御書

2014年11月29日

希望の経典

 

 「逆境に在って(まさ)()く叫ばねばならぬ、『希望! 希望! 又希望!』と」

 フランスの文豪ユゴーは、亡命の地から、圧制に苦しむ民衆に向かって呼びかけました。いかなる逆境にあっても、希望がある限り、敗れることは断じてありません。希望ある限り、人間は前進し続けることが可能なのです。
 日蓮大聖人の仏法は「希望の宗教」です。
 あらゆる苦難を乗り越え、いかなる障魔も打ち砕いていく無限の力が、我が胸中にあることを洞察した「大哲学」であります。そして、その無限の力を一人の人間が現していく「実践と実証」が明らかにされています。それゆえに、万人の胸中に「希望」を絶えず生み出してゆける力強い宗教なのです。
 この希望の哲学と実践と実証が余すところなく示されているのが「御書」にほかなりません。
 御書は、私たちに、無限の勇気と希望を湧き上がらせてくれる光源です。大聖人が命に及ぶ大闘争の中で、門下のため、全人類のために、綴り残してくださった「希望の経典」です。
 恩師・戸田城聖先生は言われました。
 「大聖人は、大病大難を受けられながら、我々に、自分の運命をそこから切り開いていけ!と、教えてくださっているのです。ありがたいことだ。私もその命がけの教育を、大聖人から受けてきました」
 蓮祖の魂がほとばしるこの御書を、私たちは一行でも二行でも身をもって拝読してまいりたい。「御書根本」「実践の教学」こそ創価学会の伝統です。   

希望の経典「御書」に学ぶ1

2014年11月27日

 御書の一節を生涯の指針に!(後半)

 

<「何か意味があると確信」すれば、一切が変毒為薬する>

   
 「したがって、信心だけは、究極においては、神経質であってはいけません。罰があろうが功徳があろうが、“御本尊様は絶対だ。どんな事態であっても、一切が変毒為薬されるのだ。何かの意味があって、こういう現証があるのだ”――こう確信し切って、題目をあげて、あげて、あげ抜いていく。そしてまた、学会活動に一直線に進んでいく。たゆまず前進していく。この人が、本当の信仰者なのです」
 「その決心があれば、一切が生きてきます。その信心があれば、その人は絶対に成仏します。どんな悪口を言われようが、どんな現証が出ようが、どんな事態になろうが、そんなことに一喜一憂せず、御本尊を抱きしめて、己の成し遂げていくべき使命を、責任をもって、一歩一歩、悠々と、力強く前進し、指揮を執り切っていける一人一人になっていこうではありませんか」
 「その一点が本当に分かれば、もっともっと功徳が出ます。目も輝き、福運がつきます。顔色も変わってくるのです。そのためにも、御書の一節を自分のものとして実践していく。それを忘れてはいけません。観念論であってはなりません。仏法は実証主義です。現証主義です」


大白蓮華No.781号2014.12月号12~14頁

2014年11月26日

 御書の一節を生涯の指針に!(前半)

 

<御書を心肝に染めればどんな嵐も乗り越えられる!>

   
「御書の、どんな一節でもいい。『この一節は、自分自身の生涯の指針にしてみせる。自分の絶対の確信にするのだ。身口意の三業で実践しきるのだ』と、こうなっていただきたい。
 よく、戸田先生も仰せになっていました。『法華経は一ヵ所、完全に分かれば、全部ほどけるものだ。御書も同じだ。妙法の原理はそこだ。本当の一ヵ所、自分のものにし切っていきなさい』と。
 一つの御金言が自分の骨髄となりますから、どんな嵐があっても、どんな苦難があっても、つらいことやイヤなことがあっても、それを柱とし、頼りとして、また大きく次の前進にしていくことができるのです。
 私も、開目抄の『詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん』(御書232頁)を心肝に染めています」
(つづく)

2014年8月25日

正法伝持の人は「国宝」

   
 『伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し』(顕仏未来記、508頁)――(経典があっても)仏法を持ち、伝えていく人がいないので、それはちょうど木像や石像が法衣を着て、鉢を持っているようなもので、何の役にも立っていない。
 後継を育てることは、未来を創ることだ。
 学会の後継育成は、世界平和の種を植えることだ。
 広布の人材が増えれば、地球上の悲惨を減らせる。
 未来部の使命は、あまりにも大きい。
 正法を伝持し、皆を照らす人は「国宝」ともいえる。
 ならば、伝持の人を育てる人も「国宝」なり。いな、「世界第一の宝」である。

 

聖教新聞2014.8.16付御書とともにⅡ<24>

2014年6月25日

全ての仏性を呼び覚ます祈りを 

  

『一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり』(法華初心成仏抄、557頁、編1069頁)

 ――ひとたび妙法蓮華経と唱えれば、あらゆる仏、あらゆる法、あらゆる菩薩、あらゆる声聞、あらゆる梵天・帝釈天・閻魔法王・日天・月天・星々・天神・地神、さらに地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の、あらゆる衆生の心中の仏性を、ただ一声に呼びあらわすのであって、その功徳は無量無辺である。――
 題目を唱え抜きながら前進だ!
 我らの広宣流布の戦いは、ありとあらゆる衆生の仏性を呼び覚ましゆく善の大闘争である。

 

聖教新聞2011.4.4付 御書とともに<9>

2014年4月15日

疲れた時こそ、御書を拝読せよ!


 戸田先生はリーダーに、よく語られた。
 「疲れた時こそ、御書を拝読していけ! たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」
 戦後、師と共に苦境を乗り越えた青春の日々。私は日記に御書を記した。
 『法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし』(経王殿御返事、1124頁)――法華経という剣は、勇気ある信心の人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである――
 病との闘いも続いたが、その中で、教学を学び、弘教に励んだ。友人と会う約束を反故にされたり、座談会に新来者を迎えられなかったり、それでも奮起して挑戦した。仏道修行こそが、真の人生の価値を生むからだ。
 「煩悩即菩提」「変毒為薬」の法理のごとく、広布に戦えば、悩みは全部、成長の因に変わる。疲れは充実と喜びに変わる。これが「妙法」である。その功徳は永遠である。

 

聖教新聞2014.4.6付 新時代を開く 14

2014年3月21日

 御書は弟子への最大の激励

 

 「日蓮大聖人は、四条金吾や南条時光をはじめ、多くの弟子たちに御手紙を与えられた。その数は、御書に収録されているものだけでも、実に膨大であります。
 それは、何を意味するのか。一言すれば、広宣流布に生きる一人ひとりの弟子に対して、”何があろうが、断じて一生成仏の大道を歩み抜いてほしい。そのために、最大の激励をせねばならない”という、御本仏の大慈大悲の発露といえます。
 一人でいたのでは、信心の触発や同志の激励がないため、大成長を遂げることも、試練を乗り越えていくことも極めて難しい。
 私どもが、個人指導を最重要視して、対話による励ましの運動を続けているゆえんも、そこにあるんです。
 また、聖教新聞などの機関紙誌を読み、学ぶことも、信仰の啓発のためであり、信心の正道に生き抜いていくためです。
 自分一人の信仰では、進歩も向上も乏しい。我見に陥り、空転の信心になりやすい。ゆえに広宣流布のための和合の組織が必要不可欠であることを、私は強く訴えておきたい」

 

小説 新・人間革命 27巻 正義65

2014年2月21日

すべては「一」から始まる

 
 『夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし』(妙密上人御消息、1237頁)――そもそも、須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祇となっても、その生みの母はただ一なのである。――
 壮大な世界広宣流布の新時代も、一人一人の「一歩」から始まる。一家でも一人が信心に立ち上がれば、未入会の家族も皆、必ず妙法の光で包んでいける。
 地域にあっても、自分自身が、わが眷属の一粒種となって、そこから広宣流布が具体的に広がる。この「誉れの一人」として、きょうも地道にして偉大な一歩を踏み出そう

 

聖教新聞2014.1.10付 御書とともにⅡ<18>

2013年12月22日

励ましは「万」の「力」、友に贈ろう!

 

 『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ』(三三蔵祈雨事、1468頁)――植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない。もともと生えていた木であっても、根が弱いものは倒れてしまう。
 「支え」のある人間は強い。負けない。「善知識」という強い支えがあれば、いかなる試練の嵐も乗り越え、幸福と勝利の花を咲かせていける。
「励まし」は、「万」の「力」を友に贈る。真心の対話こそ、最も地道でありながら、最も強く心を結び、最も深く信頼の根を広げるのだ。 

 

聖教新聞2012.4.21付 御書とともに<75>

2013年11月7日

 一家の幸福境涯を開け 

 

『一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし、三人面をならべさせ給はん時・御悦びいかが・うれしくおぼしめすべきや』(上野殿母御前御返事、1570頁)――同じ種からは同じ果実が実り、別の種からは別の果実が実ります。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。あなたがた親子三人が顔をお揃えになる時のそのお悦びは、どれほどか嬉しく思われることでしょう。――
 妙法で結ばれた人は、必ずまた同じ妙法の国に共に生まれる。心は瞬時も離れることなく、いつも一緒に生き抜いていける。
 後継の家族が毅然と前進していくことが、故人が一番、喜んでくれる。追善の題目を心ゆくまで唱えながら、共々に常楽我浄の境涯を悠々と開きゆくのだ。
 
聖教新聞2012.8.9付 御書とともに<88>

2013年9月30日

強敵を迎え撃て


『釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり』(種種御振舞御書、917頁)――釈迦如来にとっては(迫害を加えてきた)提婆達多こそ第一の善知識ではなかったか。今の世間を見ると、人をよくするものは、味方よりも強敵が人をよくしているのである。――

  青年よ、喜び勇んで「強敵」を迎え撃て!
 試練に臆し、苦難を避ける心に、魔は増長し付け入ってくる。
 「さあ、来い!」と、あえて強敵に挑んでこそ、わが生命は鍛えられ、磨かれる。そこに人間革命があり、一生成仏がある。
 日蓮大聖人に直結する我らは「師子王の心」を取り出して、何ものも恐れず、堂々と悠々と一切を勝ち越えていくのだ!

 

2012.7.13御書とともに<85>

2013年9月14日

一切を包み込む大境涯を

 

『願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん』(顕仏未来記、1304頁)
 佐渡流罪の只中の御聖訓である。
 身は命に及ぶ迫害を受けようとも、心は一切衆生を慈しみ、全世界をも包み込む。これが御本仏の大境涯であられる。
 我らも仏弟子として、いかなる境遇にあろうとも、心は絶対に負けない。どんなに苦しくとも、妙法を唱え抜き、広布に進み抜くのだ。
 その大功徳は、わが父母や縁ある人々に必ず伝わり広がる。地域・社会も厳然と正しくリードしていくのだ。

 

2012.11.4御書とともに<94>

2013年9月11日

揺るがぬ自己を築け

 

『賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり』(四条金吾殿御返事、1151頁)
 信仰とは、何ものにも揺るがぬ、堂々たる自分を創り上げる力だ。目先の利害や毀誉褒貶に一喜一憂して、紛動される人生は儚い。人々のため、社会のため、広宣流布の大願に生き抜く人こそ、大賢人なのである。
八風に侵されず、わが使命の道を断固として歩み通すことだ。そこに、諸天善神が動く。誇り高き「人間革命」の凱歌の劇が光る。悔いなき大勝利の歴史が残る。

 

2012.4.21御書とともに<76>

2013年 9月3日

社会の勝利者と光れ

 

『天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか』(観心本尊抄、254頁)天が晴れるならば、地はおのずから明らかとなる。同様に、法華経を知る者は世間の法をも、おのずから得るであろう。
 妙法は太陽である。社会の大地を明るく照らす、本源の智慧の光である。我らは生命尊厳の正しき法理の上から、世間の事象の本質を鋭く見極め、自在にリードしていくのだ。現実の荒波の中で奮闘する友よ、断じて負けるな! 題目に勝る力はない。勇気凜々と断じて社会で勝ち光れ!

 

2013.5.29御書とともにⅡ<2>

2013年8月23日

学会活動は最高の善

 

『花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう・人は善根をなせば必ずさかう』(上野殿御返事、1562頁)
 広宣流布という、最高の大善根を積みゆく人は、「必ず」無量無辺の大福徳に包まれる。これが、生命の因果の理法である。
 一日また一日、友の幸福のため、社会の平和と繁栄のため、たゆまず行動する。何と尊い金の汗か! そこに人生勝利の花が咲き薫ることは、絶対に間違いない。

2013.7.4御書とともにⅡ<7>

2013年8月20日

不屈の折伏精神を燃やせ

 

『弥信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり』(阿仏房尼御前御返事、1308頁)


 「にくまばにくめ」――わが多宝の友はこの御聖訓を抱きしめ、悪口罵詈さえも、誉れとしながら、戦い抜いてこられた。
 「如説修行」に徹してきた、偉大な庶民の一人一人の尊きドラマは、仏天が莞爾と照覧されているに違いない。
 後継の友よ! この不屈の折伏精神で、新しい時代の扉を断固と開いてくれ給え!

 

2013.7.15御書とともにⅡ<8>

2013年7月2日

 深い御書講義
 
 御書講義にあたっては、深い講義をすることだ。深い講義というのは、難しい言葉を並べ立て、理屈っぽい講義をすることではない。むしろ、わかりやすく、聴いた人が〝なるほど、そうなのか! 目が覚めるようだ。それほど重要な意味があったのか。確信がもてた〟と言うような講義だ。
 つまり、受講者が理解を深め、広宣流布の使命に目覚めることができる講義こそが、本当に深い講義といえる。 
 
小説 新・人間革命 26巻 奮迅 48 

2013年6月29日

 御書講義は一期一会

 御書を通して、深く信心を打ち込み、人を育てるんだ。組織を強化するには、人材の育成しかない。
 これは、地味だが、七十五万世帯達成のカギを握る大切な作業になる。できるか!」
 伸一は、間髪を容れずに応えた。(中略)
 伸一は、仕事と学会活動の合間を縫い、講義する御書を研鑽した。何十回と拝読し、わからない箇所は徹底して調べ、思索に思索を重ねた。
 ”戸田先生の「名代」として講義に行くのだ”と思うと、緊張が走り、研鑽にも、唱題にも力がこもった。
 一九五一年(昭和二十六年)の九月二十五日、第一回となる川越地区御書講義の日を迎えた。夕刻、大東商工の事務所で、川越へ向かう伸一に、戸田は言った。
 「講義の一回一回が勝負だぞ。”これでもう、川越には来られないかもしれない”という、一期一会のつもりで臨みなさい。
 講義は、真剣で情熱にあふれ、理路整然としていなければならぬ。そして、仏法に巡り合い、広宣流布に生きることができる歓喜を、呼び覚ませるかどうかが勝負だ」
 
小説 新・人間革命 26巻 奮迅 47 

2013年6月8日

 堂々たる凱歌の実証を

大聖人は「法蓮抄」の中で、『現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』(法蓮抄、1045頁)――現在に眼前の証拠を現す人がこの経を説く時は、信ずる人もいるであろう――と述べられている。
「現在眼前の証拠を現す人」とは、もとより、別しては日蓮大聖人のことである。そのうえで総じて、大聖人の門下である私ども一人一人と拝することもできよう。すなわち、信心を根本に社会的にも立派な仕事を成し遂げる人。現実の自分をとおして、人々に納得と信頼を広げる人。このような人がいれば、広宣流布の歩みはいや増して速まるという道理を示されている。
 妙法をたもった一人一人の「実証」が、どれほど尊い広布伸展の〝推進力〟となるか。その意味で、どうか皆さま方が、それぞれの立場で堂々たる凱歌の実証を示しきっていただきたい。 
 
1989.10.4第10回SGI総会

2013年5月29日

 一心の妙用を確信せよ!

『いかなる事ありともなげかせ給うべからず、ふつとおもひきりてそりやうなんども・たがふ事あらば・いよいよ 悦びとこそおもひて・うちうそぶきて・これへわたらせ給へ』(御書1542頁)
――どのようなことがあっても嘆かれてはなりません。きっぱりと思いきって、所領などについても、自分の思いと違うことが起こったならば、いよいよこれこそ悦ぶべきことであると思って、そらうそぶいて、ここへおいでなさい――と。
 たとえどのようなことがあっても、決して嘆いてはならない。むしろ、苦難や迫害が起これば、これこそ喜ぶべきことと思って、〝こんなこと、どうってことない〟と平然と胸を張っていきなさい、と励まされているわけである。
 広宣流布の途上には、思いもかけないことが起こるものである。そして信心を妨げ、広布の歩みを阻止しようとする。だが、そうしたことが起こるたびに、宿業を消してくれている、広宣流布を早めてくれている、と考えていけばよいのである。
 「一心の妙用(みょうゆう)」という。何が起こっても、それを信心の一念によって、よいほうへ、よいほうへともっていくことができる。〝煩悩即菩提〟、〝罰即利益〟となって、長い目でみれば、必ず「幸福」のほうへ「勝利」のほうへと現実を変えていけるのである。
 
1989.11.18第23回本部幹部会   

第233回2013年5月10日

 人間関係の惰性を排せ!
 
『友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか・をろかに思うべからず』(上野殿御消息、1527頁)
 友を迎える時も、訪ねる時も、礼儀を重んじ、真心で交流する。これが仏法者の生き方である。「礼」とは「文化の力」なり。傲慢は覇道。誠実は王道である。我らはどこまでも人間主義で勝ち進むのだ!
 
2011.7.31御書とともに<46>
 
※日々前進、日々人間革命である。過去の先入観を捨て、この一瞬の「その人」を見つめ、接して行こう。何か必ず触発されるものがあるはずだ。有形無形の激励があるはずだ。惰性で、友の成長を見落とすことなかれ。信仰による成長の証が必ずあるものだ。(サイト・マスタ)

2013年4月20日

報恩こそ「人間の正道」

 

『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』(聖愚問答抄、491頁)
 恩を知り、恩に報じていく。この人間の正道を教えられたのが日蓮大聖人の仏法である。戸田先生も、皆が「第一級の人格」を鍛え、「第一級の社会人」に育つように薫陶された。青年は、実力をつけよ!誠実に礼儀正しく、どこまでも「報恩の人生」を進み抜くのだ。
  
2011.4.28御書とともに<21>

2013年4月17日

皆尊極なる使命の人

 

『請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熈連一恒の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓(むつき)に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』(四信五品抄、342頁)
 妙法を唱える人の位は尊極であり、絶対に蔑んではならない、との御本仏の仰せである。 関西、山口をはじめ各地の友と拝した共戦の御文である。この確信に燃えて、学会は偉大な弘通を成し遂げてきた。我らの誉れを、どうか、尊き新入会の友、宝の未来部員にも伝えていただきたい。同志を最大に敬い、仲良く胸張り大前進を! 
2012.2.4御書とともに<67>

2013年4月13日

すべてはわが一念から

 

『此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり』(三世諸仏総勘文教相廃立、563頁)
 すべては、わが一念から出発する。いかに時代の闇が深くとも、自分の心に元初の太陽が昇れば、環境も変えられる。何があっても嘆かない。諦めない。断じて負けない。創価の誉れの友は、黄金の生命の日記を晴れ晴れと綴っていくのだ。
 

聖教新聞2011.11.29付 御書とともに<61> 

2013年4月11日

日々の積み重ねこそ小事が大事

 

『つゆつもりて河となる・河つもりて大海となる・塵つもりて山となる・山かさなりて須弥山となれり・小事つもりて大事となる』(衆生身心御書、1595頁)
 地球を包む母なる大海原も、小さな滴の集まりである。万人が仰ぎ見る王者の大山もまた、塵の集まりである。一日一日の積み重ねが、大事業を成す王道だ。
 人が見ようが見まいが、一歩また一歩と前進する。一人また一人と対話する。その結集が時代を変える。たゆまぬ民衆の行進こそが、歴史を動かすのだ。
 

聖教新聞2012.11.27付 御書とともに<96> 

2013年2月1日

威風堂々と信念を叫べ

 

『がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うちふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづる心なかれ』(兄弟抄、1084頁)
 この御聖訓通りに、初代・牧口先生も、二代戸田先生も、そして三代の私も、相手が誰人であれ、正義の信念を叫び切ってきた。これが学会精神である。

 

聖教新聞2011.4.16付 御書とともに<15>

2013年4月6日

試練ありて最高の力が

 

『末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや』(椎地四郎殿御書、1448頁)
 苦難と戦うからこそ、最高の仏の力が出せる。すべては、仏になるための試練である。大聖人は、悩みや困難があれば、むしろ喜び勇んで立ち向かえと仰せである。環境を嘆いても何も変わらない。難を乗り越えて成仏が決定する。これが法華経の行者の実践である。強盛なる信心で、宿命転換の歓喜の劇を!人間革命の偉大な歴史を!

 

聖教新聞2011.9.29付 御書とともに<55>

2013年1月14日

大歓喜の人生を飾れ

 

『始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(御義口伝、788頁)
 偉大な挑戦の人生は、苦労も苦難も突き抜けて、偉大な歓喜の境涯に到達する。妙法を唱え、広宣流布の大願に生き抜く生命は、最高無上の大歓喜に包まれるのだ。

 (中略)我らの歓喜は、いかなる試練にも絶対に負けない仏の力を、思う存分、発揮していくことだ。民衆のため、社会のために尽くしながら、自他共に崩れざる永遠の幸福を勝ち開いていくことだ。 新たな一年、新たな大勝利へ、新たな挑戦を強く朗らかに開始しよう!

 

聖教新聞2012.12.27付 御書とともに<100>

2013年1月5日6日

創価の全権大使たれ

 

「転輪聖王出現の時の輪宝とは我等が吐く所の言語音声なり此の音声の輪宝とは南無妙法蓮華経なり」(御義口伝巻上、733頁)
 「声」が「人」を動かす。 「友よ、見てくれたまえ。これが地球の平和の縮図だ」といえる、人間の連帯をつくりゆこう!  勇んで人と会い、誠実に人と語る。友情と仏縁を結ぶ地道な歩みこそ尊い。あなたこそ、生命尊厳の「パイオニア」であり、人間外交の「全権大使」なのだ。

 

聖教新聞2011.6.3付 御書とともに<31>

2013年1月4日

信心は無限の希望の力

 

「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(法華経題目抄、947頁)
 信心を根本に生きる人は、どんな状況、どんな場所にあっても、「ここ」から「新たな出発」を切っていける。「いま」から無限の「希望の未来」を開いていける。 わが心、わが地域を蘇生させ、必ず自他ともに幸福の人生を飾っていくことができる。そのための仏法である。

 

聖教新聞2011.3.19付 御書とともに<1>

2013年1月2日

今一重の「心ざし」を

 

『人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし(乙御前御消息、1220頁) 心は不思議である。いくらでも強くなる。深くなる。その最も強く深い心が、信心である。堅固な信心があれば、いかなる状況であろうと、必ず厳然と守られる。 信心は常に「いよいよ」「これから」だ。「今一重強盛」の信心で、日に日に新たな出発を期すのだ。それが、誉れ高き我らの「常勝の魂」である。

 

聖教新聞2012.7.6付 御書とともに<84>

2012年9月22日

蓮華の如く使命の大輪を

 

『経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり』(当体義抄送状、519頁)

 人生は悩みや宿命との戦いである。しかし、蓮華が泥沼の中から尊貴な花を薫らせるように、必ず自他共に、幸福と勝利の大輪を咲き誇らせていける。それが、「如蓮華在水」の法理に生きる地涌の菩薩にほかならない。現実社会の真っ只中で、真剣に妙法を唱え弘めゆく命に即、仏菩薩の大生命が躍動する。尊き同志の皆さま一人一人が、妙法蓮華経の当体である。いずこにあっても、そこが久遠よりの使命の舞台であることを忘れまい。

 

聖教新聞2011.6.25付 御書とともに<37>

2012年9月21日

一閻浮提第一の福徳

 

『一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ、あひかまへて・あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし』(諸法実相抄、1361頁)

 戸田先生は悠然と言われた。「われわれは仏法を弘めるためにわざわざ貧乏や病気の姿をとって生れてきたんだよ」 今の境遇は、すべての人々を救うために誓願した「使命」の舞台なのだ。私たちは一閻浮提第一の御本尊を信受している。断じて乗り越えられないわけがない。仏天をも揺り動かして、絶対に勝つのだ!

 

 聖教新聞2011.6.17付 御書とともに<35>

2012年9月19日

自分が変われば周りが変わる

 

『不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり』(御義口伝、769頁)

 仏法の真髄である題目を唱え抜いた人には誰もかなわない。相手の幸福を祈る。これほど尊く強いことはない。人の幸福を祈れること自体、仏の境涯に通ずる。自分が変われば、必ず相手が変わる。仏法対話は、自分の仏性と相手の仏性を、生き生きと呼び覚ましていく最極の語らいだ。

 

 聖教新聞2011.6.21付 御書とともに<36>

2012年9月18日

われ本来、仏なり!

 

『我等凡夫はまつげのちかきと虚空のとをきとは見候事なし、我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ』(十字御書、1491頁)

 汝自身を知れ――人類のこの大命題に、仏法は明快な回答を示している。たとえ過酷な宿業に直面し、自信を失いかけようとも、我らは胸を張り、何度でも立ち上がる。最極の仏の生命が、わが心にあることを覚知しているからだ。一切が、わが一念で決まる。「われ本来、仏なり」と妙法を唱え抜き、朗らかに! 強く! 自分自身に生き切るのだ。

 

聖教新聞2011.10.7付 御書とともに<56>

2012年9月17日

“嫉妬”は正義の誉れ

 

『石は玉をふくむ故にくだかれ・鹿は皮肉の故に・殺され・魚はあぢはひある故に・とらる・すいは羽ある故にやぶらる・女人は・みめかたちよければ必ずねたまる・此の意なるべきか、日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あって種種の大難にあへり』(弥源太殿御返事、1226頁)

 いつの世も正義は妬まれ、迫害される。偉大だからこそ嫉妬されるのだ。大聖人の直系の誉れ高く、創価の三代の師弟は、猶多怨嫉の大難を勝ち越えてきた。全世界に信頼と友情の道を開いてきた。我らは進む! 御聖訓通りの悪口罵詈を悠然と見下ろして。永遠の勝利の証しを打ち立てるために!

 

 聖教新聞2011.9.18付 御書とともに<54>

世界広布新時代

創立90周年へ

「創価勝利の年」

(2019年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2019.7.14日

第1615

 

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