日めくり

7月16日

第1515回
創価の師とは、
現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁

 

<師弟の結合こそが創価の生命線>

 

  伸一は、首脳幹部の一人ひとりをじっと見つめた。皆、眉間に皺を寄せ、口を開こうとはしなかった。長い沈黙が続いた。
 伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。
 「時の流れは逆らえません……」
 なんと臆した心か――胸に痛みが走った。
 伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしても不甲斐ないのは“時流”という認識である。
 “ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか! 大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
 伸一の声が静寂を破った。
 「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな! すべては収まるんだな!
 しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
 伸一には、“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
 戦後、宗門が危殆に瀕した時、外護の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって、実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を推進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
 伸一の話に感極まった首脳が言った。
 「先生! 誠に申し訳ありません……」
 広布の道は、第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。
 戸田城聖は、弟子たちに、「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。
 伸一は、自分を守ってもらいたいなどという気持ちはなかった。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
 彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。
 「私は師子だ! 何も恐れはしない。皆も師子になれ! そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!
 彼は席を立ち、部屋を出ていった。
 窓の外で、桜の花が舞っていた。
 伸一は、その花を見ながら、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争を思った。
 一九四三年(昭和十八年)六月、国家神道を精神の支柱にして戦争に突き進む軍部政府の弾圧を恐れ、宗門は「学会も一応、神札を受けるようにしてはどうか」と言いだした。
 牧口は、それを拒否し、大難を覚悟で国家の諫暁に立ち上がった。その時、弟子の戸田もまた、死身弘法の決意を固めたのである。そして、牧口と共に逮捕・投獄された戸田は、獄舎の独房にあって、“罪は私一身に集まり、先生は一日も早く帰られますように”と、ひたすら祈り続けたのだ。
 宗門が謗法の濁流に没しようとしていたなかで、師弟のこの魂の結合が、日蓮大聖人の正法正義を守り抜いたのである。牧口は獄中にあって殉教するが、生きて獄門を出た戸田は、師の遺志を受け継いで学会を再建し、日蓮仏法の悠久なる流布の道を開いていった。
 創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念が噛み合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。

 

新・人間革命 第30巻 上 大山 34頁

日めくり御書

6月17日

 

『竜の口にて頸切られんとせし時にも殿は馬の口に付いて足歩赤足にて泣き悲み給いし事実にならば腹きらんとの気色なりしをば・いつの世にか思い忘るべき』

 

(四条金吾殿御返事、1193頁) 

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

3月31日

2012年9月14日

広宣流布の総仕上げ3指針

 

 第一に、あくまでも自身の人間革命を活動の根本としていくことです。自身を磨き、人格を輝かせていくことが、信仰の最大の実証となるからです。
 第二には、地域を大事にし、近隣との深い信頼関係を結ぶ、友好活動の継続です。友好、信頼の拡大は、仏縁の拡大になります。
 第三には、一家の信心継承です。子に、孫に、甥や姪にと、信心が受け継がれていってこそ、広宣流布の永遠の流れがつくられ、一族の永続的な繁栄もあります。

 

 小説 新・人間革命 26巻 厚田 57

今月のメッセージ

2018年7月度

我らは生死不退の心で!

 

<我らの三世の旅路は、永遠に妙法と一体であり、大聖人と一体>

 

 日蓮大聖人が年配の父母たちを慈しまれた御振る舞いを拝するたびに、私の胸は熱くなる。
 子どものいない佐渡の国府(こうの)入道夫妻へのお手紙では、
 『教主釈尊は入道殿と尼御前の慈父です。日蓮はまた、あなた方の子です』(1323頁、通解)と寄り添われ、乱世に老いゆく不安を取り除かれている。
 富木常忍の九十代の母堂へは、『全宇宙の諸天が、お母さまの信心の志を知られるでしょう。その功徳は、露を大海に入れ、土を大地に加えるようなものです。生生に失われず、世世に朽ちないでしょう』(968頁、趣意)と讃えておられた。
 こうした仰せには、そのまま、いとおしい創価の父母たちへのお心であり、お約束であろう。
 わが師・戸田城聖先生は、私が十九歳でお会いした座談会の折、悠然と語ってくださった。
 ――生老病死という根本の悩みを、誰もが打開して必ず正しい人生を送れるのが、日蓮仏法だよ、と。
 この七十星霜、先生の指導通り、生死の苦悩に立ち向かい、我ら創価家族は、何と多くの「人間革命」の勝利の実証を積み広げてきたことか。
 「生死一大事血脈抄」には、『一仏二仏に非ず、百仏二百仏に非ず、千仏まで来迎し手を取り給はん事・歓喜の感涙押え難し』(1337頁)と説かれれる。
 友への題目を送り、励ましの手を差し伸べてきた多宝会の方々こそ、生死を超えて千仏の手に抱かれ、護られ、歓喜と安穏の軌道を進みゆけるに違いない。
 当然、生身の色心には、加齢による衰えがある。
 勿体なくも御本仏が、最晩年、『この八年の間は、やせる病気といい、齢といい、年々に身も心も弱くなってきました』(1583頁、趣意)と仰せである。
 その中で大難を忍ばれ、一人ひとりを擁護し、薫陶され、万年の令法久住を開いてくださったのである。
 ゆえに、自身の病や家族の介護等にも、「長く信心してきたのに」などと、たじろぐ必要はない。
 『このやまひは仏の御はからひか』『病ある人仏になる』『病によりて道心はをこり候なり』(1480頁)との御金言のままに、深き意味を見つめつつ、何ものにも屈しない、変毒為薬の大福運と大境涯と一家眷属に創り上げていくのだ。これが信心である。
 たとえ、眼・耳・鼻・舌・身・意という「六識」の働きが衰弱しようとも、広宣流布の闘争で築いた胸中の「九識心王真如の都」は絶対に崩れない。
 我らの三世の旅路は、永遠に妙法と一体であり、大聖人と一体なのである。何の不安があろうか。
 創価の父・牧口常三郎先生は、獄中で殉教された。いかなる場所で、いかなる臨終の姿をとろうと、広布の誓願に生き抜く生命は、「一生成仏」の凱歌を轟かせていけることを教えてくださっている。
 先師から託された「生死不退の心」で、多宝の長者たちと共々に、常楽我浄の香風を広げてゆこう!

 恐るるな
   生死ともに
     仏なり
  山越え谷越え
     歓喜の凱歌を

 

大白蓮華2018年7月号№825 巻頭言

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世界広布新時代

「栄光の年」

(2018年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

世界広布新時代

開幕

1704

更新日

2018.7.16

第1515

 

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