女性

2016年9月16日

  母は平和を育む大地

 

<母の祈りは絶対勝利の祈り>

 

 母の祈りには、限界がない。
 行き詰まりもない。
 臆病も弱々しい迷いもない。
 ひたぶるな祈りの底には、
 絶望やあきらめを追い払う
 勇気が燃えている。
 妙法の祈りは、
 断じて勝つという誓願だ。
 祈ったその時に、
 すでに未来の勝利を
 深く決するのである。

 

 母は、一切を育む
 創造と教育の大地である。
 その大地が、ひとたび動けば、
 すべては変わる。
 母が家庭を変える。
 母が地域を変える。
 母が社会を変える。
 母が時代を変える。
 そして、母が
 世界を平和へと変えていくのだ!

 

聖教新聞2016年PR版秋季号 婦人部結成65周年を讃う

 幸福博士の花の冠をあなたに 四季の励まし(抜粋) 

2016年9月4日5日

婦人部へ

「衆生所遊楽」の生命を創り上げておけば、

何も恐れるものはない。 

 

<「心こそ大切」>

 

汝自身の心の決意の仕方で、

いかようにも、

人生は勝利できるはずだ。

幸福になっていくはずだ。

 

(前略)戦争中、そして動乱の戦後のなかにあって、最も苦しみ、最も生活の犠牲を強いられたのは、女性たちであった。
 夫の戦死や息子の出征。さらに来る日も来る日も、火炎に包まれた、悲惨極まる空襲。そして戦後の打ち続く、飢餓のような耐乏の暗い生活。終戦になっても、人間として生き抜くことは、さらにもう一つの激しい″戦争″であった。
 最愛の夫の遺骨が、子どもの遺骨が、あまりにも侘しく戻ってきた家々も多かった。
 その人生と生活の中には、慟哭があった。限りない地獄があった。
 その女性たちの安穏と満足と幸福の大道を開きゆくことが、私の師匠である戸田城聖の命懸けの戦闘であった。
 「地上から″悲惨″の二字をなくしたい!」
 この熱願が、戸田先生の根本的思想であったのである。


 人生の厳しさを「宿命」というべきなのか。
 その宿命を転換しながら、不幸の命をば破滅させ、永遠に朗らかな、幸福の、そして福徳豊かな「人間革命」を成し遂げていくのが、人間としての目的であるはずだ。
 そのために、苦しくとも楽しい戦いを、貴女は好んで願ったのではないだろうか。
 生命は、今世だけのものでは絶対にない。三世永遠である。いつ、どこにあっても、「衆生所遊楽」の生命を創り上げておけば、何も恐れるものはない。
 アメリカ・ルネサンスの哲人ソローは語った。
 「この世の短い期間を永遠の生活の掟に従って生きなければならぬ

 (『一日一章 人生読本〈1〜3月〉』原久一郎訳、社会思想社)
 その通りの人生を実践し、歩んでいるのが、わが母たちである。
 どうして自分だけが……
 どうして私だけが……
 こんな不幸な宿命に生きてきたのか……
 弱音を吐くな! あきらめるな!
 ありとあらゆる境遇の違いがあっても、人間は人間である。「心こそ大切なれ」と、御聖訓にはある。
 その通りだ。汝自身の心の決意の仕方で、いかようにも、人生は勝利できるはずだ。幸福になっていくはずだ。それは、歴史が証明している。
 「あの人は貧乏」と指さされる人が、たくさん、いるかもしれない。
 しかし、貧乏がなんだ。
 偉大なる歴史を残した、無数の名高い勝利者の大半は貧乏であった。皆が、人から笑われるような貧乏人であった。しかし、自分が生き抜く、その舞台で立ち上がったのである。そして勝ったのだ。
 卑屈になるな!

 汝自身が生きゆく道で、ささいな事で気をつかいすぎるな!

 それは愚かだ。
 勝負は、一生で決まる。そして最後の数年が、決定打である。
 貧しき家に生まれたことを最高の誇りとすべきだ。
 その人が、根本的に人間としての勝利者のバトンを受け取ったのだ。
 虚栄の金持ちが、何が幸せか。見栄の有名人が、何が偉いのか。
 人を軽蔑して権力の座に就いた政治家が、何が尊いのか。
 足下を掘れ。そこに泉があることを忘れるな!
 経済上で負けたとしても、心の世界で勝て!
 社会の各界の位に負けたとしても、汝自身の深き哲学で勝て!
 幸不幸は、財産では決まらない。美貌でも決まらない。血筋でも決まらない。
 外見の偉さと内面の偉さでは、天地雲泥の差があるのだ。その深き生命の奥義を、悠然と勝ち飾った自負の心にこそ、勝利の王者の王冠は輝いているのだ。
 あの卑しい嫉妬に狂った悪口雑言など、君よ、振り向くな! 朗らかに、愉快に生きるのだ! 
 人を切り捨てて、自分に、その何倍もの傷をつくっていることをわかりながら、繰り返す、その人間の愚かさよ!
 悪人は、地獄から地獄に帰る。
 勝利者は、勝利者の道を歩いていくのだ。


 母は、今日も健気に走る。疲れても疲れても走る。
 なんと、なんと素晴らしき尊き姿よ!
 わが友の不幸と苦痛を残らず拭い去れ! と祈りながら、母は走る。
 いかなる烈風の嵐があっても、折れた枝葉が数多く散らばっている道をば、今日も、そして明日も、いな、来る年も、また来る年も、さっそうと、そして不屈に粘り強く、わが歌を歌いながら生き抜いていく、いじらしき母よ!
 有名な場所であれ、無名な場所であれ、高貴な場所であれ、貧しき庶民の場所であれ、いずこに歩み進んでも、母のいるところには、「幸福と勝利の人間の旗」が、なびいている。
 「平和と正義の生命の名優」が、光っている。

 

随筆人間世紀の光1 偉大なり 創価の婦人部(1)2004年6月10日

2015年5月8日

女性と男性


<男性は女性に学び、女性は男性に学ぶ>

     

 池田 永遠の生命から見れば、男といい女といっても、ある人生では男性となり、ある時は女性と生まれ、固定的なものではありません。その意味でも、あらゆる人の中に「男性的なるもの」と「女性的なるもの」が両方あると考えられます
 須田 女性にも男性ホルモンがあり、男性にも女性ホルモンがあるようなものでしょうか。ちょっと次元が違うかもしれませんが。
 池田 いや、分かりやすい譬えかもしれない。ともあれ、一人の人間の中に「男性的なるもの」と「女性的なるもの」が調和していなければならない。それが人格の成熟であるし、自己実現でしょう
 つまり、男性も、いわゆる「男らしい」だけでは粗暴になってしまう。女性の考え方、感性を理解できるこまやかさ、優しさが必要でしょう。女性の場合も、いわゆる「女らしい」だけでは十分とは言えないでしょう。
 現代の文化では男性的な特質とされている冷静・沈着な思考力、判断力、展望力などを具えていかなければ、自分自身を大きく開花させたとは言えないのではないだろうか。それは男性の女性化でもなければ、女性の男性化でもない。女性の男性化ならば、それは「変成男子」になってしまう。
 どんな社会においても、男性は男性らしさ、女性は女性らしさが、その社会なりに要求されます。その要求に適応すればするほど、それ以外の自分の特質が抑圧されてしまう面がある。それは、ある意味で、しかたのないことかもしれないが、だからこそ、男性は女性に学び、女性は男性に学んで、互いに自分の人格を大きく育てていくべきではないだろうか
 結婚の意義の一つも、こういう自己完成にあると思う。もちろん、結婚しなければならないという意味ではありません。


法華経の智慧 提婆達多品 第十二章

2014年5月19日

最も大切な人道 

  
 母は子に、
 無尽蔵の愛を注いで育ててくれる。

 子どもは、大威張りで、母に甘える。
 母が老いたならば、

 今度は、子どもが親孝行し、恩返しをする番である。
 子どもに、その「報恩」の自覚がなくなってしまえば、

 最も大切な人道は失せてしまうことになる。


小説 新・人間革命 24巻 母の詩

2014年5月13日

「母」にこそ、幸福あり、平和あり 

  

 「母」とは
 「永遠に負けない人」
 そして
 「最後に必ず勝つ人」の
 異名である。

 

 母は、青年を育てる。
 青年の活躍は、
 母の功績である。
 母は壮年を支える。
 壮年の活躍は、
 母の力の証明である。

 

 自分が決めゆく使命の道をば、
 人生の最終章まで、
 悔いなく断固と貫きながら、
 生き抜き、
 戦い抜いていくことだ。
 そして自分自身が、
 勝利の満足をすることだ。
 「あの人のように」ではなく、
 「私らしく」生きていくのだ。


 幸福というものは、
 決して他から
 与えられるものではない。
 自己の生命の内に
 築いていくものである。
 人生には、
 嵐の日もあり、
 雪の日もあろう。
 だが、自己の胸中の大空には
 常に希望の太陽が輝き、
 青空が美しく
 広がっていればよい。

 

 平和とは、
 遠くにあるのではない。
 政治の中にのみあるのでもない。
 それは、
 「母を大切にする」という
 人間学の真髄の中にこそ
 あるのである。


 聖教新聞2014.5.11付 光の言葉 幸福の曲

2014年2月26日

赤ん坊を抱いたお母さん

 

 勝った人が正義なのです。負ければ、何を言っても空しい。ゆえに、断じて勝たねばならないのです。
 貴国(ウクライナ)の大詩人は、こうも歌いました。

 「わたしは 何も知らない
  小さな赤ん坊をだいた
  幸せな母親よりも もっと価値のある
  もっと美しいものなど・・・」

 人間、だれが偉いのか。権力者が偉いのか。有名人が偉いのか。そうではない。赤ん坊を抱いたお母さん以上に、価値ある、美しいものは、この地球上にない!――というのであります。そのとおりではありませんか!
 ここに、本当の「人間主義」がある。また、こうした世界をつくるために、私たちの「広宣流布」がある。過去の多くの哲人も、そのために戦ってきました。
 二十一世紀は、この地球上の「すべての女性と子どもたち」の幸福と希望と歓喜の生命が、燦然と輝きわたる世紀にしていかねばなりません。
 ゆえに、深き使命の皆さまは、断じて負けてはならないのであります。

 

2000.11.7ウクライナ「内閣栄誉賞」授与式、第一回東京婦人部総会

2013年12月24日

勝利の秘伝

 

 婦人部の祈りほど強く深いものはない。祈りぬく。祈りきる――この心が婦人部にはある。この信心に「勝利の栄冠」は輝く。
 「祈りぬく」「祈りきる」――この心が「勝利の秘伝」である。

 

2000.3.24第44回本部幹部会

2012年12月20日21日

一家の宝

 

一家のなかで、最も大切な宝は、婦人の微笑です。夫も、子どもも、そこから勇気を得ます。希望を知ります。人生には、どんな苦難が待ち受けているか、わかりません。その時に、朗らかに微笑むことのできる人こそが、本当に強い人なんです。

 

新・人間革命25巻 福光 53

2012年11月17日18日

優しさは強さの花

 

私は雨に打たれても

毅然と 咲く花だ!

仲間たちに

微笑みを分けてあげよう!

 

臆病であったり

弱ければ 人を守れない

結局は無慈悲な

哀れな自分を見るだろう

 

自身の悲哀に勝ってこそ

わが友の悲惨な闇を知る

自身の弱さに負けぬから

悩みを取ってあげられる

 

強くあれ 強くあれ!

それが幸福の宮殿を開く

第一の合言葉だ

悲しき歌に別れを告げ

弱虫な自分に打ち勝ちて

欺かない!

正義に欺かない

自分自身を知ることだ

 

聖教新聞2012.11.11付桂冠詩人の世界

2012年8月25日

 

母こそ、子どもにとって人生における最初の教師にして、最良の教師である。
 完璧な母親などいません。欠点も長所もあるから、人間なのだ。そこに人間らしさがある。だからこそ、子どもも安心できる。自分らしくてよいのである。
 子どもにとって、母親から激励され、ほめてもらった記憶は、嬉しく、いつまでも忘れないものである。

 

池田大作 名言100選 88,89頁

2012年8月24日

本来の美しさ

 

     人の美しさを妬めば、自分の本来の美しさも消える。

     人の美しさを讃えれば、自分の本来の美しさは倍加する。

 

池田大作 名言100選 91頁

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.2.23

1643回

  

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL