本物

2018年9月24日

第1528回

本物と偽物

 

 (前略)大聖人が、「旃陀羅が子」と名乗られたのは、御書では二回。「佐渡御勘気抄」と「佐渡御書」である。どちらも、佐渡流罪の、まっただなかでの御書なのである。
 そこには、さまざまな意味があるが、大聖人は、政治権力という社会的に最高の立場からの弾圧の嵐の中で、敢然として「我は旃陀羅が子なり! 民衆の代表なり!」との御自身の立脚点を宣言なされたのである。
 飾り立てた「虚栄の最高(権力者)」が偉いのか。否、飾らない「まる裸の凡夫(人間)」が、正義に殉ずる姿が尊いのだと、叫ばれた。嵐の中の″人間宣言″であった。ここに重大な意味があった。この御精神に、弟子たちは続くべきであった。しかし、大聖人の直弟子でさえ、それがわからなかった。弟子たちも″見栄″を張るようになってしまった。(中略) 

 あの五老僧も、大聖人が生きておられる間は、まだ良かった。しかし、厳しい師匠の目が無くなったとたんに、だめになった。偉大な大聖人が亡くなられて、敵たちは、ここぞとばかりに弾圧を始めた。
 その時に、五老僧は一致団結して迫害と戦うどころか、「天台沙門」(天台宗の僧侶)と名乗って迫害を避けた。当時の権威であった天台宗の″権威の屋根″のなかに逃げ込んだのである。
 そうやって、身は守ったが、大聖人の正義を地に落としてしまった。
 釈尊が亡くなった時も、「やっとこれで、われわれは好きなことができるぞ!」と叫んだ老僧がいたと伝えられている。
 師匠が見ている時は、だれでも頑張る。師匠の目から離れた時にこそ、どう振る舞うか。そこに″本物″と″にせもの″の違いが出る。師匠が見ていようがいまいが、自分自身の信念で、師匠の恩を報じきっていくのが、本当の弟子である。心が師匠と″分離″しては、おしまいである。何をしても空転であり、何の価値も生まない。結局、わがままになり、堕ちていってしまう

1998年10月24日 日米各部協議会(抜粋)

2018年2月9日

 「真剣さ」であり、
 「努力する姿」であり、
 「戦い続ける執念」である。

 

<苦難、苦労の中でこそ、偉大なもの、本物が生まれる>

 

 戸田先生は、どんな忙しくても、青年たちを温かく迎えられた。
 「よく来たな! 未来に大きく羽ばたく諸君だ。私は期待し、信頼している」
 先生は、青年を、こよなく愛された。
 とくに晩年は、″もう青年しかない。青年しか信頼できない。青年が後を継ぐのだ。青年が伸び、青年が増えれば、学会は大きくなり、広宣流布はもっと早く進んでいく″というお心であられらた。
 私も今、戸田先生とまったく同じ気持ちである。
 創価学会は、これから一段と、青年に力を入れていきたい。
 また戸田先生は言われた。
 「広宣流布は、思想戦であり、言論戦だ。書きに書かねばならない、しゃべりにしゃべりまくらなければならない作業であり、大運動なのだ」と。
 どんどん書け。しゃべりにしゃべれ。黙っていてはいけない。言うべきことは、強く言い切っていけ。それでこそ、広宣流布は進むのだ、との戸田先生の厳命である。
 もちろん、聞くべきときは、きちんと聞かなければならない。
 そのうえで、青年ならば、邪悪を許さぬ、鋭い言論の力を持つべきだ。
 「一」言われたら、「十」言い返し、打ち返す「反撃力」を磨いていくのである。
 いわれない非難を受けて、黙って下を向いているような意気地なしの青年であってはいけない。
 おとなしくして、かしこまっていては損するだけである。
 相手の生命に叩き込むくらいの執念と勢いで、これでもかと反論することだ。真実を語ることだ。沈黙しないことだ。
 生命力に満ち満ちた私たちの力強い「声」――それが″広宣流布の弾丸″である。
 偏見や無理解の壁を破る″正義の大砲″である。
 わが信念を、わが正義を、どんな相手にも、しゃべって、しゃべって、しゃべり抜いていくのである。
 それが愉快で、楽しくてしかたがないという一人一人になっていってこそ、広宣流布は、一段と勢いを増して進んでいく。(中略)
 結論から言えば、広宣流布に生き抜くことが最高に「名をあげる」ことである。
 広宣流布の人生こそ、最も偉大な人生なのである。
 それが大聖人の御確信であられた。
 青年部の皆さんは、この一点を生涯、忘れないでいただきたい。
 戸田先生は「人間の″偉さ″は、地位や肩書にあるのではない。本当の『実力』があるかどうかで決まる」と指導された。
 学会のリーダーの条件は、社会的地位とか肩書は関係ない。
 どこまでも信心が根本であり、人間としての力がどうかである。
 つまり、
 「真剣さ」であり、
 「努力する姿」であり、
 「戦い続ける執念」である
 ――それがある人かどうかを見抜いていく以外にない。
 先生は常々、おっしゃっていた。
 「恵まれた環境だからといっても、いいものができるのではない。苦難、苦労の中でこそ、偉大なもの、本物が生まれる

 

2017年7月19日付聖教新聞、2005年7月本部幹部会(抜粋)

 

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.9.22

第1695回

  

日天月天ワンショット

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