指針

2016年10月27日

学会員を生命の続く限り護れ抜け!


 <同志の幸福を、広布の前進を真剣に祈り戦え>

 

戸田先生は、私と妻に言い残された。
 「学会員がいなければ、広宣流布はできない。大作と香峰子は、この尊い仏様である学会員を、生命の続く限り護ってほしい
 私と妻は、このご指導通りに生き抜き、戦い抜いてきた。
 また、「真剣に、そして雄々しく戦いゆく同志を、最大に励まし護れ!」とも言われていた。
 同志の幸福を、広布の前進を、真剣に祈り戦うことだ。その時、仏に等しい力が、自分自身の中から湧き起こってくる。そして、自分自身も護られるのである。
 反対に、この正道を踏み外してしまえば、諸天善神から見放されてしまう。
 戸田先生は厳しくおっしゃった。
 「仏意仏勅の学会を私利私欲のために利用したり、大恩ある学会を裏切ったりした者は、必ず諸天から裁かれる」と。
 自ら決めた、尊い誓願を、絶対裏切ってはならない。
 仏法の世界は不思議である。因果の理法は厳しい。仏法の眼で見れば、すべてが明快である。

 

2009年2月23日付聖教新聞(2面) 2009年2月18日 婦人部・女子部最高協議会でのスピーチ

2015年11月16日

幸福をつかむ信心


 第二の指針は、「各人が幸福をつかむ信心」である。(後に、SGI会長の提案で、「幸福をつかむ信心」となった)
大聖人は、法華経を引かれて仰せである。
 『此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成る』(御書1580頁)と。
 必ず「幸福をつかむ」ことができる。これが、大聖人のお約束である。
 「信心即生活」である。現実の社会の中で格闘しながら、法のため、人のために広宣流布へ前進する。そこに大功徳がわく。縁する人々をも救っていける。
 有名な御聖訓には、こうも仰せである。
 『冬は必ず春となる。いまだかつて、冬から秋に戻ったということは、聞いたことも見たこともありません。同じように、いまだかつて、法華経を信ずる人が凡夫のままで終わったなどということも聞いたことがありません』(御書1253頁、通解)
 この希望の大仏法を、私たちは一人でも多くの人に語り伝え、幸福への仏縁を広げていきたい。
 幸福は、人から、また外から与えられるものではない。自分自身の「心」で、つかみとっていくものである。まさしく『心こそ大切なれ』(御書1192頁)である。
 御書には、『さいわいは心よりいでて我をかざる(同1492頁)とも記しておられる。(同1492頁)一人一人の「心」を最大に強め、深めていく力が、「信心」である
  なぜ学会が、これほどまでに大発展をしてきたのか。
 その理由の一つとして、国際宗教社会学会の初代会長、ウィルソン博士(オックスフォード大学名誉教授)は、「学会が人間の幸福を第一義とする」点を挙げておられた。
 さらに博士は、創価のビジョンが「自分自身の幸福の探求を、人類全体の運命や地球社会の未来と関連づけている」と高く評価されている。(1997年10月~11月、創価大学での特別講義)
 「各人の幸福」は、全部、広宣流布に連動している。
 戸田先生は、よくユーモアをこめて言われた。
 「あなた方のためにやることが、結局は広宣流布のためであり、世界のためになるのである。だから皆さんの信心の努力の大半を自分自身の幸福のために使って、その残りを広宣流布のためにこっちへよこしなさい」と。
 では、幸福のために、大事なことはなにか。大聖人は、「悪知識」にたぶらかされないことであると、繰り返し戒めておられる。悪知識は、無量の善き心を破壊してしまうものだからである。
 「御義口伝」には、「功徳」の「功」とは「幸」ということであり、それはまた「悪を滅する」ことであると説かれている。(御書762頁)
生命の無明を滅することが幸福である。「悪」との戦いなくして、真実の「幸福」はありえない。

 

2003年12月11日海外・第二総東京代表協議会

2015年11月14日15日

一家和楽の信心


 指針の第一は「一家和楽の信心」である。

 日蓮大聖人は、『法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし』(御書1492頁)と仰せである。さらに、伝教大師の文『家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん(『守護国家』巻下)(御書1374頁)を引いておられる。その家に、妙法の声が響くということが、どれほどすばらしいことか。
 強き信心とは、強力な磁石のように、幸いを万里の外より集める力である。鉄壁の守りとなって、いかなる災難をも退散させていく。
 この大確信をもって、わが家を幸福と安穏の城に築き上げていくことである。
 家族が信心していない場合も、多々ある。しかし、心配することはない。あせることもない。一人が真剣に、厳然と信心に立ち上がれば、縁する人を皆、幸福の方向へ、希望の方向へとリードしていくことができるからだ。
 ちょうど、暗夜の海に一つの灯台が厳然と光を放てば、無数の船が、安全な航路を進んでいけるようなものである。
 大聖人は、こうも説いておられる。
 『目蓮尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生・三悪道さんあくどうはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ』(御書1430頁)と。
 ゆえに、信心のことで家族が争う必要など、まったくない。
 深く祈りながら、大きく賢い心で、仲よく朗らかな、笑いさざめく和楽のわが家を、堅実に、また着実につくっていっていただきたい。(後略)

 

2003年12月11日海外・第二総東京代表協議会

2015年6月15日

箴言メッセージ(3)

  

 アフリカ・ガーナのエンクルマ大統領
 「私たちの闘争を勝利にみちびくために、大小のそれぞれの任務をはたしてくれたすべての人びとに感謝をささげようではないか」
 ガーナ独立の直前の呼びかけである。
 同志の健闘を、徹底して、讃えることである。讃えれば讃えるほど、功徳は増す。私も毎朝毎晩、尊き学会員の皆さまに心から感謝し、ご健康とご多幸を祈っている。
 ◇
 私どもにとって、黄金の指導である戸田先生の言葉を紹介したい。
 「時代の先覚者というものは、決然として突き進む覚悟が必要なのである」

 この深い覚悟があったからこそ、学会は時代を大きく切り開くことができた。
 ◇
 「青年は豊かに、しかも心は広くいくことだ。電車賃にもこと欠くような、青い顔をしている青年に、広宣流布ができるか。生命力が旺盛で、朝起きたときに、太陽と、大日天と語り合えるくらいの境涯の、生命力のある青年でなくてはダメだ
 青年は、信心を根底とした、旺盛な生命力で、一日一日を勝っていくのである。
 ◇
 聖人等御返事
 『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』(御書1455頁) ――あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います――
 この御聖訓のままに、「いよいよ強く」前進していくことを確認し合いたい。
 前進の勇気は、祈りから生まれる。勝利の智慧もまた、必死の祈りから生まれる
 どうか勇敢なる指揮で、広宣流布の偉大なる勝利の歴史を残していただきたい。


2003.10.16付聖教新聞池田先生箴言メッセージ(抜粋)

2015年6月14日

箴言メッセージ(2)

  

 「学会の幹部でも、できの悪い者ほど威張っている。本当に信心が透徹して、教学も真面目に研究する者は威張らない
 本当に自分が戦い、努力し、成長している人は決して威張らない。威張る幹部は失格である。
 ◇
 「長としての器は、特別な力の問題ではなくして、一見して、つかみどころのない、凡庸な人柄の中にも、人をひきいていく人徳のある人だ」
 心すべき指針である。幹部は、謙虚に人格を磨き、人徳を深めていかなくてはならない。
 ◇
 「かつて中国の元の兵隊は、鍬と種を携えていたという。最初から土着するつもりでいたのである。現地の人々に食い込むことだ。これが強いのだ
 戸田先生らしい、わかりやすい譬えである。ともあれ、地域に根ざしていくことだ。
 ◇
 明代の学者・王陽明
 「人間の一生の最大の病根は、『傲(おご)る』の一字に尽きる」
 傲れる者には、事実が曲がって見えるゆえに道を誤る
 ◇
 歴史書『春秋左氏伝』から
 「驕(おご)りたかぶって、それで滅びない者は、いまだかつていなかった」
 これが歴史の法則である。同志を見下し、ないがしろにする人間は、必ずダメになる
 ◇
 「大もとに働きかけるのが、南無妙法蓮華経の精神である
 勝つための根本として、すべての智慧と行動の源が妙法である。まず祈りから出発する。最高の兵法が妙法なのである。
 ◇
 「青年が信心を根本として、偉くなっていった時に、広宣流布はできる
 この永遠の指針を、どうか青年部の皆さんは、深く胸に刻んでいただきたい。
 ◇
 「敵に対しては絶対に、徹底的に気をゆるめずにたたかわねばならぬ
 日蓮仏法の真髄は、仏子を守り、敵を責め抜く気迫がなくなったならば、信心とはいえない。

(つづく)


2015年6月13日

箴言メッセージ(1)

  

 創価の源流・牧口先生の指導に学びたい。
 「数多(あまた)の大悪がほとんど公然と行われているのがわかっていても、自己防衛にのみ没頭している臆病無力なる小善生活者には、どうすることも出来ない」
 その通りである。臆病で悪と戦わない小善の人間は、悪をはびこらせるだけである。それは悪に通じてしまう。創価学会は、大善の勇者の集まりである。

  ◇
 ドイツの哲学者フィヒテ
 「じっと立って、人間の堕落を嘆くだけで、これを減少させるために手を下すことをしないのは女々しいことである」
 「行動だ、活動だ、これこそはわれわれがそのために存在するゆえんのものである」
 人間の堕落を傍観するな。現実の社会に深く関わっていけ。行動するのだ。これが多くの世界の識者の一致した訴えである。

 ◇
 波木井三郎殿御返事
 『法華経の為に御勘気を蒙れば幸の中の幸なり瓦礫を以て金銀に易(か)ゆるとは是なり』(御書1371頁)
 ――法華経のために、権力による咎めを受けたことは、幸いの中の幸いである。瓦や石ころをもって金銀にかえるとは、このことである――
 大聖人は、難にあわれたことを「幸福の中の幸福」と仰せである。この「戦う信心」の中にこそ真実の幸福がある。
 あらゆる困難は、人間革命のチャンスなのである。

(つづく)

 

2015年2月24日

信仰者の境涯は、どうあるべきか


 信仰者の境涯は、どうあるべきか。
 第一に「何があっても恐れない」ことである。心を紛動されないことである。
 世の中には策謀があり、偽りがある。それらに、いちいち心を動かされるのは、あまりにも愚かである。また不幸である。
 絶対にウソがないのは妙法である。日蓮大聖人である。ゆえに、広宣流布に生ききっていく人生が、最も賢明である。
 信仰しているゆえに、いやな思いをすることもあるに違いない。人一倍の苦労もある。しかし全部、自分自身の修行である。
 大聖人は「一生成仏」と仰せである。成仏するためには、必ず三障四魔という関門を越えなければならない。越えれば一生成仏であり、永遠にわたって仏の大境涯を楽しみきっていける。ゆえに何があろうと恐れず、楽しく、勇んで、前へ前へと進むことである。
 第二に、「いつも希望を燃やす」人生である。希望ほど強いものはない。妙法は「永遠の希望」である。何があっても希望を失わない人こそが幸福者である。
 第三に、「どんな時でも楽しめる」境涯である
 死んでいく時にさえ、心から笑いながら「ああ、おもしろかった。さあ、次はどこへ行こうか」と、楽しんでいける。それが信心の境涯である。そういう人は、またすぐに生まれてくる。自分の望む通りの姿で、望む通りの所に生まれてこられる。
 ある人は家庭のことで悩む。「いやな女房だな」「いやな主人だな」――しかし、五千年も一緒にいるわけではない(爆笑)。仏法の永遠の眼から見れば一瞬である。
 また、境涯を開けば、奥さんが叱る声も、ジャズか流行歌に聞こえる(爆笑)。
 何があっても楽しめる大境涯――信心は「歓喜の中の大歓喜」なのである。

1997. 5.26中部代表者協議会

2014年11月18日

宣言!「何でも語り合える雰囲気」は学会の根本

 

 弘安元年(一二七八年)の七月三日のことである。日蓮大聖人は一人の婦人の門下の質問に答えて、丁重なご返事を出されている。
 指導者は、質問があれば、ていねいに答えなければいけない。いいかげんにあしらったり、偉ぶって、役職の上から見おろすような不誠実は、悪である。魔の心である。
 質問したのは妙法尼。病気の夫を看病しながら、真剣に仏法を求め、行じていた婦人であった。今で言えば、学会の婦人部である。
 大聖人は、まず、婦人に対して、「仏法について質問してきた」こと自体を、最大に賛嘆しておられる。どこまでも耳をかたむける。言い分は何でも受けとめる。これが御本仏の大きな慈愛であり、大きな心であられた。
 学会もまた、何でも語り合える雰囲気を大切にしていきたい。そうでないと伸びないし、発展は続かない。上から下への命令だけでは、官僚主義である。組織は硬直し、人間まで硬直させてしまう。そんなことは絶対にあってはならない。
 学会は人間の世界である。魂の世界である。心の世界である。慈悲の世界である。あくまでも人と人の団結と触発の世界である。だから強い。これを大切にすれば、学会は永遠に発展できる。
 何でも語り合える雰囲気――これを学会は根本にすることを宣言しておきたい。(拍手)

   

1998.6.16第二十三回本部幹部会、第七回婦人部幹部会

2014年6月23日

挑戦と開拓の貢献的人生を! 

  
 牧口先生の残された珠玉の指針から、次の三点にわたって銘記されたい。


 一、知識の切り売りや注入ではなく、知識の宝庫を開く「知恵の鍵」を与えゆく英知のリーダーたれ!
 一、民衆と苦楽を分かちあい、自他ともに、個人と全体との共存共栄をなしうる人格者たれ!
 一、たんなる消極的な善良に安んぜず、正々堂々と正邪の論議を尽くし、積極的な善行を敢然となしうる気概の勇者たれ!

 

1995.12.20アメリカ創価大学大学院第一回卒業式

2013年8月3日

 断じて忘れるな!

 

青春の誓いを/断じて忘れるな!/原点を持つ人は/絶対に負けない。/さあ新たな出発だ!

 

2011.9.26わが友に贈る

2013年7月25日

 一切の失敗の原因

 

 一切の失敗の原因は、金銭と人事である。この二つを失敗すれば、一家でも、どんな団体でも狂います。私は、今までも、そう思っているし、生涯、そのつもりでいます。

 

大白蓮華No.764号2013.8月号13頁

2013年5月11日

 永遠に心せねばならないこと
 
 永遠に心せねばならないことは、「全員が第一線に」「全員が開拓者に」という実践である。 そのためには、肩書主義を排さねばならない。すなわち「虎の威を借る狐」ではなく、一頭の「虎」にならなければならない。自分自身が「獅子」であらねばならない。「名刺で仕事をするな」という言葉がある。(中略) 学会の幹部でいえば、役職も何も捨てた、裸一貫の信仰者として、どれだけ「人格」と「力」が光っているか。「信力」「行力」、「教学力」「指導力」、社会常識、信心即生活の現実の姿。そして何より、どれだけ真剣に広布に尽くし、法に尽くし、仏子につくしているのか。 人と会うときも、役職等をかなぐり捨てた、一個の自分として大誠実で接すべきである。その時に、真の迫力、説得力、明快さが必要となり、鍛えられてくる。自分の本当の力が磨かれる。(中略) 自分のようなものが仏の使いとして働くことができ、人を救っていける。もったいなく、ありがたいことだという気持ちで、人々に尽くしていけば、その信心が御本尊に感応し、功徳が限りなくわいてくる。 学会の組織は仏法上、まことに甚深の意義がある。不可思議ともいうべき存在である。それは、広宣流布のためにできあがった組織だからである。
 
1989.12.28練馬、豊島区代表者会議

2013年5月3日

 私の指導方針
 
「皆さんが、全部、学会の最高責任者と自覚し、自信をもって、私を中心に、御本尊のもとに、横に、横隊に並んでいく。これが学会精神であり、私の指導方針なのです」
   
大白蓮華No.761号2013.5月号

2013年4月30日5月1日

未来部7つの指針

 

①健康でいこう
②本を読もう
③常識を忘れないでいこう
④決して焦らないでいこう
⑤友人をたくさんつくろう
⑥まず自らが福運をつけよう
⑦親孝行しよう
※2013年5月5日を記念して追加
  
聖教新聞2013.4.30付

2013年4月24日

認識せずして評価するな!

 

一人や二人に何かあっただけですぐに大騒ぎし、全体に問題があるかのように短絡的に論じる。ことの本質を見ないばかりか、それ以前にそもそも実態を調べようともしない。こうした「実地に認識せずして評価する」悪習は、日本において、とくにいちじるしいかもしれない 海外の一流の人は、何事も、うわさや人の意見だけで判断することは決してない。必ず自分が足を運び、自分の目で確認し、あらゆる角度から自分で探究して、正確に認識しようと努力する。 さまざまな分野で、海外での評価と、日本での評価が大きく異なることがある。それも、こうした伝統の違いが一因にあるといえよう。
  
1989.12.24文京、台東、北、板橋代表者会議

2013年1月7日

絶対の確信

 

戸田先生は「新聞報道などを見ても、生活に負けていく人の姿は、皆、『確信』が無くなったからだ。われわれは、大聖人様のご確信を、最高、最大のものとしていくことではないだろうか」「御本尊があるから大丈夫だ。御本尊を拝んでいるから、自分は大丈夫だ。この確信が奥底から出てきたら信心は一人前です」「わが人生は大丈夫だという確信がつけば、大丈夫です…きょうから、こうなりなさい。幸せになるに決まっています」この信心があれば、どんな苦悩も絶対に乗り越えられる!すべてを喜びに変えてみせる!

 

大白蓮華No.757 2013.1月号38頁

2012年12月18日

仏法の定理

 

「君たちに言い残しておく。今はわからないかもしれないが、やがて味方の中からも敵が出てくるだろう。周りが敵だらけになるかもしれない。それが仏法の定理だ。避けようがない。たとえ一人になっても、戦いなさい。私は19歳の時から、そのようにして戸田先生にお仕えしてきた!」

 

聖教新聞2006.4.8付

2012年12月14日

朝が歴史を創る

 

   朝が勝負である。昇りゆく旭日の勢いで、きょうをスタートするのだ。勤行・唱題は、生命を甦らせる暁鐘である。忙しくなるほど、戦いが厳しくなるほど、朝に勝つのだ。(中略) あの大阪の戦いも、朝の祈りから出発した。だから不可能を可能にできた。永遠に輝く「勝利の金字塔」を打ち立てることができた。  戦えば、三障四魔も競い起こる。毎日が真剣勝負である。だから、強盛に祈るのだ。「法華経の兵法」で、敵をも味方に変えていくのだ。

 

創価新報2012.12.5付

2012年11月19日

未来までの戦いのホシ

 

自分自身が、折伏を実践する。

自分自身が、教学を研鑽する。

自分自身が、真心込めて後輩の指導をする。

自分自身が、全魂を打ち込んで生活闘争する。

そこに初めて、その幹部の言々句々が生きていく。

組織に波動する。

後輩に対して力強く確信を与え切ることができるのです!

 

大白蓮華No.755 2012.11月号18頁

2012年11月16日

人生にとって何が大事か

 

一つは、人々のために、いつも尽くしたい、役立ちたいと戦い抜くのだ。

二つには、人々から「あなたの励ましのおかげで、このように元気になりました」と感謝される人になることだ。

三つには、人々から「あなたは、なくてはならない人、私たちにとって大事な人」と言われる人になることだ。

 

聖教新聞2012.11.11付今日も広布へ39

2012年9月14日

広宣流布の総仕上げ3指針

 

 第一に、あくまでも自身の人間革命を活動の根本としていくことです。自身を磨き、人格を輝かせていくことが、信仰の最大の実証となるからです。
 第二には、地域を大事にし、近隣との深い信頼関係を結ぶ、友好活動の継続です。友好、信頼の拡大は、仏縁の拡大になります。
 第三には、一家の信心継承です。子に、孫に、甥や姪にと、信心が受け継がれていってこそ、広宣流布の永遠の流れがつくられ、一族の永続的な繁栄もあります。

 

 小説 新・人間革命 26巻 厚田 57

2012年7月18日

よからんは不思議、悪からんは一定

 

「(前略)思えば、初代会長の牧口先生も、第二代会長の戸田先生も、そして私も、広宣流布に生き抜こうと、戦いを起こしたがゆえに、常に断崖の縁を歩いてきました。人びとの永遠なる幸福を築くために、世界の恒久平和を実現するために、宗教改革の旗を掲げて立ち上がった創価学会の歩みは、いわれなき非難中傷の連続であり、波瀾万丈の歴史でした。私は、その先頭に立ち、『よ(善)からんは不思議わる(悪)からんは一定とをもへ』(御書一一九〇ページ)との御聖訓を、わが信念として戦ってまいりました。 確かに私も、『永遠の都』にあるように、どんな緊急事態も、いわば日常茶飯の出来事にすぎないと実感しています。皆さんも、日蓮大聖人の仰せのままに、また、創価の一門として、広宣流布への確固不動な信念を固め、このロッシィのような境地を確立していただきたいのであります。 広宣流布という未聞の大業を成し遂げようとする私どもの前途が、平坦であるわけがありません。穏やかな秋晴れの日が、永遠に続くことなど、決してありません。日本海の怒濤のような荒波に向かい、堂々と前進していくのが、広布の道であり、創価の道です」  

 

小説 新・人間革命 26巻 厚田 27

2012年7月9日  

惰性を破る

 

惰性を破るには、原点に立ち返ることだ。

 

小説 新・人間革命 23巻 未来 13頁

2012年6月22日  

永遠の五指針
  
1)一家和楽の信心
2)各人が幸福をつかむ信心
3)難を乗り越える信心
4)健康長寿の信心
5)絶対勝利の信心
 

2003.12.11海外・第二総東京代表協議会

  
  ※SGIの信仰の目的がここにある!(サイト・マスタ)

2012年6月18日

六つの心構え
  
「後継の人を大切に」
「年配者を大切に」
「ふだんの言動を大切に」
「ふだんの身なりを大切に」
「婦人、女子を大切に」
「職場、社会を大切に」
 
小説 新・人間革命 23巻 330頁

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.2.25

1644回

  

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL