佐渡流罪

(未掲載)

佐渡での戦いは

「教義の確立」と「教団の再建」

への言論闘争

 

 大聖人が起こされた“佐渡での戦い”は、主として言論闘争です。多くの著作・書簡を認められている。この言論闘争には、大きく分けて「教義の確立」と「教団の再建」の二つの面を拝することができます。いずれも末法万年の「広宣流布」を展望されての戦いであられた。
 そのほか、修行論(折伏論)、広宣流布論などが佐渡流罪の時に整えられていきます。(中略)
 「教団の再建」のための戦いとしては、門下への激励の御手紙を頻繁に認められています。また、遠い道のりを乗り越えて、佐渡を来訪する門下も少なからずいた。その師弟の交流のなかで、大聖人の師子王の心を教えられ、迫害者の本質が悪鬼入其身であることや、さらに仏法上の難の意義を教えていかれます。
 それによって、門下たちは強き信仰者へと育ち、弾圧をはね返して、再び末法流布の潮流が興っていきます。

 

御書の世界(下)第十章 佐渡流罪

2014年6月28日

竜の口の法難と佐渡流罪が真の師弟不二を成就 

   
 竜の口の法難と、それに続く佐渡流罪は、大聖人お一人だけでなく、大聖人の教団が全体として弾圧を受けました。真の日蓮門下にとって、信仰を鍛え、師弟不二の絆を確立する機会になった。
 また、佐渡流罪は一面から見ると、難ゆえに真実の信仰を築いた門下たちにとってみれば、真実の弟子の時代の開幕でもあるととらえることができるのではないだろうか。そうした観点から佐渡流罪を考えてみたい。
 佐渡流罪という逆境を耐えぬくことによって、真の師弟不二が成就したと思う。
 創価学会もそうです。牧口先生が、信念の教育者として迫害されて幾度も左遷された時に、戸田先生は行動を共にされ、師弟の絆を強められていく。そして、創価教育学会への軍部権力による弾圧のなか、共に牢獄に入り、ただお一人、牧口先生の広宣流布の聖業を継いでいかれた。
 私も、戸田先生が事業で一番大変な時に命懸けでお仕えした。それまで「弟子」と名乗っていた人たちが次々と退転していった。なかには、「牧口の野郎」「戸田の野郎」とさんざんに罵倒した者もいた。
 それまでは、「私は牧口先生の弟子である」「私は戸田先生の弟子である」と言っていた人たちが、がらりと態度を変える。
 人間の心というものは恐ろしいものです。いざという時に堕ちていく者、純粋に自身の信念の道を貫いていく者――人さまざまです。そしてまた、権力の卑劣な動きと、あまりにも対照的な堂々たる師匠の存在。大山は揺るがないが、自分が動転して見るものだから山が動いているように錯覚して見えてしまう。

 

御書の世界(下)第十章 佐渡流罪

(未掲載)

竜の口の法難・佐渡流罪に見る門下への弾圧 

   
 『既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・わづかの聴聞の俗人なんど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし』(開目抄上、200頁、編428頁)
 『かまくらにも御勘気の時・千が九百九十九人は堕ちて候』(新尼御前御返事、907頁、編647頁)
 『我が身の失に当るのみならず、行通(ゆきこう)人人の中にも或は御勘気或は所領をめされ或は御内を出され或は父母兄弟に捨てらる』
 (法蓮抄、1052頁、編702頁)
 『日蓮が御かんきの時・日本一同ににくむ事なれば弟子等も或は所領を・ををかたよりめされしかば又方方の人人も或は御内内をいだし或は所領をおいなんどせしに』(四条金吾殿御返事、1150頁、編974頁)
 『故聖霊は法華経に命をすてて・をはしき、わづかの身命をささえしところを法華経のゆへにめされしは命をすつるにあらずや』(妙一尼御前御消息、1253頁、編715頁)
 『讒言の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しるさる、皆遠島へ遣すべしろうにある弟子共をば頚をはねらるべしと聞ふ』(種種御振舞御書、916頁、編953頁)

 

御書の世界(下)第十章 佐渡流罪

世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2019.10.21日

第1624回,第1625

 

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