幹部

2019年5月11日

第1606回
慈愛と責任感あふれる幹部に

 

<自分のこと以上に同志のことを祈る>

 

 幹部は、「一騎当千」の広宣流布の指導者たれ!
 これが戸田先生の永遠の指針であった。
 幹部は広宣流布の先駆者である。模範である。
 仏意仏勅の創価学会が「勝利また勝利」の前進をしゆく活力であり、推進力であり、原動力であらねばならない。
 自分のこと以上に同志のことを祈る。全同志が無事故で、幸福で、人生を勝利していけるよう祈りに祈っていく。そういう慈愛と責任感あふれる幹部であっていただきたい。

 

 会合は、異体同心の前進のためにある。広宣流布という大目的に向かって、社会で勝利し、人間革命しながら、団結して前進するためにある。
会合は、生き生きと、つねに新しい息吹が燃えていなければならない。
それには、まず幹部が自分自身を鍛えることだ。人格を磨き、信心を深め、だれよりも苦労していくことである。鍛えのない人生は、堕落であり、敗北である。

 

 スペインの哲学者オルテガは強調した。
 「最も重大な人間の欠点は忘恩である」(「観念と信念」桑名一博訳、 『オルテガ著作集』8所収、白水社)
 作家のセルバンテスも『ドン・キホーテ』に書いた。
 「地獄は恩知らずでいっぱいだ」(牛島信明訳、岩波文庫)
 忘恩は「畜生の道」である。
 報恩が「人間の道」である。「仏法の道」である。

 

 三十年前、イギリスの大歴史学者トインビー博士と対談した。
 博士は「次の仕事にとりかかる適切な時は、明日でもなければ来週でもない。今すぐなのである」(『回想録』1、山口光朔・増田英夫訳、社会思想社)と言われている。
 大事なのは、きょうである。「今」である。博士は、生涯、その心で、 「さあ、仕事を続けよう!」をモットーに、最高の仕事を残されたのであった。
 皆さんも、広宣流布という偉大な歴史を残していっていただきたい。
 「さあ、きょうも折伏しよう!」「今すぐ、友のもとへ行こう!」―― その「戦う心」に永遠の福徳が薫るのである。

 大詩人ミルトンいわく。「我々の信仰も知識も、手足や身体と同じように、働かすことによって健やかになる」(『言論の自由』石田憲次・上野精一・吉田新吾訳、岩波書店)
 行動である。働くことである。それが信仰の真髄である。
また、大詩人バイロンは、「知識は幸福にあらず」(「マンフレッド」、『バイロン詩集』〈世界詩人選4〉阿部知二訳、小沢書店)と喝破した。
 知識のあることが必ずしも幸福ではない。また、学歴があるから、役職があるから偉いのでもない。
 学会は、信心が根本である。「行動の人」「実践の人」が最高に尊く、最高に偉大なのである。
 世界広布といっても、究極は、「一人が一人を折伏する」ことにつきる。
日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり』(諸法実相抄、1360頁)と仰せられているとおりだ。
声仏事を為す』(御義口伝、708頁等)である。声は命であり、心である。
相手の心に響く、生き生きとした声で、「仏法の正義」を語りぬいていっていただきたい。

 

2002年6月26日第十八回各部代表者会議

2018年10月13日

第1536回
学会の幹部は
何の為にいるのか!

 

<広宣流布と同志への奉仕>

 

 全国の同志は、伸一の会長就任十五周年を心から祝福しようと、この一連の記念行事に集ってきた。しかし、その集いは、伸一の方が皆を祝福し、励ます場となった。
 彼は、いかなる団体や組織も、繁栄、安定していった時に、衰退の要因がつくられることをよく知っていた。
 「魚は頭から腐る」といわれるように、繁栄に慣れると、ともすれば幹部が、怠惰や傲慢、保身に陥り、皆のために尽くそうという心を忘れてしまうからである。
 学会の幹部は広宣流布と同志に奉仕するためにいるのだ。それを忘れてしまえば、待っているのは崩壊である。
 しかし、健気な奉仕の実践が幹部にあるならば、学会は永遠に栄えていくことは間違いない。
 大切なのは、″あそこまで自分を犠牲にして尽くすのがリーダーなのか″と、皆が驚くような率先垂範の行動だ。
 伸一は会長就任十五周年の佳節にあたり、そのことを身をもって示しておきたかったのである。

 

小説 新・人間革命第21巻 共鳴音 243頁

2018年5月1日

第1503回

学会幹部が常に律すべき厳粛なる

「こころ」

 

<先生の名代注)として

 

 「もし、私に時間があるなら、全同志のご家庭を回りたいと思っています。しかし、残念ながら、それはできない。
 ですから、組織の責任を持つ幹部の皆さんに、代わりに激励をお願いする以外にないのです
 その意味から、今日は、せめてもの御礼に、お伺いしたのです」
 それは、伸一の率直な思いであった。自分が一人で全責任を担おうとすれば、協力してくれる人がいることのありがたさが、身に染みてわかるものだ。
 そうなれば、決して人に対して傲慢にはなれないはずである。
 もし、周囲の人が、自分を支えて当然のように思っているリーダーがいるとするなら、それは、裏返せば、自分がいっさいの責任を担おうとしていないからであると言ってよい。
 山本伸一は沢井昇に、家庭指導、個人指導の大切さを語っていった。
 「人を育てるには、一人一人に焦点を合わせた激励と指導が大事になります。たとえば、草木にしても、太陽さえ輝いていれば、すべての草木が育つとは限らない。
 日陰になって、光を遮られている木もあれば、害虫に侵されていることもあるかもしれない。あるいは、養分が不足している場合もある。そうした一つ一つの事態に的確に対処し、手入れを重ねてこそ、草木は育つものです。
 信心の世界も同じです。活動の打ち出しや、会合での全体的な指導を、太陽の光とするならば、一本一本の草木に適した手入れをすることが、家庭指導、個人指導といえます。
 その地道な活動がなければ、どんなに組織が発展しているように見えても、人材は育ちません。そして、組織も、やがては行き詰まるものです。(後略)」

注)名代 ・・・ある人の代わりを務めること。また、その人。代理。「父の名代として出席する」出典:デジタル大辞泉(小学館)

新・人間革命 第4巻 凱旋

12月14日15日

幹部がすべての先頭に立て!

 

①誰よりも祈る
②誰よりも苦しむ
③誰よりも動く

 

 まず「誰よりも祈る」ことである。
 私も皆さまのことを、日夜、一生懸命、祈っている。幸福になれるように、裕福になるように、事故がないように。弘教ができるように、広宣流布が進むように真剣に祈っている。
 わが同志のことを祈らない幹部など、幹部ではない。


 また広宣流布のために「誰よりも苦しむ」ことだ。
 苦しんだ分だけ永遠の福徳を積む。人に苦労させて、自分は“いい子”になって、身を守ることだけを考える――そんな官僚主義は仏法ではない。
 大聖人は『秘とはきびしきなり三千羅列なり』(御書714頁)と仰せになった。(三千とは、一念三千。法華経方便品における秘妙方便の「秘」とは、宇宙の森羅万象が、ことごとく一念三千の当体であり、この厳しき生命の法則から、だれ人も、のがれられないことを示している――との仰せである)
 “おまけ”もないし“割り引き”もない。仏法の厳しき因果律の前では、幹部も会員もない。“幹部だから許される”などということは絶対にない。
 いな、立場が上になればなるほど責任も大きくなり、(責任を果たした)功徳も、(責任を果たさなかった)罰、も大きくなる。


 そして幹部は、「誰よりも行動する」ことである。
 あの人の激励に、この人のお見舞いにと、「自分が動く」ことである。もったいぶらずに、足どりも軽く、さっと動き、温かく「声」をかけていくことだ。
 自分が動いた分だけ、地域の広宣流布は進む。自分の人間革命も進む。


 すべての先頭に幹部は立っていただきたい。
 今、前進したからといって、命を狙われるわけでもないし、牢に行くわけでもない。それなのに進めないとしたら、よほど臆病である。堕落である。
 私は、牢にも入った。いつも命を狙われてきた。そのなかを、まっしぐらに進んできた。法華経の闘士、広宣流布の闘士、創価学会の闘士となって、難があるのは当たり前である。
 「悪口罵詈」と法華経にある。難がなければ、法華経はウソになってしまう。
 「悪口罵詈」――うんと悪口を言われる。殺されるかもしれない。それでも広宣流布し抜いていく。それが法華経の精神である。法華経の行者である。
 創価学会は、常に、その精神で進んできた。だから大功徳がある。だから偉大なのである。青年部の諸君、後継を頼むよ!

 

1997年8月27日 第14回本部幹部会・第15回中部総会

2015年11月5日

勝利と敗北の分かれ目

 

<愚劣な幹部はしかり飛ばせ>

 
(前略)孔明は、勝利と敗北の分かれ目を、どう見ていたか――。(守屋洋編訳『諸島孔明の兵法』徳間書居。以下、引用は同書から)
 まず、「必勝の鍵」の一つとして、「有能な人材が登用され、無能な人間が退けられる」ことを挙げている。当然、この反対をやれば、必ず敗北する。
 適材適所になるよう、いかに人材を配置するか。いかに人を生かしていくか。リーダーは、私的な感情に左右されず、公平に人を見ていかなければならない。
 この一点にも、私は最大に心を砕いてきた。これからの学会を担いゆくリーダーは、その責任の重さを自覚していただきたい。
 また孔明は、「必敗の徴候」についても述べている。その一つは、「むやみに敵を恐れ、その反面、計算高く、利益に敏感である」ことだという。
 「恐れ」とは、すなわち「臆病」である。「戦う心」を失うことである。″いざ戦い″というときに、「またか」と思うようではいけない。こういう心持ちでは、必ず敗北する。「臆病にては叶うべからず」との御聖訓を銘記したい。
 一方、「計算高く、利益に敏感」とは、自己保身の生き方と言えようか。どうしたら自分は得をするか、そのことにばかり頭をめぐらせている人間である。たとえば、朝から晩まで金もうけのことばかりを気にかけ、信心は二の次――幹部がそんなことでは、広布の戦いに勝てるわけがない。
 戸田先生は、じつに厳しかった。
 「要領のいい幹部もいる。傲慢な幹部もいる。学会を利用して、自分がいい立場になることばかり考える幹部もいる。腹の中で学会員を小馬鹿にしたり、大した人間でもないのに自分を偉そうに見せたり、学歴があるからといって尊大ぶる愚劣な幹部もいる
 こう言われ、「そういう人間は、しかり飛ばせ!」と叫ばれていた。
 広布のため、まじめに、健気に戦う学会員こそ尊い。その方々を、どこまでも大切にしたいとの、深きお心であられたのである。だから厳しかった。このお心を、そのまま受け継いで、私は走りぬいてきた。仏子である学会員を守るため、悪と徹して戦ってきた。

2006年1月27日全国代表協議

2014年12月7日

 幹部の振る舞いに一喜一憂してはならない

   
 伸一が、愛媛県幹部会で十四誹謗の話をしたのは、一人ひとりの境涯革命、人格革命をもって、人間共和の組織を築き上げずしては、民衆の大城たる創価学会の、永遠の繁栄はないからだ。大事なことは、各人が仏法者としての生き方を確立することである。
 仏法の法理を確信した人間の振る舞いの手本は、あの不軽菩薩の生き方にある。
 ――万人に仏性があると確信する不軽菩薩は、迫害を覚悟のうえで二十四文字の法華経を説いた。「我れは深く汝等を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」(法華経五五七㌻)と、礼拝・讃歎して歩いたのである。しかし、それに対して、衆生は、不軽を杖や木で打ち、石や瓦を投げつけたのだ。
 彼の生き方が示すものは、相手の地位や立場に関係なく、等しく皆に、最大の敬意を表して法を説くということである。これが、広宣流布をめざす幹部の、そして、全学会員の姿勢でなければならない。
 不軽菩薩がどんなに激しい迫害を加えられても、但行礼拝し続けることができたのは、万人が仏の生命を具え、自身もその修行によって成仏するとの、仏法への揺るがぬ確信があったからだ。人びとを断じて成仏させねばならぬという使命に燃え、生命の因果の理法を強く確信していたのだ。
 成仏できるかどうかも、幸・不幸も、そのカギは、自己自身にある。そう自覚していくのが仏法である。ゆえに、大聖人は、「若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書三八三㌻)と仰せである。己心を貫く生命の大法に従って生きるのが仏法者といえよう。
 人びとに賞讃されれば頑張り、非難中傷されれば仏法を捨ててしまうなど、周囲の状況によって一喜一憂するのは、己心の外に法を求める生き方といえよう。
 幹部は、会員一人ひとりに誠実と誠意をもって接し、讃え、励ましていかなければならない。また、幹部が会員への配慮に欠けていたり、不注意な言動があった場合は、当然、最高幹部がきちんと指導するなど、学会の組織として的確な対応が必要である。
 しかし、一人ひとりが銘記すべきは、どのような幹部がいて、失望、落胆することがあったとしても、自分の信心が一歩でも後退するならば、それは、魔に翻弄され、敗れた姿にほかならないということである。
   

小説 新・人間革命 26巻 法旗 161頁

2014年7月6日

幹部は先生と会員とのパイプ役に徹せよ!

 
 山本伸一は、それから幹部の在り方について、語っていった。
 「皆さん方一人ひとりを、直接、指導してさしあげたいというのが、戸田先生のお気持ちです。しかし、時間的にもそれは不可能なので、先生のパイプ役として、私が来ているのです。ですから、皆さんのことは、逐一、戸田先生にご報告し、一つひとつ私が指導を受けております。
 幹部は、どこまでも、先生と会員をつなぐパイプなのです。ですから、幹部は、同志を自分に付けようとするのではなく、先生にどうすれば近づけられるかを、常に考えていくことです」
 伸一自身、そのために、戸田の了解を得て、学会本部で大ブロック長会を開くなど、ありとあらゆる努力を払っていったのである。
 学会の強さは、戸田城聖と一人ひとりの同志との精神の結合にこそあった。広宣流布の大願に生きる戸田との共戦の気概が脈打っていない組織であれば、それはもはや、烏合の衆に等しいといえよう。

 

※模範のブロックをつくろう(7) を参照のこと。

2013年3月23日24日

『基本』は広布の絶対の要請!夢寐にも忘れるな!

 

 「支部制の発足により、広宣流布の歩みは加速され、二十一世紀をめざして、学会活動の在り方も多元的になっていくでありましょう。しかし、そうであればあるほど、基本を疎かにしてはならない。

 では、私たちにとっての基本とは何か。

 それは、勤行であります。御本尊への真剣にしてひたぶるな祈りです。また、眼前の一人に幸せの道を教えようと、仏法対話し、弘教することです。さらに、その人が人材として育っていくまでお世話をする――それが、一切の仏道修行の根本であるといえます。

 新支部長・婦人部長をはじめ、幹部の皆さんは、どうか、全同志を自分以上の人材に育てていこうと、心を決めてください。そのためには、一人ひとりを心から尊敬し、大切にし、理解し、守り、讃嘆していくんです。無名の一同志のために尽くし抜くことこそ、最も大事な信心の基本姿勢であることを、夢寐にも忘れないでいただきたい。

 実は、聖職者と民衆が上下の関係になり、権威主義に陥ってきた宗教の歴史を転換していく道も、この実践のなかにこそあります。

 また、これが、ともすれば、すべての組織が陥りかねない、官僚的、形式的な惰性を脱皮していける、ただ一つの道なのであります。

 さらに、それは、大正法を令法久住していくうえでも、絶対の要請であると申し上げておきたい」

 

小説 新・人間革命 26巻 勇将 32

2013年2月7日

学会が滅ぶ?

 

「私は、できることならば、全同志とお会いしたい。皆さんの会長ですもの、皆さんに仕えるのが当然であると思っています。それが幹部なんです。会員の皆さんがいるから幹部がいる。幹部のために会員がいるんじゃありません。もしも、それを幹部が勘違いしたら、学会は滅んでいきます」

 

小説 新・人間革命 26巻 法旗 53

2012年9月27日

智慧は現場に

 

智慧は現場にあり!

リーダーは真剣に

一人一人の声を聴け。

そこから「納得」と

「勢い」が生まれる!

 

 我が友に贈る 2010.5.24

2012年9月25日

役職の違いは信心の厚薄や境涯の高低ではない

 

「皆さんのなかには、自分たちの上には総ブロック幹部や本部幹部もいるので、役職的には低いように感じている方もいるかもしれない。しかし、それは組織上の役割の問題であって、信心の厚薄や境涯の高低ではありません。私どもの信心は御本尊直結です。 むしろ、広宣流布を決する最も重要なポジションであり、信心を深める理想的な立場が、大ブロック幹部ではないかと、私は思っています。もし、可能ならば、私も大ブロック長として戦いたいんです。苦労も多い分だけ、最も喜びがあるではありませんか!」

 

 小説 新・人間革命 26巻 厚田 61

2012年8月19日

中心者の姿が本末究竟

 

「先んずれば人を制す」である。今、日本も、そして世界も大きな変革の時を迎えている。学会にとっても、万年の発展を考える上で、今ほど重要な時はない。 特に最高幹部が、本当に宗教革命の気迫、広宣流布への気迫を失い、惰性に流されるようになったら大変だ。そうならないように、今こそもう一歩、ここで自分自身の「大革命」、「人間革命」をして、進んでいかなければならない。広宣流布を何としても実現し、学会を大発展させていくのだとの気概が、本当にあるのか。学会が大きな民衆勢力となったからこそ、この一点をもう一度、幹部自身が厳しく問うていくことだ。今までどんなに頑張ってきても、途中で手を抜けば、すべてが水泡に帰してしまう。口先だけの要領や遊び、ずるさがあってはいけない。責任を持って、最後の最後まで、真剣に戦い抜いていくことだ。自分を「覚醒」させ、生まれ変わったような思いで進むことだ。今こそ本気になって、立ち上がるのだ。(中略)中心者の姿が、本末究竟して全体に現われてくるのだ。

 

 聖教新聞 2008年11月14日付 創立78周年記念最高協議会

2012年8月11日

名誉主義ではない

 

創価学会の幹部は、決して、名誉主義であってはならない。組織で、五年、十年と幹部をやってきたから、自分は、いつも、そういう立場にいて当然であると考えているとしたら、それは大きな間違いです。その感覚を持ってしまえば、他の団体や会社などと同じことになる。学会は過去にとらわれた功績主義や名誉主義に、絶対になってはならない。したがって、たとえば、支部長等の役職を後輩に譲るようになったならば、今度は、場合によっては、一兵卒として組織の最前線に躍り出て戦い、同志のために、広宣流布のために尽くしていこうという精神が必要です。

 

 小説 新・人間革命 5巻 284頁 

2012年8月10日

すべての責任

 

幹部は、組織のことは、すべて責任をもたなければなりません。(中略)自分の支部に、いくつの班や組があり、それぞれの実態がどうなているのかを、直接、自分でつかんでこそ幹部です。中心者に、幹部に、全会員を幸福にするぞという、強い一念があるならば、無責任になど、なれるわけがありません。

 

小説 新・人間革命 5巻 286頁

2012年7月10日

組織は空転する

 

 集った幹部たちは、破竹の勢いともいうべき学会の前進のなかで、いつの間にか、学会の本来の目的を忘れかけていたのである。中心となる幹部が、なんのためかを忘れる時、組織は空転する。仮に、成績本位の活動で、一時的に勝利を収めたとしても、必ず、いつかは、その歪みが出るにちがいない。ましてや、リーダーが自分の名聞名利のために、活動を推進すれば、組織そのものを大きく狂わせてしまうことになる。

 

小説 新・人間革命 5巻 獅子 282頁

2012年7月2日

最も自分に厳しく

 

組織が良くなるか、悪くなるかは、中心者や幹部のいかんによって決まってしまうからだ。彼は、学会が官僚主義的な、画一的で偏狭な組織になることを何よりも恐れていた。(中略)だから彼は、幹部には常に厳しかったし、その育成に全力を注ごうとしていたのである。だが、彼が最も厳しかったのは、自分自身に対してであった。(中略) 伸一は、大晦日の深夜までかかって、各地にメッセージを送った。その文面も、各地の諸状況を考えに考え、この一年の、そして、各地の原点の指針となる指導性を含んだメッセージであった。それも会員に尽そうとする、彼の一念から発した激励であった。

 

小説 新・人間革命 5巻 獅子 287~8頁

2012年6月29日  

受け身の姿勢
  
 なんでも本部の指示を待つという、受け身の姿勢であってはならない。もちろん、本部と連携を取ることは大事です。また、学会全体として行う、共通の企画もあるでしょう。そのうえで、現場の自主性、主体性を最大限に生かしていくことが、勝利の決め手となっていく。幹部が自分の保身を考えているところほど、すべて画一的に事を進めようとするものです。結局、失敗をして、自分が責任を取りたくないから、なんでもかんでも、形式に当てはめようとする。これでは、皆が頑張ろうとする意欲の芽を摘み取っているに等しい。どうか運営にあたっては、どこまでも、皆が主体的に、自由自在に取り組めるように、配慮していって・・・
 
小説 新・人間革命 5巻 獅子 287頁  

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.10.10

第1695回

  

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL