日めくり

11月18日

第1554回
青年が万代の韓日友好を


 私が、韓国の名門、国立済州チェジュ大学の趙文富(チョウー・ムンブ)・前総長と進めている対談が、教育専門誌「灯台」に連載される運びとなった。(=二〇〇一年十月号から〇二年九月号まで掲載。同年十一月、『希望の世紀へ 宝の架け橋――韓日の万代友好を求めて』として徳間書店から発刊された。池田名誉会長は、済州大学の「名誉文学博士」)
 今、日本の国家主義の台頭が深く憂慮されている。だからこそ、後世に真実の歴史を伝え、二十一世紀の韓日の新時代を開かねばならない。
 私は、韓国を代表する大教育者であり、信念の知性であられる趙博士とともに、平和と教育と文化の「真の友好の道」を照らし出していきたいと願っている。
 対談の冒頭、私は申し上げた。「『真摯に過去を見つめること』は、『真摯に未来に向きあうこと』と同義だと思います」「誤った歴史認識が、いまだに根深く、くすぶっているからこそ、質量ともに、それらをはるかに凌駕する、正しい真実の史観に立った平和教育を、断固として推進していかねばなりません」(『希望の世紀へ 宝の架け橋』徳間書店)
 虚偽や邪悪の暴論に対しては、それを圧倒する「真実の言論」「正義の言論」をもって、厳然と打ち勝ち、打ち破っていくことだ。
 アメリカの思想家エマーソンは言った。
 「人間は懐疑と虚偽の暗夜のなかで手さぐりしている。『真理』の光は消え、あるいはかすかに燃えているにすぎないからだ。さあ、炎をふたたび燃えたたせ、燃料を補給しようではないか――遠くまであかあかと照らす標識の光となって燃えあがり、世界をあかるくするまで」(『エマソン選集』7、小泉一郎訳、日本教文社)
 「善の言論」こそ「世界の光」である。
 対談では、一九四五年の八月十五日を、どのように迎えたかということも話題になった。
 日本にとっては、「終戦の日」「敗戦の日」であるが、日本に蹂躙されぬいた韓国にとっては、この日は「光復節」――悪逆な支配からの「解放の日」であり、主権を回復した「勝利の日」である。
 だからこそ、来る年、来る年、この八月十五日を、日本は、過去の軍国主義の過ちを心から反省し、アジアの方々から賞讃されるように、迎えていかねばならない。
 この「光復の日」、趙博士は小学校四年生であった。この時、心に抱いていた疑問が、″人類社会に対する問題提起″となり、学問の道の始まりとなったと博士は振り返っておられる。博士は言われた。
 「私は、文明における『勝利』の概念そのものを改める必要があるとの結論にたどりつきました。二十世紀までの軍事中心の時代における『勝利』と、これからの二十一世紀における『勝利』の概念を、明確に区別しなければならないということです。つまり、科学技術の発達がもたらした兵器や武器による脅迫で相手を屈服させるのではなく、慈愛をもって相手の心情に深く訴えて共感を湧き起こし、ともに人類としての正しい道を選び歩むようにすることが、これからの時代に求められるのです」(前掲『希望の世紀へ 宝の架け橋』)
 牧口先生の「人道的競争」の理念とも響きあう卓見である。(中略)
 趙博士は、創大生の代表に呼びかけられた。
 「あの軍国主義の時代にあって、牧口先生が、どれだけ気高い行動と思想を貫かれたか。戸田先生が、どれほど深い倫理観と先見性を持っておられたか。その事実を、もっと多くの日本人に知ってもらいたい。それを広め、語り継いでいくことこそ、創大生の皆さんの大切な使命です。過去の歴史は、現在と未来のためにあるのです
 こう言って、わが創大生に大きな期待を寄せてくださったのである。

 

 2001年8月19日 東京会研修会

 

11月18日

第1555回
同志を思う慈愛が通じる

 

行動の奥にある深い深い慈悲の心>

 

 これからは、ますます「心の時代」である。
 広布の前進にあっても、リーダーは、徹して、皆を励ましていくことだ。皆が喜んで取り組んでいけるよう、自信をもって戦いを進めていけるよう、具体的に、また迅速に、手を打っていかねばならない。
 そのためにも、まずリーダーが真剣に祈っていくことである。一回一回の会合も、「きょうの会合が大成功するように」「自分の祈りが、皆の中に入るように」「全員の生命に、梵天・帝釈の働きが顕れるように」等と、真剣に祈っていくことだ。その真剣な「祈り」が、同志を思う「慈愛」が、誠実な「振る舞い」が、皆に喜びの波動を広げていく。
 「偉大であれ、/高慢であってはならない――高慢であることを蔑むほど偉大であれ」(前掲『エマソン選集』)とは、エマーソンの言葉である。
  大聖人は、同志の大切さを繰り返し教えておられる。
 「末法のような濁った世にあっては、たがいにつねに語りあって、いつも後生を願っていきなさい」(御書九六五ぺーじ、通解)
 「信心の志のある人たちは、一つの場所に集まって、この手紙を読むのをお聞きなさい」(御書九五一ページ、通解)
 「すべての人々が、この書を見聞きし、信心の志ある人々は、おたがいに語りあっていきなさい」(御書九六七ページ、通解)と。
 同志とともに、仲良く前進していくことだ。同志とは、「同」じ「志」と書く。自分の「一念」が皆の生命に入り、また皆の「一念」が全部、わが生命に入って、大生命力となっていくのである。
 戸田先生は言われた。
 「行動の奥に深い深い慈悲の心を蔵するならば、その行動は、説明もなく、証明する者がなくとも、相手にいっさいがかならず通ずるものである」(「慈悲論」、『戸田城聖全集』3所収)
 さらに「慈悲のうえに立つ折伏は、いかにことばがやわらかでも、いかに態度がやさしくても、そのなかに強い強い仏の力がこもる」(同前)と。

2001年8月19日 東京会研修会

11月18日

第1556回
リーダーは信念を「行動」に移せ

 

<「人材育成」と「悪との闘争」>


 リーダーの要件とは何か? 創大生の質問に答えて、趙博士は次のような資質を挙げられた。
 「すべての構成員の意見を、十分に、かつ広く受け入れる姿勢」
 「物事を冷静に判断する知性と正しい決断力」
 「正しいことを確実に実行する行動力とリーダーシップ」
 「自分の考えをわかりやすく皆に伝えて説得する力」
 「対外的な情報を得る力」「明確な将来の展望」である。
 (さらに博士は「これらのリーダーの要件は、池田先生のご指導のもと、活動を進めていけば、自然に身につくものと思います」と)
 また趙博士は、「リーダーは、(就任して)一カ月のうちに、その信念を行動に移さなければ、構成員から信頼されなくなる」とも喝破されている。そのとおりである。いわんや、仏法は「月月・日日につよ強り給へ」である。
 どうか、広宣流布の組織のリーダーとして戦える誇りと責任をもって、日々、月々、決意新たに前進していただきたい。学会活動は一切、無駄がない。「人間革命」と「指導者育成」の直道なのである。
 ともかく、戦いの根本は、「人をつくること」である。後輩を自分以上の人材に育てていくことだ。それが、最重要の課題である。そして、広布を阻む″一凶″とは徹底して戦っていくことだ。決して放置しておいてはならない。最大の敵は、自分自身の中にいる。極悪と戦ってこそ、「自分の中の敵」に打ち勝っていけるのである。
 「人材育成」と「悪との闘争」――これが、広宣流布の組織をさらに伸ばし、拡大させていくポイントである。
 広宣流布は最高の正義である。正義ゆえに勝たねばならない。負けるような正義は、正義ではない。
 東京は、まだまだ、持てる力が十分にある。その潜在力をさらに発揮するためには、リーダーが「先頭に立って」動くことである。「率先して」戦うことである。「団結して」ダイナミックに行動していくことである。

 

2001年8月19日 東京会研修会

 

日めくり御書

11月4日

 

『大風吹けば求羅(ぐら)は倍増するなり』

 

(四条金吾殿御返事、1136頁)

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

10月21日

第1280回
真剣な一人が立てばよい


 <組織の論理だけで押し切るな!>

 

 古来、中国では、桃や李は優れた人格の象徴とされた。
 唐代の詩人・李賀の詩にも、次のような一節がある。
 立場が変わり、境遇が変化した人への励ましの言葉であった。
 「自ら是れ 桃李の樹(じゅ) 何ぞ畏(おそ)れむ 蹊(けい)を成さざるを」
 ――あなたは桃李(=桃や李)の木の如きもので花が爛漫とうるわしく咲いている、だまっていても人が寄ってきて、下には自然と小路ができるというものだ。(『李長吉歌詩集』鈴木虎雄注釈、岩波文庫)
 たとえ一本でも、美しく咲き香る木があれば、あたり一面がなごみ、華やぐ。組織も同じである。「真剣な一人」がいれば、全体が大きく変わっていく。「一人」が立てばよいのである。
 仏法の世界とは、こうした「人間性の花」を咲かせながら、あの地にも、この地にもうるわしい友情を広げていくものである。組織の論理だけで押し切っていくということがあってはならない。
 「ああ、あの人はすばらしいな」「あの心、あの生き方に感動する」――そのように人格を慕われて、おのずから広布の道ができていくのである。

 

2016年10月18日付 聖教新聞 本部幹部会で紹介されたSGI会長の指針 

今月のメッセージ

2018年11月度

 大歓喜の青春は創価にあり

 

 我らには、紅燃ゆる「求道」の青春がある。
 若き釈尊は、「生老病死」という本源的な苦悩の打開のために偉大な探求の道を歩み始めた。
 この仏法の出発の大情熱を、誇りも高く創価の青年は継承しているのだ。

 我らには、大歓喜の「発見」の青春がある。
 法華経に「衣裏珠の譬」が説かれている。友の貧窮を見かねた親友が、寝ている間に衣の裏に最高の宝珠を縫い付けてくれた。
 それに気付かぬまま、友は流浪を続ける。再会した親友は宝珠のことを教え、友は大歓喜した、と。
 日蓮大聖人は、この譬喩の深義を『始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(788頁)と仰せになられた。
 ここにこそ、何ものにも勝る喜びの「発見」がある。
 どの青年も、自分自身の中に仏の生命という無上の宝珠を秘めている。

 「この宝珠に目覚め給え! 共に磨き、限りなく輝かせようではないか!」と、たゆまず呼び掛け続けてきたのが、創価学会青年部なのである。

 我らには、従藍而青(藍よりして而も青し)とは、勇気の挑戦に他ならない。常に限界を突破して、人生と社会に新たな価値を創造しゆく勇敢な挑戦だ。忙しく苦労も多いが、計り知れない充実と向上の「人間革命」の劇が広がる。

 我らには、世界を変える「連帯」の青春がある。
 恩師に十九歳でお会いして走り抜いてきた山本伸一の広宣流布の「誓願」は、創価班や牙城会、男子部大学校、白蓮グループはじめ、世界中で地涌の宝友が受け継いでくれている。この連帯こそ、二十一世紀の希望なのだ。
 人類史のいかなる青年も仰ぎ見つめる、幸福と栄光の青春を、いよいよ旭日の勢いで勝ち飾ってくれ給え!

 

 青春の
  人間革命
   光りあれ
  試練も使命に
    朗らか王と

 

 大白蓮華2018年11月号№829

 

日天月天ワンショット

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未来部用の御書


世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2018.11.18

第1554

第1555

第1556

 

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