信心即生活

2013年9月8日

「現実」を離れて仏法はない

 

  仏法は現実主義である。多くの外道が観念論におちいるなか、釈尊は厳然と、現実に即して離れない中道の生き方を説いた。
 「現実」という大地を離れて、仏法はない。「民衆」という大地を離れた宗教者は、根なし草となる。現実に背を向ける者は、現実から背を向けられる。民衆を見くだす者は、民衆から軽蔑されよう。
 私どもは、日蓮大聖人の仰せのままに、いかなる苦労もいとわず、「現実」に生き、「民衆」のなかに生きぬいてきた。ゆえに御本仏のお心に感応し、広布の大展開があったと信ずる。
 私どもは変わらない。この道を行く。法のため、人類のために、だれが変心し、堕落しようと、また私どもにまで、その民衆利用の計画に従わせるため策動しようと、学会は変わらない。従えば、仏法は死滅する。人類の希望の太陽は消える。断じてできることではない。
 悪に従わねば、悪に迫害される。当然のことである。変心と堕落の人々からの攻撃は、信仰者の勲章である。

 

1991.2.14海外派遣メンバー協議会

2013年8月9日

 「信心」とは

 

 激しく揺れ動く乱世である。だからこそ、「『祈りとして叶わざるなし』という大確信を、断じて忘れるな!」と申し上げたい。これが信心である。
 有名な「祈禱抄」の一節には、「大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(御書1351頁)と断言されている。この法華経に勝る兵法は、絶対にない。
 「信心」とは、御聖訓を勇敢に実践する力である。
 「信心」とは、祈りを原動力として、社会で勝ち、成功して、「所願満足」していく方程式である。健康で、和楽で、「衆生所遊楽」の人生を勝ち開いていくことだ。
 「信心」とは、「心の勝利」のためにある。それは、途中の勝敗ではない。「心の勝利」とは「永遠の勝利」の意義である。
 「一切の法は皆是れ仏法」(御書566頁)である。現実の生活を勝つための仏法であり、信心なのである。地域にあっても、職場にあっても、模範の存在となることだ。
 現実の仕事においては、「智恵」と「努力」と「忍耐」を発揮して、つねに「和を考えていくこと」が大事である。とくに、関係する人々に「誠実さ」と「明るさ」をもって接し、「信頼度」を増していくことだ。
 「あいさつの仕方」や「礼儀のあり方」、また「言葉づかい」など、些細なことが勝利の源泉となる。御聖訓にも「小事つもりて大事となる」(御書1595頁)と記されている。

 

2003.12.28全国最高協議会

2013年2月15日~18日

現実の生活に仏の力

 

「一切の法は皆是れ仏法なり」(御書566頁)

 ありとあらゆる煩雑な悩みや葛藤が渦巻く、この現実の生活を離れて、「一生成仏」もないのである。(中略)

 煩わしい試練と、祈り戦うからこそ、仏の力が出せる。泥が深ければ深いほど、やがて美事な幸福勝利の大輪を咲かせていけるのが、「如蓮華在水」の妙法である。(中略)

「本当の勇気とは/日々、人のために働くこと。

 本当の勇気とは/見返りも賞賛も求めずに/未来を信じ続けること」 

 未来を創るのは今だ。

 だからこそ、「信心の炎」をいよいよ燃え上がらせ、勇気凛々、思い切って、この一日を、この一ヶ月、この一年を、走り抜こう!

 

2013.2.13付我らの勝利の大道95

世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2019.7.14日

第1615

 

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL