日めくり

11月14日

第1553回
「戸田の命よりも大切な学会の組織」

 

<派閥や信心利用、権威主義を絶対許すな!>

 

 日蓮大聖人の仏法を実践する、わが創価学会の組織は、初代牧国会長以来、尊き「信心の向上」のためにある。
 かりに、信仰の世界が、一人だけで、勝手気ままにできる世界であれば、一見、いいように思えるかもしれない。しかし、それでは結局、わがままになり、悪縁に紛動されて、迷走してしまうものだ。
 それでは、「自由」のように見えても、真の「生命の自由」の境涯には、決して到達できない。
 御聖訓には、こう仰せである。
 『木を植える場合には、大風が吹いたとしても、強い支えがあれば倒れない。もともと生えていた木であっても、根が弱いものは倒れてしまう。たとえ、ふがいない者であっても、助ける者が強ければ、倒れない。少々強い者であっても、独りであれば、悪い道では倒れてしまう』(御書一四六八ページ、通解)と。
 恩師は「戸田の命よりも大切な学会の組織」と
 ここに、組織が生まれる必要性がある。
 組織は、邪悪を防ぐ壁となる。
 また組織とは、確かな目標に向かって、まっすぐに走り、たがいに切磋琢磨しながら向上していくための「正しい軌道」を意味する。これが、組織が重要となるゆえんである。どの社会であれ、どの分野であれ、組織が存在する理由も、ここにある。
 なかんずく、恩師が「戸田の命よりも大切」と言われた創価学会の組織である。決して、派閥や信心利用、権威主義などの根本的な過ちがないよう、よくよく、心していかねばならない。
 将来のために、あえて申し上げておきたい。
 まことしやかな噂をささやかれ、事実無根の噂で苦しめられる――そういうことが起きたとしても、少しも動揺してはならない。それでは、自分が損をする。不動の精神で、毅然と広布に戦っていけばよいのである。
 大聖人は、弟子の四条金吾が、悪意の議言で苦しめられたとき、「妬む人間の作りごとでありましょう」(御書一一五七ページ、通解)と記述され、「少しも、へつらわずに振る舞い、語っていきなさい」(御書一一六四ページ、通解)と励ましておられる。
 いつの時代であれ、事実無根の噂をまいた本人は、いずれ、厳しい仏罰を受ける。
 皆さまご存じのとおり、ここ群馬には、作り話で同志をだました人間がいた。(逮捕され、懲役刑に服している)
 もし、事実無根の噂で苦しむ方がいれば、学会本部に遠慮なく言ってきていただきたい。
 また、仏意仏勅の組織にあって、「異体同心の団結」を崩す人間は、厳格に対処していくのは当然である。これが、牧口先生、戸田先生の時代からの伝統精神であるからだ。
 戸田先生は、清浄無比の広布の組織を守るために、徹して厳格であられた。
 折にふれ、先生は、次のように言われた。


(一)清浄な創価学会の組織を攪乱する者を追放せよ。
(二)自分は立派な信心を全うせず、あちらこちらで愚劣な批判ばかりしている邪魔者は追放せよ。
(三)御書を拝さず、学会の信心指導を受けず、学会に迷惑をかける者は、断固、追放せよ。
(四)金銭問題、男女問題で皆に迷惑をかけ、非難を受けるような者は、幹部を解任し、追放せよ。
(五)模範的な信行に励んできた方々は、「仏の使い」として、最大に尊敬し、大事にすること。
(六)派手な存在ではなく、地味な存在で、水の流れるごとき信心の方々を最大に大事にすること。
(七)作り話の報告、自分を守るための邪険な報告をする者に、十分、気をつけよ。場合によっては、幹部を解任すべきだ。
(八)勤行を怠け、おろそかにしている幹部は、絶対に信用するな。
(九)傲慢になって人を叱り、慈愛のない幹部は、組織悪であり、皆で忠告し、皆の協議で、幹部を辞めさせるべきだ。


 仏法は、「現当二世」と説く。過去を振り返るのではなく、つねに「現在から未来へ」生きゆく人生であるべきだ。
 いかに、過去に功労があったとしても、現在と未来に、愚痴や批判を繰り返し、人生の正しき軌道をはずれ、組織や学会に迷惑をかけるような人間になってはならない。それは、もはや敗北者であるからだ。
 ともあれ、尊き広布の同志に迷惑をかける悪い人間がいれば、真実をそのまま幹部に報告し、相談していただきたい。さらに、方面長、理事長、会長にも、遠慮なく相談していただきたい。場合によっては、解任や除名が必要になることもあろう。

 ただし、「言いつけ主義」は、絶対に禁物である。作り話は、仏罰を受けることはいうまでもない。

 2001年8月28日 群馬最高協議会

日めくり御書

11月4日

 

『大風吹けば求羅(ぐら)は倍増するなり』

 

(四条金吾殿御返事、1136頁)

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

10月21日

第1280回
真剣な一人が立てばよい


 <組織の論理だけで押し切るな!>

 

 古来、中国では、桃や李は優れた人格の象徴とされた。
 唐代の詩人・李賀の詩にも、次のような一節がある。
 立場が変わり、境遇が変化した人への励ましの言葉であった。
 「自ら是れ 桃李の樹(じゅ) 何ぞ畏(おそ)れむ 蹊(けい)を成さざるを」
 ――あなたは桃李(=桃や李)の木の如きもので花が爛漫とうるわしく咲いている、だまっていても人が寄ってきて、下には自然と小路ができるというものだ。(『李長吉歌詩集』鈴木虎雄注釈、岩波文庫)
 たとえ一本でも、美しく咲き香る木があれば、あたり一面がなごみ、華やぐ。組織も同じである。「真剣な一人」がいれば、全体が大きく変わっていく。「一人」が立てばよいのである。
 仏法の世界とは、こうした「人間性の花」を咲かせながら、あの地にも、この地にもうるわしい友情を広げていくものである。組織の論理だけで押し切っていくということがあってはならない。
 「ああ、あの人はすばらしいな」「あの心、あの生き方に感動する」――そのように人格を慕われて、おのずから広布の道ができていくのである。

 

2016年10月18日付 聖教新聞 本部幹部会で紹介されたSGI会長の指針 

今月のメッセージ

2018年11月度

 大歓喜の青春は創価にあり

 

 我らには、紅燃ゆる「求道」の青春がある。
 若き釈尊は、「生老病死」という本源的な苦悩の打開のために偉大な探求の道を歩み始めた。
 この仏法の出発の大情熱を、誇りも高く創価の青年は継承しているのだ。

 我らには、大歓喜の「発見」の青春がある。
 法華経に「衣裏珠の譬」が説かれている。友の貧窮を見かねた親友が、寝ている間に衣の裏に最高の宝珠を縫い付けてくれた。
 それに気付かぬまま、友は流浪を続ける。再会した親友は宝珠のことを教え、友は大歓喜した、と。
 日蓮大聖人は、この譬喩の深義を『始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(788頁)と仰せになられた。
 ここにこそ、何ものにも勝る喜びの「発見」がある。
 どの青年も、自分自身の中に仏の生命という無上の宝珠を秘めている。

 「この宝珠に目覚め給え! 共に磨き、限りなく輝かせようではないか!」と、たゆまず呼び掛け続けてきたのが、創価学会青年部なのである。

 我らには、従藍而青(藍よりして而も青し)とは、勇気の挑戦に他ならない。常に限界を突破して、人生と社会に新たな価値を創造しゆく勇敢な挑戦だ。忙しく苦労も多いが、計り知れない充実と向上の「人間革命」の劇が広がる。

 我らには、世界を変える「連帯」の青春がある。
 恩師に十九歳でお会いして走り抜いてきた山本伸一の広宣流布の「誓願」は、創価班や牙城会、男子部大学校、白蓮グループはじめ、世界中で地涌の宝友が受け継いでくれている。この連帯こそ、二十一世紀の希望なのだ。
 人類史のいかなる青年も仰ぎ見つめる、幸福と栄光の青春を、いよいよ旭日の勢いで勝ち飾ってくれ給え!

 

 青春の
  人間革命
   光りあれ
  試練も使命に
    朗らか王と

 

 大白蓮華2018年11月号№829

 

日天月天ワンショット

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未来部用の御書


世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2018.11.14

第1553

 

日天月天ワンショット

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