日めくり

9月24日

第1528回

本物と偽物

 

 (前略)大聖人が、「旃陀羅が子」と名乗られたのは、御書では二回。「佐渡御勘気抄」と「佐渡御書」である。どちらも、佐渡流罪の、まっただなかでの御書なのである。
 そこには、さまざまな意味があるが、大聖人は、政治権力という社会的に最高の立場からの弾圧の嵐の中で、敢然として「我は旃陀羅が子なり! 民衆の代表なり!」との御自身の立脚点を宣言なされたのである。
 飾り立てた「虚栄の最高(権力者)」が偉いのか。否、飾らない「まる裸の凡夫(人間)」が、正義に殉ずる姿が尊いのだと、叫ばれた。嵐の中の″人間宣言″であった。ここに重大な意味があった。この御精神に、弟子たちは続くべきであった。しかし、大聖人の直弟子でさえ、それがわからなかった。弟子たちも″見栄″を張るようになってしまった。(中略) 

 あの五老僧も、大聖人が生きておられる間は、まだ良かった。しかし、厳しい師匠の目が無くなったとたんに、だめになった。偉大な大聖人が亡くなられて、敵たちは、ここぞとばかりに弾圧を始めた。
 その時に、五老僧は一致団結して迫害と戦うどころか、「天台沙門」(天台宗の僧侶)と名乗って迫害を避けた。当時の権威であった天台宗の″権威の屋根″のなかに逃げ込んだのである。
 そうやって、身は守ったが、大聖人の正義を地に落としてしまった。
 釈尊が亡くなった時も、「やっとこれで、われわれは好きなことができるぞ!」と叫んだ老僧がいたと伝えられている。
 師匠が見ている時は、だれでも頑張る。師匠の目から離れた時にこそ、どう振る舞うか。そこに″本物″と″にせもの″の違いが出る。師匠が見ていようがいまいが、自分自身の信念で、師匠の恩を報じきっていくのが、本当の弟子である。心が師匠と″分離″しては、おしまいである。何をしても空転であり、何の価値も生まない。結局、わがままになり、堕ちていってしまう

 

1998年10月24日 日米各部協議会(抜粋)

日めくり御書

7月27日

 

『大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか、普賢菩薩の来るには大地を六種にうごかせり』

 

(大悪大善御書、1300頁) 

あなたに贈る日めくり

もう一度日めくり

3月31日

2012年9月14日

広宣流布の総仕上げ3指針

 

 第一に、あくまでも自身の人間革命を活動の根本としていくことです。自身を磨き、人格を輝かせていくことが、信仰の最大の実証となるからです。
 第二には、地域を大事にし、近隣との深い信頼関係を結ぶ、友好活動の継続です。友好、信頼の拡大は、仏縁の拡大になります。
 第三には、一家の信心継承です。子に、孫に、甥や姪にと、信心が受け継がれていってこそ、広宣流布の永遠の流れがつくられ、一族の永続的な繁栄もあります。

 

 小説 新・人間革命 26巻 厚田 57

今月のメッセージ

2018年8月度

壮年の本懐

 

<一番の試練の時に
一番の偉大な価値の創造を!>

 

 打ち続く苦難に遭いながら、なぜ、かくも堂々とされているのか?
 激闘の日々、戸田先生に尋ねたことがある。
 先生は、「ぼくだって、夜も眠れぬほど、悩み、考えているよ」と笑いながら、こう答えてくださった。
 「それは、牢獄のなかで、自分の使命を知ったからだね。生涯を捧げて悔いのない道を見つけたということだ。
 そうなれば人間は強いぞ。恐れも、不安もなくなる」と。
 法難の獄中で齢四十五にして妙法流布の大使命を覚悟されてより、先生はまさしく『巍巍堂々として尊高なり』(211頁)という地涌の生命で戦い抜かれたのである。
 命に及ぶ大病や災害、倒産など、逆境に挑む壮年に、先生は盟友を抱きかかえる如く渾身の励ましを贈った。
 いざ肚が決まれば、我ら丈夫は劇的に力を出せるのだと。
 言うに言われぬ苦労は絶えないが、「煩悩即菩提」の題目があるゆえに、全ては黄金柱の円熟の輝きと変わる。
 日蓮大聖人は、『法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず』(1448頁)と仰せになられた。
 さあ、何でも来い! 創価の壮年は、大海原のように悠然と、広宣流布、立正安国の誓願に生き抜くのだ。
 四条金吾がそうだったように「負けじ魂」で仏子に尽くせば、「法華経の兵法」の真髄を発揮できる。誰が褒めなくとも、師匠に笑顔で報告できれば、それでいいのだ。
 短気な金吾には、女性を大切に、大らかに包容するのが賢人とも指導されている。世界一の太陽の婦人部から信頼される時、世界一の壮年王者と光ることを忘れまい。
 八月二十四日は「壮年部の日」。七十一年前の夏、恩師が十九歳の私を導いてくださったように、壮年が後継の青年を励まし、育てゆく意義も込めさせて頂いている。
 また、1950年、最悪の苦境に、師が聖教新聞の構想を示された「創刊原点の日」でもある。一番の試練の時に一番の偉大な価値を創造するのが、壮年の本懐だ。
 この魂で、凱歌大道の誉れの人生を進もうではないか!

 

 人間の
   王者の心の
      君なれば
   民に慕われ
      師弟の凱歌を


 大白蓮華2018年8月号№826巻頭言
 

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未来部用の御書


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世界広布新時代

「栄光の年」

(2018年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

世界広布新時代

開幕

1773

更新日

2018.9.24

第1528回 

 

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