日めくり

10月21日

第1625回
自分らしく自分の歴史を

 

 自分自身に生きぬくことだ。
 今が、どんなに大変であっても、たいしたことはないのだ。自分自身が強くなれば。
 たとえ今、経済的に厳しくても、努力さえ忘れなければ、時がくれば、必要なお金は自然にできるものだ。
 どんな苦しいことも、後になってみれば、全部、夢の中の出来事のようなものである。
 何があっても、生きて生きて生きぬくことだ。自分らしく、自分の歴史を堂々と築くことだ。
 人を恨んだり、焼きもちを焼く必要などない。私たちには、世界最高の御本尊がある。無量の宝を、自在に引き出していけるのである。

 

2002年9月5日 第20回本部幹部会

10月21日

第1624回
大願とは何か?

 

 大聖人は、青年門下に叫ばれた。
 「願わくは、わが弟子たちよ、大願を起こせ」(御書一五六一ページ、通解)
 大願とは何か。人間として、青年として、最も大きな願い――それは「世界平和」ではないだろうか。国境を超え、すべての民衆が幸福になることである。
 一人きりになって、自分を偽り、ただ安逸をむさぼるだけの人生でいいのか。悔いはないか。
 ならば君よ、大願を起こせ! 大いなる希望をもて! 理想をもて!
 大聖人は、「大願とは法華弘通なり」と仰せである。
 平和のため、幸福のために、世界の連帯を築くためには、人間主義しか道はない。広宣流布しか道はないのである。

 

2002年9月5日 第20回本部幹部会

 

10月19日

第1623回
君よ一人立て、後は必ず続く

 

一人立つ者こそ、真実の勇者であり、本物の指導者


 世界の偉人の箴言を皆さまに贈りたい。偉大なる先哲の言葉は、苦難を越えて、正義に生きゆく光源となるからだ。
 インド創価学会のヒマーチャル・プラデーシュ州の同志が、この地でマハトマ・ガンジーが記した箴言を届けてくださった。
 ガンジーいわく。
 「虚偽は精神を蝕み、真理は滋養となる
 虚偽は精神を腐らせる。人間を不幸にする。真理は精神を豊かにする。人間を幸福にする。
 ゆえに、徹して、虚偽を打ち破り、真理を広めなければならない。
 またガンジーは言う。
 「人が生きた信仰を持つならば、あたかも薔薇が香りを放つように、その芳香は広がっていく
 「生きた信仰」とは、観念でも、号令でもない。行動である。実践である。その人の振る舞いが、信仰そのものなのである。
 さらに、こうも言っている。
 「私は、紙の上の団結のことを言っているのではない。紙に協定を書き出したところで、団結が生まれるわけではない。私が望む団結とは、心の団結であり、私は、いつも、それを祈っている。
 そのような団結が打ち立てられれば、勝利を勝ち取る力を得るであろう」
 どんなに立派な言葉を並べても、それだけでは団結は生まれない。勝利はつかめない。
 心が一つになってこそ団結である。異体同心が真の団結なのである。
 ガンジーは、力強く訴えた。
 「非暴力は、地球上のいかなる権力をもってしても、消し去ることができない、世界の偉大な原理である
 この「非暴力」の思想を広めるために、ガンジーは、一人立った。「勇気ある一人が立てば、世界は変わる」ことを証明していった。
 ガンジーは「たとえ、その集まりの中に、純粋さを持つ人が、たった一人しかいなかったとしても、その人物の純粋さは、他の全員に影響を与えるのである」と語っている。
 大事なのは、一人である。一人が立ち上がれば、二人、二人と後に必ず続いていくものだ。
 一人立つ者こそ、真実の勇者であり、本物の指導者なのである。

 

2002.8.2全国最高協議会

日めくり御書

2019年4月30日

 

『一切衆生なくば衆生無辺誓願度の願を発し難し、又悪人無くして菩薩に留難をなさずばいかでか功徳をば増長せしめ候べき』

(四恩抄、937頁)

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

10月21日

第1280回
真剣な一人が立てばよい


 <組織の論理だけで押し切るな!>

 

 古来、中国では、桃や李は優れた人格の象徴とされた。
 唐代の詩人・李賀の詩にも、次のような一節がある。
 立場が変わり、境遇が変化した人への励ましの言葉であった。
 「自ら是れ 桃李の樹(じゅ) 何ぞ畏(おそ)れむ 蹊(けい)を成さざるを」
 ――あなたは桃李(=桃や李)の木の如きもので花が爛漫とうるわしく咲いている、だまっていても人が寄ってきて、下には自然と小路ができるというものだ。(『李長吉歌詩集』鈴木虎雄注釈、岩波文庫)
 たとえ一本でも、美しく咲き香る木があれば、あたり一面がなごみ、華やぐ。組織も同じである。「真剣な一人」がいれば、全体が大きく変わっていく。「一人」が立てばよいのである。
 仏法の世界とは、こうした「人間性の花」を咲かせながら、あの地にも、この地にもうるわしい友情を広げていくものである。組織の論理だけで押し切っていくということがあってはならない。
 「ああ、あの人はすばらしいな」「あの心、あの生き方に感動する」――そのように人格を慕われて、おのずから広布の道ができていくのである。

 

2016年10月18日付 聖教新聞 本部幹部会で紹介されたSGI会長の指針 

今月のメッセージ

2019年7月度

 

日輪の如く 師子の如く

 

 人の世はいかなる道にも修行がある。その修行に徹し、道を究めてきた人には、命の張りがあり、光がある。
 日蓮大聖人は『法華経の修行の肝心』を明確に教えてくださった。不軽菩薩の如く『人を敬う』ことであり、賢き「人の振舞」を貫くことである。(1174頁)
 それは、その人も仏性を信じ、礼儀と誠意を尽くして会うことから始まる。その時は反発されても、こちらの礼拝の一念は、相手の奥底の仏性には必ず通じている。
 とともに、庶民を傲慢に見下し、不幸に陥れる魔性の働きには、勇敢に聡明に忍耐強く立ち向かっていくのだ。
 御書には、その手本が幾重にも示されている。
 『日蓮は此の法門を申し候へば他人にはにず多くの人に見て候へ』(1418頁)とも仰せである。
 他者とは比較にならないほど人と会われ、語り抜かれた。その上で、『いとをしと申す人は千人に一人もありがたし』(同頁)と率直に記されてもいる。
 御本仏の大慈大悲で包まれても”本当に立派な人”は少ないと言われるのだ。
 いわんや凡夫の私たちが末法の衆生の只中で、どれほど苦心しているか、全て御照覧くださっているに違いない。
 まさに「立正安国の対話」は、至難の修行なのである。
 だからこそ、福徳もまた大きい。自らの境涯を開く人間革命とともに、一家眷属も、地域社会も大福運を積み、さらに国土世間の宿命まで転換していけるのだ。
 「この世の悲惨をなくし、不幸をなくし、人権を、人間の尊厳を守り、平和な社会を築いていくなかにこそ仏法の実践がある」とは、恩師の関西での宣言であった。
 ともあれ我らの語らいは、皆が幸せになるための修行である。一歩また一歩が、仏になりゆく道なのである。
 『法華経の行者は日輪と師子との如し』(1219頁)
 ゆえに、太陽の如く明るく大らかに、一人一人の心を照らし、仏縁を結び希望の連帯を広げゆこう! そして、師子の如く強く堂々と正義を叫び切って、「人の振舞」という人間主義の勝利の旗を掲げゆこうではないか!

 

 太陽と
  師子のいのちの
   君なれば
  照らせ 吼えゆけ
   凱旋かざれや

 

 大白蓮華2019年7月号№837 巻頭言

 

日天月天ワンショット

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未来部用の御書


世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2019.10.21日

第1624回,第1625

 

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