五月三日

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2022年4月27日

第1985回

5月3日は

創価学会の発迹顕本の日

 

<今こそ不二の青年が決起するのだ!>

 

 今も私は、ありありと思い出します。

 恩師・戸田城聖先生が

 第2代会長に就任する半年ほど前のことです。

 

 先生の事業の危機に直面し、

 学会の理事長も辞任されていました。

 この絶体絶命の苦境の中で、

 先生は、必死に支える青年の私に、

 遺言のごとく

 創価の使命を語ってくださったのです。

 

 ――残酷な戦火に焼かれる世界を見よ!

 無名の民衆の慟哭を聞け!

 けなげな母たちの涙を知れ!

 苦悩の人類を救うのだ!

 我々は、末法弘通を誓って出現した

 真正の地涌の菩薩であり、

 末法の御本仏・日蓮大聖人の本眷属である。

 この自覚に立って、

 学会は発迹顕本しなければならない。

 妙法の広宣流布は、

 我々が断じて成し遂げなければならぬ使命である、と。

 

 私は、「我らは地涌の菩薩なり」との

 師の心をわが心とし、断固と決意しました。

 

 ――今こそ、青年が決起するのだ。

 それなくして

 人類の根本的な平和と幸福の道は築けない。

 誰かではない。

 私が戦うのだ。

 私が立つのだ。

 私が叫ぶのだ。

 私が進むのだ。

 荒れ狂う怒涛の先頭に!

 そして必ず必ず、

 戸田先生に第2代会長になっていただくのだ、と。

 

 人知れぬ師弟不二の激闘で、勝ち迎えたのが、

 1951年(昭和26年)5月3日です。

 第2代会長の戸田先生と共に、

 全同志が地涌の菩薩の誇りに燃えて

 仏意仏勅の広宣流布に立ち上がった、

 創価学会の発迹顕本の日です。

 

 2022年大白蓮華5月号№871 29頁~30頁

 

2020年4月30日

 

第3代会長就任60周年記念

「師弟凱歌の記憶」

 特別編「1960年5月3日」への道 

 

永遠なれ! 我らの五月三日 

 

 「我らの五月三日」よ、永遠なれ!――池田大作先生の第3代会長就任から、5月3日で60周年を迎える。「師弟凱歌の記憶」特別編として、1960年(昭和35年)5月3日の会長就任式に参加した友の手記や証言等を交え、「5月3日への道」をたどる。 

 1960年(昭和35年)の「5月3日」は日本晴れだった。

 夜来の雨は上がり、青く広い空に新緑が映える。東京・両国の日大講堂が、ひときわ輝いて見えた。

 新会長の池田先生がタクシーから降りると同志の歓声が上がる。

 香峯子夫人が、「會長」と書かれた菊花の胸章を胸に挿した。

 第3代会長就任式となる第22回春季総会は、正午に開会した。

 音楽隊による学会歌の演奏が轟く中、池田先生が入場。恩師・戸田城聖先生の形見のモーニングをまとっている。

 途中、先生は歩みを止め、前方に高く掲げられた、師の遺影を見上げた。

 壇上に立った池田先生は、力強く就任の第一声を放った。

 「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して、化儀の広宣流布を目指し、一歩前進への指揮を執らせていただきます!」

 会場を埋め尽くした同志が、頰を紅潮させ、雷鳴のような拍手で応える。

 世界広宣流布の使命を帯びて出現した不思議なる教団は、この日、この瞬間から、青年会長のもと、怒濤のごとき、本門の前進を開始したのである。 

 第3代会長の誕生を、同志がどれほど待ち望み、どれほど喜んだか。

 参加者は振り返る。

 「両国駅から会場までの役員は、どの顔も、今日の喜びが満面にあふれて『おはようございます。ご苦労さまです』と元気いっぱい。言葉を掛けられただけで、ただ感激で、もう涙でした」(婦人部員=当時)

 「ろくな着物も持っていなかったので、私は長男の入学式でやっと作った黒のスーツ、主人は色あせたグレーの上下別々の背広を着て参加しました。でも心の中は金襴緞子の錦を着飾っているようでした」(同)

 「池田先生が真ん中の通路より入場されました。今までの興奮がいっぺんに爆発し、拍手と歓声で鉄傘(鉄骨の丸屋根)が吹き飛ぶようなすごいものでした」(壮年部員=当時)

 ◇◆◇ 

 第2代会長・戸田城聖先生の逝去から2年。「ゆらぐ創価学会の屋台骨」「壊滅寸前の創価学会」等と一部マスコミが書き立てる中、学会を支え、前進の推進力となってきたのは若き池田先生だった。

 1958年(昭和33年)5月3日、戸田先生亡き後、初めての春季総会で先生は“七つの鐘”の構想を示した。当時は学会創立から28年。7年を一つの節として前進してきた学会が「第四の鐘」を経て、「第五の鐘となる、新たな七年」へ出発するとの宣言である。

 6月には、ただ一人の総務に就任。学会の運営の、実質的責任を担うことになった。翌59年(同34年)を「黎明の年」とすることを提案したのも先生である。今日まで続く年間テーマの始まりである。

 同年には、戸田先生の御書講義などの音声をレコードにして残すことを決定。

 夏の参院選では、主戦場の東京を激励に駆け巡り、前回は苦杯をなめた東京地方区をトップ当選、全国区5人を全員当選に導いた。

 ◇◆◇ 

 当時、先生は大田区小林町の自宅から国電(現JR)で信濃町の学会本部に通っていた。

 「先生が到着されるや、本部は偉大なモーターが動き始めるように、回転を始める」――会長就任直前の本部の模様を、当時の女子職員が証言している。

 先生は午前中、机上に積まれた手紙や書類の山に向かい、どんどん処理した。午後は、訪れる同志の激励に当たるのが常だった。

 「先生は1階の応接などで、一人一人、懇切丁寧に指導されていました。部屋に入り切れず、廊下まであふれた方々が、必死で先生の言葉に耳を傾けている情景が毎日のように見られました。夕方には必ず、座談会や御書講義に、青年部の会合にと出掛けられ、まさに休む間もない、戦いの毎日であられました」

 とりわけ先生は、青年を大切にした。

 以下は、当時の一男子部員の述懐である。

 59年秋のある日。父から継いだ事業の借財に悩んでいた彼は、先輩に“池田総務に相談しては”と勧められ、本部に向かった。

 いつも指導を受ける人でいっぱいと聞いていたが、応接の扉を勢い込んで開けると、2、3人しかいない。

 あわてて出ようとすると「やあ、どうした、いいんだよ」の声。池田先生だった。

 先生は、経済の苦境、仕事と活動の両立の悩みに耳を傾けると、師のもとで苦闘した体験を語り、こう激励してくれたという。

 「若いうちに苦労することは、それがそのまま、人生の財産になるのだよ。負けちゃいけない。歯を食いしばって頑張るんだ」「ところで、友達はいるかい。信心を貫き通すには良い友達を持つことだ」

 指導を受けたいと、小林町の自宅を夜遅く訪ねる同志もいた。先生は、仕事に個人指導に会合に精魂を使い果たし、疲労困ぱいのはずだが、「どうしたんだい」と温かく迎え入れてくれた。団らんの場であるはずの自宅もまた、広布の“戦場”となったのである。

 ◇◆◇ 

 先生は戸田先生の膝下で、誰よりも厳しい薫陶を受けてきた。

 蒲田の二月闘争、札幌夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導と、ひとたび広布の戦の庭に立てば、必ず師匠の期待に応え、勝利の歓喜の渦を巻き起こした。

 そして師匠亡き後も、命を削って同志に希望を送り続けてきた。事実の上から、戸田先生を継ぐ指導者は、先生以外にあり得ないと誰もが思った。

 60年を迎える頃には、青年部を中心に、第3代会長推戴の声が澎湃とわき起こってきた。何より同志は、「信心の師匠」を求めていたのである。

 4月の戸田先生の三回忌を機に、当時の首脳は会長推戴で一致。3月末から繰り返し就任が要請された。

 先生はその都度、固辞した。当時の真情が随筆につづられている。

 「せめて、戸田先生の七回忌までは、との思いであった。また、当時、私は、大阪の事件の被告の身であった。会長になって、万が一にも、有罪判決となれば、学会に傷をつけてしまう。断じて無罪を勝ち取るまでは、お受けできないと、私は決めていた」

 それでも首脳は引かなかった。

 4月13日に重ねての要請。先生は一晩、回答を保留したが、14日午前、本部の応接室でさらに就任を懇請されると、ついに受諾した。

 午前10時10分。壁にある牧口先生と戸田先生の写真が、じっと見守っていた。

 この日の日記に、先生はつづった。「万事休す。この日――わが人生の大転換の日となれり。やむをえず。やむをえざるなり。戸田先生のことを、ひとり偲ぶ。ひとり決意す」

 15日にはこう記した。「戸田会長に、直弟子として育てられたわれだ。訓練に訓練をされてきたわれだ。なんで戦いが恐ろしかろう――ご恩を返す時が来たのだ。日本の歴史、世界の歴史を創りゆく戦いなのだ」

 19日、学会本部で全国代表幹部会が開かれ、第3代会長就任が発表。週刊だった本紙は4月22日付で報じている。

 喜びは大波となって、全国へ広がっていった。 

長編詩「輝き光れ! 我らの五月三日」

我ら創価の友はいかなる試練に直面しても

常に原点の五月三日から元初の太陽を心に燃やして

勝利へ出発するのだ。 

 当時、年2回開かれていた本部総会は、各支部の持ち回りで運営され、この年の春季総会は、川崎支部が担当することになっていた。2月から準備を進めていた同支部の友にとって、総会が会長就任式になることは予想外の出来事であった。

 “一つの支部に任せて大丈夫か”と懸念の声も上がったが、池田先生の「今まで、一生懸命やってきているのだから」との一声で、そのまま運営を託されることになった。

 “とんでもない使命だ! 一生に一度あるかないかだ!”――準備に一段と力が注がれていった。

 支部拠点で、講堂正面に掲げる総会の大看板、戸田先生の和歌を大書した垂れ幕、新会長が上る特設階段などが次々と出来上がる。

 女子部員は先生の胸章にするため、季節外れの菊花を探し求め、婦人部と青年部は、日大講堂の柱や床を懸命に磨き上げた。

 ◇◆◇ 

 5月3日は、美しい五月晴れとなった。多くの人が、はやる気持ちを抑え切れない。始発電車で吉祥寺駅を出た人は、両国の日大講堂に着くと、既に長い列ができていたと話す。

 午前7時15分に入場開始。整理役員の証言によれば、“8時にはもう整理もほぼ終わり、開会を待つばかり”だった。開会は正午だが、午前9時頃に到着した人はもう、場外から耳を傾けるしかなかった。

 同志は全国から集い、日本返還前の沖縄からも、59人が船で駆け付けた。鼓笛隊や音楽隊の演奏などの晴れがましい光景に、旅の疲れも吹き飛んだという。

 正午。学会歌のトランペットが高らかに鳴った。

 正面には戸田先生の遺影と共に、2首の和歌が掲げられた。

 「いざ往かん 月氏の果てまで 妙法を 拡むる旅に 心勇みて」

 「一度は 死する命ぞ 恐れずに 佛の敵を 一人あますな」

 力強い手拍子と歌声に包まれて、就任式が始まった。

 池田先生は、就任の第一声に続き、戸田先生の七回忌までに、恩師から託された会員300万世帯を達成する決意を語った。新しき時代の黎明を告げる大師子吼であった。

 感動と決意のうちに就任式の幕は閉じ、続いて行われた祝賀会も終わって、先生が退場しようとした時のことである。

 青年たちがワーッと歓声を上げながら駆け寄った。

 「万歳! 万歳!」

 胴上げが始まった。池田先生の体は、高窓から注ぐ光を浴びて、何度も宙に躍った。小説『人間革命』第12巻「新・黎明」の章の最後を飾る名場面である。

 ◇◆◇

 ――その夜。「大阪の戦い」を共に勝ち抜いた白木義一郎・文夫妻が、ひと言だけでもお祝いをと、小林町の先生宅を訪れた。日中の興奮と打って変わって、留守かと思うほど静かだったという。玄関先だけで辞去しようとする夫妻を、先生が招き入れた。

 「いいじゃないか。誰か来ないかなあと思っていたんだよ。よく来たね。本当によく来たね」

 「今日は、家ではお赤飯も炊いてくれないのだよ。(香峯子夫人を指して)この人がね。今日は池田家のお葬式の日だといって……」

 白木夫人が語っている。「いつどんな時でも笑顔をくずされない奥さまが、この日に限って笑顔をお見せになりませんでした。その奥さまの姿と、先生の言葉に、何か胸をつかれる想いでした」

 ◇◆◇

 あの歴史的な一日から60年。池田先生は、戸田先生に託された構想を全て実現し、創価の連帯は192カ国・地域に広がった。創価学会は世界宗教として、全地球の平和と民衆の幸福に貢献する時代に入った。

 今、池田門下の我々は、いかなる決意で「2020年5月3日」を迎えるのか。

 先生は呼び掛けている。

 「おお/我らの五月三日!/永遠に忘れ得ぬ/五月の三日よ!」

 「我ら創価の友は/いかなる試練に直面しても/常に原点の五月三日から/元初の太陽を心に燃やして/勝利へ出発するのだ。/目標と定めた/新たな五月の三日へ/完勝の旗を打ち立てゆくのだ」(長編詩「輝き光れ! 我らの五月三日」) 

 

2020.4.30付聖教新聞1面~2面

2017年4月12日

輝き光れ!

我らの五月三日

(1/8)

 

<光は闇を恐れない>

 

 おお
 我らの五月三日!
 永遠に忘れ得ぬ
 五月の三日よ!

 

 それは
 恩師・戸田城聖先生が
 会長になられた日である。
 そして
 師弟不二の境涯の上から
 私が第三代として
 立ち上がった日である。

 

 寒風の二月と三月を
 乗り越え
 桜の咲く四月を見つめつつ
 遂に迎えた輝ける新緑の朝!
 五月は一年で
 最も晴れがましい季節だ。

 

 尊貴な光に包まれた
 我らの五月三日よ!
 光とは正義であり
 闇とは邪悪である。

 

 光は闇を恐れない。
 光を持つ人は
 何も恐れない。
 光は永遠に輝く勝利だ。

 

 闇に生きぬく人は
 心も暗い。
 創価とは
 あらゆる人々の心を
 強く正しくする
 勇気の光だ。

 

 闇は光を塞がんとする。
 しかし
 光は立ち止まらない。
 創価とは
 限りない希望の未来を
 照らしゆく前進の光だ!


(つづく)

2017年4月16日

 輝き光れ!
我らの五月三日
(2/8)

 

<世界広宣流布への旅立ち>


 おお
 勝利に輝きわたる
 我らの五月三日よ!
 未来永劫に光りゆく
 師弟の五月三日よ!


 めぐり来る
  五月三日の
    嬉しさに
  同志の笑顔と
    決意の歴史は


 世界の歴史には
 数多の祝賀の日がある。
 しかし民衆と遊離して
 形骸化してしまった
 死せる記念日も少なくないと
 ある学者は叫んだ。


 広布に生きゆく
 我らの五月三日は
 なんと晴れやかで明るく
 なんと生き生きと
 朝日の昇りゆく
 心爽やかな
 大歓喜の一日であろうか。


 天高く澄みわたる
 昭和三十五年の五月三日
 三十二歳の若き指導者は
 尊き晴れ姿の民衆と共に
 新たな大遠征に旅立った。
 それは
 世界の広宣流布である。


 前人未到の峰を一歩一歩と
 登り続けて五十年(当時)――。
 今や我らの眼前には
 壮大な眺望が開かれている。
 はるか地球を包みゆく
 平和と幸福の大連帯の隊列だ。


 「報恩抄」に曰く
 「小失なくとも
  大難に度度 値う人をこそ
  滅後の法華経の行者とは
  しり候はめ」


 正法正義に生き抜く
 我らには
 荒れ狂う嵐が幾たびもあった。
 みな断固と勝ち越えてきた。
 険難な山があり谷があった。
 みな敢然と踏み越えてきた。


 「法華経を信ずる人は
  冬のごとし
  冬は必ず春となる」
 この御金言を胸に
 あの友も この友も
 皆が歓喜しながら
 変毒為薬の劇を演じてきた。


(つづく)

2017年4月21日

輝き光れ!
五月三日
(3/8)

 

<五月三日の心 どこまでも勇猛精進>

 

 ああ
 初代・牧口常三郎先生が
 喜んでおられる。
 二代・戸田城聖先生が
 喜んでおられる。
 広布の途上に逝いた友も
 常楽我浄の霊山浄土で
 満足の笑顔で見つめている。


 我ら創価の師弟を
 御本仏・日蓮大聖人が
 無量の仏菩薩と共に
 讃嘆くださっていることは
 御聖訓に照らし
 絶対に間違いない。
 なんと嬉しいことか!
 なんと痛快なことか!


 我らは勝った。
 創価は勝ったのだ。
 おお 我らの五月三日よ!
 君も あなたも
 万歳を叫ぼうではないか。
 自分自身の勝利、万歳!
 全同志の勝利、万歳!
 師弟不二の勝利、万歳! と。


 「勝利に際して
  おのれに勝つ者は
  二度勝ったことになる」とは


 古代ローマの鋭き箴言である。

 

 油断は大敵だ。
 勝って兜の緒を締めよ。
 五月三日の心は
 どこまでも勇猛精進だ。

 

 弟子は戦う!
 青年は戦う!
 生死を超えて
 今世の大法戦に勇み立つ。
 命を惜しまず
 広布の一歩前進のために!

 

(つづく)

2017年4月27日~29日

 輝き光れ! 五月三日
(4/8)

 

<戦わねばならぬ 決定的な時が必ずある>

 

 わが生命には絶え間なく
 師の誓願が鳴り響いている。
 「われわれには
  広宣流布を断じて
  為さねばならぬ使命がある。
  未来は君たちに任せる。
  頼むぞ広宣流布を!」と。


 師匠・戸田先生は
 わが胸中にあって
 永遠の太陽の如く
 光り輝いておられる。
 その師を常随給仕の思いで
 私は今日も
 師と共戦するのだ!
 師との誓いを果たすのだ!


 太陽と共に進めば
 永遠に勝ち光っていける。
 これこそが
 最極の生命の軌道だからだ。


 人間には
 立ち上がるべき時がある。
 戦わねばならぬ
 決定的な時が必ずある。
 その「時」を逃さず
 時に適う行動を起こすことだ。
 そして必ず勝つことだ。
 これが師弟の道であり
 永遠不滅の仏法だ。
 これに勝る名誉はない。

 

 「撰時抄」には仰せである。
 「闘諍堅固の仏語
  地に堕ちず」
 「法華経の大白法の
  日本国並びに一閻浮提に
  広宣流布せん事も
  疑うべからざるか」

 

(つづく)

 

2017年4月30日

輝き光れ!五月三日
(5/8)

 

<一番苦労をしている友を 渾身の力で励ますのだ!>

 

 昭和五年十一月十八日
 世界の大恐慌が
 子どもたちの未来まで
 暗く閉ざさんとする渦中
 先師・牧口先生は
 創価教育学会を創立された。


 昭和二十六年五月三日
 文化の大恩深き隣国の民衆が
 戦乱に苦悩する真っ只中に
 恩師・戸田先生は
 第二代会長に就任され
 東洋の広宣流布を誓願された。


 第三代の私も
 東西冷戦のくびき(車ヘンに厄)の下で
 危機と紛争の炎が
 残忍に世界を引き裂くなか
 人類を結ぶ対話を開始した。


 世界に平和を!
 民衆に幸福を!
 人間に勝利を!
 この根本の誓願と原理を
 「立正安国」といい
 「広宣流布」という。
 仏意仏勅の創価学会は
 そのために生まれたのだ。


 「地上から
 『悲惨』の二字をなくしたい」
 この師の悲願のままに
 苦悩に喘ぐ民衆がいる限り
 創価学会は断じて戦い続ける。
 母子の悲嘆の涙が消えるまで
 創価の師弟は前進を止めない。
 そして絶対に勝利するのだ。


 艱難は一切覚悟の上である。
 「いまに一日片時も
  こころやすき事はなし
  此の法華経の題目を弘めんと
  思うばかりなり」
 この御心を受け継ぐのが
 三代の師弟であるからだ。


 ゆえに私は
 誰よりも悩む!
 誰よりも苦しむ!
 そして誰よりも
 無冠の庶民の味方として
 一番苦労している友を
 渾身の力で励ますのだ!

 

 厳寒の冬には

 寒風に一人立つ友を思い

 熱暑の夏には

 額に汗する友の健闘を祈った。

 脚光を浴びる舞台を見れば

 人知れぬ裏方の尊き苦闘に

 南無し感謝を捧げた。

 

 苦労知らずの甘ったれなど

 私は眼中にない。

 陰の陰で

 祈りに祈り

 動きに動き

 誰が誉めなくとも

 たた冥の照覧を信じて

 道なき道を開拓していく

 わが真実の同志のために

 わが誠実な同志のために

 私は生き抜くのだ。

 

(つづく)

 

2017年5月1日

輝き光れ!五月三日
(6/8)

 

<私の無二の宝>

 

 あの遠く離れた佐渡の
 千日尼への御返事には
 「御顔を見てはなにかせん
  心こそ大切に候へ」と
 仰せになられている。


 たとえ会えずとも
 我ら創価家族の心と心は
 いつもいつも
 一緒であり一体である。
 広宣流布の最前線に立つ
 誰よりも健気な
 強く明るい友の顔が
 私と妻の心から
 離れることはない。


 「此の法門を申すには
  必ず魔出来すべし
  魔競はずば
  正法と知るべからず」
 我らは
 競い起こる三障四魔にも
 怯まず勝ち切ってきた。


 おお
 仏法即社会の英雄たちよ!
 心ない悪口罵詈など
 朗らかに はね返して
 宿命を使命に転じてきた
 偉大な幸福博士の母たちよ!
 猶多怨嫉の難があるほど
 負けじ魂を燃え上がらせて
 激戦に挑み勝ちゆく
 尊き勇敢な青年たちよ!


 この同志こそ
 私の無二の宝である。
 この後継こそ
 私の最上の誇りである。

(つづく)

2017年5月3日

輝き光れ!五月三日
(7/8)

 

<地球上における最大の神秘とは一体何か?>

 

 地球上における
 最大の神秘とは一体何か?
 アメリカの民衆詩人
 ホイットマンは結論した。
 「それは
  あなたにも そして
  あらゆる人の中にも
  存在する生命である」と。
 その通りである。

 


 自分自身の生命こそ
 宇宙の一切の宝を集めた
 功徳聚である。
 宇宙の尊極の当体が
 わが生命なのだ。
 その宝蔵を開く秘術が
 妙法の信仰である。

 


 我らには勇気がある。
 勇気が慈悲に代わる。
 勇気がある限り
 智慧は滾々と涌き出ずる。

(つづく)

2021年5月3日

輝き光れ!五月三日
(8/8)

 

法華経には

久遠からの師弟の結縁は

「五百塵点劫」

「三千塵点劫」という

長きに及ぶと明かされる。

古の奇しき縁で結ばれた

師弟の5月3日よ!

   

創価の不惜身命の驀進には

経文の通り

御文の通り

三類の強敵が襲いかかった。

   

昭和45年

就任10周年の5月3日も

烈風に大鷲は飛翔した。

昭和55年

就任20周年の5月3日も

法難の嵐に師子は走った。

   

「大難・度度重なり候いしかば

 一年・二年こそ つき候いしが

 後後には皆或は をち

 或は かへり矢をいる」と

御書には喝破なされている。

   

第六天の魔王に

心を食い破られた

怨嫉の反逆者も出た。

異体同心を攪乱する

悪党どもも暴れ回った。

峻厳な師弟を忘れ去り

心暗く堕ちた

背恩の弟子もいた。

   

古代ギリシャを代表する

劇作家メナンドロスは言った。

「忘恩の徒は

 友と見なされてはならぬ。

 悪人も

 善人の場を占めてはならぬ」

   

恩を忘れ

悪事に走りゆく愚者など

相手にするな!

笑い飛ばせ!

自ら堕落して

同志を裏切り

退転反逆する卑怯者など

眼中に入れるな!

叱り飛ばせ!

   

邪心に染まり転落していく

人間として最悪の背信者は

清浄無比なる仏法の世界に

いられなくなる。

入れてもならない。

   

おお 

わが愛する同志よ!

いかなる卑劣な陰謀にも

庶民の勇者たちは

微動だにしなかった。 

我らは勝った!

勝ち抜いてきた!

憤激に身を震わせ

破邪顕正の宝剣を掲げ

苦難を共にしてくれた

真の同志に感謝したい。

 

日蓮大聖人は仰せである。

「大難来りなば

 強盛の信心弥弥

 悦びをなすべし」

  

昭和55年の5月3日を

私は関西の天地で迎えた。

絶対に信頼できる

関西の同志と共に

一切の魔軍を打ち砕く

反転攻勢の烽火を上げたのだ。

   

この時 私は

「五月三日」と大書した。

この日は創価の原点である。

ここに

学会精神の真髄がある。

異体同心の究極がある。

師弟不二の極致があるからだ。

   

脇書として私は

3年後の

昭和五十八年五月三日

21年後の

西暦二〇〇一年五月三日と

書き留めた。

   

「今に見よ」

新たな創価学会の大発展を

必ず開いてみせると

私は我が一念に固く

誓い定めていたのだ。

   

「一心の妙用」は厳たり。

昭和58年の5月3日には

第2総東京の八王子の天地に

新たに誕生した東京会館で

私たちは勝鬨をあげた。

  

ここには

本陣たる大東京 

埼玉・神奈川・千葉をはじめ

関東 さらに全国の盟友も

集い来った。

今 この師弟の宝城は

東京牧口記念会館となりて

創価大学を見守り

堂々と聳え立っている。

 

2001年の5月3日には

カリフォルニアの陽光輝く

アリソビエホの丘で

夢に見たアメリカ創価大学の

開学式が盛大に挙行された。

   

我ら創価の友は

いかなる試練に直面しても

常に原点の5月3日から

元初の太陽を心に燃やして

勝利へ出発するのだ。

目標と定めた

新たな5月の3日へ

完勝の旗を打ち立てゆくのだ。

   

戸田先生は叫ばれた。

「師子は

 打たれれば打たれるほど

 強くなる。

 師子は

 叩かれれば叩かれるほど

 猛然と立ち上がる。

 そして天下に

 大きく師子吼するのだ」

   

目立たぬ水底にあって

創価の民衆革命の潮流は

「人間主義」を求める

世界史の渇望と

深く強く合流していった。

戦争と暴力の旧世紀から

平和と生命尊厳の新世紀へ!

人類の歴史は

大きく回転を始めた。

   

全世界

192の国と地域で

幾千幾万の民衆が

「我らは勝った」と

快哉を叫び抜く人生を

勝ち開いてきた。

なんと素晴らしきことか!

なんと偉大なことか!

三世十方の諸天善神も

こぞって大喝采を

送ってくれているに違いない。

   

今日も

我ら地涌の平和の使者は

全地球を舞台に

人道の大行進を始める!

 

世界中の偉大な母は

創価の母たちと共にある。

アメリカの人権の母

ローザ・パークスさんも!

中国の人民の母

鄧穎超さんも!

ロシアの芸術の母

ナターリヤ・サーツさんも!

フィリピンの教育の母

ラウレアナ・ロサレスさんも!

北アイルランド出身の平和の母

ベティ・ウィリアムズさんも!

アフリカの環境の母

ワンガリ・マータイさんも!

   

我らの5月3日は

「創価の母」に

心から感謝を捧げる日だ。

母を大切に!

婦人部を護り抜け!

   

大聖人は宣言なされた。

「法華経の師子王を持つ女人は

 一切の地獄・餓鬼・畜生等の

 百獣に恐るる事なし」

   

この世界第一の

母の祈りと行動で

壮麗に織り成された

民衆勝利の大絵巻こそが

広宣流布の実像なのだ。

   

私ども夫婦の結婚式も

戸田先生のお計らいによって

昭和27年の5月3日に

決めてくださった。

先生の会長就任1周年の

その日である。

私と妻の若き門出を

恩師も 

良き先輩たちも

心から喜び

見守ってくださった。

   

師は創価の組織は

命よりも大事だと叫ばれた。

なぜならば

師弟不二の結合ありてこそ

「一生成仏」の血脈は

滔々と流れ通うからだ。

ここにこそ

永遠に民衆を救済しゆく

「創価学会仏」の大生命力が

受け継がれていくからだ。

 

一閻浮提広宣流布という

永遠平和の旗を掲げて

我らは自ら誓って結集した。

久遠の大願を絆とするゆえに

我らの団結は永遠に崩れない。

   

アフリカ広布の先駆

コートジボワールの友からも

常勝への合言葉が轟く。

「イタイドウシン(異体同心)!」

「ビクトワール(勝利)!」

   

日本で そして世界で

わが50年の勝利を

受け継いでくれる青年が

「地涌の義」のままに

躍り出ている。

その数は無数である。

   

回を重ねるごとに

水かさを増しゆく

全国の青年部幹部会

そして本部幹部会には

世界の若き友も

馳せ参じてくれている。

   

♪青葉茂れる桜井の……

あまりに懐かしき

〝大楠公〟の調べを 

後継の誓いに託して歌ったのは

仏教誕生の大恩ある

偉大なインドの丈夫であった。

   

「広宣流布は

 お任せください!」

清らかな白蓮の華の如く

報恩の決意を光らせたのは

世界広布の王者ブラジルの

華陽の乙女であった。

   

師弟不二の心で

広宣流布の誓願に

徹し抜いていく時

生命の奥底から仏の力を

漲らせていけるのだ。

愛弟子が誓いを果たした時

師弟の誓願は成就するのだ。

これが日蓮仏法の極理である。

   

我らの前には

友情と希望と栄光に満ちた

平和の大道が輝いている。

世界の知性も見つめている。

新たな50年の

師弟勝利の回転は始まった。

さあ出発しよう!

   

時は来た。

おお 

晴れ晴れとした5月3日よ!

老いも若きも

はち切れんばかりの生命力で

仏天に見守られながら

新しき戦いを起こしゆこう!

   

おお 我らの5月3日よ!

5月3日の生命は

永遠に朗らかに

永遠に前進する!

永遠に勝利また勝利だ!

   

共に呼吸を合わせて

進みゆけ!

そして

人間革命の大讃歌を

高らかに歌いゆけ!

おお

輝き光れ!

5月の3日よ

我らの5月3日よ!

   

  尊くも大切な大切な

  わが同志である皆様方の

  平和と幸福と健康を

  妻と共に心から祈りつつ

            合掌

   

2010年5月3日の朝に贈る

世界民衆詩人

2017年4月17日

輝き光る「我らの五月三日」

 

<平和を築く「立正安国の大連帯」>

 

 一、我らの信念は、御本仏・日蓮大聖人に直結する大信念であります。
 大聖人が、武蔵国、すなわち、ここ大東京の先達である池上兄弟に送られた御聖訓を一緒に心肝に染めたい。
 それは、池上兄弟が二度目の勘当という苦難の真っ只中で頂いたお手紙です。
 当時、社会的生命の圧殺にも等しい勘当の難を、兄弟は、ひとたびは乗り越えたものの、再び、より厳しい迫害に襲われました。
 病気の再発や、事業の度重なる逆境など、人生には何度も越えねばならない困難がある。いわんや、広宣流布の途上にあっては、「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ」(御書202ページ)と仰せの通りに、険しい使命の難関が打ち続くことは、もとより覚悟の上である。その時こそ、まことの信心が試される勝負の時といってよい。全て、皆が永遠に仏になりゆくための仏道修行だからである。
 大聖人は、池上兄弟に厳然と仰せになられました。
 「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)と。
 兄弟は、この御指導のままに一歩も退かず、勇んで前に進み抜いた。魔に付け入る隙を与えない団結で、夫人たちも一丸となって戦い抜いた。
 そして、ついに「冬は必ず春となる」(同1253ページ)との勝利を迎える。それは、勘当が解けるだけではなく、猛反対であった父親が入信し、見事なる「一家和楽」を勝ち開くまでに至ったのであります。
 「難を乗り越える信心」の実証は、眼前の苦境を打開するのみにとどまらず、周囲の仏法への理解を一変させ、国土世間までも劇的に変えていくことができる。これが「賢者」の大歓喜の逆転勝利なのであります。
 やがて、池上家の人々は大聖人をお迎えすることができ、大聖人は万年まで託されるが如く、最後に「立正安国論」の講義をなされました。
 不思議にも、わが学会は、御本仏が魂魄を留められた大東京を本陣として、「立正安国」の旗を高く掲げて誕生したのであります。

対話を勇敢に

 一、60年前の7月、大阪事件の弾圧の渦中に炎の東京大会を行ってくれた歴史も、私と妻の命から離れることはありません。雷雨の中の大阪大会も、わが胸奥に不滅の輝きを放っています。誉れ高き「ああ感激の同志あり」の劇です。
 あの日あの時、戸田先生は関西本部で私に言われました。
 「社会の不幸に目をつぶり、宗教の世界に閉じこもり、安穏として、ただ題目を唱えているだけだとしたら、大聖人の立正安国の御精神に反する。
 この世の悲惨をなくし、不幸をなくし、人権を、人間の尊厳を守り、平和な社会を築いていくなかにこそ仏法の実践がある
 「君が先頭となり、大難と戦うことで、君だけでなく、本末究竟して、みんなの一生成仏の道が開かれることになる」と。
 民衆の幸福のため、社会の安定のため、世界の平和のため、我らはいよいよ「賢者はよろこび」と戦い進むのだ。そして、信念の対話を勇敢に広げ、地涌の若き賢者を聡明に育みながら、人類に立ちはだかる、ありとあらゆる試練を断じて勝ち越えていく「立正安国の大連帯」を築き上げていこうではないか!
 一、大聖人は池上兄弟や四条金吾夫妻など愛弟子の勝利を、「何よりも爽快なり」(同1175ページ、趣意)と喜ばれました。「仏法は勝負」であるゆえに、最後は正しい信心が必ず勝つと示し切ることが、妙法の無限の功力の証明であり、未来へ贈る希望の光なのです。
 世界広宣流布の壮大な未来へ、何ものも恐れぬ「感激の同志」のスクラムで、一人一人の「人間革命の凱歌」を、我ら「東京の凱歌」を、そして「師弟の凱歌」を轟かせゆくことを共々に決意しあって、私のメッセージといたします。
 全国、全世界の同志の皆さん、本当にありがとう! 皆、お元気で!(大拍手)

 

2017年4月16日付聖教新聞 世界広布新時代第25回本部幹部会への池田先生のメッセージ(抜粋)

 

世界広布新時代

創立100周年へ

青年・飛躍の年

(2022年)

2013.11.18

広宣流布大誓堂落慶

更新日

2022.8.14

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第2074

 

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