信条の相違などから議論は激しく対立し、紛糾する中で、最も力を注いだことは何であったか――。

 それは、「世界の各民族の間に“精神的なつながり”を創り出すこと、すなわち、“精神の世界性”を確立すること」であったといいます。

 皆が同じ「人間」という原点に立ち返り、「共通の目標」へ粘り強く語り合う中で、やがて対立を乗り越え、ついに世界人権宣言が採択されたのです。

 私には、この奮闘の昇華が、コロナ禍にも負けず、世界から集った友と熱い議論を交わしながら、共に学び抜き、「平和の建設者」として力を磨き上げてきた卒業生の皆さんの青春と、深く重なるように思えてなりません。

 一、本日、来賓としてお迎えしたシリン・エバディ先生は、投獄など命にも及ぶ迫害にも屈せず、人権と人道の信念の闘争を貫いてこられました。

 先生は2003年、ノーベル平和賞受賞記念のスピーチで、「世界人権宣言」の精神に触れつつ、“21世紀を暴力から解放する唯一の道は、人種、性別、宗教、国籍、社会的な立場の違いを超えて、全ての人々の人権を理解し、擁護する実践にある”と叫ばれました。

 生命尊厳の哲学を体し、価値創造の力を蓄え、人間尊敬の連帯を培ってきた皆さんは、創価の世界市民の真価を、いよいよ賢くたくましく朗らかに発揮し、自らの使命の舞台から21世紀を明るく晴らしていただきたいのです。

 かけがえのない皆さん一人一人と、私はこれからも陽光きらめく「平和の池」の畔で語らう思いで、健康幸福と栄光勝利を祈り抜いてまいります。

 最後に「君よ、あなたよ、地球民族を照らす“希望の光”と輝け!」と申し上げ、お祝いの言葉とします(大拍手)。

 

2022年5月30日アメリカ創価大学 第18回卒業式

2022年5月24日

 

「時」は今!

 対話の旋風で 希望の大道を

 

さあ広布へ 心新たに!

 

 「時」とは、宇宙の大生命が刻む、

 妙なるリズムそのものであろう。

 

 ゆえに、妙法を唱え弘めゆく人生は、

 「時」に適い、「時」を味方にして、

 必ずや幸福そして勝利の春夏秋冬を飾れるのだ。

 

 御本仏・日蓮大聖人は、決然と宣言された。

 「今、日蓮が時に感じて、この法門広宣流布するなり」(新1388・全1023)

 この師子吼に呼応して、戸田城聖先生の指揮のもと「今こそ大法弘通の時」と定め、大行進を開始したのは七十年前、まさしく立宗七百年にあたる一九五二年(昭和二十七年)であった。

 師恩に報いる誓願で、不二の弟子が「慈折広布」へ突破口を開いた東京・蒲田支部の「二月闘争」は、この年であり、わが関西もまた、時を同じくして出陣した。

 立宗の月・四月には、創価学会版の御書全集が発刊された。「御書根本」という永遠の軌道の確立である。

 

“大楠公”の誓い

 恩師の甚深のご配慮で、その翌五月の三日に、私と妻は簡素な結婚式を行い、出発をさせていただいた。

 先生は一言、「これからの長い人生を、広宣流布のために、二人で力を合わせて戦い切ってもらいたい」と語られ、祝宴の歌に“大楠公”を所望された。

 「青葉茂れる桜井の」と謳われた、父・楠木正成と子・正行の誓いの劇は、旧暦の五月のこととされる。

 「父は兵庫に赴かん」との覚悟の旅に、子は「御供仕えん」と訴えた。

 しかし厳父は“早く生い立て”“民守れ”と後事を託して、故郷の母のもとへ帰すのである。

 思えば、戸田先生ご自身が十九歳で牧口常三郎先生に師事して以来、この歌に脈打つ“正行の心”で仕え抜いてこられた。そして、法難の獄中に殉教された師父の仇を討つ正義と人道の巌窟王となり、戦後の荒野で、妙法流布の大願へ一人立たれたのだ。

 戸田先生の事業が最悪の苦境にあった折、先生は正成のごとく、私は正行のごとく、師子奮迅の力で一切を超克し、第二代会長就任の五月三日を飾った。

 その私の志を全て知悉された先生は、新たな門出に一年後の五月三日を選んでくださり、“大楠公”の合唱を求められたのである。

 尽きせぬ報恩感謝の一念で、広宣流布の大誓願へ「父子同道」の旅を貫き、同志を広げ、後継を育てて、七十星霜となる。

 

民衆第一に進め

 立宗七百年から十年後の一九六二年(昭和三十七年)を、わが学会は「勝利の年」と銘打った。

 この年の一月、私は事実無根の選挙違反容疑で逮捕された大阪事件の裁判で、無罪判決を勝ち取った。民衆勢力として台頭する学会を陥れんとする権力の謀略と戦い、公判八十四回に及ぶ法廷闘争を通し、正義を満天下に示したのである。

 迎えた五月三日、私は色紙に認めた。

 「大阪事件 初公判 昭和三十二年十月十八日なり

 最終陳述 昭和三十六年十二月十六日なり

 判決 無罪 昭和三十七年一月二十五日なり」

 そして、最後に記した。

 「多くの尊き友が尽力下されし真心に 心より感謝の意を表しつつ……その名、永久に忘れず」と。

 関西の母たちをはじめ、多くの同志が私の勝利を信じ、ひたぶるに題目を送り続けてくれた。同心の一人ひとりの姿が、私と妻の命から離れることはない。

 判決の前夜に兵庫・尼崎の天地で、青年と語った。

 ――牧口先生、戸田先生の遺志を継ぐ私には、自分の命を惜しむ心などない。

 不幸な人の味方となり、どこまでも民衆の幸福を第一に、さらに堂々と前進を開始しようではないか、と。

 以来、大関西をはじめ、各地の地涌の勇者が、まぎれもなく“正行の心”を受け継いで、師弟の共戦譜を勝ち綴ってくれていることが、何よりの誉れである。

 

断じて不戦を!

 一九六二年は、東西の分断が日に日に深まる時代であった。前年に「ベルリンの壁」が築かれ、十月には「キューバ危機」が起こっている。世界は核兵器の脅威に怯え、日本では、不安の中、核戦争、第三次世界大戦が起きるかどうかを予想・論評するマスコミも少なくなかった。

 しかし、そうした議論は、私が選ぶところではない。核兵器の本質を“絶対悪”と喝破された恩師のお心を継いだ弟子の決意は、微動だにしなかった。

 “第三次世界大戦は断じて起こさせない”――当時、我らはこの決心で強盛に祈り、世界平和の道を開こうと誓い合ったのである。

 

勝利へ東奔西走

 この年早々、私は厳寒の北海道へ向かった。中東を歴訪した後、日本列島を、中国、四国へ、さらに東北、関東、九州、東海道、中部、関西、信越、そして沖縄へと東奔西走した。訪問できなかった恩師の生誕の天地・北陸の宝友とも、常に連携を取り合っていた。同志の全世帯に一声ずつの題目でも送りたいと願い、日々、勇猛の唱題行を重ねながらの旅路である。

 私は声を限りに訴えた。

 東京では「広宣流布という大目的に立って、仏道修行に励んでいこう」。

 埼玉では「“広宣流布は絶対にできる”との大確信を持って前進を」。

 福岡では「強い団結で、世界中の人が“さすがだ”と驚く先駆の実証を」。

 神奈川では「私たちが“日本の柱”となって、本当に住みよい、幸せな国をつくろう」。

 愛知では「誰が何と言おうが絶対に勝ち抜いて、平和と安泰のために進もう」。

 兵庫や大阪の闘士が結集した関西での集いでは「皆が安心して暮らせる社会をつくるために戦おう」。

 また、この動きに合わせ、可能な限り、各地で御書講義を行い、質問会も設けて、求道の友と研鑽し合った。

 ある時は「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」(新1481・全1088)との御文を拝し、どこまでも「御本尊根本」「御書根本」に進もうと確認した。

 ある時は「かかるとうと(尊)き法華経と釈尊にておわせども、凡夫はし(知)ることなし」(新1723・全1446)を拝読し、いまだに偉大な仏法を知らずにいる多くの人びとに、他の誰でもない、この私たちこそが語り切るのだと自覚を深め合った。

 地区担当員(現・地区女性部長)の方から、「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(新1097・全788)との一節を、生活に当てはめると、どう拝すればいいかと、真剣な質問を受けたこともある。

 私は申し上げた。

 “どんな悩みがあっても、「苦楽ともに思い合わせて」題目を唱えていけば、歓喜の生命が必ず涌現します。

 自分が歓喜して、その喜びに溢れた姿を見た人までが、同じ喜びに燃え立っていく。自分だけでなく、友をも同じ歓喜の境涯と生活にあらしめる。これこそ、「歓喜の中の大歓喜」ではないでしょうか”と。

 私と同じ心で、全国各地の友が、いずこでも生き生きと躍動し立ち上がってくれた。学会は、この年、恩師から遺言として託された「三百万世帯」という目標を達成し、新しき創価勝利の歴史を開いたのだ。

 

勢いあれば栄う

 それから、さらに十年。「地域の年」と掲げた一九七二年(昭和四十七年)の一月、私は愛する沖縄へ飛んだ。復帰の年に、真実の「幸福島」の建設へ、皆で決意を新たにしたのである。

 「依正不二」の原理の上から、「仏法を持った学会員が元気で勢いがあれば、必ず社会は栄え、絶対に平和になる」とも語り合った。

 この半世紀、尊貴なる宝友たちは「柔和忍辱の心」を体し、あらゆる試練を越え、「命をかけて ひと筋に」、仏法中道の智慧の光で広布の理想郷を開いてきた。

 「御志、大地よりもあつ(厚)く、虚空よりもひろ(広)し」(新1882・全1551)

 「日蓮が道をたす(助)けんと、上行菩薩、貴辺の御身に入りか(替)わらせ給えるか。また教主釈尊の御計らいか」(新1583・全1163)等の仰せは、そのまま、わが沖縄家族への御照覧・御賞讃なりと、私には拝されてならない。

 

行動は地域から

シンク・グローバリー、

 アクト・ローカリー(地球規模で考え、地域で行動する)

 これは、著名な医学・細菌学者のルネ・デュボス博士が提唱した標語である。

 この精神が、今ほど求められている時はあるまい。 たとえ、道がいかに遠く険しくとも、一人ひとりが今いる場所で信念の行動を起こすことが、地球全体を変えゆく希望となるのだ。

 デュボス博士は、トインビー博士にご紹介いただき、お会いした一人である。

 「世界に対話の旋風を! 永遠の平和の道をつくるために」とは、いうなれば、五月に対談を重ねたトインビー博士と私の“青葉の誓い”であった。

 一つ一つの縁を大切に、一人ひとりと信頼を育むことが、「時」を創ることだ。

 わが同志は今、不軽菩薩のごとく、あの地この地で、勇んで友のもとへ足を運び、友情を広げている。大誠実の対話で結ばれた絆こそ、新しい「変革」をもたらす力になると確信する。

 デュボス博士は、“危機”の意義をこう語られた。

 「危機こそ、ほとんど例外なしに豊かさへの源泉である。危機は新しい打開の道を追求させるからである

 

 大変な時に勇敢に立ち上がるから、

 宿命転換できる。

 変毒為薬できる。

 これが、創価の師弟に漲る「師子王の心」である。

 

 御本仏の御聖誕満八百年

 そして、立宗七百七十年の今この時

 我らは胸を張り、

 「立正安国」という大いなる希望に向かって進もう!

 威風堂々と対話の旋風を巻き起こし、

 民衆の幸と凱歌の旗を、

 未来へ、はためかせようではないか!

 

 「青葉茂れる桜井の」(大楠公)の歌詞は落合直文作。デュボスの言葉は『人間への選択』長野敬・中村美子訳(紀伊國屋書店)。

 

2022年5月24日〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

2022年5月11日

韓国 尹錫悦ユンソンニョル新大統領に

池田SGI会長が祝電

 

 池田SGI会長は10日、

 韓国の第20代大統領に就任した尹錫悦氏に祝電を送った。

 その中でSGI会長は、

 大統領の卓越したリーダーシップによって、

 韓国のみならず、全アジアを

 調和と安定と平和へ

 導くことを期待。

 さらに、同国の永遠無窮の繁栄を心から念願した。

 

2022年5月11日聖教新聞1面

 

2022年5月10日

フランス マクロン大統領に

池田SGI会長が祝電

 

 池田SGI会長は、

 フランス大統領に再選され、

 7日に2期目の就任式に臨んだ

 エマニュエル・マクロン大統領に祝電を送った。

 

 この中で、SGI会長は、

 危機の時代の今こそ、

 大統領の揺るぎなきリーダーシップのもと、

 調和と団結へ、

 平和と安定へ、

 再生と繁栄へ、

 人類を結びゆくことを心から期待した。

 

2022年5月10日聖教新聞1面

 

2022年4月17日

 

第9回本部幹部会への

池田先生のメッセージ

 

地涌の使命は仏種を開く対話なり

この星を愛し人類の境涯を高めよ

 

学会は広宣流布の慈悲の生命体

人間革命の舞を地域へ社会へ

妙法は大宇宙の根源の法則

 

  

 一、最初に、全国の各地区で行われている第1回女性部総会の大成功、誠におめでとう! 今夜は満月です。見えても見えなくても、皆さんが大月天の笑顔と笑顔で、互いにねぎらい、讃え合ってください。

 5月3日を前に、明け方の空には大明星天たる金星と共に、火星、木星、土星という、地球の兄弟の惑星たちも輝きを放ちます。聖教新聞を配達してくださる尊き無冠の友をはじめ、日本そして世界の創価家族の健康・安穏・幸福を見守る光と、私には思われてなりません。

 さらに先日、はるか129億光年の彼方に、太陽より100万倍以上も明るい恒星が観測され、「明けの明星」また「昇りくる光」を意味する「エアレンデル」と命名されました。

 「戸田大学」で、恩師が天文学を講義してくださった折の言葉がよみがえります。

 

「宇宙から学べ!

  宇宙と共に進め!

 かけがえのない生命に満ちあふれた、

 この地球を愛し、

 平和を守り、

 人類の境涯を高めゆくのだ」と。

 

 一、巡り来る「創価学会母の日」は、

 苦難と戦う友を

 「冬は必ず春となる」との希望の陽光で

 照らしゆく日でもあります。

 この日に際し、拝したい御聖訓があります。

 まさに風雪に耐え、

 悲しみの合掌を繰り返してきた

 南条時光のお母さんを励まされた一節です。

 「東西南北の四方・八方に広がる、計り知れない数の国土に、全宇宙の諸仏が続々と集まり、満天に輝く星のように、大地を埋め尽くす稲や麻のように並んで、法華経の行者を守護されるのです。譬えば、大王の王子を、臣下たちがこぞって大切にお守りするようなものです」(新1908・全1570、趣意)と。

 

 大宇宙の根源の法則である妙法を

 唱え弘めゆく皆さん方が、

 どれほど尊貴な生命であるか。

 皆さん一人一人を、

 この宇宙に遍満する無量無辺の仏が

 衣で覆うように厳然と守る。

 断じて護らないわけがないと、

 御本仏がお約束くださっております。

 壮大にして荘厳なる生命の大境涯なのです。

 そしてまた、

 皆さんの自行化他の題目に包まれ、

 亡くなられたご家族や同志・眷属も、

 三世永遠に常楽我浄の軌道を進みゆかれることは、

 絶対に間違いありません。

 わが創価学会は、

 この大宇宙で、

 十方の諸仏の心と合致して、

 広宣流布、立正安国を成就しゆく

 妙なる和合の組織であり、

 慈悲の生命体であります。

 

 1944年(昭和19年)、

 戦時中の法難により、

 初代・牧口常三郎先生は、

 ここ巣鴨の東京拘置所で、

 死身弘法の殉教を遂げられました。

 第2代・戸田城聖先生は

 同じく不惜身命の獄中闘争にあって、

 「仏とは生命なり」そして「われ地涌の菩薩なり」

 と悟達されたのであります。

 

 以来78星霜――。

 我ら師弟は、

 久遠元初に誓い合った地涌の菩薩として

 「この世で果たさん使命あり」と勇み立ち、

 娑婆世界の不幸と悲惨を無くしゆかんとする

 民衆の連帯を、

 地域に社会に大きく広げてきました。

 一人一人が人間革命の舞を舞い、

 「信心即生活」

 「仏法即社会」の勝利劇を飾り、

 この地球という星に、

 菩薩界、そして仏界の生命を滾々と涌現して、

 揺るぎなく打ち立てていくのが、

 創価の世界市民の挑戦にほかなりません。

 

 「地涌の菩薩の使命とは対話なり」

 ――この恩師の師子吼のままに、

 躍動する地涌の命で使命の対話に躍り出て、

 「未来までの仏種」を蒔き、

 さらにさらに「生命尊厳」の価値を創造

 していきたいと思うのであります。

 

 一、きょうは、

 共戦の全宝友に感謝を込めて、

 40年前に発表した三つの書を披露したい(大拍手)。

 

 第一に、5月3日を記念して認めた

 「立正誓」であります。

 学会は

 「平和の柱」

 「教育の眼目」

 「文化の大船」として、

 「ちかいし願いやぶるべからず」(新114・全232)

 と立正安国の戦いを断固、

 貫いていくのみであります。

 

 次に、7月の女子部結成の日を記念して綴った

 「月光薫風乃調」です。

 どうか、月光のごとく優しくも強き心で、

 爽やかな薫風のように、

 歓喜と和楽の調べを奏でながら、

 幸の仏縁を楽しく結び広げてください。

 

 最後に、7月の男子部結成の日を記念して書き留め、

 大兵庫の天地で常勝関西はじめ

 不二の同志へ贈った

 「広宣大道旅」であります。

 法華経に「皆共に宝所に至る」(新1024・全734)

 とある通り、

 私たちは、

 どこまでも日蓮大聖人と共に、

 妙法と共に、

 全宇宙の仏天を味方にして、

 師弟不二、

 異体同心で、

 地球民族を平和と幸福の宝所、

 すなわち仏国土へ導く広宣大道の旅を、

 いよいよ決意し合い、

 メッセージとします(大拍手)。

 

2022年4月16日第9回本部幹部会

2022年4月9日

 

英知の大星雲となって地球を照らせ

 

まず、君自身が光れ!自らが若き生命の光を放て!>

 

 

 一、我らの創価学園は、また一つ大きな佳節を刻み、ここに意義深く、東京校は第55期生、関西校は第50期生を迎えることができました。誉れ高き新入生の皆さん、本当におめでとう!

 厳しい社会情勢の中、宝の英才を送り出してくださったご家族の方々に、心から感謝とお祝いを申し上げます。

 わが不二の教職員の方々、これまでにもまして一人一人の声に耳を傾けながら、最高の人間教育をよろしくお願いいたします。

 

 一、私の10代は戦争と敗戦の闇の中にありました。しかし、人生の師匠と定めた戸田城聖先生は、厳しくも温かく励ましてくださったのです。

 

「まず、君自身が光れ!

 自らが若き生命の光を放て!」と。

 

 今、皆さんを取り巻く時代の闇は深い。

 胸を痛めることがあまりにも多いでしょう。

 だからこそ、私は恩師と同じ心で申し上げたい。

 

「わが学園生よ、

 希望の太陽と光れ!

 勇気の明星と輝け!

 英知の大星雲となって、

 地球の未来を照らしゆけ!」と。

 

 ブラジルの世界的な天文学者

 モウラン博士と私は語り合いました。

 ――困難と戦い、そして共に勝利する。

 これが「幸福の方程式」である。

 夜空で最も明るく輝く、

 燃えるような星・シリウスのように、

 最も苦しんだ民衆こそが

 最も強く明るく幸福に輝く地球を創ろう!と。

 

 モウラン博士は、

 東西の両学園を訪問された感動を

 「金色の光を見た」

 「21世紀は大丈夫だ!」

 と語られ、

 「創価の哲学が世界、

 宇宙に広がれば、

 人類の未来は必ず希望にあふれます」

 と期待を寄せてくださいました。

 

 どうか、世界の知性が見つめる学園生は、

 宇宙の星々が長い長い

 回転と吸収の果てに誕生するように、

 たゆまぬ努力と粘り強い学びの中で、

 わが青春の命を思う存分に

 大明星と輝かせてください。

 嫌なことや辛いことも、

 苦悩の民衆の味方になるための試練と思い、

 良き学友と励まし合い、

 「負けじ魂朗らかに」、

 勝ち越えていただきたいのです。

 

 一、結びに、

 愛する皆さんの健康と成長を祈り、

 記念の一首を贈ります。

 

 学園は

  燃ゆる正義の

   大星雲

  まばゆき英知と

    平和の大光を

 

2022年4月9日聖教新聞2面

創価学園入学式への池田先生のメッセージ

2022年4月3日

地球民族を結び高める

学究と創造の翼たれ

 

艱難を飛翔の力に変え「王者の青春」を堂々と

 

 一、ある春、草創の創大の教職員と入学式を前に語り合ったことがあります。

 ――桜の花を愛でる時には、その木を植え、丹精込めて育て上げた桜守の方の労をしのびたい。それと同じように、最優秀の英才を送り出してくださったご家族方への感謝をゆめゆめ忘れず、そして宝の新入生が一人ももれなく幸福勝利の花を咲かせられるよう、我らは全身全霊で支え、守り、育んでいこう!と。

 満開の桜に祝福されて入学された創大52期生、短大38期生、ならびに通信教育部の皆さん、また大学院生、そして留学生の皆さん、誠におめでとう! ご家族の方々にも、心からお喜び申し上げます。

 建学の精神を深く分かち合う鈴木新学長をはじめ教職員の方々、どうか、よろしくお願いいたします。皆でさらに力を合わせて、人類の希望の柱たる「平和のフォートレス」を若き知性の人華で爛漫と飾りゆこうではありませんか!

 一、晴れの出発に一言、「地球民族を結び高めゆく学究と創造の翼たれ!」と贈りたい。

 きょう4月2日「開学の日」は、創価教育の師父である戸田城聖先生の祥月命日であります。

 戸田先生は常々「この地上から悲惨の二字をなくしたい」と熱願し、そのために「地球民族の人格を最高の価値にまで引き上げるのだ」と訴えられました。この遠大なる夢の実現へ、私は対話の波を起こしてきました。

 50年前、対談を開始したトインビー博士とは、「人生のさまざまな挑戦に応戦して打ち勝つ人間本性の力」を、いかに高めるか、また「人類の生存を脅かす諸悪と対決し克服する力」を、いかに結び合うかを巡り、縦横に論じ合いました。そして科学技術の急速な向上をもリードできる「人間の尊厳」「生命の尊厳」の確立を!と一致したのであります。

 この大いなる希望を担い立つのが、「人間教育の最高学府」にして「新しき大文化建設の揺籃」たる、わが創大であり、わが短大なのであります。

 一、歴史の転換点に立つ皆さんに、時代の烈風は一段と厳しいことでしょう。しかし、だからこそ、偉大な使命を自覚して勇敢に立ち向かうならば、艱難をも飛翔の力へ変えて、計り知れない高みへ上昇することができます。

 世界中から集った良き学友と共に、この創価のキャンパスにみなぎる「負けじ魂」を呼吸しながら、第一級の学究と価値創造の翼を、たくましく朗らかに鍛え上げてください。そして空飛ぶ者の王たる大鷲のごとく堂々と、地球民族を結び高めゆく「王者の青春」を乱舞していただきたいのであります。

 愛する皆さんの健康と友情と勝利を祈りつつ、一首を贈ります。

 

 嵐にも

  挑み飛び征け

   恐れなく

   勇気と英知の

     翼光らせ

 

2022年4月3日創価大学・創価女子短期大学で入学式

2022年3月24日

第14回各部代表者会議

池田大作先生のメッセージ

 

大生命力で新しき創造を

 

 第14回各部代表者会議が23日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。

 池田大作先生はメッセージを贈り、冒頭、東北の地震被災者に改めてお見舞いを述べるとともに、復旧・支援に奮闘する友の献身に感謝。

 創価家族が一丸となって、地涌の青春桜を一輪また一輪と咲かせゆく弘教拡大を、御本仏は全て御照覧であるとたたえ、折伏精神みなぎる勝ち戦のリズムと団結で、「4・2」から「5・3」へ進もうと訴えた。

 次いで「立正安国論」の「客曰わく、天下の災い、国中の難、余独り嘆くのみにあらず、衆皆悲しむ。今蘭室に入って初めて芳詞を承る」(新25・全17)を拝読。混迷の闇が深いほど、この大聖人直伝の立正安国の対話で希望の温もり、智慧の光、勇気の力を、社会へ世界へ送っていくのが私たちの誓願であると述べ、「蘭室の交わり」を広げゆく第1回の「華陽カレッジ」「女性部総会」の大成功を、皆で祈り、応援しようと力説した。

 さらに50年前、関西の創価学園の開校へ懸命に奔走する教職員を労いつつ、“開拓には、新たな難問も数多くある。つらいことや苦しいこと、大変なこともたくさんある。しかし全てが挑戦だ。これまでの経験の範疇を超え、惰性を排し、殻を破って、新しい創造、新しい挑戦を開始しよう!”と熱く語り合った思い出を述懐。「妙とは蘇生の義」(新541・全947)との仰せのままに、新年度を、生まれ変わった新鮮な大生命力で出発しようと呼び掛け、メッセージを結んだ。

 

2022年3月24日聖教新聞TOP

 

2022年3月19日

君たちは

若き創価の「知恵の柱」 

価値創造の光を使命の舞台で

 

 

 一、わが誉れの創価大学48期生、短大36期生、ならびに通信教育部の皆さん、さらに大学院生、そして世界各国・各地域の尊き留学生の皆さん、コロナ禍等の艱難の冬を越え、誇り高き青春凱歌の卒業、誠におめでとう!

 本日、授与される栄光の学位記を、どうか、共に試練を勝ち越えてきた、ご家族と分かち合ってください。皆さんとご家族が、いよいよ未来へ「学の光」に包まれ、何ものにも負けず勝ち栄えていく証しだからであります。

 幾重にも心を砕き、一人一人の大学生活を支え励まし続けてくださった教員の先生方、職員をはじめ関係者の方々、本当にありがとうございます!

 一、私が、20世紀最高峰の歴史学者トインビー博士と対談を開始したのは、1972年、創価大学開学の翌年であります。以来50年、世界の知性との対話に全て創大創立者として臨んできました。文明と文明を結ぶ橋を架け、人類の未来を照らす普遍の英知を、不二の君たちに託すためであります。

 トインビー博士のご紹介で語らいを重ねたローマクラブ創設者のペッチェイ博士と論じ合ったビジョンを、今日は改めて申し上げたい。

 すなわち、今こそ、地球環境の緊迫した状況を十分に踏まえた「新たな生命の哲学」を構築し、平和と非暴力を根底とした「知恵の柱」を確立することだ、と。

 そして博士と私は、どんなに困難な時代にあっても、決して打ちひしがれない希望がある。それは、一人一人の人間が、いまだ開発されていない学習能力や人間性、創造性、団結力など最も奥深い資質を、「人間革命」によって発揮することだ。そこにこそ、人類の幸福を勝ち開く逆転劇があると一致しました。

 この理想へ断固と不屈の挑戦を貫いていくのが、我らの大連帯なのであります。

 一、皆さん自身が、これから躍り出る使命の職場で、地域で、社会で、若き創価の「知恵の柱」として、胸を張って生き生きと逞しく価値創造の光を放ってください。

 そして、皆さんに最大の信頼を寄せる善意の民衆と心を一つに、「人間革命」のパイオニアとして、自らの足元から平和・文化・教育の世界市民のネットワークを、勇気に燃え、誠実に忍耐強く、創り広げていただきたいのであります。

 アフリカの環境の母マータイ博士は、あの大らかな笑顔で語られました。“何かを変えたいならば、自分自身から変えましょう! 未来は、今この時から生まれます”と。

 最後に、創立50周年を堂々と飾ってくれた皆さん方に満腔の感謝を込め――

 

 艱難に

  勝る教育

   なきゆえに

  賢者の君たち

   凱歌の大道征け

  

 と贈ります。

 私の無上の宝である皆さんの健康と幸福、友情と和楽、そして何があっても負けじ魂光る希望と勝利の人生を、私は妻と祈り抜いてまいります。お元気で!(大拍手)

 

2022年3月19日創価大学48期生、短大36期生卒業式への

先生のメッセージ

2022年3月7日

第8回本部幹部会

第2回青年部幹部会

 

人間革命の勇舞を世界の友と

大法弘通の聖火を後継の君に

妙法こそ人類を安穏に導く大良薬

 

 一、ここ宿縁ふかき神奈川の天地で、1979年(昭和54年)の5月、私は「正義」「共戦」と認めました。この書を真っ先に見せたのは、誰であったか? それは、青年です。若き愛弟子たちです。

 私は祈りを一つに、皆と勤行をし、語りかけました。

 「苦難の時こそ、私は青年を育てる。青年と共に戦う。嵐の時代こそ、若き正義の力を信ずる以外にない。これが創価の師弟の心です」と。

 その折の丈夫と乙女たちの誓いに燃えた瞳は、今も忘れません。

 そして、今日ここに、「広宣流布」即「世界平和」への誓願を高らかに歌い上げた君たちの地球を結ぶ正義・共戦のスクラムを、私は心から讃えたい。

 皆、本当にご苦労さま! また、青年の成長と勝利を祈り抜き、陰に陽に応援してくれている学会家族の皆さん、いつもいつもありがとう!(大拍手)

貧女の一灯

 一、日蓮大聖人が御書に引かれた「貧女の一灯」という仏教説話があります。

 祇園精舎にいる釈尊に、名だたる王や長者らが供養した多くの灯火は、一夜明けると全て消えていた。ところが、無名無冠の一人の女性が捧げた灯火だけは、須弥山を吹き抜けるような風にも決して消えずに、まばゆい光を放ち続けていたのである。

 それは、なぜか。清らかな真心を尽くし、広く一切衆生を救いたいと、大きな誓いの心で灯された火であるからだ、というのであります。

 思えば、聖教新聞の創刊第1号に躍動した見出しは、「聖火鶴見に炎上」でありました。この横浜の鶴見に輝き出た、草創の同志の生命の光彩であります。尊き創価の母たち女性たちが、不退の信心で今日まで灯し抜いてきた慈折広布の聖なる火こそ、いかなる烈風にも消えない「大福運の一灯」なりと、御本仏は御照覧くださるに違いありません。

 そして、この大法弘通の聖火を誇り高く受け継ぎ、一人ひとりの心に語り伝えているのが、藍より青き後継の君たちです。それは、永遠に尽きない希望の光を友に贈る、不軽菩薩の人間尊敬の実践なのであります。

 一、混迷が深まる危機の時代にあって、特に青年世代の間には、先の見えない不安や孤独感、無力感などが、重苦しく垂れ込めているでしょう。

 だからこそ、創価の若人の勇気と誠実の声が、どれほど強く、どれほど明るく、どれほど温かく、友の生命を蘇生させることか、計り知れません。

 大聖人は若き南条時光に、仏に成る道は特別なことではないとして、譬えば「寒さに凍えた人に火を与えることである」(新1918・全1574、通解)と教えられました。

 御義口伝に示されているように、妙法を唱えゆくならば、「煩悩即菩提」「生死即涅槃」という究極の智慧の炎を現して、薪を焼くがごとく、どんな青春の悩みも、どんな社会の難題も、必ずや新たな価値創造へのエネルギーに転ずることができる。そして、生老病死の苦悩の闇をも、自他共に明々と常楽我浄へ照らし晴らすことができるのであります。

 

立正安国の対話

 一、御聖訓には、民衆に幾多の苦難が次々に襲いかかる「闘諍堅固の時」は、「法華経の大良薬をもってこの大難をば治すべし」(新694・全550)との一節があります。

 妙法は、一切衆生すなわち全人類を分け隔てなく、「幸福」と「平和」へ導く大良薬なのであります。

 戸田先生は「地球民族主義」の構想に、いずこの国の民衆も不幸の淵に追いやられることがあってはならないとの念願を込められました。どの国の民衆も、求めてやまないものは、「幸福」であり、「平和」であります。試練が大きければ大きいほど、創価の若き世界市民の熱と力をいやまして結集し、「我此土安穏」――地涌の我らが集い合った、この星を安穏にしていく師弟不二の祈りを強めながら、「立正安国の対話」を貫いていただきたい。

 一、40年前、青年と21世紀の広布の山を登攀し始めた折に記した三つの書を、巡り来る「三月十六日」を前に、改めて君たちに贈ります。

 「創価後継丈夫」

 「青春幸乃瞳」

 「生命光彩乃曲」

 であります。

 浅きを去って深きに就く「創価後継の丈夫」たちよ、そして「青春幸の瞳」光る華陽姉妹よ、世界192カ国・地域の異体同心の全宝友と共々に人間革命の勇舞を広げ、地球民族の心と心に「生命光彩」の平和の交響曲を奏でゆこうと申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。

 

2022年3月6日第8回本部幹部会

2022年2月23日

 

我らは 弟子の正道を!

 

<私の勝利は 師の勝利!>

 

 私の恩師

 戸田城聖先生の指導は

 常に厳しかった。

 人間としての道を

 正しく強く生き抜けと

 指導してくださった。

 

 人生は勝負だ。

 仏法は勝負だ。

 勝利は幸福。

 敗北は地獄。

 勝利は光。

 敗北は闇。

 

 最高の人生を

 生き切るために

 君よ! 絶対に

 黄金の旭日を浴びながら

 銀色の月光を見つめながら

 悠然と

 生き生きと

 正義の勝利の道を

 踏破していくのだ。

 

 

 私の真実の信念の心は

 わが師匠のために

 一切を捧げることにあった。

 この世で人間として

 師匠ほど

 尊きものはないからだ。

 

 父も母も

 すべてが尊いが

 真実の人間の道

 真実の人間の心を

 教えてくださるのは

 師匠である。

 

 

 仏法の師弟に勝る

 生命の完成の力は

 他のどこにもない。

 

 私は

 いかなる境遇になっても

 天が輝いているように

 師匠を思い出す。

 

 師匠の慈愛!

 数知れぬ叱咤激励!

 わが心を決して離すことなく

 護り語ってくださる

 師の言葉よ!

 いかに叱正されても

 明るい闇の中にいるようだ。

 

 師匠を持たぬ者は

 人生の生きがいも

 希望と歓喜も浅くなる。

 そしてまた

 その人生の希望も歓喜も

 妄想に流される。

 

 師匠の目が

 私の目に注がれた

 劇的な瞬間!

 師の声が

 私の耳朶に響いた

 感動の瞬間!

 

 その喜びと決意と

 限りなき熱い魂は

 何ものをも超越し

 人間の生命に誇りを与える。

 生きがいを与えてくれる。

 

 私は

 懸命に戦い働いて

 師匠に報告することが

 最高の光栄であった。

 

 師匠に叱られ

 師匠に励まされ

 汝自身の智慧を顧みず

 ひたすら師の胸に響きゆく

 激戦また激戦の

 勝利の収穫を見つめながら

 最高の幸福を感じてきた。

 

 あの師の笑顔

 あの師の微笑!

 私の勝利は

 師の勝利!

 師の勝利は

 私の勝利!

 

 

 「信仰するものは強い」

 そして

 「世界全体に打ち勝つためには、

  自分自身に

  打ち勝たなければならない」

 これは

 ドストエフスキーの箴言である。

 

 生きるということは

 悪と戦って

 勝つためにあるのだ。

 

 わが人生の展望を

 壮大に開け!

 永劫の勝利の

 光の道に向かって進め!

 

 偉大な希望を胸に

 戦い抜いて

 永遠に生気潑剌とした

 弟子の正道を歩み抜け!

 

 【引用・参考文献】『ドストエーフスキイ全集19』(米川正夫訳、河出書房新社)、『評伝ドストエフスキー』(松下裕・松下恭子訳、筑摩書房)

 

2022年2月23日〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉

第3回 師弟の魂

「我らは 弟子の正道を!」(2007年)

 

2022年2月21日

 〈随筆「人間革命」光あれ 池田大作〉

氷壁を破ろう! 

熱き心で弾む生命で

 

 この冬は、例年にも増して寒さが厳しく、雪が多い。

 日蓮大聖人は、御自身が「八寒を現身に感ず」(新1282・全955)という厳冬を幾たびも耐え忍ばれつつ、皆の労苦を思いやられていた。

 とりわけ雪深い年にも、求道信心で真心を尽くす門下を讃えておられる。

 らず、釈迦仏の御使いか、過去の父母の御使いかと、申すばかりなく候」(新1247・全925)――そのまま北国・雪国で歯を食いしばって、広宣流布に挑む尊き創価家族への御照覧と深く拝される。

 聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」、また常に天候との戦いが続く農漁光部の方々をはじめ、わが宝友の健康と絶対無事故、福徳安穏を強盛に祈らずにはいられない。

 さらに、いまだ打ち続くコロナ禍の中、医療従事者をはじめ、大切な人命を守るために日夜奮闘しておられる方々に、心からの感謝を捧げたい。

 約二年に及ぶ、この感染症のパンデミック(世界的大流行)により、日本と世界で亡くなられた全ての方々のご冥福を日々、祈念申し上げている。そして一日も早い収束と、危機の時代を皆の力で超克しゆくことを誓い合ってまいりたい。

 

一緒に越えよう

 一九五〇年(昭和二十五年)の初冬、みぞれの降る夕べであったと記憶する。

 事業の苦境の打開に師弟して奔走する中、戸田先生が笑いながら言われた。

 「世の中は、まったく寒いなぁ」

 師も弟子も体調を崩しながらの悪戦苦闘であった。

 私は着替えのシャツや靴下にも不自由し、オーバーなしで寒風に飛び出していく日々であった。

 先生は、「でも大作、俺もおまえも冬の生まれだからな。一緒に乗り越えようや。頼むよ」と、心に熱い火を点してくださったのである。

 この艱難の風雪を師子奮迅で戦い抜き、遂に翌年、師の第二代会長就任の晴れわたる五月三日を迎えた。

 人知れず私たち師弟が身読した御聖訓を、あらためて、仕事や生活、闘病、介護、子育てなどで辛労を尽くしている友に贈りたい。

 「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる」(新1696・全1253)と。

 

自分だけでなく

 今月は、大聖人の御聖誕満八百年である。忍難弘通の御生涯が胸に迫る。

 「日蓮、生まれし時よりいまに一日片時もこころやすきことはなし。この法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(新1892・全1558)

 これは、若き南条時光へ吐露された御真情である。 この御書では、時光へ、こうも語り掛けておられる。

 「殿一人にかぎるべからず、信心をすすめ給いて、過去の父母等をすくわせ給え」(新1891・全1557)

 今、わが後継の宝・青年部も、新生・女性部の華陽姉妹も、「青年・飛躍の年」の年頭から見事な拡大のドラマをつづっている。

 御本仏は、世界へ開けゆく慈折広布に新たな光を投ずる、地涌の若人の勇舞をいかにお喜びであろうか。

 

皆で二月闘争へ

 「伝統の二月」を貫く学会精神――それは、一言にしていえば「氷壁を破る」戦いだ。苦しみ悩む友に、「冬は必ず春」と、希望の灯を点じゆく開拓である。

 七十年前(一九五二年)の「二月闘争」の出陣に際し、私が深く祈り願ったのは、蒲田支部の同志が、一人も残らず人間革命の体験と確信をつかむことであった。その歓喜の実証こそが、恩師の誓願された七十五万世帯の折伏という聖業に連なっていくからである。

 組二世帯という折伏の目標に、「できるわけがない」との声もあがった。私は、「やらないうちに、できないということはありません。まずは、やってみませんか」と呼び掛けた。

 どうすれば、皆が勇んで対話に打って出ていけるか――戸田先生は明快に、「認識」「評価」「実践」という三段階を踏むことが大事であると語られていた。

 すなわち、誰かがやるだろうと人ごととするのではなく、一人ひとりが仏法対話を自分の挑戦と認識し、“この戦いが自身の宿命転換になる”と評価すれば、思い切って実践できる、と。

 ゆえに、青年の私自身が先陣を切って、アパートの隣人など身近に縁した方々に語りに語った。対話の場があると聞けば、同志と足取りも軽く駆け巡った。

 勇気を出して語っても、思いが通じず、落胆する友もいた。すると皆で「よく頑張りましたね」「全部、福徳になるからね」等とねぎらい、讃え合った。

 「一人のために」語ること自体に大功徳がある。「仏の種」が蒔かれる。「冥の照覧」は絶対に間違いない。

 だからこそ、どの座談会場でも、どんな人との語らいでも、一人ひとりが前を向いて明るく進めるよう、温かな励ましに徹した。

 「あの友にも」「この人にも」と声を掛け合う中で、皆が異口同音に「いつの間にか目標を達成していた」と述懐する力が出たのだ。

 そして蒲田支部の勢いは日に日に高まり、その波動は全国へ広がった。とともに、妙法に巡り合った友の蘇生と福運の物語が、幾重にも織り成されていった。この時、入会したご一家から、後にアメリカ広布のリーダーが羽ばたいたことも、誉れの歴史である。

 

義経の声を今に

 関西の行進も、二月闘争の息吹から始まった。

 それは、やがて「立正安国」の黎明を告げる民衆の大連帯へ発展を遂げる。

 私と関西同志の忘れ得ぬ宝の一書がある。

 二月闘争から五年を経た一九五七年(昭和三十二年)の七月三日、「大阪事件」の渦中に、戸田先生から賜った妙悟空著『人間革命』である。

 当時、夕張炭労による学会員への人権侵害事件の解決のために、北海道で戦い、勝利した後、私は空路、大阪へ向かわねばならなかった。大阪府警に出頭するためである。

 乗り換えの羽田空港で、戸田先生は、厳父のごとく「征って来なさい!」と言われた。そして別れ際に、ご自身の「出獄」の日を記念して、この日、発刊されたばかりの一冊を手渡してくださったのだ。

 大阪への機中、この書を拝し、勇気百倍、不二の闘志を燃え上がらせて、私は無実の容疑による「入獄」という試練に踏み出していったのである。

 後日、私は、この書の扉に「戸田城聖先生ヨリ 給ハリシモノ也」「昭和三十二年七月三日ニ」と記し、裏表紙の見返しに一詩を書き留めた。江戸時代後期の漢詩人・梁川星巌が、関西を舞台とした源義経を詠んだ七言絶句である。

 

 「雪は笠檐りゅうえんそそ

    風はたもと

  呱々ここ 乳をもとむるは

    若為いかなる情ぞ

  他年 鉄拐峯頭てっかいほうとうけん

  三軍を叱咤しったするは

    是れ此の声」

 

 ――幼子三人を連れ、平家の追っ手を逃れて雪中を歩む常盤御前。雪は編み笠のひさしに降り積もり、風は着物のたもとを巻き上げる。赤子の牛若丸(源義経)は、どんな思いなのか、母の乳を求め、泣き叫んでいる。

 後年、義経は平家追討の大将軍となって一ノ谷の合戦に臨み、険しい鉄拐山の上から鵯越を駆け下って敵を打ち破った。全軍を叱咤した、この大号令の声こそ、雪中、母の懐で泣いていた牛若丸の声なのだ――と。

 

 この詩に託し、私は壮大な逆転劇を心に期した。

 横暴な権力魔性に、善良な庶民がどれほど苦しみ泣かされてきたことか。

 だが、今に見よ!

 父母の涙を知る正義の青年群が力をつけ、いかなる大難にも屈せぬ、師子王の陣列を必ず築いてみせる。そして、断じて民衆の凱歌を轟かせてみせるのだ、と。

 この私の決心を、関西の友は我が心とし、「負けたらあかん!」と常勝の錦州城を築き上げてくれたのだ。

 

飛躍は祈りから

 「伝統の二月」を、全世界の同志が“私自身、そして私たちの対話で飾ろう”と励んでくれている。

 インドでは、毎年二月を「カマタ(蒲田)キャンペーン」と掲げ、広布の前進がいやまして加速する。

 三十年前(一九九二年)の二月十一日――戸田先生生誕の日に、首都ニューデリーで、私はマハトマ・ガンジーが展開した非暴力の民衆運動を巡って記念講演を行った。

 第二次世界大戦中、ガンジーが最後の獄中闘争に臨んでいた、まさに同じ頃、恩師も日本の軍国主義に抗して獄中にあったのである。

 ガンジーは訴えた。

 “祈りとは、自分自身との戦いであり、逆境や絶望を克服しゆく勇気の挑戦であるのだ”と。

 今、私たちの広布誓願の祈りは、仏教源流の天地・インドをはじめ、全世界を包む時代となった。

 コロナ禍でも、創価家族の心は、自在に通い合う。

 先日の本部幹部会では、兵庫女性部の「ひまわり合唱団」の皆さんが、ブラジルSGIの愛唱歌をはつらつと歌い上げてくれた。兵庫・関西と縁の深いブラジルの友も喜ばれている。

 兵庫の未来部と青年部の代表も“大楠公”を凜々しく大合唱し、感動を呼んだ。

 恩師のもとで熱唱した正義の魂を、従藍而青の若人が歌い継いでくれていることは、何と頼もしいことか。

 牧口先生と戸田先生が、共に線を引かれ、大切にされていた御聖訓に、「よき師と、よき檀那と、よき法と、この三つ寄り合って祈りを成就し、国土の大難をも払うべきものなり」(新695・全550)と仰せである。

 この「師弟不二」にして「異体同心」という最極の絆で結ばれた我らは、広布と人生の祈りを一つ一つ成就し、

 断固、社会と世界の大難を変毒為薬していくのだ。

 地上から“悲惨”の二字をなくしたいと願われた恩師の心を継いで、立正安世界を祈り開いていくのだ!

 創価の若き世界市民には、人類の良識から、深い信頼と期待が託されている。

 熱き心の連帯と弾む生命で、分厚い氷壁をも破り、地球民族の平和と尊厳の春へ、不屈の人華を咲かせ、いよいよの飛躍を頼む!

 

2022年2月21日〈随筆「人間革命」光あれ 池田大作〉

2022年2月16日

VOD新番組に収録された池田先生の指針

(1995年10月開催の21世紀兵庫希望総会から)

 未来を照らす価値創造の文明を

 

仏法は「無限の希望」の哲学

題目で乗り越えられない難はない

 

 

 池田先生のスピーチを収録した新番組「信心とは『無限の希望』」が、SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)に追加された。内容は、阪神・淡路大震災から9カ月後の1995年10月に兵庫池田文化会館で行われた、第20回SGI総会、21世紀兵庫希望総会でのスピーチである。地域に、社会に“希望の光”を送ろうと、対話拡大に励む友への指針として、スピーチの要旨を掲載する

 ※VOD番組の時間は約8分、番組コード=AC14。VODが利用できる会館等や「SOKAチャンネル モバイルSTB」で視聴可能。モバイルSTBで視聴する際は、インターネットを通してダウンロードが必要です。「SOKAnet会員サポート」では、VODの同番組は視聴できません。

 

 第20回SGI総会、21世紀兵庫希望総会。本当に、ご苦労さま。

 世界から集われた57カ国・地域、1000人近い代表の方々に、SGIを代表して、謹んで御礼申し上げたい。

 第一にも第二にも、お体を大切にしていただきたい。

 生活も、仕事も、広宣流布の活動も、「健康第一」である。健康になろう、健康になろうと祈り、努力し、注意しながら、「知恵」を使って、健康を保ち、長生きしていただきたい。また全員が、裕福になっていただきたい。

 はじめに、先の大震災(=阪神・淡路大震災)で被災された皆さまに、あらためてお見舞い申し上げたい。亡くなられた方々のことは、これまでも毎日、追善させていただいた。これからも追善していく決心である。

 

法華経の兵法で

 日蓮大聖人の仏法は、「無限の希望」の哲学である。

 大聖人は、ご自身が、どんなに迫害されようが、悪口されようが、平然と、また毅然と難を忍ばれた。仏の異名である「能忍」の名のとおり、能く忍ばれたのである。

 ご自身の一身のことなど、いささかも考えられない。ただ不幸な民衆のため、さらには全人類のため、末法万年のためにどうすればよいか。いちばん身近な問題から、いちばん遠くの問題まで考えておられた。あらゆる大難をはね返しながら、太陽のごとく赫々と希望の大光を民衆に送り続けてくださったのである。

 大聖人は、こう断言しておられる。

 「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(全1170・新1598)――真実に、一切衆生にとって、身心の難(肉体面、精神面の苦難)を防止し、打ち勝つ秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである――。

 題目で乗り越えられない難はない。仏法に行き詰まりはない。

 南無妙法蓮華経とは、難をすべて打ち破り、悠々と自在に人生を開きゆく、「秘密の術」なのである。

 大聖人が「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(全1192・新1623)と仰せられたのも、その意味である。「法華経の兵法」、すなわち信心を根本にしていけば、必ず一切を乗り越えていけるのである。

 妙法は永遠である。ゆえに、妙法を信じ、実践する人々の福徳も、また永遠である。何があろうと、創価学会は、永遠不滅なのである。妙法こそ「幸福の秘術」であり、「平和の秘術」であり、「希望の秘術」であると申し上げておきたい。

 

不屈の精神が次代をつくる

 この(1995年)10月22日で、20世紀最大の歴史学者トインビー博士が亡くなられて20年――。

 博士は、東洋の大乗仏教に深い関心を寄せておられた。そして私に会いたいとの手紙を寄せられたのである。高齢の博士の体調を考え、私のほうからロンドンを訪れての語らいとなった。

 〈1969年9月、トインビー博士から池田先生へ、「人類の直面する基本的な諸問題について、対談をしたいと希望します」との書簡が届いた。両者の対談は72年5月と翌73年5月に、あわせて40時間におよんだ。その対談集『21世紀への対話』(邦題)は、これまで31言語で出版されている〉

 (博士とは)連日、真剣な語らいが続いた。8時間におよぶ日もあった。

 私たちは語りあった。「困難な環境にどのように対応するかが、文明創造のバネとなる」と。

 博士の歴史観の一つの結論は、「挑戦と応戦」の理論である。“自然をはじめとする環境が人間に試練をあたえる時、その挑戦に屈服せず、雄々しく応戦しゆく、たくましき社会から、新しい文明が生みだされる”という洞察であった。

 その意味で、ここ兵庫は、大震災の大試練を乗り越え、立ち上がってこられた。その不屈の精神は、やがて日本をリードし、21世紀の文明の大きな核となっていくことを、私は確信してやまない。一つの縮図として、日本の将来にとって非常に重要な焦点が兵庫であると私は思う

 またトインビー博士は、「文明はその基盤をなす宗教の質によって決まる」と強調されていた。そして「新しい文明を生みだし、それを支えていくべき未来の宗教というものは、人類の生存をいま深刻に脅かしている諸悪と対決し、これらを克服する力を、人類に与えるものでなければならない」と。

 壮大な文明論の次元から、宗教の重大な存在意義を理解されていたのである。

 だからこそトインビー博士は、仏法の人間主義を基調とした、私どもの「平和」と「文化」と「教育」の運動を信頼し、熱い期待を寄せてくださっていた。

 ご自身の文明論、歴史観の結論として、創価学会に着目され、私どもの運動の発展を、こよなく楽しみにされていたのである。

 

生命を輝かせ

 対談を終えるにあたって、「私個人に何か忠告がありましたら」とたずねたところ、博士はこう語られた。

 「私が池田さんに個人的なアドバイスをするというのは、ちょっと差し出がましいことだと思います。というのは、私は学問の世界の人間であり、池田さんは行動の人であり、きわめて重要な組織の責任ある指導者だからです。

 したがって私にいえることは、ただ、池田さんと私とは人類が今後どう生きていくべきかについて見解が一致した、池田さん御自身が主張された中道こそ、今後、歩むべき道であるということです。私は、創価学会がはるかな未来を展望していることを確認しました。これは、われわれすべてがとらねばならない態度です」

 少しも尊大さのない、謙虚な博士であられた。

 また博士は確信されていた。「知識」がとまどい、あとずさりするところにも、「希望」は敢然と足を踏みだす。そして、未来の果てまで生命を輝かせながら、なにものにも屈せず進んでいく――と。

 希望が力である。希望は「勇気」と「知恵」から生まれる。「知識」だけからは生まれない。そして信心とは「無限の希望」を生む知恵である。「永遠の希望」を生む知恵である。

 わがSGIは、どこまでも「希望」の光で、人類の闇を照らしてまいりたい。希望輝く創価(価値創造)の文明を築いてまいりたい。

 SGI各国のご繁栄と、皆さま方のご多幸、ご健康、ご活躍を、心からお祈りして、本日のスピーチを終わります。ありがとう!

 

1995年10月開催の21世紀兵庫希望総会

2022年2月12日

 

人間王者と厳と生きぬけ

 

 

 北国に

  文化の勝利の

      旗高し

 

 文化とは、創造です。

 創造とは、一日一日の暮らしのなかで、いのちを伸びやかに開花させることでしょう。

 それは、先人たちが営々と築いてきた伝統を受け継ぎ、学び、活かしながら、自分は自分らしく挑戦と知恵を添えて、生き生きと未来を創り、開いていくことです。そこに、途切れることのない文化の創造のリレーがあります。

 その象徴が、世界に燦たる伝統文化の花の都・石川県です。

 江戸時代、加賀百万石は「天下の書府」と謳われ、文化の花が絢爛と咲き誇りました。この流れの奥深くに、私は、戦乱の破壊の世から平和の創造の世へ、大転換を願い求めてやまなかった女性たちの祈りを感じ取ります。

 石川には、今も日々の生活に、凜とした文化の彩りがあり、薫りがあります。茶道や美術などに寄せられる人々の関心が、全国でも高いと聞きました。

 その文化を愛する気風から、かけがえのない生命と人生を見つめ、今日という日を共々に丁寧に生きようという心ばえが伝わってくると言っても、過言ではないでしょう。

 

常に師と共に

 〈石川県は、戸田先生の生誕の地である。池田先生は恩師を思いつつ、その故郷を何度も訪れてきた〉

 

 朗らかに

  また忍耐の

     北陸は

    人間王者と

      厳と生きぬけ

 

 私の人生の師匠・戸田城聖先生は、一九〇〇年の二月十一日、石川県の塩屋(現・加賀市内)に誕生されました。

 戦時中の晩秋、恩師は、生命尊厳の哲学を掲げて、命を賭して軍国主義の横暴と戦うさなか、ご自身の人生の起点を確かめるように、塩屋を訪れています。軍部政府の弾圧で投獄されたのは、その翌年(一九四三年)です。

 一生涯、生まれ故郷に変わらざる愛情を注がれておりました。その師の最晩年、私は名代として北陸を訪れました。東京に戻り、故郷の方々の元気な様子をご報告すると、実に嬉しそうな笑みを浮かべられたのです。

 以来、いつも恩師とご一緒に帰郷を果たす思いで、幾たびも北陸を訪問してきました。

 恩師が逝去されて二年後(一九六〇年)の生誕の月・二月には、兼六園や、さらに卯辰山にも友と足を運び、金沢の美しい格調ある街並みを一望しました。壮麗な白山も仰ぎました。

 陰暦二月を表す「如月」には、草木が蘇生する「生更ぎ」という意義があります。私たちは、偉大な人間王者であられた師の生命をわが胸に脈打たせながら、郷土を深く知り、新たな人材の大樹を伸ばし、生命尊厳の文化の花を咲かせゆこうと誓い合ったのです。

 

冬が春をつくる

 〈厳冬にも負けない北陸の人々。池田先生は、“人生の冬”を勝ち越えてきた婦人を紹介し、地道に歩みを重ねる北陸の同志をたたえた〉

 

 私と妻がよく知る野々市市の婦人は、長女を出産した後、難病に罹り、失明されました。追い打ちをかけるように、最愛の夫の事故死が重なったのです。

 不遇を嘆く日々のなかで、「必ず宿命は転換できる。絶対に幸福になれる」と、力強く励ましてくれる友の温もりに触れ、教えてもらった不屈の生命哲学を抱きしめて前を向き、勇気の一歩を踏み出しました。

 幼い娘さんといったん離れ、盲学校の寮生活で、鍼・灸・マッサージの勉強に励みました。三年後、立派に資格を取得し、娘さんとの希望の生活が始まりました。努力の積み重ねで、開業したお店も繁盛し、やがて自宅も建てることができたのです。

 けなげな母は、必死の奮闘を通して見えてきたものがあると振り返ります。それは「人間の底力」であり、「人の優しさ」であり、「生きる喜び」であった、と。地元の小学校の要請に応えて、子どもたちに語りかけていることは、「人生には、いろいろ苦しみがあります。でも、どんな困難でも、乗り越えていく力が私たちにはあるんです」という“負けない哲学”です。

 今の白山市の生まれで、江戸時代を代表する女性俳人と讃えられる加賀千代は詠みました。

 「梅咲や 何が降ても 春ははる」

 たとえ、冷たい雨が降ろうが、雪が降ろうが、ひとたび一輪の梅が咲いたからには、それは春の訪れにちがいありません。

 冬は必ず春となる。

 冬が春をつくる。

 能登で地域貢献に奔走してきた女性リーダーは、「他の人ではありません。自分の一念で、どんなことでも全部、幸福の春へと打開できるのですね」と清々しく語っていました。

 誰が見ていなくとも、真剣に誠実に信念の行動を貫き、誰に褒められずとも、粘り強くベストを尽くして、自らの立てた誓いを果たしてみせる――この北陸の友の生命の息吹を、私は敬愛してやみません。

 

 〈結びに池田先生は、自身が青春時代に親しんだ哲学者の言葉に託して、青年を育てゆく石川そして北陸に万感の期待を寄せる〉

 

 「人を作ることは世界を創造することであらう」とは、森村(現・かほく市)が生んだ、近代日本の哲学者・西田幾多郎博士の言葉です。

 人材が育ちゆく天地・北陸には、無限の可能性を秘めた青年が満ち、勇気と知恵を贈る啓発が満ちています。ゆえに、無限の希望があります。

 春遠からじ。

 冬を勝ち越えた北陸の春には、誉れ高き生命の凱歌が轟きます。

 

 わが恩師

  生まれし天地

      石川に

     春 満開の

      母の曲あれ

 

 (『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)

 

2022年2月12日 忘れ得ぬ旅 太陽の心で――池田先生の連載エッセーから〉 石川

月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「石川――創造を続ける文化王国」〈2014年2月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)

 

2022年2月10日

 

 ああ恩師 戸田城聖先生

(上)

 

 

 わが師は

 偉大なる知性の人であった。

 慈愛深き人生であられた。

 厳しかった。

 優しかった。

 

 その胸には常に

 張り裂けんばかりに

 邪悪に対する

 闘争心が燃えていた。

 正義の人であった。

 

 私は

 若き十九歳の時に

 この偉大な師匠と

 巡り会った。

 その場所は

 大田区であった。

 

 一瞬にして私は

 師子の胸に抱かれた。

 わが身を捨てて

 大法と正義に戦い抜く

 この師のもとに座して

 涙を流した。

 

 高貴な信念が

 常に燃え上がっている

 人生であられた。

 深い信仰の心に

 燃え上がる慈悲を感じた。

 

 来る日も来る日も

 苦難の連続であった。

 邪悪との戦いであった。

 信念の道を歩む

 闘争であった。

 中傷 批判の波は

 激しかった。

 

 「創価」といえば

 多くの人びとが

 必ず悪口 中傷した。

 いな 無認識のままに

 一番大事な信念を持つ人を

 嫌う風潮の日本の

 心の小さい人びとは

 みな横を向いて

 笑って悪口を投げかけた。

 

 そのなかを

 わが師・戸田城聖は

 ある時は笑顔で

 ある時は厳しい口調で

 そしてまた

 ある時は朗らかに

 大声で笑いながら

 広宣流布の指揮を執った。

 何も恐れなかった。

 

 透徹した眼光の師であった。

 いかなる噓も偽りも

 決して見逃さなかった。

 ひとたび

 弾劾の師子吼が放たれるや

 いかなる傲岸不遜な悪人も

 恐れ戦き震え上がった。

 

 春風の笑みの師であった。

 悲哀と絶望に凍てつく

 庶民の心を温かく とかした。

 太陽のごとく

 大らかに万人を包まれた。

 勇気と希望の光を放って

 無窮の生きる力を贈られた。

 

  師弟不二

   この絆にて

      広布かな

 

 ともあれ師弟は

 永遠にして不滅である。

 師弟は

 過去から現在へ

 そして未来を貫く

 生命の金剛の結合である。

 

 法華経の化城喩品第七には

 「在在の諸仏の土に

  常に師と倶に生ず」と

 峻厳に記されている。

 

 我らは常に

 いつの世も

 いかなる時代も

 師と共に生まれ

 師と共に戦い

 師と共に勝って

 誉れの広宣流布の

 大道を歩み抜くのだ。

 

 「大難なくば

  法華経の行者にはあらじ」との

 如説修行の先師・

 牧口常三郎先生に

 戸田先生は仕えに仕え

 尽くしに尽くされた。

 

 法難の牢獄にまで

 勇み お供なされた。

 戦時中 正義のわが師は

 二年間 牢獄に入れられた。

 最極の正しき大善人を

 国家は いじめ抜いたのだ。

 

 初代の会長は獄死した。

 わが師・戸田城聖は断固と

 この敵討ちを決意した。

 人間の王者は怒った。

 自ら巌窟王になって

 崇高な師をいじめた悪逆の敵と

 断じて戦い抜いてみせると

 宣言した。

 これは有名な歴史である。

 

 獄中にあって

 「仏とは生命なり」

 「われ地涌の菩薩なり」

 と大悟され

 焼け野原の東京で

 妙法流布の大願に

 ただ一人 立たれた。

 

 死身弘法を決意せる師は

 正義の旗持つ若人を求め

 不惜身命の弟子の出現を

 待ちに待っていた。

 

  恩師あり

   妙法ありて

      わが一生

 

 昭和二十二年の八月十四日

 今生の師弟の出会いあり。

 この日この時

 久遠の師弟の魂は

 固く強く結ばれ

 「不二の詩」を奏でながら

 創価の新しき大車輪は

 回転し始めたのだ。

 

 わが誉れの青春譜の

 幕は切って落とされた。

 昭和三十三年の四月二日

 恩師の御逝去のその日まで

 十一星霜

 三千八百八十五日にわたり

 師事し常随給仕せり。

 

 一年ごとに

 弟子は増えてきた。

 それと比例して

 いわれなき迫害も

 一段と高まってきた。

 

 「真実の法華経の

  如説修行の行者の

  師弟檀那とならんには

  三類の敵人 決定せり」

 師弟の道は

 嵐の道であった。

 

 恐ろしきは人の心よ!

 先生の事業は破綻し

 莫大な借財が襲いかかった。

 世間の非難の集中砲火に

 先生の大恩を受けた

 最高幹部を先頭に

 手のひらを返すがごとく

 忘恩にも裏切り去った。

 嘲笑って立ち去った。

 

 すべての弟子の心も

 揺れ動いた。

 多くの幹部たちまでが

 卑劣にも去っていった。

 私は悔し涙で

 今に見ろ! と

 彼らを軽蔑した。

 

 一人の愛弟子は宣言した。

 ――私は

 いかなる処罰を受けようとも

 最善を尽くし抜いて

 師をお守りして

 この一生を終えるのだ。

 一切の財産もいらない。

 師の命ずるままに

 私の生命を捧げる。

 

 なんと意気地なき弟子たちよ!

 なんと卑怯な弟子らよ!

 なんと増上慢の愚者どもよ!

 なんと卑劣極まる者たちよ!

 彼らには

 人間の真髄の振る舞いなど

 まったくない。

 邪となって臆病に狂い

 動き回っていった。

 

 弟子は叫んだ。

 荘重に誓いを

 天下に放つがごとく

 師子吼した。

 

 下劣な愚かな輩よ!

 永劫に君たちを

 諸天は絶対に助けない。

 哀れな君たちよ!

 気の毒なお前たちよ!

 盗賊が断罪を

 宣告されるよりも

 もっと 恥と苦しみは

 続行していくにちがいない。

 

 真の信心なき彼らは

 先生を師とは仰げなかった。

 本有無作なる

 先生の振る舞いを

 軽んじて

 広宣流布の師たる内証を

 知ろうとはしなかった。

 

 日興上人は仰せである。

 「この法門は

  師弟子をただして仏になる」

 

 直弟子は激怒した。

 いな ただ一人 覚悟したのだ。

 命を賭して

 師匠を厳護することを!

 死して後世に

 弟子の模範を示すことを!

 

 私は胸を病んでいた。

 喀血も続いていた。

 阿修羅のごとく

 一心不乱に戦い続けた。

 

 私の心を見抜き

 先生は言われた。

 「大作!

  お前は死のうとしている。

  俺に命をくれようとしている。

  それは困る。

  断じて生き抜け!

  俺の命と交換するんだ」

 

 師匠は

 弟子を心から愛した。

 弟子は

 師匠を心から尊敬した。

 それは

 荘厳なる師弟の劇であった。

 

 マハトマ・ガンジーは言った。

 「弟子は

  わが子以上である。

  弟子たることは

  第二の誕生である」

 

 私には

 弟子の誇りがあった。

 誰が見ていなくともよい。

 誰が知らなくともよい。

 広宣流布の大師匠のもと

 大仏法を真実に行じゆく

 そして戦い抜く誇りを持って

 突進した。

 

 私には悔いがない。

 師弟を師弟のままに貫き

 戦い抜いてきたことを

 絶対に後悔しない。

 私は勝ったのだ!

 

 ある日ある時

 打開策に行き詰まり

 土砂降りの雨の中を

 師と共に二人して

 歩みながら

 私は申し上げた。

 

 「必ず将来

  先生にお乗りいただく

  車も購入します。

  学会もビルを建てます!」

 

 先生は

 黙って頷かれた。

 その目に

 涙が光っていた。

 

 私はお誓いした。

 「負債は

  すべて私が返済します。

  そして先生には

  学会の会長として

  広宣流布の指揮を

  執っていただきます」

 

 言葉に尽くせぬ

 苦難の連続であった。

 明日をも知れぬ

 疾風怒濤の日々であった。

 

 そのなかで師匠は

 ただ一人の弟子を信じて

 次々と

 広宣流布の構想の翼を広げ

 その実現を託した。

 「学会も新聞を出そう!」

 「大学をつくろう!

  創価大学だ!」

 師匠の絶対の信頼――

 これに勝る光栄があろうか!

 

 おお!

 そして迎えた

 あの第二代会長就任の

 晴れわたる

 昭和二十六年の五月三日!

 師匠の栄光こそ

 弟子の随喜であった。

 

 先生は

 断言なされた。

 会員七十五万世帯の達成を!

 それは

 断じて勝ち取らねばならぬ

 わが青春の誓願となった。

 

 真の弟子への

 師の期待はあまりにも大きい。

 それゆえに

 来る日も

 また来る日も

 獅子が わが子を

 谷底に突き落とすがごとき

 厳愛の訓練が続いた。 

 

([下]につづく)

 

2022年2月10日〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉 特別編 「師弟不二の詩 ああ恩師 戸田城聖先生」(2007年2月)

2022年2月11日

 

ああ恩師 戸田城聖先生

(下)

 

 

 

 四六時中

 常在戦場の師である。

 幾たびとなく

 真夜中に呼び出しも受けた。

 隼のごとく馳せ参じるのが

 常であった。

 

 側に私を呼んでは

 「勝つことを

  千里の外に決する」

 勝利への作戦会議が

 二人だけで繰り返された。

 

 困難を極める戦いは

 すべて私に命じられた。

 「わが弟子ならば

  断じて勝て!

  勝って当然だ」

 慰労の言葉など皆無であった。

 勝つことが

 真の弟子の証しであるからだ。

 

 私は走った。

 一切をなげうち

 無我夢中で戦い抜いた。

 蒲田で 文京で 札幌で

 大阪で 山口で 夕張で……

 行く先々で

 未聞の勝利の旗を打ち立て

 広宣流布の活路を開いた。

 

 師は最高首脳に

 語っておられた。

 「大作が行ったところは

  すべて大発展している。

  すべて大勝利している。

  この現証を見よ!」

 

 師匠と共に進めば

 生命は燃え上がる!

 師を思えば

 勇気が出る!

 力が湧く!

 智慧は尽きない!

 

 戸田先生は

 民衆の幸福と平和のために

 立正安国の戦いを起こされた。

 それは――

 「山に山をかさね

  波に波をたたみ

  難に難を加え

  非に非をます」

 権力の魔性との

 大闘争であった。

 

 大難来たり。

 昭和三十二年の夏

 北に夕張炭労事件起こり

 西に大阪事件起こる。

 若き闘将は

 北海の大地に

 民衆勝利の歌を轟かせ

 そして自ら

 大阪府警へと向かった。

 

 忘れまじ

 その途次の羽田空港で

 逝去九カ月前の

 衰弱の激しき師は

 牢に赴く弟子に言った。

 

 「もしも もしも

 お前が死ぬようなことになったら

 私も すぐに駆けつけて

 お前の上にうつぶして

 一緒に死ぬからな」

 なんと尊き慈愛の言葉か!

 それが師匠の心なのだ。

 

 私は心で泣いた。

 「先生のお身体には

  指一本 触れさせぬ」

 無実の容疑で捕らわれた私は

 一身に難を受けた。

 

 だが弟子は

 創価の正義を天下に示した。

 先生亡きあとの

 昭和三十七年一月

 法廷闘争に勝利し

 私は無罪判決を勝ち取った。

 

 重大なる広布の使命の

 全責任を抱いた

 後悔なき

 名誉ある人生が仏法なのだ。

 

 嫉妬の

 卑劣極まる虚言など

 誰が信ずるか!

 これが

 世界の王者の

 勝利への絶叫であった。

 

 有名になった強欲な

 多くの弟子は

 先生から去った。

 代議士にもしてもらい

 そしてまた

 学会の重要な役職にありながら

 その大恩も踏みにじった

 卑怯な連中は

 みな立ち去っていった。

 

 わが師は

 よく言われた。

 増上慢に

 成り下がった弟子は

 もはや弟子ではなくして

 恩知らずの敵である。

 

 蓮祖の時代にあっても

 日興上人 ただ お一人が

 清流に立ち上がられた。

 他の五老僧らは

 みな濁流に流された。

 

 あの戦争中

 時の権力に怯えて

 多くの幹部が

 退転していった。

 戸田先生お一人が

 師の心を心として

 厳然と立ち上がった。

 

 偉大な大師匠である

 戸田先生の弟子たる私は

 師に出会った十九歳の時から

 師の亡くなられるまで

 来る日も来る日も

 朝から真夜中まで

 常に先生の近くでお仕えした。

 

 それはそれは

 悪戦苦闘の師を

 お守りしながら

 現在の学会の大発展の

 基盤を作り上げたのだ。

 これが

 師弟の実相であることを

 叫びたい。

 

 いま私は

 次の真の弟子の道を

 青年たちに託したい。

 これが大発展への

 方程式であるからだ。

 

 ありとあらゆる

 三類の強敵の

 怒濤の中にあって

 私は一切を乗り切り

 すべてを完勝した。

 勝って師の笑顔が

 見たかったのである。

 

 ゆえに私にとって

 永遠の師匠・戸田先生と

 苦楽を共にし

 歴史を創り上げた日々は

 すべてが勝利であり

 光り輝いている。

 

 私は断固と勝利した。

 一切に勝利した。

 この実像が

 師弟不二の

 信力・行力なのだ。

 

 ああ!

 恩師と共に過ごし来た

 あの日あの時は

 すべてが

 また すべてが

 私にとっては

 輝く黄金の思い出となっている。

 

 師は――

 仏法の王者であられた。

 闘争の王者であった。

 正義の王者であった。

 これこそ

 人間指導者の大賢人だ!

 この王者と共に

 月月・日日に

 私は

 青春の不朽の歴史を

 綴ることができた。

 

 恩師は

 あまりにも偉大であり

 私は幸福者であった。

 いな 師も弟子も

 永遠不滅の

 幸福と勝利の生命が

 輝きわたって

 流転してゆくにちがいない。

 

  師を念い

   師をば語りて

       世界まで

 

 私は

 一切の誓いを実現した。

 師の構想の種子から

 天空高く生い茂る

 壮大なる大樹を育て上げた。

 

 創価の会館は

 民衆の大城となりて

 全国 全世界に林立し

 聖教新聞は

 言論の大城となった。

 創価大学 創価学園は

 世界も注目する

 教育の大城となった。

 

 「戸田の命よりも

 大切なり」と言われた

 創価の組織は

 仏法史上

 いな人類史上に輝く

 世界百九十カ国・地域への

 壮大なる平和と文化と教育の

 広がりとなった。

 (*1)

 

 釈尊の未来記

 そして

 日蓮大聖人の

 「仏法西還」という悲願は

 完全に成就した。

 

 「一閻浮提広宣流布」という

 仏法の究極の予見である

 人類の新しき平和の朝が

 輝き始まってきたのは

 皆様ご存じの通りだ。

 

 私は

 戸田大学の卒業生である。

 師匠は

 戸田先生お一人

 弟子は

 私ただ一人であった。

 約十年間

 万般にわたる教育を

 なさってくださった。

 

 その戸田大学の卒業生には

 世界の大学・学術機関からの

 知性の宝冠は二百を超えた。

 名誉市民の称号は

 四百六十を数えるに至った。

 「世界一の壮挙である」と

 著名な識者の方々は

 誉め讃えてくださっている。

 (*2)

 

 これは

 すべてにわたって

 恩師・戸田先生の

 凱歌の栄誉であられる。

 

 師匠の勝利は

 弟子の勝利。

 弟子の勝利が

 師匠の勝利なのだ。

 

 全生命を賭しながら

 一生涯

 師匠に仕えきった者が

 次の師匠となる。

 これが

 仏法の方程式だ。

 これが

 師弟不二である。

 

 人間にとって

 師弟に勝るものはない。

 師を持たぬ者は

 人間の愚者と

 なってしまうからだ。

 師を持たぬ者は

 勝手気ままな

 驕慢になってしまうからだ。

 

 一家に親子があるごとく

 社会には師弟が

 必ずあるものだ。

 それが古より

 世界万般の鉄則であった。

 

  師の恩を

   遂に果たせり

       今世かな

 

 私の心には

 いつも いつでも

 笑顔輝く戸田先生がいる。

 いまもなお

 「先生なら どうされるか」

 師との対話の日々の連続である。

 

 いかに暗黒の時代に遭遇しても

 偉大なる師を念うときに

 必ず一本の光の大道が

 広がってくるのだ。

 

 ああ!

 師匠は鑑である。

 師匠は希望である。

 師匠は力である。

 心に師を持つ人生には

 絶対に逡巡はない。

 心に師を持つ人生には

 断じて敗北はない。

 

 おお!

 わが恩師

 戸田先生!

 世界第一の師匠

 戸田先生!

 永遠の人生の師

 戸田先生!

 

 弟子・池田大作は

 晴れ晴れと勝ちたり。

 師弟不二の詩を

 不滅の歴史と残したり。

 

  一段と

   決意深まる

      師弟かな

 

 今日も晴れ晴れと

 妙法流布の正義の大道を!

 私は絶対に

 後悔の人生をつくらない。

 凜々たる勇気で

 価値ある勝利の歴史を

 勇み歩んでいくのだ。

 

 これが

 仏法であるからだ。

 これが

 師弟の道の法則であるからだ。

 

 二〇〇七年二月四日 立春の日

  わが師・戸田城聖先生の

  百七回目の誕生日を祝して

 

 (*1)現在は192カ国・地域

 (*2)現在の名誉学術称号は398、名誉市民称号は824

 

2022年2月11日〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉 特別編 「師弟不二の詩 ああ恩師 戸田城聖先生」(2007年2月)

2022年2月7日

関西よ兵庫よ

今再びの正義の大行進を

 

幸福常勝の「春の曲」を朗らかに

「立正安国」の不屈の誓願胸に

 

“我らは不幸な人の味方なり”と

 

  

 一、愛する常勝関西、そして、愛する常勝兵庫から、創価の春へ、大歓喜の飛躍を遂げゆく本部幹部会、ならびに晴れやかな兵庫総会、誠にご苦労さま!

 日蓮大聖人は、「一」は「万の母」と仰せになられました。

 一切は、一人への勇敢にして誠実な対話から始まります。

 1952年(昭和27年)の2月。あの二月闘争に呼応して、私と不二の心で立ち上がった若き盟友が体当たりの開拓で、関西第1号となる折伏を実らせました。まさに、その人知れぬ挑戦から、今日の“世界の大関西”の行進が始まったのです。

 威風も堂々たる関西広布70周年、本当におめでとう!

 今、わが従藍而青の(楠木)正行たる青年たちが先頭に躍り出て、創価家族一体で挑んでいる一人一人との真心の仏法対話から、どれほど明るく大きな未来が開かれゆくことか、計り知れません。

 一、この70星霜、「友の喜び友の歎き一つなり」(新1267・全934)との御聖訓さながらに、関西の宝友と私は、広布と人生の苦楽を分かち合ってきました。

 大阪事件の時、獄中の私に、関西の同志が御書を届けてくれたこともよみがえります。拘置所の差し入れ許可証が貼付された御書は、今も大切に保管されています。

 私たちは御書根本という金剛の絆で結ばれているがゆえに、何も恐れない。関西の友と深く拝してきた御金言があります。

 「思えば、あなたと日蓮とは、師弟の関係である。しかしながら、煩悩ある凡夫の身は、国主に従うものであるがゆえに、この難にあおうとしているのであろうか。感涙を抑えることができない」

 「たとえ、身は、この難にあったとしても、心は、仏心と同じである。今生では修羅道に交わったとしても、未来世は必ず、仏国に住むことであろう」(新1454・全1069、通解)と。

 乱れた世にあって、いかに苦難の連続であろうと、妙法流布に生きゆく我らは、仏と同じ心、大聖人と同じ心で、自他共に三世永遠に不退の幸福境涯を開きながら、法華経の「三変土田」、御書の「立正安国」の仰せのままに、勇んで社会へ飛び込んでいく。

 これが、牧口先生、戸田先生、両先生を原点とする学会精神です。

 この不撓不屈の誓願を、私は大阪事件の無罪判決の前夜、縁も深き兵庫の尼崎で師子吼しました。

 「私どもは日蓮大聖人の弟子としての自覚と信念をもって、不幸な人の味方となり、そして真実に全民衆が、安心して暮らしていける世の中を築き上げよう」と。

 そして今、コロナ危機や自然災害など、打ち続く試練の時代に、創価の生命尊厳の連帯は、日本はもとより全世界で、いやまして民衆の依怙依託となり、いかなる困難も乗り越える「変毒為薬」という究極の「レジリエンス」の力を発揮していくのであります。

 その希望と勇気と団結のモデルの天地こそ、わが大関西であり、わが大兵庫であると宣言したい。

 一、70年前の8月、私は特急「つばめ」号で淀川の鉄橋を渡り、夕焼け空に浮かぶ大阪城を仰ぎながら、関西へ第一歩をしるしました。以来、この大関西に永遠に崩れぬ民衆の平和と安穏の錦州城を築くために、久遠よりの誓いの友と共戦を開始し、貫いてきました。

 あの阪神・淡路大震災の折、ここ神戸の文化会館をはじめ、各会館を民衆厳護の城として、地涌の勇者たちが救援・復興に死力を尽くしてくれた尊き歴史も、どうして忘れられるでしょうか。

 いよいよ創立100周年への記念事業として、世界が見つめる新たな関西の大講堂も建設されます。御書に「城の主剛ければ、守る者も強し」(新1320・全979)と説かれるごとく、誉れの師弟城の城主たる皆さん一人一人の強盛なる信心と異体同心の陣列で、諸天の守護を一段と強く広げていってください。そして、「法華経に勝る兵法なし」と胸を張り、今再びの正義の大行進を朗らかに、幸福常勝の「春の曲」を奏でていただきたいのであります。

 本日の兵庫総会を記念して、以前、「兵庫女性部の日」である3月16日に記した二つの書を贈ります。

 

 「大兵庫

   天晴れ 地晴れ

     満月乃

   功徳につつまれ

    この世 飾れと」

 

 「大兵庫乃

   建設を

    君ぞ頼む」

 

 最後に、全国、全世界の全同志の健康と和楽と凱歌の人生を祈りに祈って、私のメッセージとします。どうか、お元気で!(大拍手)

 

2022年2月7日第7回本部幹部会・兵庫総会への池田先生のメッセージ

2022年1月21日

 

永続的な勝利への大道を歩め

 

<我らには永遠の希望がある>

 

 人類の英知の

 真髄の結論は何か?

 それは

 この地球世界から

 「悲惨」の二字を

 なくすことだ!

 

 「自由」があるから

 人間は幸福。

 「平和」があるから

 人間は安全。

 

 平和と自由は

 祝福されるべき

 人類の血が求め抜いた

 宝庫である。

 

 豊かにして堂々たる

 全世界の都会には

 無数の人間が行動している。  

 しかし ひとたび

 戦争になれば

 それらは皆

 巨大な牢獄と化してしまう。

 

 多くの民族が融合し

 燃え盛る

 生命と生命との

 音をたてながら

 新しい時代を

 新しき二十一世紀の舞台を

 築きゆかんとする

 鋭敏な魂よ!

 

 

 君は

 驚くほど

 強くなるのだ!

 君よ

 偉大な巨人として

 生き抜くのだ!

 

 ありとあらゆる

 嫌悪の苦汁を

 呑まされゆく苦痛は

 断じて打ち破れ!

 彼らは

 嘆息するような

 気の毒な

 哀れな道をゆく者なのだ。

 

 おお 人間よ!

 おお 人類よ!

 偽善者に

 断じて騙されるな!

 

 絶対の平和の大道は

 庶民の心にあることを

 忘れてはならない。

 

 

 いかなる

 憂鬱なことがあっても

 断固たる

 創造者であり

 先覚者である

 私たちは

 永続的な勝利への大道を

 歩みゆくことを

 断じて忘れてはならない。

 

 固い道も

 柔らかい道も

 生涯 持ち続けた

 汝自身の精神を

 汝自身の高尚な思想を

 堅持しながら

 変転極まりない

 この社会をば

 魂の極致の信念をもって

 私たちは進むのだ!

 

 何ものにも屈せず歩む!

 恐れを拒否して歩む!

 人生の生命の

 終わりも忘れて歩む!

 そして走る!

 

 我らには

 永遠の希望がある。

 我らの天下の都市は

 恐れも嘆きも終末もない。

 人間が人間として

 喜び合い 助け合う

 連帯の都市なのだ!

 

 そして そこから

 「世界平和の道」を

 創るべきだ!

 「人類の花園」を

 築くべきだ!

 

 これを

 「一閻浮提の広宣流布」

 大聖人は見通し

 予見されたのである。

 

 「末法万年 尽未来際」

 この甚深の御聖訓を

 私どもは

 永遠に忘れてはならない。

 その使命があるからだ!

 

 

2022年1月21日

〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉

第2回 世界平和への誓い

「世界平和の道 人類の花園」(2000年)

:Top↑ End↓

2022年1月20日

無冠の友への新春メッセージ 

池田大作

 

大いなる飛躍の第一歩を

尊き大誠実の振る舞いに感謝

 

<「無冠」こそ"創価の不軽菩薩">

 

 

 

 尊貴なる「無冠の友」の皆さん!

 「青年・飛躍の年」、

 明けましておめでとうございます。

 

 感染症の流行や

 気候変動に伴う天候不順など、

 これまでにも増す困難の中、

 皆さんがどれほど祈り、

 どれほど心を砕いて

 配慮を尽くしながら、

 聖教新聞を配ってくださっていることか。

 

 「無冠の友」ありて、

 広宣流布と立正安国の前進あり!と、

 感謝は尽きません。

 

 陰で支えてくださっている

 集金担当の皆さん方も、

 本当にありがとうございます。

 

 とともに、「無冠」の誇りを胸に、

 これまで配達を担ってくださった方々に、

 心より御礼を申し上げます。

 

 御書には、

 「かくれての信あれば、

 あらわれての徳あるなり」

 (新1850・全1527)と仰せです。

 最も地道にして

 最も忍耐強い

 功労を重ねられた皆さんが、

 大福徳に包まれ、

 三世永遠に栄えゆかれることは、

 絶対に間違いありません。

 ◇ 

 御本仏・日蓮大聖人は、

 「もし文字を離れば、

 何をもってか仏事とせん」

 (新762・全153)とご断言であります。

 広宣流布とは、

 「文字の力」「言論の力」で、

 何ものにも負けない

 仏の大生命力を自他共に呼び起こし、

 民衆の一人一人を救い切っていく

 究極の聖業であります。

 その最大の推進力こそ聖教新聞であり、

 そして、その最強の旗手こそ

 「無冠の友」の皆さんにほかなりません。

 

 聖教の波動は、

 内外の読者の人生に

 活力と希望を送ると同時に、

 地域社会にも深く連帯と繁栄を広げていきます。

 

 私も宝友と忘れ得ぬ出会いを刻んだ

 福島県の土湯では、

 深き決意の同志が一丸となって走り抜き、

 地域の数多くの世帯が

 聖教の愛読者になっておられると伺いました。

 そこには、実に半世紀にわたって

 営々と配達を続けてくださった

 宝のご家族がいます。

 

 ご夫妻は、病も幾たびと勝ち越え、

 お子さん方も立派に育て上げながら、

 愛する郷土に貢献を果たされてきました。

 後継のバトンを受け継いだ息子さんは、

 こけし職人として日本一に輝いています。

 

 まさに、聖教の旗を高らかに掲げ、

 誓願の祈りと行動で、

 「信心即生活」「仏法即社会」の実証を

 誉れの天地に示し切ってこられたご家族が、

 いずこにも光っているのです。

 ◇ 

 聖教新聞を

 「日本中、世界中の人に読ませたい」

 との恩師・戸田城聖先生の熱願は、

 私と不二の心で行進する

 「無冠の友」の誓願となって結実し、

 聖教電子版は現在、

 210カ国・地域からアクセスがあります。

 

 「世界人権宣言」の起草にも尽力された、

 ブラジル文学アカデミーの

 アタイデ元総裁の信条を思い起こします。

 「新聞は毎日、

 また常に、民衆の光輝ある力のために、

 現在と未来の間に立って、

 歴史の行進を先取りする。

 そして世界の地平線へ、

 鋭きまなざしを広げていく」と。

 

 世界の「セイキョウ」は、

 いよいよ「歴史の行進」を先取りし、

 世界市民の「光輝ある力」を

 限りなく高めていきたい

 と思うのであります。

 ◇ 

 私は、「無冠」の方々こそ

 創価の不軽菩薩なりと尊敬し、

 信頼しております。

 

 皆さん方こそ、

 「不軽菩薩の人を敬いしは、

 いかなることぞ。

 教主釈尊の出世の本懐は

 人の振る舞いにて候いけるぞ」

 (新1597・全1174)との御聖訓を、

 月々日々にたゆむ心なく

 実践し抜いておられる方々だからであります。

 

 先日も、大阪・堺の地で、

 長年「無冠の友」だった方から、

 「配達50年の掉尾を飾る、

 本当に嬉しいことがありました」

 と喜びの便りが届きました。

 それは、さわやかな挨拶を心掛け、

 地域活動に努める姿を

 ずっと見ていたご近所の方から、

 「あなたが誇りとしているその新聞、

 読ませてもらうわ!」

 と声を掛けられたというのです。

 尊い貴い大誠実の振る舞いの勝利です。

 

 私は妻とこれからも、

 無冠家族の絶対無事故、健康長寿、

 そして幸福勝利を、

 真剣に祈り続けてまいります。

 

 地涌の誓願を貫く人は、

 いつまでも、いかなる立場になっても、

 「青年の心」で生き生きと

 境涯を深めながら、

 所願満足の人生を歩んでいけます。

 

 さあ、今日も、

 栄光の峰を見つめつつ、

 大いなる飛躍への第一歩を、

 堂々と踏み出しましょう!

 

 青年と共に!

 私と共に!

 

 2022年 元旦

 

2022年1月20日聖教新聞2面

2022年1月18日

偉大な歴史を築く一年に!

 

不惜身命の闘争こそ師弟の魂

戸田先生 勇気をもって仏法を実践せよ

強き信心が変毒為薬の原動力

何があっても断じて勝つ

 

 

 あけまして、おめでとう! どうか、この一年も、よろしくお願い申し上げたい。

 戸田先生が、しばしば、遺言のように語っていた言葉は何か。

 それは「勇気」である。

 「仏法の真髄は、慈悲であり、われわれにも慈悲は必要だけども、凡夫だから、なかなか慈悲はもてないものである。

 この慈悲に代わるのが勇気だ。

 『人を救おう』『自分を向上させよう』『人間革命しよう』『日本を、世界を広宣流布しよう』という勇気だ。

 勇気をもって仏法を実践することが、慈悲に通じていくのである」

 これが戸田先生の厳然たる指導であった。

 

 この一年、自分自身のため、

 偉大なる歴史の建設のため、

 勇気をもって前進してまいりたい!

 

 きょう1月8日は、57年前(1945年)、

 牧口初代会長の獄死の事実を、

 同じく獄中にあった戸田第2代会長が、

 判事から初めて告げられた、

 厳粛な「師弟の日」である。

 

 師の獄死を初めて知った。

 あまりの悔しさに泣きあかした。

 師弟というのは、そういうものである。

 

 〈治安維持法違反と不敬罪で投獄された牧口常三郎先生は、1944年(昭和19年)11月18日に獄中で逝去された。厳しい独房生活による栄養失調と老衰のためである。翌45年の1月8日、戸田城聖先生は、取り調べの判事から「牧口は死んだよ」と告げられた。

 

 後年、戸田先生はその時の心中を語っている。

 「先生の死をお聞きしたとき、だれが先生を殺したんだと叫び、絶対に折伏して、南無妙法蓮華経のために命を捨てようと、決心したのであります」(『戸田城聖全集』3)〉

 

 この日から、戸田先生は「広宣流布の巌窟王」となった。

 自分が偉くなるのではない。

 殉教の牧口先生の“分身”となって、

 先生の精神を実現していくのだ

 ――こう決意された。

 

 第3代の私も、

 寸分たがわぬ「師弟不二の心」で、

 御聖訓どおりの難を一身に受けながら、

 戦って戦って戦いぬいてきた。

 不惜身命・死身弘法の大闘争。

 これが、牧口先生、戸田先生、そして私という、

 創価学会を貫く師弟の魂なのである

 

 巡り来た「1月8日」のこの日、

 世界広宣流布の大実証を、

 私は皆さま方とともに、

 牧口、戸田両先生にご報告することができた。

 それが何よりもうれしい。

 

広布拡大が報恩

 「華果成就御書」には、「弟子が妙法を弘める功徳は、必ず師匠の身に帰する」(全900・新1211、趣旨)という原理が御教示されている。

 

 弟子が戦うことが、

 師匠への恩返しである。

 これが仏法である。

 人間の道である。

 ゆえに、広宣流布の拡大の闘争こそが、

 師匠への最大最上の報恩となるのである。

 

 日蓮大聖人は、「撰時抄」に、こう仰せである。

 「多くの流れが集まって大海となる。微小な塵が積もって須弥山(最高の山)となったのである。日蓮が法華経を信じて題目を唱え始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの微塵のようなものである。

 やがて二人、三人、十人、百千万億人と、法華経の題目を唱え伝えていくほどならば、妙覚(最高の悟り)の須弥山ともなり、大涅槃という悟りの大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに、また求めてはならない」(全288・新205、通解)

 

 「仏になる道」は、どこにあるのか。

 それは「広宣流布の拡大」にしかない。

 大聖人の仏法は「広宣流布の信心」である。

 

 信心即生活である。

 ゆえに、今がどれだけ厳しくとも、

 この広宣流布の信心さえ貫けば、

 すべての努力が生かされ、

 いくらでも生活の面で、

 また社会の面で、

 勝利し、成功していけるのである。

 

 今、世界の同志の連帯は、

 かけ算のように何倍もの力を発揮し、

 功徳も増し、人材も増し、

 威光勢力も増し始めた。

 

 日顕一派と決別し、

 広宣流布は、

 大聖人正統の創価学会によって、

 この地球上に、

 いやまして速度を加え、伸展してきた。

 

 これもすべて、

 世界広宣流布を自由自在に

 進められるようにとの御仏意であり、

 御仏智であったというほかない。

 

 いよいよ、“太陽の大仏法”が、

 平和へ、幸福へ、繁栄へ、

 全人類を本格的に照らす

 時代に入ったと思えてならない。

 

 大聖人は在家の弟子に、

 「その国の仏法流布は、あなたにおまかせいたします」(全1467・新1953、通解)と仰せになっている。

 大聖人から託された、

 それぞれの深き使命の天地にあって、

 世界最高峰の須弥山のごとき

 大福運を積んで積んで積みきっていただきたい。

 

全てに意味が

 ここで、日蓮大聖人が四条金吾にあてられた、有名な御書の一節を拝したい。

 同僚からの讒言によって、主君から領地替えを命じられるなど、苦境に立たされていた金吾への励ましのお手紙である。

 「一生は夢の上の出来事のようにはかないもので、明日のことさえわからないものである。たとえ、どんな乞食になったとしても、法華経にきずをつけてはならない。

 それゆえ、同じくは、(あなたの決意はすでに定まっているのであるから)嘆いた様子を見せないで、このあなたの誓状に書かれたように、少しもへつらわずに振る舞い、語っていきなさい。

 なまじ、へつらうようなことがあれば、かえって(状況は)悪くなるであろう。たとえ、所領を没収され、(土地を)追い出されようとも、それは十羅刹女(諸天善神)の御計らいであるのだろう、と深く信じていきなさい。

 もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの戦い(文永9年2月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻きこまれて、きっと打ち殺されていたにちがいない。今、あなたが江間家を追い出されることも、このまま江間家にとどまっていてはよくないだろう、という釈迦仏の御計らいなのであろう」(全1163・新1583、通解)と。

 

 大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。

 しかし、そうであったからこそ、

 戦乱をまぬかれることができ、

 かえって良かったのだと仰せである。

 

 仏法の眼で見るならば、

 すべてに深い意味がある。

 嘆いてはいけない。

 「強き信心」

 「勇気ある信心」さえあれば、

 あらゆる困難を、

 必ず「変毒為薬」していける。

 

 どうか、この大聖人の御聖訓を心に刻み、

 何があっても前へ、また前へ、

 前進していただきたい。

 

 仏法は勝負である。

 断じて勝たねばならない。

 自身に勝ち、

 人生に勝利していく。

 そのための信心である。

 

 雄々しく苦難と闘う皆さま、

 そして誠実な心で戦う皆さまの姿は、

 すべて大聖人が御覧になっている。

 安心して、使命深き、

 わが人生を生きぬいていただきたい。

 この一生、毅然と、勇敢に、胸を張り、

 一日一日を、

 自分らしく進んでいっていただきたい。

 

 皆さま方が、健康で、朗らかで、長生きして、

 和楽の人生を築かれんことを

 心よりお祈り申し上げたい。

 

 寒いなか、

 奮闘してくださっている

 尊き同志に喜びをあたえゆく、

 名指導のできるリーダーであっていただきたい。

 

 どうか、この一年、お幸せに!

 本当にご苦労さま! ありがとう!

 

2022年1月18日VOD新番組に収録された池田先生の指針

2002年1月の本部幹部会から

2022年1月12日

 

人生の流転

 

 

 また我らの

 新しい年が

 始まった!

 

 一年を

 十年の価値ある人生に

 生きる人もいる。

 「一生 空しく過して

  万歳 悔ゆる」人もいる。

 

 人生は

 今日も

 生きゆく以外にない。

 否 生き抜くことが

 人生だ。

 

 誠実の人間たれ

 勇敢なる人間たれ

 そして

 勝利の人生たれ!

 

 熱烈たる人生王者の

 自分の魂を

 使命の魂と

 深く結び合わせながら

 断固として

 勝ち誇る人生たれ!

 

 それには

 勇気ある信仰だ。

 それしか

 無数無量の諸天は

 祝福してくれない。

 

 人間主義の信仰こそ

 恐るべき力を持ち

 晴れやかな力を持ちながら

 天使たちが

 君を護る。

 君を讃える。

 

 狂気のごとき

 この社会。

 癒しがたい

 狂いに狂った

 愚行を繰り返す

 この世界。

 

 怒りの涙を

 さらに強き格闘に転じて

 暗澹たる怒濤の彼方に

 燦然と輝く

 自分自身の王国へ

 行くのだ。

 

 宿命の嵐に

 負けるな!

 陰険な波浪に

 負けるな!

 邪義の陰謀に

 負けるな!

 

 我らには

 哀しみなどはない。

 我らには

 敗北もない。

 

 我らの彼方は

 常に

 幸福の鐘が

 希望の鐘が

 鳴りやむことはない。

 

 いかなる

 厳しい試練があっても

 我らは

 すべてを勝ち越えゆく

 無量の黄金よりも貴重な

 無限の力を持っている。

 

 目には見えない力が

 満々として

 言葉もなく

 常に轟々と

 鋭く響いている。

 我らは負けない!

 

 君よ

 今日も

 元気を取り戻せ!

 

 君よ

 幸福の魂を引き離す輩とは

 今日も厳然と

 断固 戦え!

 

 あの美しい

 満天の星のごとく

 勇気に溢れ

 希望に溢れ

 勝利に溢れゆく

 栄光にふさわしき

 人間王者の威厳に満ち満ちて

 常楽我浄の王宮の扉を開き

 笑みを湛えながら

 わが人生の流転を

 進みゆくのだ。

 

 我々が信ずる力は

 臆せず動ぜず

 悠然と安座して

 慈光に包まれ

 必ず忍耐の彼方に

 大勝利の讃歌が待っている。

 

 新しい一年

 君の胸にも

 また あなたの胸にも

 大いなる喜びが流れ込み

 偉大なる勝利の

 諸天の祝福の輝きに

 包まれゆくことを

 私は祈りたい。

 

2022年1月12日

〈桂冠詩人は詠う 勇気の舞 凱歌の行進Ⅱ〉

第1回 新年を迎えて

「人生の流転」(2002年)

2022年1月10日

2022年1月9日

池田先生ご夫妻

恩師記念会館で勤行

 

 池田先生ご夫妻は9日、

 総本部の創価学会恩師記念会館(東京・新宿区)に訪問され、

 勤行・唱題された。

 

 「青年・飛躍の年」の開幕と、

 各方面・県の新出発を寿ぐとともに、

 世界の無事安穏と、

 創立100周年の広布の峰へ

 飛躍の大行進を開始した

 全国、全世界の同志の

 福徳・健康・勝利を心から祈念した。

 

2022年1月10日聖教新聞1面

2022年1月9日

 

大心で地球を

 地域を包み 

広布と人生の大桜を満開に

 

22世紀へ「立正安国」の襷を君に

青年よ正義のトップランナーたれ

妙法の力用は無量無辺

“一切衆生の仏性を喚び顕す”

   

 一、年頭より、日本でも世界でも、

 わが地涌の青年たちを旗頭として、

 創価家族は舞を舞うがごとく、

 「大法弘通」、

 そして「慈折広宣流布」という

 人類の幸福と平和への

 新たな飛躍の大行進を開始しました。

 

 立宗770年の新春に、

 御本仏・日蓮大聖人の御賞讃は、

 いかばかりでしょうか。

 弘安3年(1280年)の正月、

 若き南条時光を讃えられた御聖訓を、

 全宝友に贈りたい。

 

 「花は開いて果となり、

  月は出でて必ずみち、

  灯は油をさせば光を増し、

  草木は雨ふればさかう。

  人は善根をなせば必ずさかう

 (新1897・全1562)と。

 

 一、今日は凜々しき新成人の皆さん、

 晴れの門出、誠におめでとう!(大拍手)

 今、私は1・26「SGIの日」に寄せる

 40回目となる平和提言を、

 「若者」と「女性」、

 そして「子ども」の未来に大きく光を当て、

 準備を進めております。

 

 その中でも論及しますが、

 国連の推計によれば、

 21世紀の末までに、

 この地球上には109億人に及ぶ

 人々が誕生すると言われています。

 

 創価の師弟は、

 大聖人が「開目抄」に明かされた

 「法華経を弘めて

  未来の一切の仏子にあたえん

 (新120・全236)

 という仏の大誓願を、

 そのまま受け継いできました。

 

 そして新成人をはじめ

 今の青年部、未来部の皆さん方こそ、

 21世紀から22世紀へ

 「立正安国」の襷、

 「令法久住」の襷を担う、

 正義と人道のトップランナーなのであります。

 どうか、この誇り高き使命に胸を張って、

 さっそうと負けじ魂の力走を頼みます。

 

 仏法の永遠の生死観から見るならば、

 「妙とは蘇生の義なり

 (新541・全947)と仰せのように、

 これまで広布の途上で逝去された同志も、

 仏縁を結んできた方々も、

 共に偉大な地涌の生命力をたたえて、

 必ずや澎湃と世界の平和と共生を築く

 陣列に躍り出てくることを、

 私は確信してやみません。

 

 一、思えば、半世紀前に私が対話を開始した、

 20世紀最高峰の歴史家トインビー博士も、

 21世紀に照準を合わせておられました。

 そして創価学会が実践してきた

 「中道」こそ、

 21世紀に生きる人類の歩むべき

 正しき道であると、

 絶大なる信頼を託してくださったのです。

 

 牧口・戸田両先生が

 共に御書に線を引いて

 大切にされていた御金言があります。

 それは、女性の門下に贈られた

 「法華初心成仏抄」です。

 すなわち、

 「一度妙法蓮華経と唱うれば

 「一切衆生の心中の仏性を

  ただ一音に喚び顕し奉る功徳、

  無量無辺なり

 (新703・全557)との一節です。

 妙法には、全人類、

 さらに過去・現在・未来を貫いて

 一切の森羅万象から、

 仏性を喚び顕しゆける

 計り知れない力用があります。

 

 一、あの70年前の二月闘争の折、

 私は蒲田支部の同志と

 報恩の弘教に奔走しながら、

 凍てつく夜空に

 冴え光る満天の星を、

 よく仰ぎました。

 そして広大な宇宙の中で、

 久遠からの誓いの友と、

 妙法流布に生き抜く

 「歓喜の中の大歓喜」のロマンを

 朗らかに語り合ったのです。

 

 私たち青年の奮闘に応え、

 戸田先生が「地球民族主義」という

 遠大なビジョンを

 示してくださったのも、

 この二月闘争のただ中です。

 

 その恩師の大境涯を偲びつつ、

 かつて元旦に認めた一対の書を、

 わが同志に贈ります。

 一つは「大心」

 ――「大いなる心」。

 そして、もう一つは

 「大桜」であります。

 

 この一年、

 全世界の宝友と共々に、

 大きな大きな心で、

 地域も、国土も、地球も、

 いやまして妙法の大功力に包んでまいりたい。

 そして「冬は必ず春となる

 (新1696・全1253)と、

 広布と人生の「大桜」を

 福徳満開に咲かせゆくことを

 決意し合って、

 新年のメッセージとします(大拍手)。

 

2022年1月9日本部幹部会への池田先生のメッセージ

2022年1月4日

〈池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ〉

大いなる生命の翼を共々に

 

 妙法を信受する我らは、大宇宙の運行の妙なるリズムに則り、一年一年、「心の財」を積みながら、「地涌の人華」を多彩に咲かせ、広げていくのだ。

 これほど充実した福徳の年輪はない。

 北極圏に近いアイスランドの同志からは、厳寒の中、オンラインで新年の集いを行い、異体同心で元気に出発したと報告を頂いた。

 欧州では、年頭から36カ国を「心は一つ」と結んで、伝統の広布サミットも予定されている。

 * * 

 「青年・飛躍」の鍵は何か。それは、祈りを根本にした慈愛であり、真心からの励ましではなかろうか。

 御本仏・日蓮大聖人は、母鳥が卵を温めて孵化させ、雛鳥たちを飛翔させる営みを、仏の慈悲に譬えられた。

 有名な御文がある。

 鳥の卵から、くちばしや目ができて、やがて大空を翔るように、「我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱えの母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生いそろいて、実相真如の虚空にかけるべし」(新2068・全1443)と。

 すなわち、題目の「唱えの母」に温められるならば、万人が必ず必ず仏の大境涯を開いていけるのだ。

 どの生命も、永遠の幸福の大空へ羽ばたく翼を抱いている。その翼を、自他共に大きく広げ、限りなく鍛え上げていくのが、我らの人間革命なのである。

 今、心の凍てつくような社会にあって、人を励まし、若き生命を育てる温もりが渇仰されている。

 新生の女性部を中心に、題目の「唱えの母」という最極の熱と力を漲らせながら、創価の人材群を一段と高く高く飛躍させていきたい。

 * * 

 箱根駅伝では、創大駅伝部が負けじ魂と団結の力走で、感動と勇気を送ってくれた。本当にありがとう!

 明2023年には、マレーシアに中高一貫校「創価インターナショナルスクール・マレーシア(SISM)」が開校する予定である。その定礎式が2日に晴れやかに行われた。

 青年こそ、人類の希望だ。

 平和と人道に殉じられた牧口先生、戸田先生の創価教育の希望の襷は、今や地球社会の若き世界市民に受け継がれている。

 さあ、新たな勝利山へ、共々に登攀を開始しよう!

 

2022年1月4日〈池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ〉

 

2021年12月27日

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 燃える命で飛躍の春へ

 

桜梅は薫り 桃李は香る

平和と共生の人華を爛漫と!

 

 師走になると、尽きせぬ感謝とともに思い起こされる恩師の和歌がある。

    

 勝ち負けは 

  人の生命の 

     常なれど 

  最後の勝をば 

    仏にぞ祈らむ

   

 これは、一九五七年(昭和三十二年)の十二月に、戸田城聖先生から私が賜った一首である。

 先生が波瀾万丈の苦難を乗り越え、生涯の願業たる七十五万世帯の大折伏を遂に達成された時であった。だが、体調を崩されて悲願の広島行きも断念し、静養を余儀なくされていた。

 私自身、夕張炭労事件や大阪事件をはじめ、熾烈な攻防戦の矢面に立ち続けた渦中である。冤罪を晴らす法廷闘争も始まっていた。

 御書に仰せのごとく、三障四魔が紛然と競い起こり、学会が更なる飛躍を果たせるか否かの分岐点にあったといってよい。

 ゆえに先生は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書一一六五ページ)との御聖訓を、自ら今一重深く拝された。

 そして、何があろうとも、「師子王の心」で悠然と祈り、戦おう! 途中はどうあれ、最後は断じて勝とうではないか! 全学会員を勝たせようではないか!と、病を押して励ましてくださったのである。

 不二の弟子として私は奮い立ち、強く固く決意した。

 ――一年また一年、世の毀誉褒貶を見下ろしながら、先陣を切って“次こそは”“来年こそは”と、広布の法戦に挑みゆくのだ。わが誉れの同志が一人ももれなく、一切を変毒為薬して「最後の勝」を飾りゆけるように道を開くのだ、と。

 ゆえに私にとって、何よりの喜びは、創価家族の凱歌の人生にほかならない。

 つい先日も、聖教新聞に、牧口常三郎先生と戸田先生の故郷である北海道の百三歳を迎える多宝のお母さまが、それはそれは神々しい笑顔で紹介されていた。

 度重なる悲嘆を越え、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同二三四ページ)との一節を拝し抜いてきた生命が輝いている。

 「私は勝ちました」との大勝利宣言に、妻と最敬礼して拍手を送った。日本中、世界中に光る、この「最後の勝」の晴れ姿こそを、私は報恩の誠として先師と恩師に捧げたいのである。

 

冬に不屈の信心

 北海道、東北、北陸、信越、北関東、近畿、中国、さらに世界の北国、雪国の宝友の冬のご苦労が偲ばれる。

 折から寒波襲来で大雪となり、皆様の無事安穏を祈らずにはいられない。

 とりわけ、日の出前の暗く寒い中、聖教新聞を配達してくださる、尊き「無冠の友」の無事故を祈念するとともに、この一年の労に最大に感謝申し上げたい。

 厚田の天地に念願の墓園が開園した折、北海天地の友と私は御書を拝読した。

 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を」(同一二五三ページ)と。

 そして約し合った。

 厳寒の逆境を勝ち越えた春の訪れにこそ、計り知れない希望と喜びがある。“法華経は冬の信心なり。冬は必ず春となるのだ”と確信し、粘り強く苦難への挑戦を繰り返そう、と。

 この御書を頂いた妙一尼は、迫害が続く中、夫に先立たれ、病気の子らを抱えながら、必死に信心を貫き通した女性である。

 世界の創価の女性たちが鑑としてきた母である。

 妙一尼は、流罪の大難に遭われた佐渡の日蓮大聖人のもとへ、自らの従者を遣わし、お仕えさせてもいる。

 その御礼を綴られた御返事が、今回、御書の新版に新たに収められた。

 大聖人は、釈尊が過去世に積んだ身の供養と対比されながら、法華経の行者を護り抜こうとする妙一尼の気高い「志」を、大絶賛されているのである。

 「志既に彼に超過せり。来果何ぞ斉等ならざらんや」(御書新版一六九三ページ)――あなたの志はすでに彼の人(過去世の釈尊)を超えています。未来の果報がどうして同じでないことがあるでしょうか――と。

 今また、妙法の広宣流布のために異体同心で戦う創価の同志、なかんずく女性たち母たちが無量無辺の大果報に包まれゆくことは、絶対に間違いないのだ。

 

皆を必ず幸福に

 「冬は必ず春となる」に続けて、大聖人が引かれた法華経の一節がある。

 「若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん」(創価学会版法華経一三八ページ)

 誰一人として置き去りにせず、救っていくのだ! 必ず救い切れるのだ!と。

 日蓮仏法は、いかなる困難な壁も越え、万人成仏の妙法を全世界に弘め、一切衆生を幸福にすることを根本の誓願とした「広宣流布の宗教」である。

 そして、あらゆる差別を排し、誰もが平等に仏性を具えた尊極の存在であると、一人ひとりが個性を生かし合い、尊敬し合う「人間主義の宗教」なのだ。

 思えば、一九七九年(昭和五十四年)の五月三日朝、公式に第三代会長を辞する総会を前に、私は内外の策動を清風の心で見極めながら、筆を執った。

 「桜梅薫 桃李香」(桜梅は薫り 桃李は香る)と。

 大聖人が示された、厳冬を勝ち越えた凱歌の春に、「桜梅桃李」という平和共生の人華の園を、世界中に薫り香らせゆかんと、人知れず心に期したのである。

 時は満ち、時は来りて、晴れやかな女性部の新出発とともに、いやまして多彩な自体顕照の幸のスクラムが広がり、嬉しい限りだ。

 

「魂の独立」30年

 御本仏の平等大慧の御精神を踏みにじる権威主義、差別主義の邪宗門の衣の呪縛を解き放ち、正義の学会が「魂の独立」を果たして三十周年を迎えた。

 あの一九九一年(平成三年)の秋から年末、私は、関西の兵庫へ、大阪へ、中部の愛知へ、第二総東京へ、わが故郷・大田区をはじめ東京各区へ、大聖人有縁の千葉、神奈川、静岡へ、そして埼玉へと、西へ東へ、動きに動いた。

 その前進は、「文化音楽祭」など、創価の意気軒昂なる歌や舞と共にあった。

 さながら「ま(舞)いをも・まいぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書一三〇〇ページ)と仰せ通りの民衆の躍動である。

 文化や芸術は、人間性の多彩な開花であり発露だ。それを教条的、独善的な偏見によって排斥する、生命抑圧の宗門と決別し、我らは晴れ晴れと進んだ。そして文化の力で、世界の人びとを結んできたのである。

 過日、八王子を訪れた際、彼方に秀麗なる白雪の富士を望むことができた。

 富士のある静岡、山梨の友の不屈の同志たちのことが胸に迫る。ことに富士宮特区の友は、「魂の独立」三十周年の記念日に大歓喜で集い合った。

 痛快なる民衆の勝利劇に、私も快哉を叫んだ。

 “富士宮の不二の同志、万歳!”――と。

 このほど、東海道の青年たちが、学会正義を師子吼して戦った先輩同志の闘魂を後世に残そうと聞き取り調査を行い、証言集として届けてくれた。その後継の心意気が誠に頼もしい。

 

「勇気」を称えよ

 「芸術は世界を一つに結びつけます」とは、楽聖ベートーベンの言葉である。

 本年、コロナ禍に屈せず、創価グロリア吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、関西吹奏楽団、また、創価シャイニングスピリッツ、創価グランエスペランサ、創価ジャスティスウィングス、創価中部ブリリアンス・オブ・ピースなど、各地の音楽隊・鼓笛隊、さらに創価大学のパイオニア吹奏楽団等の活躍はめざましかった。

 「創立の日」記念の本部幹部会でも、世界の青年部と音楽隊によるベートーベンの「第九」(歓喜の歌)が、全学会に満々と「飛躍の息吹」を行き渡らせてくれた。

 「第九」といえば、四国の徳島や、福岡はじめ九州の友が歌い上げた大合唱も忘れることはできない。

 ベートーベンに、「フィデリオ」という歌劇がある。

 「レオノーレ」という名の妻が「フィデリオ」という偽名で男装して牢獄内に潜入し、不当に捕らわれた夫を助けるストーリーである。

 劇中、厳しい困難を前に、レオノーレは歌う。

 「希望よ来たれ、疲れはてた人々の最後の星を消さないでおくれ。そして私の目標をてらしておくれ」

 レオノーレの勇敢な行動は、夫を陥れた悪人までも「何という法外な勇気だ」と感嘆させていく。

 最後には夫と全ての国事犯が釈放され、「高いよろこびの情熱でレオノーレの気高き勇気はたたえられよ」との大合唱が轟き渡る。

 それは、苦闘の友を励まし、いかなる大悪も大善へと転じゆく、世界中の創価の女性たちへの喝采と響き合っているのだ。

 “女性部一期生”の労苦もあろう。しかし一切は後世の感謝と称賛に変わる。その大確信で、どこまでも仲良く、朗らかに、楽しい前進を、お願いしたい。

 

師弟は誓い深く

 激動のこの一年、最愛のご家族を亡くされた方々もおられるだろう。

 大聖人は、母を追善する四条金吾に仰せである。

 ――亡き母は釈迦・多宝・十方の諸仏の御宝前におられて、「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と同心に頭をなでられ、悦び褒められていますよ、と(御書一一一二ページ、趣意)。

 広宣流布の真正の闘士である学会員の父母たちも、家族眷属も、皆、永遠に、大聖人の御照覧に包まれ、三世十方の仏菩薩から讃嘆され、厳護されゆくことを誇りとしていただきたい。

 「希望・勝利の年」から、「青年・飛躍の年」へ!

 忍耐と充実の冬から、友情と福徳の爛漫の春へ! 沖縄の桜の開花も近づく。共戦の喜びを沸き立たせ、地涌の青年を先頭に、さあ前進だ!

    

 新春に

  誓い深まる

    師弟かな

  

 ※ベートーベンの言葉は『新編ベートーヴェンの手紙㊦』小松雄一郎編訳(岩波書店)、歌劇「フィデリオ」の話は『ベートーヴェン フィデリオ』(音楽之友社)より。引用の言葉は坂本健順訳。

 

2021年12月27日〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

2021年12月30日(未掲載)

 

崇高な理想へ 勇気の挑戦

探求心と創造力と行動で

 

 インド・創価池田女子大学の卒業式。鍛え抜いた英知の翼で人類貢献の人生を歩む決意に燃えて(チェンナイの同大学で)

 汲めども尽きぬ価値創造の泉であるキャンパスに舞い戻られた卒業生の皆さん! 誠におめでとうございます。

 新たな人生の挑戦を開始されている凜々しき皆さん一人一人と、私も妻も、固い心の握手を交わす思いで、祝福の大喝采を送っております。

 本日の式典には、名門マドラス大学の尊敬するS・ガウリ副総長がご臨席され、皆さん方を温かく見守ってくださっております。

 30年ほど前になりますが、私がお会いして、インドの偉大な精神を語り合った、ラマスワミ・ベンカタラマン第8代インド大統領も、マドラス大学の誉れの卒業生であられました。

 大統領が生涯にわたって希求された「自由」への道は、いかなるものであったか。大統領は、詩聖タゴールの一節を通し、ご自身の信念を吐露されております。

 すなわち――

 「心が怖れをいだかず、頭が毅然と高くたもたれているところ」

 「言葉が 真理の深みから湧き出づるところ」

 「たゆみない努力が 完成に向かって 両腕をさしのべるところ」(『ギタンジャリ』森本達雄訳)

 そこにこそ、祖国を自由に導き、世界を平和と協調へと至らしめる人間の道があるといわれるのであります。

 まさしく、ここ皆さんの愛する母校こそ、この詩さながらの理想郷ではないかと、私は思いますが、いかがでしょうか。

 この青春の心の故郷から羽ばたいた皆さん一人一人には、いかなる荒波にも胸を張って立ち向かう「勇気の挑戦」があり、人間主義の「崇高なる理想」があります。倦まず弛まず自身を磨きゆく「創造性の開花」があるのです。

 そして、試練に直面しても、励まし合って共に立ち上がる最良の学友がおり、家族の絆で結ばれ、常に親身になって寄り添い、勇気づけてくださっているクマナン議長をはじめ最良の教職員の方々がおられます。

 この同窓の尊き連帯は、これからの長い使命の人生にあって、ますます真価を発揮し、かけがえのない高貴な光を放っていくことでしょう。

 現在、WHO(世界保健機関)の首席科学官として、新型コロナウイルス感染症対策の最前線で、人類のために勇敢に奮闘されているリーダーは、私の敬愛してやまない友人であるM・S・スワミナサン博士の長女であり、ここチェンナイ出身のソーミヤ・スワミナサン博士です。

 この博士が、深く心に刻まれていることは何か――。それは、民衆のため、弱き立場にある人々のために尽くされた、尊き母の姿から学んだ「探求心を持つこと」「創造的で大胆であること」、そして「信念のために立ち上がること」であります。

 どうか皆さんも、燃え上がる創価の「探求心」、「大胆な創造力」、そして信念を貫く「行動」で、一日一日を着実に、粘り強く勝ち開きながら、人類貢献の誇り高き道を朗らかに歩んでいってください。

 私と妻は、かけがえのない宝の皆さん方と、ご一家の健康とご多幸を、祈り続けてまいります。

 最後に、前途洋々たる未来へ飛翔しゆく乙女に、希望あれ! 歓喜あれ! 栄光あれ!と申し上げ、メッセージといたします。

 

2021年12月29日インド・創価池田女子大学卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ

2021年12月22日

 

通信員指導集「輝く創価の言論城」

 池田先生の「発刊に寄せて」

 

希望の言葉を世界まで! 我らの聖教魂は永遠に

 

 本紙創刊70周年の本年、通信員指導集『輝く創価の言論城』(非売品)が発刊された。ここでは、池田先生の「発刊に寄せて」の全文を掲載する。

 

 わが通信員こそ、

 陰徳陽報の「言論の闘士」であります。

 わが通信員こそ、

 普く賢い「民衆の英雄」であります。

 そして、我ら通信員こそ、

 生涯創造の「共戦の同志」なのであります。

 

 この宿縁深き通信員の方々と心一つに、

 聖教新聞創刊七十周年の佳節を勝ち飾り、

 創価学会創立百周年へ

 従藍而青の言論戦を開始できることは、

 この上ない喜びであり、希望であります。

 

 いまだかつてなき

 「民衆の機関紙」

 「人間の機関紙」たる聖教新聞を、

 飛躍させゆく鍵は何か。

 恩師・戸田城聖先生と私の

 真剣なる祈りと思索の結晶として、

 一九五四年(昭和二十九年)、

 誉れある通信員制度はスタートしました。

 

 聖教の草創期にあって、

 最も献身的に支えてくださったのは、

 まぎれもなく通信員の皆様でありました。

 

 広宣流布の最前線の息吹を

 いち早く摑み、

 共に企画を練り、

 取材に走り、

 記事を書き、

 写真を撮る。

 

 その勇敢にして誠実な挑戦の積み重ねこそ、

 何ものにも代え難い

 聖教の熱となり、

 力となり、

 宝となってきたのであります。

 

 聖教新聞は、

 通信員の不撓不屈の闘争なくして発展することは、

 決してありませんでした。

 これは、

 同じ通信員の誇り高き自負を持って

 執筆を続けてきた

 私が断言できる厳然たる事実であります。

 

 家庭、地域、仕事、学会活動

 ……多忙を極める毎日の中で、

 通信員の誓願を貫きゆくことが、

 いかに崇高な修行であるか。

 まさしく、

 人知れぬ労苦と血のにじむような努力をいとわぬ

 「言論の闘士」たちの偉大な「陰徳」があればこそ、

 今日の世界的な聖教新聞の興隆という

 「陽報」があるのであります。

 そして、この「陰徳」は、

 皆様方の生命と一家眷属を三世永遠に包む

 「陽報」となって輝きわたることも、

 また間違いありません。

 

 通信員が果たす使命は、

 時と共に、いや増して大きくなっております。

 電子版の充実もあり、

 現在、「世界聖教会館」を中心として

 全国の支社・支局が団結し、

 聖教新聞は五大州の隅々まで発信されています。

 皆様が懸命に取り組む

 一編の文章、

 一葉の写真、

 一本の動画が、

 希望の光、

 幸福の光、

 平和の光を、

 全世界へ放っていくのです。

 

 その一つ一つに触れ、

 「地方版の柱」であると同時に

 「世界に広がるセイキョウの柱」

 である皆様の尊き名前を拝するたび、

 私の心には尽きせぬ感動と感謝が込み上げてまいります。

 

 聖教を

 「日本中、世界中の人に読ませたい」

 と熱願され、

 通信員の活躍を心から期待されていた

 戸田先生が、

 いかばかりお喜びでありましょうか。

 

 「御義口伝」に、

 「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり

 (御書七八〇ページ)と仰せの通り、

 

 世界広布は

 「普く賢い」菩薩の働きによって進みます。

 愛する郷土を照らす

 普く賢い「民衆の英雄」の英知が、

 そのまま地球社会の未来を晴らしていく時代に入っております。

 とともに、

 普賢菩薩は「当起遠迎、当如敬仏

 (法華経六七七ページ)

 という最上第一の相伝を託されます。

 「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し

 (御書七八一ページ)

 との御聖訓を聖教紙面で果たされゆく

 通信員の福徳は計り知れません。

 

 御本仏・日蓮大聖人は打ち続く大難を、

 「山に山をかさね波に波をたたみ

 (同二〇二ページ)と仰せです。

 我ら師弟は、

 この忍難弘通の道に連なり、

 「言論」と「対話」と「励まし」を武器として、

 幾多の難を共々に勝ち越えてきました。

 

 御聖誕八百年を慶祝して発刊される

 『日蓮大聖人御書全集 新版』に、

 池上兄弟に送られた「兵衛志殿御返事」

 (一族末代栄えの事)が新たに収録されます。

 その中で、

 賢者の信心と団結で乗り越え、

 凱歌の実証を示した兄弟と一族を最大に讃えられ、

 「このことは一代聖教をも引いて、

  百千まいにかくとも、

  つくべしとはおもわねども

 と仰せになられています。

 どれほど書いても書き尽くせない。

 どれほど讃えても讃え尽くせない

 ――この御本仏のお心を拝しつつ、

 私たちはさらに、

 聖教の信念の一文字一文字を

 綴ってまいりたいと思うのであります。

 

 末法万年尽未来際への

 世界広宣流布を展望するとき、

 私たちの言論闘争は、

 「いよいよ、これから」

 が本門の戦いであります。

 六十五歳で小説『新・人間革命』を書き起こした私も、

 ますます師弟不二の炎を燃え上がらせ、

 生涯創造の「共戦の同志」である皆様と共々に、

 黄金の日記文書を記し残していく決心であります。

 

 日蓮仏法は

 地球の恒久平和への根本思想であり、

 実現への実践の方途を示しています。

 その「教科書」とも言うべき言論紙こそ、

 我らの聖教新聞です。

 

 正しき仏法を根本に、

 生命力満々と、

 人々の不安を打ち破る希望の言葉で、

 「安国」の実現へ、

 「安世界」の構築へ、

 今こそ力強く大前進しようではありませんか!

 

 皆様には、

 気高き先輩から受け継いできた

 無敵の伝統と連帯があり、

 頼もしき後輩が限りなく明日へ続いています。

 「正義の太陽たる通信員の聖教魂がある限り、

 創価の言論城は未来永劫に輝き続ける」

 ――そう強く深く念じつつ、

 記念の句を贈り、

 発刊へのメッセージといたします。

  

 通信員ありて

   創価と聖教 

      輝けり

  

 言論の

   師弟共戦

      金の日日

  

 通信員こそ

   人間革命

      勝ち戦

  

 二〇二一年八月二十四日 「聖教新聞創刊原点の日」に

 

2021年12月7日

 

ブラジル北東部の名門学府・ペルナンブコ連邦大学

池田先生に名誉博士号 池田先生の謝辞(代読)

 

民衆奉仕の獅子の青年と共々に

教育ルネサンスの新たな飛躍を

価値創造の英知で人類を結べ

 

ブラジルの大教育者パウロ・フレイレ博士

対話は人間の根幹に関わる希求

大学の校歌 信念を貫き高みを目指すのだ

 

 一、はじめに、貴・ペルナンブコ連邦大学の栄光の創立75周年、誠におめでとうございます。

 「人類の変革と発展」という遠大なビジョンを掲げ、長年にわたり、民衆に英知と希望の光を送ってこられた、偉大なる最高学府の晴れの佳節を、世界192カ国・地域のSGIの友を代表して、心よりお祝い申し上げます。

 とともに、ひときわ厳しいコロナ禍の中で、地域の医療に多大なる貢献を果たされ、未曽有の試練を越えて、大学の再開に尽力された、全ての皆さま方の尊き奮闘に、満腔の敬意を表するものであります。

 さらに、本年は、貴大学の誉れの卒業生であり、20世紀を代表する偉大な教育思想家である、パウロ・フレイレ博士の生誕100周年でもあります。

 この祝賀の折に、博士の名を冠した記念の野外音楽堂で、貴大学からの名誉博士号を賜りますことは、この上ない光栄であります。

 私は、この栄誉を、地元ペルナンブコ州はじめ貴国の発展に長年にわたり、誠実に献身を続けてきた、敬愛するブラジルSGIの同志、また、わがブラジル創価学園に学ぶ英才をはじめ後継の若人たちと心一つに、謹んで拝受させていただきます。ゴメス総長はじめ諸先生方、誠に誠に、ありがとうございます。

 

他者と手を携え

 一、本日ここに、栄えある貴大学の一員とさせていただいた私は、紋章にある「獅子」と「松明」、そしてラテン語で印された「恐れなき美徳」とのモットーを胸に刻みつつ、先生方と共に、また青年たちと共に、教育ルネサンスの新たな飛躍をと、期しております。

 

 その飛躍への翼は、第一に「民衆へのたゆまぬ貢献」であります。

 「教育の獅子」であられたフレイレ博士は、「たゆまぬ正義のたたかいによって、献身的で倦むことを知らぬ闘争によって、世界をつくりかえることが可能だ」(パウロ・フレイレ著『希望の教育学』里見実訳、太郎次郎社エディタス)と叫ばれました。

 この獅子吼は、私の恩師であり、民衆教育の大指導者であった戸田城聖先生の教えと響き合っております。

 第2次世界大戦中、日本の軍部政府の弾圧による2年の投獄を厳然と勝ち越えた恩師は、私たち青年に「人間革命」という希望の哲理とともに、民衆の幸福勝利のための闘争を示されたのであります。

 私が恩師に初めて出会ったのは、奇しくも貴大学が創立された翌年であり、このたゆまぬ師弟旅も、明年で75星霜となります。

 私が感嘆してやまないのは、貴大学が常に民衆の側に立ち、世界が抱える社会格差や貧困や環境破壊など、難題の解決に向けて、力強く「持続可能なブラジルの発展」をリードされてきた伝統であります。

 フレイレ博士が体現されていた通り、教育は知識の詰め込みではなく、この世界を人々と共に見つめ、「他者と手をたずさえ」、そして「希望と共に闘う」ことによって、「人間としての尊厳」を勝ち光らせていく営みでありましょう。

 青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)は、民衆奉仕の実践の中で、深く成し遂げられていきます。

 その意味において、今、さまざまな苦難を耐え忍びながら懸命に学び抜き、民衆への貢献に挑んでいる、貴国をはじめ世界の若人たちが、必ずや逞しく飛躍を遂げ、人類史の新章節をもたらしてくれることを、私は確信してやまないのであります。

 

多様性こそ

 一、次に、第二の翼は「多様性の尊重から生まれる価値創造力」であります。

 「多様性なくして、多様な視点もなし。多様な視点なくして、卓越した発展もなし」――このゴメス総長の断固たる信念とリーダーシップのもと、社会の幅広い層の若者に差別なく教育の機会を広げる「アファーマティブ・アクション」(積極的格差是正措置)を推進されてきたのが、貴大学であります。

 わがブラジルの誉れの友人たちも、いずこにもまして多様性に富む社会にあって、「桜梅桃李」という、それぞれの個性を最大に尊重し、生かし合っていく、人間共和と万物共生の連帯を織り成しています。

 この大らかにして、麗しい寛容の大地ブラジルから、多彩なる価値創造の英知と力が尽きることなく、湧き出ずることでしょう。ここにこそ、人類を結び、自然環境とも調和しゆく地球文明の希望を、私は見いだす一人であります。

 さらに、第三の翼は「対話によって共に学ぶ喜び」であります。

 「対話は人間の存在の根幹にかかわる希求である」(同著『被抑圧者の教育学』三砂ちづる訳、亜紀書房)とは、フレイレ博士の鋭き洞察でありました。

 実は、私たちの創価教育の創始者であり、戦時中、平和と正義の信念に殉じて獄死した牧口常三郎先生はフレイレ博士に先立つこと半世紀の1871年生まれで、今年が生誕150周年となります。

 「教師は、自身が尊敬の的となる王座をくだって、王座に向かう者を指導する公僕となり、手本を示す主人ではなくて、手本に導く伴侶となるべきである」

 この信念に立つ牧口先生が重視したのも、フレイレ博士と同じく、一方的な知識の伝達ではなく、対話によって学び合う知恵の啓発でありました。

 

互いを敬う

 「鏡に向かって礼拝をなす時、浮かべる影また我を礼拝するなり」(御書新版1071ページ・御書全集769ページ)という仏典の美しい譬喩があります。

 人間教育の真髄の喜びも、互いに尊厳なる生命を敬い、共に語らい、学び合う中にこそ、あるのではないでしょうか。

 この喜びを、老若男女を問わず向学の世界市民が漲らせながら、牧口先生もフレイレ博士も志向された「教育の世紀」へ、貴大学の誇り高き校歌の一節さながらに、共々に飛躍していきたいと思うのであります。

 「信念を貫き そして高みを目指すのだ!

 我らも 変わらぬ青年の息吹で!

 到来する光彩を 我が魂に一層輝かせ!

 天空の青は その明るさを増し 生命は 太陽に向かって 幸の微笑みを送るのだ」

 ご列席の皆さま方の益々のご健勝と貴大学の限りなき栄光、そして敬愛するペルナンブコ州はじめ、ブラジル連邦共和国の永遠の安穏と繁栄を心より祈って、私の謝辞とさせていただきます。

 ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)

 

2021年12月7日聖教新聞3面

2021年12月6日

〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉

 心の財を富士のごとく

 

サザンカ

 白雪の

  富士も讃えむ

     凱歌かな

  

 晴れわたる師走の青空を衝いて、白雪の富士が王者の風格で、ひときわ堂々と聳え立っていた。

 この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なりと、総本部から八王子市の東京牧口記念会館へ向かう車中、仰ぎ見た(12月2日)。

 57年前、沖縄で小説『人間革命』を書き起こした日でもあり、平和への共戦譜を綴ってきた愛する沖縄の宝友の大健闘が偲ばれた。

 ◇ ◆ ◇ 

 東京牧口記念会館には、殉教の牧口先生が常に拝されていた御書(霊艮閣版)が保管されている。私は、このほど完成した「新版」の御書全集を御宝前に供え、報恩謝徳の祈りを捧げた。

 今日に至るまで牧口共栄会をはじめ地元の方々の真心で、会館は美しく整備されている。

 日本全国、世界の各国・各地の広宣の法城を守り、荘厳してくださっている尊き同志へ、感謝は尽きない。

 ◇ ◆ ◇ 

 邪宗門の鉄鎖を断ち切った1991年11月28日。この日を期して、日本中、世界中から燃え上がる地涌の誓願の署名簿などが、多数、届いたことが蘇る。

 その一つに、私は贈った。

 「独立記念日、万歳!

 皆様の幸福記念日、万歳!」と。

 日蓮大聖人は「妙法受持の人を賞め讃える者は、福を須弥山のごとく積み」(御書新版209ページ・御書全集291ページ、趣意)と引いておられる。

 この三十星霜、創価家族の「心の財」は、いやまして須弥山のごとく、富士のごとく、高く揺るぎなく積み上げられているではないか。

 まさしく「魂の独立記念日」は、正義を貫く学会員の「幸福記念日」なのである。

 戸田先生は、よく言われた。「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と。

 女性部の新出発とともに、一段と「桜梅桃李」の多彩なスクラムで明るく楽しく、人間革命の幸と歓喜の波動を起こしていただきたい。

 ◇ ◆ ◇ 

  

 富士仰ぎ

  富士のごとくの

      学びたれ

  

 創立50周年を迎えて、ますます発展しゆく創価大学のキャンパスが本当にうれしかった。

 紅葉が冴え彩る構内を巡った。

 コロナ禍でも、力を合わせ、工夫して、探究と価値創造の挑戦を止めなかった誇りが伝わってくる。教職員と関係の方々のたゆまぬ尽力に深謝したい。

 使命深き創大生、短大生、そして留学生の健康と成長を心から祈った。ご家族をはじめ、送り出してくれている全ての方々に、安穏と幸福と勝利あれと念願せずにはいられない。

 建設中の駅伝部の新「学生寮」も視察できた。

 深き友情と信頼で結ばれた、わが“創価のメロス”たちよ、一人ももれなく、栄光凱歌の青春を走りゆけ!

 

2021年12月6日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉

 

2021年11月29日

さあ大歓喜の交響曲を!

 

真実の幸福は全てに勝つこと

 苦悩を突き抜けて偉大な境涯を開け

戸田先生

 

 我らは最高に“富める者”

  

 ベートーベンがこの「よろこびの歌」で知られる「第九交響曲」を作曲したのは1824年。日本では江戸時代末期となるが、それは死の3年前、53歳の時である。完成した最後の交響曲となった。

 「第九」は「合唱付」として有名だが、当時、合唱付きの交響曲は他に例がなかった。

 いわばベートーベンの“新思考”によって、新しき挑戦によって、人類に贈られた作品である。

 合唱部分で歌われる「歓喜の歌」は、ベートーベンと同時代を生きたドイツの大詩人シラーの詩「歓喜に寄す」に曲をつけたものである。

 “人類愛”と“平和”と“喜び”にあふれる、この詩に曲をつけようと彼が決めたのは、22、23歳のころといわれる。

 彼は、この夢をいだき続け、育て続けた。そして、約30年後に実現させた。

 青春の決意を見事に結実させたのである。

 よく知られているように、そのころベートーベンの耳は、ほとんど聞こえなくなっていた。

 「第九」の初演の際、聴衆の万雷の拍手も彼の耳には届かず、教えられて、初めて人々の大歓声に気づき、お辞儀をした――という話も伝わっている。

 フランスの文豪ロマン・ロランは、「第九」を、嵐の生涯に打ち勝ったベートーベンの「精神(エスプリ)の凱歌」と位置づけている。

 「不幸な貧しい病身な孤独な一人の人間、まるで悩みそのもののような人間、世の中から歓喜を拒まれたその人間がみずから歓喜を造り出す――それを世界に贈りものとするために。彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」(「ベートーヴェンの生涯」片山敏彦訳、『ロマンロラン全集』14所収、みすず書房)と。

 そして「悩みをつき抜けて歓喜にいたれ!」(同前)とのベートーベンの言葉に、彼の全生涯がこめられているとロランは結論している。

 耳も聞こえない。保守的な旧社会の人々からの圧迫もある。妬みもある。病気や経済的・家庭的悩みも尽きない――しかし彼は負けなかった。

 戦った。

 そして勝った。

 あらゆる苦悩の暗雲をつき抜けて、雲上の晴れわたる青空のごとき“歓喜の境涯”にまで自身を高めた。

 「第九」は、そうした人間ベートーベンの人生最終章の勝利の証しである。

 仏法もまた“勝負”である。勝負である以上、当然、敵もいる。

 困難につぐ困難もある。

 しかし、それら一切に勝ちきってこそ、真実にして永遠の幸福はある。

 広宣流布もある。

 ゆえに「断じて勝利を!」と、私は声を限りに訴えたい。

 

生命力を満々と

 さて、昭和18年(1943年)、軍部の弾圧により、牧口先生と戸田先生が投獄された東京拘置所は、東京戸田記念講堂が建つここ巣鴨にあった。

 そして翌昭和19年11月18日、牧口先生が73歳で逝去されたのも、この地である。(=東京拘置所の病監)

 昭和19年8月、当時44歳の戸田先生が、巣鴨の獄中から夫人のお父さまにあてた手紙に次の一節がある。

 「どうか強く生きていて下さい。(中略)今どんなに苦しくても貧しくても、私の生きている限り、『富める者』との自信を失わずにいて下さい」

 国全体が混乱の渦中にあった時代である。激しさを増す空襲。ご子息も疎開。ましてご自分は獄中の身である。

 だが、先生のこのご確信はどうか。――“われ、永遠に富める者なり”“われに連なる者も皆、富める者なり”と。

 信仰こそ最高の「富」である。

 信仰者は、苦難があるほど、より力を出せる。周囲をも幸福にしていける。絶対に動ずることがない。

 皆さまもまた、仏勅をこうむった方々である。尊貴なる地涌の一門である。

 「自分がいる限り、何の心配もいらない」「自分こそ、最高に『富める者』である」との気概で、この人生を強く、また強く生きぬいていただきたい。

 私は毎日、大切な皆さま方のご健康、ご長寿、無事故を、そして幸福を、真剣にご祈念している。

 どうかこれからも、来る日も来る日も生命力を満々とたたえながら、朗らかに、どこまでも朗らかに進んでいただきたい。

 そして皆さま全員が堅実な信心の実践で大福運を積みつつ、壮大なる、また絢爛たる創立70周年(10年後)への歴史を飾っていかれんことを重ねてお願いしたい。

 本日は本当におめでとう。ご苦労さま!

 

VOD新番組に収録された池田先生の指針(1990年11月の本部幹部会で) 

2021年11月19日

第5回本部幹部会

 池田先生のメッセージ

 

 

王者の誇りで人間革命へ飛躍

 慈悲と英知の翼を威風堂々と

 

女性部の1期生は一人も残らず幸福に

心広々と栄光の大空へ羽ばたけ

 

池田先生がかつてしたためた

「教学材宝(財宝)」、「栄光天使空」、「英知広布翼」の書が本部幹部会で紹介された

   

 一、多難なこの一年、全世界の創価家族が、まさに「苦楽ともに思い合わせて」妙法流布に戦い抜き、「創立の日」、そしてまた創立の父・牧口常三郎先生の「殉教の日」を、異体同心で勝ち飾ることができました。

 誠におめでとう!

 本当にありがとう!(大拍手)

 

 御本仏は「妙法の五字を弘め給わん智者をば、いかに賤しくとも、上行菩薩の化身か、また釈迦如来の御使いかと思うべし」(御書新版694ページ・御書全集550ページ)と仰せであります。学会員の一人一人が、どれほど偉大であるか。その福徳が、どれほど絶大であるか。なかんずく、多宝会・宝寿会・錦宝会をはじめ労苦を惜しまぬ宝友の尊き奮闘に最敬礼します。

 一、きょうは、全同志へ感謝と讃嘆を込め、三つの書をお贈りしたい。

 最初に、このたびの『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊を記念して、「教学材宝(財宝)」であります。

 思えば1952年、立宗700年の大佳節に完成した創価学会版・御書全集の発刊の辞に、戸田城聖先生は「今後の補正に最善の努力を尽さん」と記されました。その恩師の誓いを受け継ぎ、御本仏の御聖誕800年のこの年この秋、従藍而青の俊英たちと実現できたことは、大いなる報恩の誠であります。

 「教学」は、まさしく私たちの人生の「財宝」であるとともに、全人類にとって、かけがえのない「財宝」にほかなりません。

 コロナ禍にあっても創意工夫しつつ、各国各地でたゆみなく、教学の研鑽が進められたことは、なんと気高い求道でしょうか。

 地球文明の針路を示す確固たる希望の聖典が求められてやまない今こそ、教学という最も普遍的な生命尊厳の哲理を掲げて、世界市民の大連帯をいよいよ広範に築いていく時であります。

 

 一、次に、わが女子部が女性部の誉れの第1期生として羽ばたきゆくことを祝して、「栄光天使空」であります。

 「創立の日」のきょう、御書新版の発刊と同時に、女性部が新出発することは、華陽の乙女たちに「教学で立て」と望まれていた恩師もきっと笑顔で見守っておられることでしょう。

 とともに、恩師が創価の愛娘たちに念願されたことは、「一人も残らず幸福に」ということでありました。

 御書には、「この経(法華経)は女人成仏を手本としてとかれたり」(御書新版1738ページ・御書全集1311ページ)と仰せです。

 どうか、女性部の皆さんは、

 何があっても題目を唱え抜き、

 一人も残らず「幸福の天使」として、

 また「平和の天女」として、

 「歓喜の中の大歓喜」の舞を、

 楽しく仲良く伸びやかに繰り広げていってください。

 そして家族や友人を大切に、

 心広々と新しい地涌の仲間を創り、

 皆を栄光の大空へいざなっていただきたいのであります。

 

 一、最後に、新たな「青年・飛躍の年」の開幕に当たり、「英知広布翼」であります。

 大宇宙の森羅万象は、

 瞬時も止まることなく、

 生成流転を続けています。

 その一切をよりよく変転させていく

 究極の法則が妙法であります。

 この力を自他共に発揮して、

 「月々日々に」惰性を打ち破り、

 目覚ましい生命の飛躍を成し遂げ、

 よりよき社会を創造していけるのが、

 人間革命の大仏法なのであります。

 大聖人は、

 「にくまばにくめ」という毅然たる信心を貫き、

 同志を護り、

 後継を育てている健気な千日尼に示されました。

 「この経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり、師子王のごとし。空飛ぶ者の王たり、鷲のごとし」(御書新版1737ページ・御書全集1310ページ)と。

 明年は、

 師恩に報いようと

 広布拡大の飛躍を果たした「二月闘争」から70周年――。

 共々に、正義と勇気の師弟不二の師子吼を混迷の世に放ち、

 悩める友を包み励ます慈悲と英知の翼を大きく広げながら、

 威風堂々と王者の誇りで飛躍しようではありませんか!

 一、70年前、師弟の力で完成した御書全集に、恩師は和歌を認め、私に贈ってくださいました。

 その信頼の一首を、愛する不二の青年に、そして青年の心で立つ全宝友に贈り、私のメッセージとします。

  

 山を抜く

  力はみちたり

   若き身に

  励み闘へ

    妙法の途に

  

 日本のため、

 世界のため、

 未来のために、

 創価は勝ち進もう!(大拍手)

 

2021年11月19日第5回本部幹部会

2021年11月19日

第5回本部幹部会

原田会長

次なる「広布の山」へ新展開を

 

 一、女性部の新出発とともに、晴れ晴れと迎えた「創立の日」を記念する「第5回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。

 

 すでに聖教新聞で報じられた通り、学会は明2022年のテーマを「青年・飛躍の年」と掲げ、前進してまいります。2030年の学会創立100周年への「勝負の10年」の第一歩を完全勝利で踏み出し、明年は、さらに「大いなる広布の山」の登攀を目指して、人材の育成、広布の裾野の拡大に取り組むべき一年となります。

 

 コロナ禍の影響により、孤立や分断が深まる社会にあって、利他の精神で、心の絆を結び強めようとする学会員一人一人の生き方は、創価学会への認識を確実に変化させつつあります。その見えざる触発の積み重ねが、やがては、さらなる地涌の陣列の拡大への飛躍台となっていくことは間違いありません。

 

 と同時に、一人の人生にあっても、難を受け、魔と戦いながら信心を貫くことによって初めて自身の宿命を転換し、絶対的幸福境涯を開くことができるのであり、今の苦境は、そのまま人間革命への飛躍台でもあります。

 また、新たな飛躍のために、どこに力を入れ、伸ばしていけばよいのか。その開拓の最前線は「青年」をおいてほかにありません。

 

 明年は池田先生の入信75周年、

 「二月闘争」70周年、

 トインビー博士との対談開始50周年の佳節を迎えるとともに、

 「第2の七つの鐘」の4番目の鐘が打ち鳴らされる年となります。

 加えて『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊、

 女性部の新出発に当たり、

 64回の年間テーマで初めて「飛躍」の二文字が躍った意義を、

 しっかりと踏まえてまいりたい。

 創立100周年に向け、

 青年を先頭に、

 学会のさらなる飛躍へ、

 広宣流布の新展開を開始する一年にしてまいりたい(拍手)。

 

 一、未曽有のコロナ禍への前例のない対応を通し、かつてない効果も生まれています。

 

 オンライン会合が浸透した地域では、これまで仕事や育児で参加できなかった方や、夜間の外出が難しい高齢者など、協議会の参加者が大幅に増え、対面で開催する座談会の活気も増しているという地区が多くあります。

 実際、21世紀に入って以降、私たちを取り巻く時代状況は様変わりしています。

 

 共働き世帯の数は、

 専業主婦世帯の571万世帯に対して、

 1240万世帯と、

 今や2倍以上にも上っています。

 働く高齢者も、

 60歳から64歳の男女で70%以上、

 65歳から69歳で約半数を占めるなど、

 人々の就業環境だけを見ても激変しています。

 こうした中にあって、

 どうすれば幅広い人材を糾合し、

 積極的に活動へ参加していただけるか。

 また、限られた時間を有意義に活用して、

 友好の拡大に力を注いでいただけるか。

 

 池田先生は『未来対話』で

 「『新しい挑戦』『新しい自分になる』といっても、

 何か特別なことをやる必要はないんです」

 「大いなる飛躍のためには、

 基本がしっかりしていることが重要です」

 と指導されています。

 

 では、その広宣流布活動の「基本」とは何か。

 先生は

 「『座談会』

 『教学の研鑽』

 『一対一の個人指導』である。

 これが牧口先生、戸田先生以来の学会の伝統であるからだ。

 この3本の柱が、

 強力に、忍耐強く、実践される限り、

 やがて時代を動かし、

 人道と正義の連帯を広げ、

 新しい平和の世界を創っていくことができる」

 と教えてくださいました。

 

 「座談会」

 「教学の研鑽」

 「一対一の個人指導」

 ――この3本柱を、

 次なる飛躍を期すための最重要のホシと定め、

 その充実に総力を傾けてまいりたい。

 

 一方で、

 その他の諸会合や打ち合わせ、

 会議などは、

 リーダーが本当に必要最小限のものを、

 効果的かつ効率的に行うよう心掛け、

 その「会合革命」によって生み出された時間を、

 新たな人材の発掘・育成と、

 新たな友好の拡大に充てて、

 飛躍への力を十二分に蓄えてまいりたいと思います。

 

 一、昨年12月から本年1月に行われた調査では、

 60歳以上で、

 相談し合ったり、

 世話をし合ったりする親しい友人がいない人は、

 実に3割を超えておりました。

 若い世代でも、

 SNSなどを通じて“つながり”があふれているようでいて、

 実態は孤独感に包まれているようです。

 本年、行われた調査では、

 20代から30代の2人に1人が、

 日常的に孤独を感じると回答。

 そのうちの5割から6割が、

 コロナ禍で孤独を感じることが多くなったと答えています。

 

 御書には

 「夫れ、木をうえ候には、大風ふき候えども、つよきすけをかいぬればたおれず。本より生いて候木なれども、根の弱きはたおれぬ。甲斐なき者なれども、たすくる者強ければたおれず」(御書新版1940ページ・御書全集1468ページ)と仰せであります。

 

 人間革命と

 立正安国の「根」を強く張る

 私たち一人一人が助け、

 支えるべきたくさんの友が、

 私たちを待っています。

 

 さあ、今までの自分を超える勇気の跳躍から、

 新たな勝利への飛躍を開始しようではありませんか(拍手)。

 

永石女性部長

桜梅桃李のスクラム固く

 

 一、お元気な池田先生、奥さまのもと、11・18「創価学会創立記念日」に、女子部も一体となっての「女性部」の出発となりました。皆さま、大変におめでとうございます。

 

 創立の日を師弟の凱歌で飾ろうと、史上最高の拡大に挑戦し、輝く歴史を残した女子部の皆さん! 立正安国の連続闘争に走り抜いてくださった女性部の皆さん! 今日から共に女性部として出発できる!――これ以上の喜びはありません。

 

 いよいよ全世代にわたる創価の女性のスクラムが誕生しました。

 

 池田先生は

 “女性部のパイオニアである一人一人の人間革命の実証と

 桜梅桃李のスクラムこそが、

 21世紀の女性の

 「幸福勝利」と「平和連帯」の道を

 大きく踏み開けていく”と期待を寄せてくださっています。

 

 私たちは、ますます絆を強くし、尊敬し、信頼し合い、自他共の幸福を広げながら、永遠に広布の未来を開いていこうではありませんか!

 

 一、神奈川のあるヤング白ゆり世代のメンバーは、在日韓国人として偏見や差別を感じながら生きてきました。26歳の時、高校時代の同級生から仏法の話を聞き、人間主義の哲学に感銘を受けて入会しました。

 

 結婚が決まった時も、お相手のお母さんから「信心あるお嫁さんが来てくれてうれしい。これでうちもSGIね」と温かい言葉を掛けられ、“これが創価の世界なんだ”と熱いものが胸に込み上げました。

 

 その後、そのお母さんが病を患い、小学1年の息子さんが発達障がいの診断を受けた時に、「ヤング白ゆり希望カレッジ」の配信を見ました。同世代の人が同じ悩みを抱えながら学会活動に励み、はつらつと生きている体験に大きな希望が湧きました。

 

 彼女は今、「この信心に出合えて本当に良かった。感謝でいっぱいです」と語り、創価家族の励ましの中で、明るく朗らかに前進しています。

 

 一、仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、仏教は人間を中心に据えた宗教であり、仏教の広がりは、社会で最も弱い立場にある人々に「生きる力」を与えることになったとし、次のように語っています。

 

 「池田先生はこれまで、万人の幸福を目指し、世界の知性と対話を重ねてきました。これは偉大な功績です。皆さんには、この世界的な対話運動を継承していただきたい」と。

 

 私たち女性部は、その思想と行動の継承者として、人々に生きる力を送る対話を広げようではありませんか。

 

 「青春の誓い」に生き抜く池田華陽会の皆さん!

 幸福の春を創り広げゆくヤング白ゆり世代の皆さん! 

 そして、どんな闇をも晴らしゆく創価の太陽、女性部の皆さん!

 先生、奥さまと共に、新たなる歴史を築きゆく出発です。

 

 さあ、今ここから、自身と広布の勝利を目指し、新たな挑戦を開始してまいりましょう!(拍手)

 

林池田華陽会委員長

華陽姉妹と希望の連帯

 

 一、このたび、池田華陽会委員長の任を拝しました、林玲子と申します。華陽姉妹の皆さんと、世界一の麗しい連帯を築き、前進していく決意です。

 

 私は、三代会長有縁の地、東京・豊島区で生まれ育ちました。創価学園で学び、迎えた卒業式では、愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を“何があっても負けない自分になります”との思いを込め、池田先生に届けとばかりに一生懸命歌いました。その様子を先生が中継で見ていてくださり、「一緒に歌いました」とのご伝言が。先生は全部分かってくださっているのだと感謝があふれ、生涯、師弟の道を貫くことを誓いました。

 

 一、大学進学後、人と比べ、自信をなくすこともありました。その時、女子部の先輩が「負けない自分に成長するには、折伏だよ」と励ましてくださり、「変わりたい。強くなりたい!」との一心で挑戦を開始。多宝会の女性部の先輩にも対話に入っていただく中、友人を入会に導くことができました。

 

 気が付けば、自身のことばかりで悩んでいた自分が、人のために何ができるかと悩んでいました。広布の誓いに立ち上がった時、縁する人を守り、共に幸福になっていけるのだと、勇気を出す楽しさを心から実感した原点です。

 

 一、先生は「仏道修行といっても、特別なことではありません。善き友と語らい、善き友情を結び広げながら、皆で励まし合って、善き人生を勝ち開いていくことなのです。これが、創価学会です。これが、華陽姉妹です」と教えてくださっています。

 

 明年2月には、池田華陽会として初めての集いとなる「華陽カレッジ」を全国各地で開催します。同世代の友と何でも語り合いながら、一人一人の無限の可能性を輝かせ、自信と誇りをもって前進していきます。

 

 学会創立100周年へ、池田華陽会から、希望の連帯を大きく広げ、広布の未来を開いてまいります(拍手)。

2021年11月19日第5回本部幹部会

2021年11月8日

 

地涌の勇者を諸天は讃嘆

 

 栄光の学会創立の11月、あらゆる試練の嵐を突き抜けて、晴れやかに凱歌の秋を飾ることができた。

 御本仏・日蓮大聖人の御賞讃はいかばかりか。

 牧口先生、戸田先生の会心の笑みが胸に迫る。

 みんな、ありがとう!

 本当にありがとう!

 諸天も諸仏も最大に讃嘆し、皆が大福運に包まれゆくことは、御書に照らして絶対に間違いない。

 ある門下に送られた「異体同心事」の一節に、「あなたは、長年にわたって法華経への奉公を厚くされてきた上、この度は誠に勝れた御志が見られると、人々も彼らも讃えています。一つ一つ、私(大聖人)が承って、日天にも天照太神にも申し上げています」(1463ページ、通解)と仰せである。

 この御聖訓さながら、皆が互いに褒め讃える連帯こそ、創価の麗しき世界だ。

 今月の座談会では、広宣流布と立正安国に生き抜いてこられた多宝の父母をはじめ気高き地涌の勇者を一人一人、サーチライトを当てるように、心から労い、宣揚していただきたい。

 そこに、大歓喜が躍動し、福徳が倍増するからだ。

 戸田先生が言われていた通り、「慈愛に満ちあふれた、この世で一番楽しい会合」としていこう!

 ◇ ◆ ◇ 

 1957年(昭和32年)の11月8日、私は男女青年部のリーダーの会合に出席し、喜びを日記に留めた。

 「皆の元気、天をつく。頼もし。色心共に、飛躍しゆく、この青年たちが、未来を創造するのは当然の理。刻々と見事な成長」とある。

 今、その幾千万倍ものスケールで、日本全国、全世界の青年たちの成長と飛躍をつぶさに見守れることは、何よりの幸福である。

 大聖人は、騒然たる世相の中、時間をやりくりして、懸命に戦う若き南条時光を「十方の衆生の眼を開く功徳にて候べし、尊しとも申す計りなし」(御書1512ページ)と励ましておられる。

 わが創価の若人が一人また一人と仏縁を結び、新たな友を大切に糾合しゆくことは、全人類の仏知見を開く聖業に通じているのだ。

 ◇ ◆ ◇ 

 この57年の11月といえば、恩師が願業とされた75万世帯の大法弘通を成就する直前であった。

 当時、私が仏法対話を重ねても、批判を繰り返していた友人・知人が、少しずつ理解を深め、好意を示すように変わってきた。

 その感慨を、私は綴った。

 「幾十万の人、過去、敵なれど、今、味方となる。未来も、また幾百万の批判の人、必ず、味方に変わり、広布の陣列に連なりゆくことよ。大宇宙の法則――」と。

 時は巡り、日本のみならず世界中の各界の識者の方々も、「創立の日」を心から祝賀してくださる時代となった。感謝に堪えない。

 その陰には、今月に記念日を飾る文化本部、社会本部、地域部、儀典部など、誠実に忍耐強く貢献を貫き通してくれた、模範の友の労苦があることを、決して忘れまい。

 ◇ ◆ ◇ 

 音楽隊の創価グロリア吹奏楽団と関西吹奏楽団が、全日本吹奏楽コンクールで共に金賞を勝ち取った。創価大学のパイオニア吹奏楽団も銀賞を獲得している。コロナ禍の逆境を皆で突破し、つかんだ栄冠である。

 艱難を越えて鍛え上げた創価の負けじ魂の本領を、それぞれの誓願の天地で、いよいよ発揮する時だ。

 我らの平和・文化・教育の大行進で、地域にも地球にも、希望と勇気を送りゆこうではないか!

 

2021年11月8日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉 

2021年11月1日

教育の“信ずる力”で人類の善性を開花

 

生態系から大宇宙まで

トインビー博士と展望した未来

 

生命讃歌が響く共生の文明を

 

 一、世界の教育・学術の眼目と光る先生方をつなぐ今回のシンポジウムには、各国・各地域からご出席いただき、活発な討議と探究が進められると伺っております。

 尊い研究と啓発を営々と貫き通されている、心から敬愛してやまない先生方に、私は改めて最大の感謝を捧げます。

 わが創価大学にとりましては、創立50周年を飾る誠に意義深い開催となり、創立者としてこの上ない喜びであります。

 本シンポジウムに掲げられた「人類の共生と世界市民教育」との最重要のテーマに即して、3点にわたり、簡潔に所感を述べさせていただきます。

 

 一、第一に、「教育の“信ずる力”で、人類の善性の開花を!」と申し上げたい。

 昨年の3月に、WHO(世界保健機関)が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言してから1年と7カ月が経過しました。感染拡大の勢いが低下しつつある国が見られる一方で、深刻な打撃に今も苦しんでいる国も多く、感染症という人類共通の課題を解決するために、いやまして国際協力が必要とされるのは論をまちません。

 

温暖化の進展は地球の厳戒警報

 

 また本年8月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最新の報告書を発表し、人間活動の影響で地球温暖化が進んでいることについて「疑う余地がない」と断定しました。グテーレス国連事務総長は、報告書を「人類に対する厳戒警報」と強調し、今月末から始まるCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の成功を呼び掛けております。

 まさに国際社会は今、国益や自国のみの安全を最優先させる形で「分断」の溝を深めて、甚大な被害を拡大し続けてしまうのか、それとも「人類の共生」に向けて、「協力」という道を選び取るのか、大きな岐路に立たされていると思えてなりません。

 そして、この共生への選択に立ちはだかる一凶こそ、「人間が持つ可能性への不信感」とは言えないでしょうか。この不信感は、自分に向かえば無力感や諦めをもたらし、他者に向かえば偏見や分断をもたらします。

 一、翻って「教育」は本源的に、「人間生命への絶対的な信頼」から出発しております。

 私自身、教育を生涯の事業と定めた一人として、人間の善性と青年の可能性への絶対的な信頼を、近くは創価教育の創始者・牧口常三郎先生から、遠くは“人類の教師”たる釈尊から受け継いできました。

 釈尊は大乗仏典の精髄たる「法華経」において、仏の出現の因縁を「衆生をして仏知見(仏の智慧)を開かしめんと欲す」ゆえであると宣言しております。

 この意義について、「もし衆生に仏知見無くんば、何ぞ開を論ずるところあらん」と展開したのは、天台智顗でありました。

 その思想を貫いているのは、誰人にも尊極の生命が具わっており、逆境や困難も乗り越える智慧と勇気を発揮する力が宿っているとの確信であります。

 それを信じ抜いて一人一人に働き掛け、自覚せしめ、開き伸ばしていく。と同時に他者の尊厳にも目を開かせ、共に手を携えて、幸福へ平和へ生命を十全に開花させていく。ここに、教育という聖業の挑戦があると言えましょう。

 牧口先生も深く共鳴していたアメリカの大教育者デューイ博士が「五四運動」の最中に中国を訪れ、2年2カ月にわたり教壇に立った足跡が思い起こされます。

 中国教育学会の会長を務められた、尊敬する顧明遠先生が指摘されていたように、デューイ博士は青年たちに満腔の希望を寄せられたのであります。

 博士は、「人々がすべて自己の価値を知っていたらば、社会はきっと変化をもち進歩をもつ」(永野芳夫訳・大浦猛編『デューイ:倫理・社会・教育 北京大学哲学講義』飯塚書房)と力説されました。

 今こそ私たちは、教育の原点というべき“人間が持つ可能性を信ずる力”をいやまして強く深く発揮し、一人一人の若き生命をさらに伸びやかに、さらに豊かに開花させていきたいと思うのであります。そこにこそ、現代に蔓延する深刻な無力感から人々を解き放ち、社会の分断の分厚い壁を打ち破る希望が見いだせるからです。

 一、第二に申し上げたいのは、「青年の“負けじ魂”で、価値創造の大連帯を!」という点であります。

 私の恩師であり、希有の人間教育者であった戸田城聖先生は、70年前、青年であった私たちに、「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と指針を贈ってくださいました。恩師は青年を励まして、あえて人生と社会の厳しい試練に立ち向かわせる中で薫陶されるのが、常でした。それは、青年の「熱と力」、すなわち何ものにも屈しない“負けじ魂”を信ずるゆえであったに違いありません。

 恩師自らが、若き日から苦学に苦学を重ねるとともに、戦時中は、師匠と仰ぐ牧口先生にお供して、日本の軍部政府の弾圧による2年間の投獄にも耐え抜き、戦後、新たな人間革命の民衆運動を起こした究極の負けじ魂の闘士でありました。

 頼もしいことに、今、若き世界市民たちが各国・各地で、コロナ禍という緊急事態にも、力を合わせ、英知を出し合って、創意工夫し立ち向かってくれています。

 わが創価大学でも、とりわけ留学生の友が賢くたくましく逆境をはね返しています。多くの国々の多彩な学友と励まし合い、支え合って、仲間や地域や社会に貢献しながら、一回りも二回りも見事な大成長を遂げてくれているのであります。

 中国をはじめ世界のさまざまな文化に心を開いていた、かの文豪ゲーテは、「創造は多様性なくしては考えられない」(山崎章甫訳『詩と真実』岩波文庫)と語っておりました。思いも寄らぬ艱難からの挑戦に対し、まさしく多様性を生かし合って応戦する若き世界市民の連帯から、必ずや偉大な価値が創造されることでありましょう。

 恩師から学んだ中国の英知の言葉に「異体同心」そして「変毒為薬」とあります。

 感染症や気候変動をはじめとする人類共通の難題は、あらゆる差異を超えて、心を同じくして取り組む契機となります。教育の結合の力を軸として、それぞれの個性を尊重し合い、触発し合って、毒をも薬へと転ずる価値創造の大連帯により、21世紀の新たな地平が開かれゆくことを、私は信じ祈りたいのであります。

 一、第三に申し上げたいことは、「生命の“調和の智慧”で、地球生態系と共生の文明を!」という点であります。

 20世紀を代表する大歴史家のトインビー博士と私が対談をして半世紀になろうとしています。全人類の平和・共生を展望するとともに、大自然・大宇宙との調和・共生まで志向したことが懐かしく思い出されます。

 

偉大な人は万物を一体とみなす

 

 トインビー博士は、人間は宇宙の一市民であるとするギリシャ哲学のストア学派の主張や中国の王陽明の「偉大なる人は、天地万物をみな一体とみなす」との世界観に共感を述べられておりました。こうした先哲の洞察も、また地球生態系への最先端の科学的知見なども、生命それ自体に調和・共生を織り成していく妙なる力が本然的に具わっていることを照らし出しております。

 真実の喜びとは何か。私は、尊い現場で若人の命を慈しみ育んでいる世界の多くの教育者の方々と、それは「自他共に喜ぶこと」であり、「共々に智慧と慈悲を発揮することである」と語り合ってきました。

 人類、地球生態系、そしてさらには大宇宙へと広がる壮大なる連関の中で、生命の歓喜の讃歌を謳い上げてゆく共生の文明を、世界市民教育の光明で照らし示していきたいと、私は願うのであります。

 一、結びに言及したいのは、デューイ博士が、先に触れた北京大学での講義において青年たちを前に述べていた、気宇壮大な呼び掛けです。

 博士はそこで、「二千年後の人類ははたしてどんなものなのか」(前掲書)との問題提起をしました。

 その上で博士は、それは、もちろん知り得ない世界であるとしても、ただ暗中模索するのではなくして、我々の希望する目的へ、確固たる「教育哲学」で指揮しリードしていこうと呼び掛けたのであります。

 尊き先人たちの魂の呼び掛けに真摯に誠実に応えつつ、はるかなる人類の未来を創り開かれゆく崇高なる「教育哲学」のシンポジウムに、今再び、心からの尊敬と感謝を捧げ、私のメッセージといたします(大拍手)。

 

2021年11月1日52大学・機関の研究者が参加

 池田思想国際学術シンポジウムから㊤ 池田先生のメッセージ

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 

 凱歌の秋へ勇者共戦

2021年10月14日

今再び「大いなる広布の山」を登れ!

  

 広宣流布に生きゆく我らは、御本仏と常に共にある。

 日蓮大聖人は、甲州(山梨)と「一千里の山海」を隔てた佐渡の老いたる功労の国府尼に仰せになられた。

 「日蓮こい(恋)しく・をはせば 常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををが(拝)ませ給え、いつ(何時)となく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり」(御書一三二五ページ)

 妙法で結ばれた創価家族には、日天・月天という天の明鏡にも映し出されゆく、壮大なロマンの絆がある。日本中、世界中の地涌の宝友と誓願の祈りを一つに、共に励まし合い、異体同心の大連帯を広げゆくのだ。

 

模範の勝利島部

 

 去る十月七日は、「勝利島部」の日であった。

 この記念日に際して、全国の二百三十を超える島々で活躍されている、多くの友の近況を伺った。

 北は北海道、東北から、東京、信越・北陸の島々、中部、関西の島々、広島など中国、四国の島々、南の九州・沖縄の島々まで――。

 草創より、無理解な批判の中、忍耐して根を張り、地域の発展のために汗を流し、厚い信頼を勝ち得てきた多宝の父母がおられる。

 負けじ魂を燃やし、コロナ禍の苦難とも闘い、人間革命の実証を示しゆく同志がいる。島の“希望の宝”と光る、凜々しき男女青年部、未来部の友もいる。

 どんな烈風もはね返し、友好と貢献の見事な模範を打ち立てている創価の不軽菩薩たちに、私は合掌する。一つ一つの島に届けと題目を唱え、一人ひとりに福徳安穏あれ、栄光凱歌あれと祈る日々である。

 大聖人は、荒海に浮かぶ佐渡で、門下はもとより島の人びとを大きく包容されながら、「一閻浮提広宣流布」の未来記を宣言された。

 「一身一念法界に遍し」(同二四七ページ)である。

 地涌大願の一念は、どんな限界をも破る。

 一つの島の広布、一つの地域の立正安国は、紛れもなく「一つの世界」の広布であり、立正安国なのである。

 御本仏は「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と門下を激励された。

 私たちは、いずこの地にあっても、わが使命の郷土、地域で、広布を託された幸福責任者なりと、誇りに胸を張っていきたい。

 

母の「豊富な力」

 

 佐渡の千日尼へのお手紙には、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同一三一二ページ)と記されている。

 牧口・戸田両先生以来、このお心を拝し、母たち女性たちを大切にするのが、創価の師弟の心である。

 早いもので、私が長編詩「母」を作ってから、半世紀になる。一九七一年(昭和四十六年)の十月、大阪市の東淀川体育館で行われた関西婦人部幹部会が、発表の場であった。

 あの“大阪の戦い”から十五年。私と共に、けなげに奮闘してくれた常勝関西の母たち女性たちに真っ先に贈りたかったのである。

 まだ推敲の跡が残る詩の最終原稿を携えて、妻が私の名代として参加した。

 「母よ!/おお 母よ」

 「あなたは なんと不思議な力を/なんと豊富な力を もっているのか」

 私が詩にうたった感嘆と敬愛は、今も変わらない。

 否、これからこそ、女性たちの「豊富な力」が輝き光っていくはずだ。

 折々に、クリームイエローの気品ある創価世界女性会館の前を通るたびに、妻が笑顔をほころばせる。

 二十一世紀開幕の前年、「婦人」ではなくして「世界女性」との名を冠して誕生した殿堂の意義は深い。

 日眼女(四条金吾夫人)に送られた御書には、妙法の大功力を譬え、「明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや」(一一〇九ページ)と仰せである。

 太陽と月の如く、蓮華の如く、まさに今、人びとに幸と智慧を送り、生命尊厳の女性の世紀を勝ち開く、希望のスクラムが新生しようとしている。

 来る創立記念日の十一月十八日を期して、女子部が女性部として新出発する。いよいよ多様性の時代をリードし、桜梅桃李の個性をのびやかに尊重して生かし合い、朗らかな幸福と平和の大前進が始まるのだ!

 いかなる混迷の世の闇も打ち払う、この創価の宝光を世界が待っている。

 

青年の大確信で

 

 青年の秋だ。希望の秋だ。そして勝利の秋だ!

 大文豪ゲーテは言った。

 「青年は青年にたいしてもっとも強く働きかける」「これが世界を活気づけ、精神的にも肉体的にも死滅せしめない力なのである」と。

 七十年前(一九五一年)の十月、私たち青年部は猛然と立ち上がった。

 皆が若き胸に抱いていたのは、恩師からいただいた指針「青年訓」である。

 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である

 「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ

 その一言一言に、男子部も女子部も心躍らせた。

 恩師は、さらに“同志の士気を鼓舞し、広宣流布の大願の中心人物たることを、自覚せよ”と絶大なる期待を託されたのだ。

 翌月、東京都内で行われた学会全体の総会で、私は男子部を代表して「青年の確信」と題する決意発表を行った。当時は班長だったから、今でいえばニュー・リーダー、地区リーダーに当たるだろうか。

 それは、恩師の「青年訓」への報恩の誓いであった。

 「われら青年は、そのお言葉を絶対虚妄にいたしません」「闘争力と、勇気に満ちたる青年が、学会青年の確信であります」と――。

 この総会で戸田先生は、弟子に応えてくださるかのように、「創価学会の大誓願」と題して講演された。

 「北条時宗への御状」――文永五年(一二六八年)、執権の北条時宗を諫暁された御書を拝して、訴えられたのだ。

 “創価学会の魂とは、この日蓮大聖人の魂を魂とし、一乗妙法の力で、全民衆を救うのが、学会精神であります”

 この日から十年後(一九六一年)の十一月――。

 「男子部の日」の淵源となった五日の男子部総会には十万人、そして十二日の「女子部の日」の淵源となった女子部総会には八万五千人の友が、勝ち鬨をあげて集ったのである。

 この時、私が第三代会長として指揮を執り始めて一年半――生命の宝塔を林立させゆく青年たちの「勝利」の二字こそ、恩師に捧げる「師弟不二の誓願の結晶」となったのである。

 

舞を舞うが如く

 

 それから、さらに二十星霜を経た一九八一年(昭和五十六年)。「青年の年」と銘打ったこの一年、私は、総東京はもちろん、東海道、関東、関西、信越、中部と、列島各地、そして北中米、ハワイ、ソ連(ロシア)、欧州と、世界中を駆け巡った。

 一人の青年が本気で立ち上がれば、「二人・三人・百人と」広宣流布の陣列は必ずや広がっていく

 師の心を、わが心とする若人が一人いれば、その地域、その国の未来は明るい。これこそが、私が恩師のもとで先駆けた道であった。ゆえに、直接、会える、会えないではなく、私は、あらゆる機会を捉え、全精魂を注いで青年を励ました。

 この年の九月に行われた「北海道青年部総会」の大成功を報じる聖教新聞を手に、私は「見たか! 北海道の青年が立ち上がったぞ!」と快哉を叫んだことも懐かしい。

 十一月には、私は東京と関西で「嗚呼黎明は近づけり」の歌の指揮を執り、四国では、青年と共に「紅の歌」で新時代の暁鐘を打ち鳴らした。そして、「青年の年」の総仕上げが、九州・大分での長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」の誕生であった。

 この勇者の共戦によって本格的に始まった反転攻勢から、今日に至る世界広布の大道が開かれたのだ。

 大聖人は、「大悪を(起)これば大善きたる」(御書一三〇〇ページ)と断言され、勇み立つ生命を、「ま(舞)いをも・まいぬべし」「立ってをど(踊)りぬべし」、そして「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」と明かされている。

 大悪――最も大変な時こそ、大善へと、自分自身を、さらに社会をも転じていけると勇み、立ち上がるのが、仏法者にほかならない。 

 そこには、憂いも悲嘆も、感傷も諦めもない。喜びだ。最高無上の妙法を実践する大歓喜であり、わが使命を果たす誉れである。これほど尊く充実した「青春の勝利劇」はないのだ。

 当時の若師子も、華陽の乙女も、まっしぐらに広布の山を、私と一緒に登攀し、後継の陣列を築いてくれている。皆、私の生命の奥底から離れることはない。

 今再び、我らの前には「大いなる広布の山」がある。学会創立百周年の二〇三〇年へ、さらに二十二世紀の民衆勝利を開くために、越えてゆかねばならぬ山だ。

 ゆえに私は、今再び、愛し信ずる地涌の君たちに、声を大にして訴えたい。

 この山を登攀したならば、見える限りの世界がすべて君たちのものだ!

 その所願満足の歓喜の法戦こそ、無上道の人生であり、青春であるがゆえに、私はすべてを本門の君たちに託したい!――と。

 

 ゲーテの言葉は『詩と真実 第2部』山崎章甫訳(岩波文庫)から。

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

わが胸に燃やせ開拓魂

2021年9月23日

立正安国へ平和と幸福の潮を!

  

 秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。

 さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。

 そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。

 御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。

 私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。

 

宗教の使命とは

 本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。

 先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。

 ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。

 先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。

 相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。

 

常勝関西の初陣

 先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。

 一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。

 私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。

 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)

 この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと誓い合ったのである。

 関西の地区部長、地区担当員(現在の地区女性部長)たちは、一念を私の一念に合わせて脈動させ、跳躍し、共に険路を越えてくれた。

 法華経二十八品の最後に普賢菩薩は誓いを立てる。

 すなわち、「法華経の行者の苦しみを除き、安穏ならしめ、魔や魔民が付け入らないように護ります」。「大いに歓喜して精進できるよう励まします」。さらに、「法華経を全世界に流布し、決して断絶させません」等と。

 御本仏から「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と託された使命の天地で、この普賢の誓いを遂行するリーダーこそ、地区部長、地区女性部長なのだ。

 「“まさか”が実現」の関西の初陣は、まぎれもなく全地区の凱歌であった。

 

偉大な志に立つ

 大阪の戦いに続く同年九月、恩師・戸田先生から、私は「山口開拓指導」の総責任者に任じられた。

 当時、私は日記に記した。

 「義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」

 源義経も、高杉晋作も、“世の中狭し”と時代を乱舞し、各地にその勇名を馳せた。義経は“我を手本とせよ”と兵庫の鵯越の坂を駆け、讃岐の屋島へ、長門の壇ノ浦へと追撃した。

 一方、高杉晋作は幕末の長州で、維新回天の大業を開いた。その祖先は安芸国高田郡(現在の広島県安芸高田市)に居を構え、後に毛利氏に仕えた戦国武将とされる。「高杉」の名を冠した城跡もある。

 さて、幕末乱世、晋作が二十一歳の時に転機が訪れる。敬愛する師の吉田松陰が処刑されたのである。

 弟子は師匠の無念を晴らさんと立ち上がる。そのための開拓が、各地の志士と心を結ぶことだった。翌年、故郷の萩を起点に、大阪、堺へ、関東、信越、北陸へと駆け巡った。

 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」との縦横無尽の行動は、短日月に歴史回天の礎を築くのだ。

 晋作が自らに課したのは“困ったと言わないこと”である。「いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなる」との確信に立っていた。

 晋作が結成した「奇兵隊」の隊士となる条件は、身分でも経歴でもない。志があるか否かであった。 

 「」――これこそ、山口開拓指導に携わった同志に共通する自発の力である。

 恩師は言われた。

 「学会は日本の潮である。平和と幸福の潮である。この潮を、全世界の潮流として、地上に理想の社会をつくっていこうではないか

 この大理想を実現するのだと、友は山口に駆けつけてくれた。東京、関東、関西、岡山・広島など中国はもとより、北海道、東北、東海道、中部、さらに九州、四国からも、広布の志に燃え、困難を突き抜けて開拓の対話に挑んだのである。

 思うように拡大が進まないと悩むリーダーたちとは「必ずできる。我らは民衆を救うために来た地涌の菩薩ではないか」と自負し合い、一緒に壁を破っていった。

 この年(一九五六年)の十月から翌年一月までに三度、延べ二十二日間の戦いで、山口の世帯数は約十倍に飛躍し、新たな地区が澎湃と誕生したのである。

 

縁した「一人」と

 なぜ、この短期決戦に勝てたのか。それは、どこまでも「一人を大切に」したからに他ならない。

 戸田先生は当時、幾度となく語られていた。

 「たった一人でも聞いてくれる者がある。一人の人に会えばよい

 人数ではない。一対一の対話を大事にして、縁した「一人」と心を通わせることが、一切の原点である。

 そして一人の顔が見える座談会こそ学会の縮図であり、地区は励ましのネットワークの中心基地である。地域に友情と信頼を広げる民衆の城であり、桜梅桃李の和楽の園なのだ。

 地区こそ霊山の一会なり――私は、大切な座談会を希望と活力の会座にと、若き日から先駆した。

 ある時は、東京・足立区高野町(現在の江北四丁目)で行われた座談会に伺った。青年が育っていることを心から喜ぶ支部長の姿は、目に焼き付いて離れない。

 北区東十条の北会館(当時)での地区座談会のことも蘇る。新来の友人たちも入会を決意された。

 皆、愛する地元への貢献を一段と強めていかれた。現在も、地域の商店街などが大いに栄えていると伺い、嬉しい限りである。

 沖縄の同志が、垣根なく開かれた、楽しく賑やかな座談会で郷土の発展の力を結集してこられたことも、希望のモデルである。

 

大情熱は消えじ

 一九六〇年(昭和三十五年)十月、東西冷戦の最中、恩師の写真を胸に旅立った世界広布の開拓も、「一人」の激励、「一地区」の結成から出発した。

 いかなる時代状況であれ、一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こしゆくのが、我らの広宣流布であるからだ。

 忘れ得ぬ光景がある。

 一九七九年(同五十四年)十一月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会で、北海道・留萌管内の天売島から参加した七十二歳の大ブロック長(現在の地区部長)が素晴らしい体験発表をしてくれた。

 烈風に負けず、地域広布へ「激流の如き情熱」を燃やし、「果てしなく広がる大空の如き夢」をもち、「鉄石の決意」で戦い続けると師子吼したのだ。

 この広布大願の闘魂に応えて、私は第三代会長辞任後、初めて「威風堂々の歌」の指揮を執った。

 

 ◇ 

 七十年前、私は担当する地区で広布の開拓を、青春の熱誠で開始した。日記には、“わが地区が完璧になるよう、御本尊に祈る”との真情を繰り返し綴っている。

 今も変わらぬ心で、日本全国、さらに全世界の全ての地区に届けと、妻と共に題目を捧げる日々である。

 偉大な地区部長、地区女性部長の健康長寿とご一家の栄光勝利、そして地区の全宝友の幸福安穏を祈り、記念の句を贈りたい。

  

 地区部長には――

 

  不二の指揮

   地涌の黄金柱に

       凱歌あれ

     

 地区女性部長には――

 

  福徳の 

   創価の太陽よ

       舞い光れ

 

 さあ、わが地区の異体同心の同志と共々に、地涌の開拓魂を燃え上がらせて、新たな民衆凱歌の金字塔を打ち立てようではないか!

仏法で人格の芯を固めよ

 

 正義の青年は、もとより多事多難である。だからこそ、偉大な人格が鍛えられる。

 日蓮大聖人は、若き南条時光を繰り返し励まされた。「たがふ事あらば・いよいよ悦びとこそおもひて」(御書1542ページ)等と。

 思うようにいかないことがあればあるほど、いよいよ喜び勇んで剛胆に立ち向かうのだ。

 この勇気ある不退の信心を受け継いでいるのが、創価の青年たちである。

 ◇ ◆ ◇ 

 きょう8月31日は「学生部の日」。

 さらに、9月9日の「女子学生部の日」も間近である。

 感染症の拡大が続き、学業や生活や進路など万般にわたり、苦労が絶えないであろう。

 その中で、男女学生部の友はスクラム凜々しく「行学の二道」に励み、「立正安国」の対話を広げている。皆、智勇と福智の哲学者だ。

 イギリスの歴史学者・トインビー博士との懇談の折、21世紀の青年へ助言を求めると、一言、「忍耐強くあれ」と語られた。挑戦と応戦という視点から人類史を俯瞰されてきた博士の一つの結論である。

 今、大仏法の生命尊厳の哲理を掲げて、現代文明からの挑戦に忍耐強く応戦している君たちこそ、新たな地球文明の黎明を告げる旭日なりと、私は讃えたい。

 トインビー博士が、困難な時代のリーダーの要件に、

 一、洞察力

 一、節度

 一、度量

 一、持久力

 の4点を挙げられていたことも、思い起こされる。

 特に度量について博士は、苦しいことさえ楽しそうに耐え忍んで乗り越えていく達人芸のような力とされた。

 「御義口伝」には、「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)と仰せである。

 大聖人が示された仏道修行の真髄を、生き生きと現実社会で展開しているのが、学会活動にほかならない。

 学生部出身者の中には、コロナ禍の今、命を救う最前線である医療に従事している友もいる。

 後継の若人たちも、地涌の使命の青春を思う存分、乱舞し、仏法で人格の芯を揺るぎなく固め、新時代の指導者群を築き上げていただきたい。

 ◇ ◆ ◇ 

 宝の未来部の鳳雛たちも、新学期である。

 一人ももれなく、健やかに、伸び伸びと安心して前進し、成長していけるように、これまで以上に、皆で題目を送り、応援していこう!

 創価家族の「教育力」で、いやまして希望の未来を創り開いていくのだ。

 

2021年8月31日〈池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅〉 

 

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉

 平和を創る信念の対話

2021年8月24日

誠実に朗らかに希望の哲学を語れ

我は進む! 師弟誓願の「この道」を

 

 

 西日本を中心に、各地で続発した大雨災害に、心よりお見舞い申し上げます。

 「立正安国論」に示されているように、「暴雨」は古来、「疫病」などと並んで、民衆にとって大きな「難」であります。

 コロナ禍、自然災害……今も打ち続くこの苦難に負けず、民衆一人ひとりが、どう変毒為薬していくか。それを地域、社会、世界という次元から考え、祈り、力を合わせて行動していく。ここに私たちの「立正安国の誓い」があります。

 復旧支援に尽力されている方々に、またコロナ禍の中、医療従事者はじめ命を守るために奮闘されている皆様に、深く感謝します。そして尊き宝友の健康長寿と無事安穏を、ひたぶるに祈っております。

 

共戦の旅へ出発

 

 八月は、世界の不戦への誓いを強め、人類の平和へスクラムを広げゆく月――と言えよう。

 恩師・戸田先生に、十九歳の私が初めてお会いできたのは、一九四七年(昭和二十二年)の八月十四日、三回目の終戦の日の前夜であった。敬愛する長兄の戦死の公報が届き、母が慟哭する姿を見てから約三カ月後のことである。

 信念の獄中闘争を勝ち越えられた平和の民衆指導者から、「正しい人生」の道を示していただき、猛暑の二十四日に入信した。「広宣流布」即「世界平和」の大願を掲げて、師弟共戦の旅に出発したのである。

 入信三年となる一九五〇年(昭和二十五年)の八月二十四日には、先生の事業の最大の苦境の渦中、師弟して生命尊厳の機関紙・聖教新聞の発刊を構想した。

 その二年後の八月十四日夕刻、私は特急「つばめ」で淀川の鉄橋を渡り、広布の新天地を開く決意で大阪へ降り立った。この夜、堺市内で行われた座談会に出席し、強く明るい庶民の集いから“常勝関西”の建設へ、生き生きと勇戦を開始したのである。

 さらに三年後の八月には、師の故郷・北海道の大地で、“夏の陣”さながら広布拡大に先駆した。日々、御書を拝し、「仏法を源泉に偉大な社会を開こう!」と励まし合い、日本一の弘教で戸田先生をお迎えしたのは、入信満八年の八月二十四日であった。

 一年また一年と、原点の八月に師弟の勝利を刻みながら、不退の同志と共に、わが壮年部の戦友と共に、平和と人道への「この道」を歩み通してきたのだ。

 「立正安国論」の結びに記された誓願には、「速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん」(御書三三ページ)とある。

 何があろうが、我らは強盛に妙法を唱え、正義の旗を高く掲げて進む。苦悩する一人に関わり、民衆の幸せと天下の泰平のために戦う。忍耐強く、粘り強く、誠実な対話で、現実社会の安穏への道を開き、自他共に「一生成仏」という永遠の幸福を築いていくのだ。

 

負けない一生を

 

 戸田先生と私の最初の出会いの翌日は、奇しくも仏教発祥の天地・インド共和国の独立の日であった。

 今年、生誕百六十年を迎えたインドの詩聖タゴールの叫びが改めて胸に迫る。

 「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている

 これはタゴールが日本で詠んだ一詩である。

 彼は一九一六年(大正五年)、神戸に初来日の第一歩を印すと、大阪、東京へ。横浜には長期滞在し、この夏、今の北区・飛鳥山の渋沢栄一翁の私邸や、茨城の五浦にも足を運んだ。長野の軽井沢で、女子学生らと緑陰懇談も重ねている。

 先月、インドから嬉しい報告が届いた。女子部結成記念日の七月十九日、インドの“華陽姉妹”が五万人に達したというのだ。

 コロナ禍にあっても、「如蓮華在水」の清らかで強靱な生命で、美事な幸の花園を広げてくれている。

 

 「負けない人は幸福

  恐れない人は幸福

  信つよき人は幸福

  皆さまは幸福の王女なり」

 

 ――三十年ほど前、インドの女性たちへ、妻と贈った指針である。

 

 私の妻も、同志たちと常々「負けない一生を」と、心に期してきた。

 九歳で家族と共に信心を始めた妻も、この七月で満八十年となった。牧口先生の手を引いて自宅の座談会へ案内した草創の“未来部”であり、戸田先生のもとで女子部の一期生、そして“ヤング白ゆり世代”としても奮闘してきた。

 インドをはじめ世界の平和の太陽たる女性たちが、一人ももれなく「負けない」一日一日を積み重ね、幸福勝利の人生であれと、妻は題目を送り続けている。

 

魔性との大闘争

 

 戸田先生が一九五七年(昭和三十二年)の九月八日、横浜・三ツ沢の競技場で、「原水爆禁止宣言」を発表された意義は、あまりにも深く大きい。

 その二カ月ほど後、先生は最悪の体調にもかかわらず、広島訪問を断行しようとされた。戦時下の過酷な二年間の投獄、さらに十数年に及ぶ広布の激闘で、身体の憔悴は甚だしかった。

 お体を案じて中止を進言した私を、先生は叱責し、「死んでも俺を広島に行かせてくれ!」と叫ばれた。

 病状悪化で願望は叶わなかったが、なぜ、それほどまで執念を燃やされたのか。先生は、同志が待っているのだと言われた。特に広島平和記念館(当時)では、同志の新出発の集いが予定されていたのである。

 人類で最初に原爆の犠牲となった広島に赴き、民衆の生存の権利を危機に陥らせている魔性の権力の根を絶つのだ、という烈々たる師の気迫に、弟子の私は感涙を抑えられなかった。

 第六天の魔王との「とられじ・うばはん」という絶え間ない法戦に臨んで、「一度もしりぞく心なし」(御書一二二四ページ)と言われた大聖人の大闘争に、我ら創価の師弟は、勇気凜々と連なっていくのである。

 

“黙すあたわず”

 

 原爆の恐ろしさ残酷さを世界に知らしめた絵画に、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」がある。位里氏は現在の広島市安佐北区の出身、俊夫人は北海道空知管内の秩父別町出身であった。

 敗戦後の占領下、厳しい検閲で、原爆の悲惨な実態が公にされず、語られることがなくなっていく世の中に、「これはいけない」と位里氏は憤怒した。

 「原爆をうやむやにするわけにはいかない、このことは描いて残さなければならない」――その思いが、「原爆の図」の連作に結実していったのだ。

 ともあれ“黙ってはいられない”との、やむにやまれぬ大感情こそ、無関心や臆病や忘却に覆われた社会の中で、真実を救い出す原動力である。

 日蓮大聖人は「言わずんばある可からず」(御書一七ページ)と仰せになられた。

 大聖人が放たれた破邪顕正の師子吼は、七百年の時を超えて、戸田先生が原水爆の奥に潜む魔性の思考を打ち破られた洞察にまで、底深く響き渡っている。

 この恩師の精神を受け継ぐのが、我らの言論戦だ。

 ゆえに「広島原爆の日」にあたる八月六日を、私は小説『新・人間革命』の「起稿の日」とし、“命の限り”と新聞連載を続けた二十五年後のその日を、「脱稿の日」とした。そして恩師が「原水爆禁止宣言」を発表した九月八日、『新・人間革命』の連載を終えたのだ。

 今や、バトンは未来に託された。わが愛弟子であり分身である新時代の“山本伸一たち”が、人生の「人間革命」のドラマを、世界中で壮大に舞い、多彩に綴ってくれている。

 「長崎原爆の日」の九日を中心に、第三十回の節を刻む「青年不戦サミット」がオンラインで行われ、広島、長崎、沖縄の三県をはじめ全国の青年部代表や、男女高等部など未来部の友が、真剣な瞳で参加した。

 不戦と核兵器廃絶への誓いを、後継の青年たち鳳雛たちが、凜然と継承してくれている。これほど頼もしいことはない。

 

邂逅から創造が

 

 先日、レバノン共和国のアラブ科学出版社から、トインビー博士と私の対談集のアラビア語版が発刊された。博士との対談から明年で五十星霜。これで翻訳出版は三十言語となる。

 博士も、きっと喜んでくださるであろう。陰の労苦を惜しまず、ご尽力いただいた全ての関係の方々に、心から御礼申し上げたい。

 博士は、人格と人格の邂逅からこそ、真に新しい創造が生まれると洞察されていた。ゆえに、創価の私たちに、人類を結び、文明を結ぶ「生への選択」の対話を託してくださったのだ。

 今、身近な地域社会にあっても、広範な地球社会にあっても、感染症や気候変動、分断や対立など山積する課題に、一段と対話を繰り広げて英知を結集し、新たな価値創造の力を発揮していかねばならない。

 地涌の世界市民が先頭に躍り出て、人類の宿命転換への連帯を拡大するのだ。

 

最も雄弁な言葉

 

 恩師の膝下で私が戦い始めた若き日、雑記帳に書き留めた民衆詩人ホイットマンの詩の一節がある。

 「人間の肉体は言葉である、千万の言葉である」と。

 口先だけの薄っぺらな言葉ではない。その人の全身から滲み出る勇気と信念、誠実な声、明るい笑顔、そして思いやりにあふれた振る舞いほど雄弁なものはない。その模範こそ、学会の父たち母たちである。

 さあ、それぞれが今いる場所から、自分らしく希望の哲学を語り広げよう!

 「いまだこりず候」(御書一〇五六ページ)という不屈の大情熱をもって、対話の広場に出ていこう!

 愛する若人たちよ、進むのだ。永遠に前へ! 尊き同志よ、朗らかに前へ!

 生命の讃歌、平和の凱歌を、堂々と轟かせながら!

 (随時、掲載いたします)

 

 タゴールの言葉は藤原定訳「迷える小鳥」『タゴール著作集1』所収(第三文明社)、丸木位里は『流々遍歴』(岩波書店)、トインビーは松本重治編訳『歴史の教訓』(岩波書店)、ホイットマンは白鳥省吾訳『ホイットマン詩集』(大泉書店)

 

世界広布新時代

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広宣流布大誓堂落慶

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