日めくり

9月19日

第1526回

師弟の真実を

正しく後世に残せ!

 

<師弟は不二でなければ仏法の生命はない>

 

真実」とは

広宣流布あるのみ

創価学会を守れ

「大切な仏子を、一人残らず幸福にさせたい」

 

 一、大変にご苦労さま! また、祝賀の集い、本当におめでとう!
 一、私が『人間革命』の執筆を決意したのは、戸田先生の「真実」を、正しく後世に伝えたい、残しておかねばならないとの思いからであった。
 戸田先生の弟子と名乗る人は多かった。また、戸田先生にお世話になり、直接、指導を受けた人も数多くいた。
 にもかかわらず、戸田先生の死後、師敵対して、学会に反逆する者も出ている。
 それは、戸田先生の「真実」を知る人が極めて少なかったことを物語っている。
 事実と真実――これほど判別の難しいものもない。人間の目に映った「事実」が、必ずしも「真実」を表しているとは限らないからである。
 「事実」は、ある意味で、だれにでも見える。しかし「真実」は、それを見極める目を磨かなくては、決して見抜くことはできない。
悠然たる心
 一、こんなエピソードがある。
 戦前のことだが、初代会長の牧口先生が一生懸命に講義をされているのに、理事長の戸田先生は、よく将棋をさしていたというのである。
 周囲の人は、それを見て、「会長は講義、理事長は将棋」と陰口を言い、「不遜極まりない、傍若無人な振る舞いである」と非難した。
 しかし、そこには、戸田先生の深いお考えがあった。
 当時、厳しく罰論を説く牧口先生についていけず、一部に離れていこうとする人々もいた。
 そこで戸田先生は、悠々と将棋をすることで、学会の自由さを示しながら、雰囲気をなごませ、励まし、退転への防波堤となっておられたのである。
 そうした戸田先生の「真実」を、牧口先生だけはご存じであった。
 だからこそ、あの厳格な牧口先生が、そうした振る舞いを、決して咎めようとはされなかったのである。
境涯で決まる
 一、また、戦後、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げた時のことである。莫大な負債。会社は倒産。給料も、もらえない。人々も去っていった。
 しかし、そのさなかで、先生は私に言われた。「大作、大学をつくろう、創価大学をつくろうよ。いつごろつくろうか」と――。
 他の人が聞いたら、何を“ほら話”をと思ったであろう。
 苦境という「事実」はどうあれ、この悠然たる心に、先生の「真実」があった。その壮大なる希望、闘争の一念、絶対の確信――私は知っていた。私は忘れない。
 だが、その先生を、「ペテン師」「詐欺師」と非難する者は多かった。一時の姿のみで、先生を悪人と決めつけたのである。
 先生は、まったく弁解されなかった。そうした人々とは、あまりにも「次元」が違っていた。「境涯」が、人間としての「格」が違っていた。
 一、「事実」といっても、一断面のみ見れば、「真実」とまったく違った様相を呈する場合もある。
 また、同じ「事実」を前にしても、そのとらえ方、見方は、人によって異なる。歪んだ鏡には、すべてが歪んで映る。歪んだ心の人には、一切が歪んで見えてしまう。物事を見極める眼力――それは、自らの「境涯」で決まる。
 御書に「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(237ページ)と。また戸田先生も、この御聖訓を拝して、「大聖にほめらるるは一生の名誉なり」と言われていた。

使命の生涯を

 一、戸田先生の「真実」とは何か。
 結論して言えば、「広宣流布あるのみ」――ただそれしかなかった。そして、「広宣流布」を進めゆくための「創価学会」を築き、守りぬいていく以外にない――ここにこそ、先生の「真実」があった。
 そして「大切な仏子を、一人残らず幸福にさせたい」との一念――先生のお考え、行動の一切は、そこに発し、そこに尽きていた。もとより、相手の地位や名声、財産など、まったく眼中になかった。
 ある時は、阿修羅のごとく悪を砕き、ある時は、大海のごとき慈愛で同志を包んでくださった――ただ一人、広布の前進を担われた先生であられた。
 一、私は、19歳の夏、先生とお会いした。1年数カ月後、21歳からは直接、先生のおそばで働いた。365日、朝から夜中まで、懸命にお仕えした。
 ――「真実」を知るためには、多面的に「事実」を多く知ることも、その一つの前提となろう。
 なかでも、その人物が、「最悪の事態のなかで、何をなしたか」を見極めることが肝要であろう。
 人物の真価は窮地にあってこそ、明らかとなる。
 その意味で私は、先生を、あらゆる面で、つぶさに見てきた。先生の「真実」を、魂の奥底に刻んできた。
 一、私は「先生の行くところ、どこまでも行く。先生とともに生き、先生の目的のために死のう」と決めた。弟子として先生の志を受け継ぎ、広宣流布の一切の責任を担いゆかんと決めた。
 その時から、先生のお気持ち、お考えが、鮮明に心に映じはじめた。師の真の偉大さ、すばらしさを、胸中深く焼き付けることができた。
 また打つ手、打つ手が、師のリズムに合致しゆく自身を確信した。
 私が言っていること、やっていることは、すべて先生の心を受けての言動のつもりである。師弟の心は、どこまでも「不二」でなければ、仏法の生命はない。
 最後に、尊き使命の生涯を、ともどもに、見事に「満足」で飾っていただきたい、と申し上げ、本日のスピーチとします。
 ありがとう! お元気で!

 

1991年10月16日の「世界広布新時代第37回本部幹部会」関西総会
※2018年9月1日「世界広布新時代第37回本部幹部会」で紹介された池田先生の指針「師弟は不二であれ! 師の真実に生きよ」9月17日付聖教新聞

日めくり御書

7月27日

 

『大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか、普賢菩薩の来るには大地を六種にうごかせり』

 

(大悪大善御書、1300頁) 

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

3月31日

2012年9月14日

広宣流布の総仕上げ3指針

 

 第一に、あくまでも自身の人間革命を活動の根本としていくことです。自身を磨き、人格を輝かせていくことが、信仰の最大の実証となるからです。
 第二には、地域を大事にし、近隣との深い信頼関係を結ぶ、友好活動の継続です。友好、信頼の拡大は、仏縁の拡大になります。
 第三には、一家の信心継承です。子に、孫に、甥や姪にと、信心が受け継がれていってこそ、広宣流布の永遠の流れがつくられ、一族の永続的な繁栄もあります。

 

 小説 新・人間革命 26巻 厚田 57

今月のメッセージ

2018年8月度

壮年の本懐

 

<一番の試練の時に
一番の偉大な価値の創造を!>

 

 打ち続く苦難に遭いながら、なぜ、かくも堂々とされているのか?
 激闘の日々、戸田先生に尋ねたことがある。
 先生は、「ぼくだって、夜も眠れぬほど、悩み、考えているよ」と笑いながら、こう答えてくださった。
 「それは、牢獄のなかで、自分の使命を知ったからだね。生涯を捧げて悔いのない道を見つけたということだ。
 そうなれば人間は強いぞ。恐れも、不安もなくなる」と。
 法難の獄中で齢四十五にして妙法流布の大使命を覚悟されてより、先生はまさしく『巍巍堂々として尊高なり』(211頁)という地涌の生命で戦い抜かれたのである。
 命に及ぶ大病や災害、倒産など、逆境に挑む壮年に、先生は盟友を抱きかかえる如く渾身の励ましを贈った。
 いざ肚が決まれば、我ら丈夫は劇的に力を出せるのだと。
 言うに言われぬ苦労は絶えないが、「煩悩即菩提」の題目があるゆえに、全ては黄金柱の円熟の輝きと変わる。
 日蓮大聖人は、『法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず』(1448頁)と仰せになられた。
 さあ、何でも来い! 創価の壮年は、大海原のように悠然と、広宣流布、立正安国の誓願に生き抜くのだ。
 四条金吾がそうだったように「負けじ魂」で仏子に尽くせば、「法華経の兵法」の真髄を発揮できる。誰が褒めなくとも、師匠に笑顔で報告できれば、それでいいのだ。
 短気な金吾には、女性を大切に、大らかに包容するのが賢人とも指導されている。世界一の太陽の婦人部から信頼される時、世界一の壮年王者と光ることを忘れまい。
 八月二十四日は「壮年部の日」。七十一年前の夏、恩師が十九歳の私を導いてくださったように、壮年が後継の青年を励まし、育てゆく意義も込めさせて頂いている。
 また、1950年、最悪の苦境に、師が聖教新聞の構想を示された「創刊原点の日」でもある。一番の試練の時に一番の偉大な価値を創造するのが、壮年の本懐だ。
 この魂で、凱歌大道の誉れの人生を進もうではないか!

 

 人間の
   王者の心の
      君なれば
   民に慕われ
      師弟の凱歌を


 大白蓮華2018年8月号№826巻頭言
 

日天月天ワンショット

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世界広布新時代

「栄光の年」

(2018年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

世界広布新時代

開幕

1768

更新日

2018.9.19

第1526回 

 

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