政治

2015年3月21

 <民衆が向上してこそ民主主義>

 

「民主主義が成功した民族は、

嫉妬心が少ない民族である」

 

 民主主義の発祥の地は、ギリシャのアテネといわれる。しかし、大哲学者・ソクラテスを死罪にしたのも、またアテネであった。
 なぜ、民主主義が発達したのに、偉大な人物が抹殺されたのか。それはアテネ人が、大きな欠点を持っていたからであるという。それは「嫉妬深かった」という一点である。
 平均よりも抜きんでた人物が出ると、皆で寄ってたかって叩き、あら探しをし、最後には追放してしまう。そういうことを繰り返して、アテネには二流、三流、四流の人間しかいなくなり、衰え、滅んでいった――と。
 こういう歴史を通して、ある学者は言う。
 「民主主義が成功した民族は、たいてい、この嫉妬心が少ない民族である」
 たとえば、かつてのイギリスでは、「国の役に立つ人間だ」と見ると、小さな嫉妬心を忘れて、みんなで、その人を、もりたてていった。
 十九世紀の名宰相ディズレーリは、ユダヤ人であったが、保守党は、そんなことを気にせず、彼をもりたてて党首にし、首相にした。大英帝国の最盛期である。
 ほかにも、「あいつは偉いやつだ」となると、過去のいきがかりには、こだわらず、みんなでもりたてて、リーダーにしていった。
 かつてのアメリカも、そうであり、偉い人間が出ると、みんなで励まし、応援して、本当の「大物」にしてしまう。小さな嫉妬心よりも、国家と社会全体のことを考えた。
 「こういう広い心をもった国民でないと、民主主義は成功しない」というのである。
 たしかに、アメリカ人には「人の幸福や成功を素直に喜ぶ」という美徳があると言われてきた。
 一方、日本は、「人の不幸を喜ぶ」という卑しい嫉妬心が強いと指摘されてきた。この「一凶(元凶)」を治さなければ、日本の民主主義は、衆愚政治になってしまうであろう。
 日本は今、民主主義の危機である。民主主義の″形式″は整っているようで、その″内実(中身)″がない。″アンコのないアンパン″のようだという人もいる。
 民主主義の中身とは何か。それは、一人一人の民衆の向上であり、躍動であり、完成であり、幸福である。ここに、民主主義の目的もあるし、実質もある。
 一人一人の国民が、社会の主人公にふさわしい哲学と信念、希望と情熱をもって、生きているかどうか。日本では、むしろ民衆の心が空虚になっている。からっぽになりつつある。
 そこに「権力の魔性」が、つけこんでくる。国家主義の危険がある。非常に危ういところに来ている。
 今、民衆一人一人の心の内側から、充実を与え、信念と勇気を与え、鋭い批判力を与えているのが創価学会である。これこそ″民主主義の内実″をつくる運動なのである。

 

1998. 3.21 山梨代表協議会

2014年12月9日

全民衆の幸福を第一義に、全民衆を守る獅子となれ! 

  
 「現在の政治を見ると、政党も政治家も、企業や業界、組合などの利益代表のようになっている。自分たちを選挙で支援してくれた団体などが、有利になるような法案や政策を推進し、便宜を図ることしか考えない政治家があまりにも多い。また、支援する方も、利権などの見返りを期待し、要求してくる。
 これでは、本当に国民のための政治はできない。
 それに対して、学会は、同志である皆さんを政界に送り出すために、全力で応援してきたが、見返りなどを求めたことは、ただの一度もない。まさに、公明選挙、公明政治の基盤をつくってきました。それは、これからも変わりません」
 政治の善し悪しは、ただ政治家だけによって決まるものではない。政治家を支援し、投票する人びとの意識、要望が、政治家を動かし、政治を決定づける大きな要因となっていくものである。ゆえに、政治の本当の改革は、民衆の良識と意識の向上を抜きにしてはあり得ない。学会は、その民衆を目覚めさせ、聡明にし、社会の行く手を見すえる眼を開かせてきたのである。
 彼は、祈るような思いで議員たちに語っていった。
 「皆さんは、学会のために、政治家として何か便宜を図ろうなどと考える必要は、いっさいありません。そんなことは、何も心配せずに、どこまでも全民衆の幸福を第一義に、国家百年の、いや、世界千年の大計を考え、行動する大政治家になっていただきたい。
 また、地方議会にあっても、民衆に仕えるという気持ちで、地域住民の手足となってください。
 議員というのは、住民のためにあそこまで泥まみれになって働いてくれるのかと、誰からも称賛されるような、模範を示していってほしいのです。
 民衆を守る獅子となれ――それが私の願いであり、期待です。また、皆さんを支援してきた同志も、同じ思いでいるでしょう」


小説 新・人間革命 5巻 獅子 313頁

2014年8月29日

制度の改革だけでは幸福の実現はない

   
 「(中略)制度の改革だけでは、人間の幸福を実現することはできないということだ。たとえば、現代は、主権在民だし、身分制度はなくなった。しかし、本当に皆が平等かというと、かたちを変えて、さまざまな差別があるじゃないか。また、公害の蔓延が人間を脅かしているが、その本質的な要因は、人間の欲望にある。それに、人間不信や疎外感、孤独感といった苦悩は、むしろ激しさを増してきているじゃないか。
 政治も、経済も、産業も、教育も、すべて人間がもたらした産物だ。したがって、何を改革していくにせよ、根本は、一切の創造の主体者である人間自身の変革がなくてはならない。その人間革命の道を教えているのが日蓮大聖人の仏法であり、それを民衆運動として展開してきたのが創価学会なんだよ」

 

新・人間革命 25巻 薫風 225頁

2014年6月12日

政治団体結成と政教分離 

  
 山本伸一が「公明政治連盟(後の公明党)」という政治団体結成に踏み切った最大の理由は、創価学会は、どこまでも宗教団体であり、その宗教団体が、直接、政治そのものに関与することは、将来的に見て、避けた方がよいという判断からであった。いわば、学会として自主的に、組織のうえで宗教と政治の分離を図っていこうとしていたのである。
 本来、宗教団体が候補者を立てることも、政治に関与することも、憲法で保障された自由であり、権利である。宗教団体であるからといって、政治に関与することを制限するなら、「表現の自由」「法の下の平等」、さらに、「信教の自由」をも侵害することになる。
 憲法の第二〇条には「政教分離」がうたわれているが、ここでいう「政」とは国家のことであり、「教」とは宗教、または宗教団体をいい、国と宗教との分離をうたったものである。つまり、国は、宗教に対しては中立の立場を取り、宗教に介入してはならないということであり、宗教が政治に関与することや、宗教団体の政治活動を禁じたものではない
 憲法でうたわれた「政教分離」の原則とは、欧米の歴史をふまえつつ、戦前、戦中の、国家神道を国策とした政府による宗教弾圧の歴史の反省のうえに立って、「信教の自由」を実質的に保障しようとする条文にほかならない
 したがって、創価学会が政界に同志を送り出すことも、学会自体が政治活動を行うことも自由である。
 宗教も、政治も、民衆の幸福の実現という根本目的は同じである。しかし、宗教が大地であるならば、政治はその土壌の上に繁茂する樹木の関係にあり、両者は次元も異なるし、そのための取り組み方も異なる。

(中略)また、宗教は教えの絶対性から出発するが、政治の世界は相対的なものだ。
 そうした意味から、やはり、宗教団体のなかでの政治活動と宗教活動との、組織的な立て分けが必要であると伸一は結論したのだ。そして、政治活動は、政治団体が主体的に行い、学会は、その支援をするという方向性を考えてきたのである。

 

新・人間革命 5巻 獅子 302頁

2013年4月21日

哲人政治

 

「政治的な生き方」と「哲学的生き方」は、その本質において、真っ向から対立する。政治は「弁論術」すなわち「うまい話」によって、「多数」の人を無知のまま、動かそうとする。哲学は「対話」によって、「一人」「一人」を、心から納得させようとする。政治は「人にどうみられるか」を気にやむ。哲学は「自分が実際にどうであるか」に心をくだく。政治は、青年を「操作」するために、真実から目をそらさせようとする。哲学は、青年を「育成」するために、真理に目覚めさせようと努力する。
 こうした対立が続くかぎり、哲学する「正義の人」は、悪しき政治の権力に、永遠に圧迫される運命にあろう。ソクラテスの死刑は、その象徴であった。
 (ソクラテスの弟子プラトンは、)こう結論する。
「正しく真実に哲学する者が政治的支配の地位につくか、現に権力を持っている人々が、真実に哲学するようになるか、いずれかが実現しないかぎり、人類の不幸はやむことがないだろう」
 有名な「哲人政治」の理想である。ある意味で「立正安国」の思想にも通ずる結論であった。
  
1989.2.14第十二回全国青年部幹部会

2012年12月31日

道義で政治を軌道に引き戻せ

 

「道義」とは、人間の進むべき道である。「力の論理」という迷路に陥った政治を、確かなる軌道に引き戻すには、「道義の力」が必要である。そこに宗教の役割もある。 伸一は、鋭い着眼に、感嘆しつつ語った。 「光栄です。大事な視点です。 どの国であれ、『道義』の確立という民衆の精神面の開拓がなければ、その分、政治の圧迫が大きな比重を占めていきます。 大事なのは、人間の生命は等しく尊厳無比であるとの人間的価値観が、『道義』の根本をなすということです」

 

小説 新・人間革命 26巻 法旗 15

2012年8月29日30日

出でよ!哲人政治家

 

 民衆を苦しめる社会の不条理と戦ってこそ、政治家である。その戦いがなければ政治屋である。最も苦しんでいる人に、救済の手を伸ばすことこそ、政治の原点である。

 権力には魔性がある。ゆえに権力に近づく人間は峻厳にわが身を律せねばならない。

 指導者には、権力を民衆の幸福のために用いる責務がある。まず注意深く、自らの「人間としての良心」に耳を傾けなければならない。政治家である前に、哲人でなければならない。

 

 池田大作 名言100選 178、179頁

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.9.22

第1695回

  

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL