本部幹部会

2022年4月27日

第9回本部幹部会から

(要旨)

 

永石女性部長

 

苦しむ人を幸せに

慈悲の大闘争を未来に継承

 

 一、お元気な池田先生、奥さまと共に迎えることができた、栄光の「5・3」を祝賀する本部幹部会、大変におめでとうございます(拍手)。

 飛躍の春、歴史的な第1回女性部総会を、皆で力を合わせ、大成功で開催することができました。どの地区も温かな真心と決意にあふれ、池田華陽会から多宝会まで心一つに新しい広布の歴史を刻む総会となりました。

 一、昨年、婦人部・女子部の70年の歴史を昇華して、池田先生のもと女性部が発足し、桜梅桃李のスクラムを広げながら1周年を迎えることができました。1951年、戸田先生のもと、婦人部結成となった集いに参加していた韓国出身の女性は当時、戦渦にあった祖国を、日蓮大聖人の仏法で救いたいと訴え、共に世界広布を決意し合う場となりました。

 婦人部の結成は、平和を願う誓いの出発でもあったのです。その翌年の5月3日に先生、奥さまがご結婚され本年で70年。人類の宿命転換と平和実現へのご闘争に対し、尽きせぬ感謝と、心からのお祝いを申し上げたいと思います(拍手)。

 一、57年、権力の策謀により、無実の罪で池田先生が投獄された大阪事件。非難中傷の嵐の中、2人の幼子を抱え、25歳だった奥さまは、心配する関西の同志へ手紙を送られています。そこには、「主人は前々より覚悟の上の事」「唯最后の最后迄、戸田先生の御意志にそった行動をと、(中略)念じて居る次第でございます」「この無実の罪もきっときっと変毒為薬できますものと信じて居ります」とつづられていました。

 どこまでも師と共に、人間の尊厳と平和を脅かすものと戦い抜かれた池田先生、奥さま。「一番苦しんだ人が一番幸せになる権利がある」と、世界の国々に、一人一人の心に励ましを送り続けてくださる。その地球規模の大慈悲のご闘争を、未来永遠に流れ通わせていくことが、私たちの使命であると強く決意いたします。

 一、先生のご指導に、「平和といっても遠きにあるものではない。他人を大切にする心を育み、自らの振る舞いを通して、地域の中で友情と信頼の絆を一つ一つ勝ち取っていく中でこそ、世界は平和へと一歩一歩前進するのです」とあります。

 先日の聖教新聞の投稿欄に、9歳の男の子の声が載り、感動しました。「ウクライナで、ぼくより小さな女の子が、じゅうでうたれて病院に運ばれているのをニュースで見て、かなしくなった。以前、ぼくは悪口を言われたのがくやしくて、カッとなって、相手にけがをさせたことがあった。それを知ったお母さんは、ないていた。お母さんは『そんなの全ぜん強くない。弱い人間のすることだ。本当に強いのは弱い人を助けられる人だ』と言っていた」「こまっている人を助けられる本当の強い人間になりたい」とありました。

 聞くとお母さんは、先生の『青春対話』を読み、先生の心をわが子に伝えていたといいます。

 御書に「夫れ、須弥山の始めを尋ぬれば一塵なり。大海の初めは一露なり」(新1706・全1237)とあります。

 全ては、一人の女性の深き祈りと勇気ある行動から始まります。

 私たちは、いやまして希望の連帯を広げ、生命尊厳の思想を、語り抜こうではありませんか。そして、師弟勝利の誓いを果たす7月へ、立正安国の祈りと対話の大波を巻き起こしてまいりましょう(拍手)。

 

 

志賀青年部長

 

核兵器なき世界を築け

善の社会を青年の力で

 

 一、青年部は、広布後継の意義深き「3・16」を、2万を大きく超える弘教拡大で荘厳し、いよいよ勢いを増して、「4・2」から「5・3」へ、草の根の対話にまい進しています。

 ロシア軍のウクライナ侵攻から2カ月が経過。民間人にも多くの死傷者が出ており、4月7日には、国連総会の緊急特別会合にて、国連人権理事会でのロシアの理事国資格の停止が議決されました。

 事態は日々深刻化しており、一日も早い停戦と現地の平和回復を祈らない日はありません。

 このウクライナ情勢を受けて、日本国内では、アメリカの核兵器を日本にも配備すべきという、いわゆる「核共有」の議論や、「非核三原則の見直し」といった意見が上がり始めています。

 この発想の前提は、いわゆる「核抑止論」です。

 この論理は、「もし他国が核攻撃をしてくるような事態になっても、こちらも核兵器を持っていれば、相手は報復を恐れて攻撃してこない」という“恐怖の均衡”に立脚するものです。

 こうした考えを基に、かつての東西冷戦の中で、核開発競争が急激に進み、全人類を何回でも殺戮できるだけの核兵器が製造されていきました。

 そうした国際情勢にあって、戸田先生が、学会青年部に対する遺訓として発表されたのが「原水爆禁止宣言」であります。私たちは、今こそ、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという、核兵器を容認する思想そのものを打ち破ってまいりたい。

 一、そもそも、「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則は、公明党が日本の国是として確立させた歴史があります。

 本年、沖縄は本土復帰50年を迎えますが、返還前の沖縄米軍基地の総点検を初めて行い、核兵器の存在など米軍基地の全容を判明させたのが公明党です。

 1969年当時の一般紙は、「政府でさえも手をつけられなかった沖縄の基地の実態に正面から挑戦」(朝日)、「日本の一野党がはじめて沖縄基地の“すべて”を国民の前にさらけだした事実は評価してよい」(毎日)と報じています。

 71年の国会では、当時、単独過半数を誇った自民党に対し、社会党や日本共産党が議会をボイコットする中にあって、公明党は衆院本会議に出席しました。そして不備の多い沖縄返還協定に反対しつつ、捨て身の交渉で自民党に最大譲歩させ、協定の付帯決議として、非核三原則を盛り込んだ決議を実現させたのです。

 公明党の山口代表も、こうした歴史に触れ、「地上から核兵器をなくすことが大きな方向性だ。今後も非核三原則を堅持し、日本が核廃絶をリードしていく」と主張。岸田首相の発言にも明らかなように、日本政府も非核三原則を堅持する立場です。

 国際情勢が混沌とする今、核に依存する安全保障ではなく、「防衛努力と平和外交を両輪とすべきである」という公明党の姿勢を貫き、現実的な平和構築に全力を挙げてもらいたいと思います。

 何より、戦争被爆国である日本がとるべき平和へのアプローチは、「他国を牽制するために、核を保有すること」ではなく、核兵器の悲惨さを継承し、その非人道性を語り広げ、「核兵器なき社会」と「真に平和な世界」の実現をリードすることだと確信します。

 一、池田先生は、青年部に「一人ひとりの胸中に生命の尊厳の哲理を打ち立て、平和の砦を築いていってこそ、原水爆の禁止は可能になる」と宣言されました。

 私たちは、仏法の生命哲理を根本に、社会にあっては、「平和の党」「青年の党」である公明党とも力を合わせ、平和と人道の連帯を広げてまいります。

 ともあれ、「汝、すべからく一身の安堵を思わば、まず四表の静謐を禱るべきものか」(新44・全31)とあるように、社会を善の方向へと変革することが仏法者の使命です。

 まずは、私たち青年が、今いる場所で誠実な対話に挑み、「立正安国」「立正安世界」の実現に向けて、青年の月・7月へ、勢いよく前進していきましょう(拍手)。

2022年3月13日

第8回本部幹部会

第2回青年部幹部会から

 

活動体験(要旨)

 

信心根本に病魔を乗り越え、

まな娘㊥、妻㊨と共に、幸の道を歩む稲垣さん

  

男子部

千葉・緑栄光区

 稲垣優さん

 

 

師匠と同志の励まし支えに悪性脳腫瘍を克服

 一、私が苦難の嵐に襲われたのは、妻と結婚した直後の2015年6月のことでした。理髪店で急に意識を失い、病院に救急搬送されると、脳に腫瘍があると判明。医師からは「手術で腫瘍を取り除けても、言語や記憶の障がいが残る確率は90%以上」と告げられたのです。

 絶望の淵に沈んだ私を救い出してくれたのは、創価班の先輩であり、以前から私にも家族にも励ましを送り続けてくださっていた壮年部の本部長でした。病気が判明した直後の会合。私の隣で渾身の指揮を執る本部長の目には、涙が光っていました。その姿に、“絶対に病魔を乗り越えてほしい!”との思いを感じ、熱いものが込み上げ、暗闇に覆われていた自身の心に一筋の光明が差したことを、鮮明に覚えています。

 当初は題目をあげていても、嗚咽をこらえきれない時もありました。しかし、師匠・池田先生からのご伝言や、同志から寄せられた色紙に計り知れない勇気をもらい、“必ず病魔に打ち勝ってみせる”との一念で祈るなか、高校時代の友人を入会に導くことができました(拍手)。

 一、迎えた手術は成功したものの、術後、容体が悪くなり、うなり声を上げるだけで会話ができなくなりました。医師からは、取り除いた悪性の腫瘍が周囲にも広がっている可能性があるとのことで、再度、開頭手術を提案されました。

 予断を許さない状況にあって、急に私は家族一人一人の名前をひらがなで書き始めたそうです。鮮明な記憶は残っていません。大切な存在を忘れたくなかったのだと思います。その行動を「回復の兆し」だと感じた母が、私に写真を見せながら尋ねました。「誰だか分かる?」。慈愛に満ちた師匠の姿を目に捉えた私は、おのずと「池田先生」との言葉を発していました。命の奥底に刻まれていた、師弟の誓いが蘇生する力を与えてくれたのでしょうか。この日を境に、次第に体の状態は快方に向かい、術後10日目には退院を果たすことができました(拍手)。

 しかし、その後も、「抗がん剤治療を受ければ、子どもは授かれないかもしれない」と告げられるなど、過酷な試練は続きました。それでも、この時の私は、自分でも驚くほど不安がなく、穏やかな心境でした。これまで病に立ち向かってきた経験から、どんな苦難があっても、絶対に信心で乗り越えられる。「素晴らしき人生を生き抜け!」――私の胸には、池田先生から頂いた書籍に記されていた言葉が響いていました。

 わが使命を果たそうと、復帰した仕事にも、学会活動にも全力で挑戦。手術後、丸刈り頭になった私を温かく迎えてくれた同志と共に、拡大に、励ましにと奔走しました。

 そうしたある日、医師から思いもよらぬ言葉がありました。病の進行速度が遅いため、「放射線や抗がん剤の治療は必要ない」「油断はできないが、定期的な検査でいい」と伝えられたのです。

 その後も病魔を抑え込む闘争は続きましたが、再発することなく、念願だった結婚式を挙げ、待望の長女も誕生しました。そして、5年の闘病を経た一昨年の冬、ついに、寛解を勝ち取ることができました(拍手)。

 一、私は今、病気で悩み苦しんだ分、この瞬間に生きている喜びを心の底から実感しています。私にとって、当たり前のことなど、何一つありません。だからこそ、これからも、報恩感謝の心を燃やして広布に走り抜き、「素晴らしき人生」を生き抜いてまいります。

 

 

困難をバネにブランド設立

女性部

愛知・名古屋池田総県

安江多恵子さん

 

 一、私は学会3世として愛知・名古屋で生まれ育ちました。

 将来、何を目指すか悩んでいた22歳の時、試しにモデル事務所のオーディションに応募。思いがけず事務所のメインモデルに選ばれました。

 充実した日々でしたが、新人の子が入ると次第に仕事が減少し、努力しても認められない現実が待っていました。事務所に入って4年目のある日、社長に告げられました。「モデルは諦めて、違う道に進んだ方がいい」。私はショックを受けると同時に、なぜ努力を分かってくれないのだろうと納得できませんでした。

 その頃、母に誘われて座談会に参加。私をよく知る信心の先輩に現状を話すと、「多恵ちゃんは感謝の気持ちが足りないかもね」と言われたのです。最初はその意味が分かりませんでしたが、次第に、全ての結果を環境のせいにしてきた自分に気付きました。

 これを機に、「悩んだ時こそ、お題目だよ」との母の言葉を思い出し、“まずは自分が変わろう”と真剣な唱題に挑戦。小さな縁も大切にして仕事に取り組むと、転機が訪れました。有名なアクセサリー会社のデザイナーと仕事をする機会に恵まれ、「多恵なら絶対売れるよ」と、フリーランスモデルの道を示してくれたのです。モデルの可能性を否定されていた私にとって心強い一言でした。私は、意を決して「TAE」の名前で独立することを決断しました。

 一、その頃、勤行・唱題は実践していたものの、学会活動には消極的でした。“活動する時間があれば仕事がしたい”と思っていたからです。しかし、先輩に誘われて当時の女子部の集まりに行くと、そこには性格や仕事もさまざまなメンバーの姿が。皆、私と同じように葛藤を抱えながらも、ありのままの姿で生き生きと語り合っていました。先輩から聞く池田先生のこと、仏法のことなどは新鮮で、“もっと信心を知りたい”と思い始めました。

 決めたら突き進む性格の私は、以来、積極的に会合に参加。先生の指針もたくさん学び、「趣味は学会活動」と言えるほど全力を注ぎました。その中で、初めて友人への弘教を実らせることもできました(拍手)。

 何より、活動に励めば励むほど、“みんなのために頑張りたい”と勇気が湧き、これまで“どうしたら売れるか”ばかりの自分中心の考えから、視野が広がっていきました。

 そして仕事と活動の両立に励む中、SNS上でモデルとしての知名度が徐々に向上。ファッション雑誌の公式インフルエンサーに抜てきされるなど、社会で実証を示せるようになったのです(拍手)。

 一、順調に思えた矢先、コロナ禍という試練が襲いました。雑誌の撮影やイベントが全て中止。加えて母が病に倒れ入院。退院できたものの、自宅療養の母の体調を考えると、外での仕事は難しくなりました。苦しい中でも私は“できることは絶対にある”と覚悟を決めました。唱題根本に知恵を湧かせ、“家からファッションを発信しよう”と自宅の一室にスタジオをつくることを決断。改装した後は撮影・編集を自分で行い、コーディネートしたファッションをSNSで積極的に発信しました。すると数カ月後、大手ファッション会社の担当者から「一緒にブランドを立ち上げませんか?」と誘われたのです。

 まさかの申し出に信心の功徳を実感。そして、昨年春に、自身のブランドを立ち上げることができました(拍手)。現在も好評をいただいています。

 これまで何度も訪れた困難を乗り越えられたのは、創価家族の存在と、大好きな母が教えてくれた題目の力のおかげです。母の体調も次第に良くなっています。

 そして、池田先生の「苦労は力になる。/悩みは智慧になる。/悲しみは優しさになる。/いちばん苦しんだ人が/いちばん幸せになれるのだ」との励ましがあったからこそ、ここまでくることができました。

 今、私は確信しています。“題目をあげれば絶対に負けない自分になれる”。そして“友のために行動した時、自分も大きく成長できる”と。

 これからも、ありのままの自分を磨き、友人や職場の人に対話を広げ、励ましと勇気を送れる人に成長し、使命の舞台で輝いていきます。

 

2022年3月13日聖教新聞3面

2022年3月7日

第8回本部幹部会

第2回青年部幹部会から

(要旨)

 

原田会長

 

志賀青年部長

西方男子部長

林池田華陽会委員長

 

 

師弟の平和の魂を継承

希望社会の創出へ「一人立つ」

 志賀青年部長 青年部は今月1日、ウクライナ情勢について「対話を通じて即時停戦を」と題し、声明を発表しました。

 その中で、戦闘によって多くの人々の生命と尊厳と生活が脅かされる事態は悲惨であり、これ以上の惨禍を防ぐために「即時停戦」を強く要請。さらに、関係諸国が一致して「どこまでも対話による外交によって平和回復への道を探る努力を続けるべきである」と訴えました。

 国際社会でも懸念が広がる中、安保理の要請による40年ぶりとなる国連緊急特別総会が開催され、ロシア軍の即時撤退などを求める総会決議を、141カ国の賛成多数で採択。国連のグテーレス事務総長は、国際社会の総意として「武器を置き、対話と外交への扉を開くよう求めるメッセージは明確だ」と述べました。

 引き続き、青年部としても、対話と外交による即時停戦と部隊の撤退を、声を大にして訴えてまいりたい。

 われわれ青年が継承してきた「平和の魂」の根本には、戸田先生が示され、池田先生が展開されてきた「地球民族主義」があります。人類は、国家の枠を超えて同じ地球に生きる一つの民族である。私たちは、この大局観に立ち、世界中の青年と手を携え、希望の連帯を拡大していきたい。そして、地道な折伏・対話こそが「世界平和への最短距離」との信念を胸に、仏法の人間主義の哲学を、さらに語り抜いてまいります。

 

 林池田華陽会委員長 池田華陽会は今、“つながるプロジェクト”を各地で推進し、縁する全ての方々に、真心の励ましを広げています。

 7年前に入会した、あるメンバーは幼い頃から、持病や人間関係に苦しんできました。生きる希望を見失っていた時、いつも変わらず励ましてくれたのが学会員の親友でした。

 “どんな苦しみも希望に変えられる”との哲学に感動し入会。学会活動に挑戦する中で“自分と同じ疾患に苦しむ方の役に立ちたい”と祈るように。大学院で研究を重ね、疾患の症状をケアする商品を開発。さらに同じ病のある人のコミュニティーの設立も行う中、多くの喜びと感謝の言葉が寄せられたそうです。「学会に出合って、人生が、百八十度変わりました」と語る彼女は今、仏法対話にも勇んで挑戦。「3・16」を記念し、友人への御本尊授与が決まりました(拍手)。

 池田華陽会は今月から第1回となる「華陽カレッジ」を開催し、幸のスクラムを、さらに広げてまいります。

 

 西方男子部長 男子部は「部2」の拡大を掲げ、全国で弘教のうねりが起こっています。

 11年前、東日本大震災で被災したメンバーは、津波で4人のきょうだいを失いました。家族を救えなかった自責の念に苛まれ、「自分には幸せになる権利はない」と心を閉ざしてきました。それでも、この苦悩を、自分のことのように一緒に悩み、祈ってくれた同志がいました。

 次第に、生かされた人生ならば、亡くなった家族に誇れる生き方をしたい。本気で誰かを励ませる自分でありたいと決意。今度は、彼自身が、友のために真剣に祈り、励ましを送る中で、2人の友人を入会に導きました(拍手)。

 そして、入会した友人もまた、男子部大学校の一員として、折伏に挑戦しています。

 男子部は今月、大学校の入卒式を各地で盛大に開催します。新しい力を先頭に、栄光の「5・3」へ、全国100万の対話拡大を果たしてまいります。

 志賀 青年の使命とは何か。先生は小説『新・人間革命』第8巻「宝剣」の章で、「青年ならば、一人立つことだ。そこから、すべては変わっていく」と示されました。

 混迷を極める国際情勢や長引くコロナ禍など、総じて、前途に希望が見いだせない社会の様相です。ならば、それ以上の熱と力で、希望を創り出していく。その先陣を担うのは、誰かではありません。今この時、青年が「一人立つ」ならば、一切を変える力となり、時代の闇をも切り開いていけると確信します。

 池田先生は、第1次宗門事件の渦中に発表された長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の中で、青年にうたい託してくださいました。

 「我が 門下の青年よ/生きて生きて生き抜くのだ!/絶対不滅にして/永遠の大法のために!/また この世に生を受けた/尊き自己自身の使命のために!/さらに/我らの信条である/世界に平和の鐘を/社会に正義の旗を/打ち建てゆくために!」と。

 後継の「3・16」から、次なる広布の山へ、池田門下の青年の圧倒的な対話拡大で、平和と正義の大連帯を築いてまいります(拍手)。

 

原田会長

 

広布の飛躍へ「たくましき前進」

「3・16」から異体同心の団結固く

 一、「第8回本部幹部会」ならびに「第2回青年部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。

 はじめに、ウクライナ危機を巡っては、多くの人々の生命と尊厳と生活が、戦闘によって脅かされるという悲惨な事態が続いており、憂慮に堪えません。私どもは、生命尊厳の哲理を信奉する仏法者として、一日も早い事態の終息と、人々の安全と平和の回復を、日々、より強く、祈っていきたいと思います。

 また、今回のことで、ウクライナから国外に逃れた難民が増え続けており、報道では、すでに100万人を大きく超える、かつてない規模になっております。こうした状況に鑑み、学会として、難民・避難民の皆さんへの人道支援の立場から、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)へ寄付を行うことを決定いたしましたので、皆さまにご報告申し上げます。

 一、さて、過日、中央社会協議会ならびに各都府県の社会協議会が開催され、今夏に実施される参議院議員選挙における比例区の公明党、ならびに、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の各選挙区で公認の7人について、これを支持することを決定いたしました。

 第2代会長・戸田城聖先生は、学会が政治参加するに当たり、その真情を語られました。「私の心を忘れぬ者は、政治革新を成し遂げ、民衆のための偉大なる政治家に育つだろうが、私利私欲にむしばまれていけば、広宣流布を破壊する魔の働きになってしまうだろう」「私は、獅子がわが子を谷底に突き落とす思いで、弟子たちを政界に送り出そうとしているんだ」と。

 公明党の全議員が今再びこの原点に立ち返り、衆望を担いうるに足る政治家へと人間革命してもらいたい。日に日に新たに緊張感をもってこれを誓い、一点の曇りもなく果たしゆく一日一日であってもらいたい。そうであればこそ、私たちも全力で支援してまいりたい(拍手)。

 一、2月の本部幹部会では、総兵庫女性部の「ひまわり合唱団」がブラジルSGIの愛唱歌「サウダソン・ア・センセイ(ようこそ、先生)」を見事に歌い上げてくださいました。この歌には、時間も場所も超えて、師匠と共戦しゆく、師弟不二の精神が脈動しています。

 1964年、ブラジルに軍事政権が誕生すると、創価学会も監視対象となり、74年には池田先生の入国さえ阻まれました。直前に訪問中止の報を電話で伝えられ、嗚咽するブラジルの友に、先生は、こう指導されます。

 「ブラジルは、今こそ立ち上がり、これを大発展、大飛躍の因にして、大前進を開始していくことだ」「長い目で見れば、苦労したところ、呻吟したところは、必ず強くなる。それが仏法の原理だよ」と。

 そして開催されたブラジルでの世界平和文化祭。ブラジルの青年たちは先生のご指導を胸に、悔し涙をぬぐい、来賓たちを前に感動のステージを繰り広げ、先生の名代となって、学会の偉大さを示しきりました。その日は、くしくも3月16日と17日。まさにブラジル池田門下生にとっての「3・16」――「広宣流布の模擬試験」となったのであります。

 以来、ブラジルの友は地域に根を張り、粘り強く信頼を勝ち得て、デマや偏見を打ち破り、学会への理解と共感を広げていきました。そうした中で誕生した歌が、「サウダソン・ア・センセイ」であります。

 作詞・作曲を担当したのは、ハンセン病を患う友でした。施設に入院しながら、しかも現実には、いまだ軍事政権下で先生が入国することすら許されない状況にありながら、友は、「先生! あなたをブラジルに迎えることができ、私たちの夢は叶いました」と歌ったのです。

 ブラジルの同志は、あの「3・16」の誓願を胸に、日々、先生をお迎えし、日々、先生と共に戦ってきた。だからこそ生まれ、だからこそ歌われたのが、「サウダソン・ア・センセイ」だったのではないでしょうか。

 一人一人の立正安国の行動が、やがて一国をも変え、1984年、ついに先生のブラジル訪問が18年ぶりに実現。今度は歓喜の涙をぬぐおうともせず、「サウダソン・ア・センセイ」を歌い叫ぶ友を前に、先生は語られます。

 「これまでに、どれほどの労苦と、たくましき前進と、美しい心と心の連携があったことか。私は、お一人お一人を抱擁し、握手する思いで、感謝を込め、涙をもって、皆さんを賞讃したいのであります」

 いまだコロナ禍が猛威を振るい、お一人お一人、仕事や生活も大変な状況にあると思います。しかし、苦労し、呻吟した分、組織も、人も、強くなります。その苦労をバネへと転じる力こそ、「たくましき前進」と、「美しい心と心の連携」にほかなりません。

 「3・16」に当たり、私たちは弟子として、師匠への誓いを新たにし、今一重、異体同心のスクラムを固め直して、立正安国と人間革命の完勝へ、たくましき前進を開始してまいりたい(拍手)。

 一、広布の伸展に魔の出来は必定である以上、私たちは魔に付け入る隙を与えぬよう、用心に用心を重ねていかねばなりません。

 例えば現在、オンラインの普及で、情報の共有が質量共に飛躍的に向上し、それが一人一人の成長と組織の発展につながっていることは、大変に素晴らしい変化です。その一方で、転送が容易なSNSでは一度、誤った情報や不適切な情報が拡散してしまうと取り返しがつかないため、十分な注意が必要です。

 特に、地区などの組織でのSNSグループは、学会活動の一環として、中心者のもと、いわば公式に設けているものです。したがって、そこには組織連絡やメンバー間でのやりとり、学会本部や聖教新聞社などから公式に発信されたもの以外の情報や、人づての情報は、流さないようにしていきたい。

 そもそもネット上にあふれる情報には、真偽や是非の検証ができないものも多く、中には学会利用や学会破壊をたくらむ人物が、その本性を隠して、学会員の関心を引こうと発信しているケースも、まま見受けられます。「魔の働きは分断」と心して、団結固く、学会と広布の前進を守っていきたいと思います。

 御書には「はるの野の千里ばかりにくさのみちて候わんに、すこしきの豆ばかりの火をくさひとつにはなちたれば、一時に無量無辺の火となる」(新1704・全1231)と仰せであります。

 一人の祈り、一人の行動、一人の誠実な声から、広布拡大の炎は、燎原の火のごとく広がっていきます。

 さあ、「3・16」から「4・2」「5・3」へ、全員が青年の心で、日本中に飛躍の拡大を成し遂げてまいろうではありませんか(拍手)。

 

2022年3月6日第8回本部幹部会 第2回青年部幹部会

 

2022年2月17日

第7回本部幹部会・兵庫総会から

(要旨)

 

 活動体験

 西神戸総県・西須磨光彩本部 

須留原光浩さん(本部長)

 

ケーキ作りで地域に尽くす

 

 

 一、私は神戸市長田区でケーキ店を営んでいます。父が1969年に創業。2代目の私は82年、高校卒業と同時に店に入り、父のもとでケーキ作りを学びました。84年、世界平和文化祭に折伏を成就して出演し、池田先生にお会いできたことが信心の原点です。

 一、95年の阪神・淡路大震災では、男子部の部長だった私は“バイク隊”の一員として、すぐさま救援に奔走しました。月日がたつにつれ、水や電気などのライフラインが復旧し始め、店舗再開のめどが立ちました。しかし、ためらいもありました。同じ商店街にも店はおろか、住む家までも失った人がたくさんいました。

 自分だけ前に進んでいいのか――悩みに悩みましたが、復興には商店街の復活が欠かせないと、思い切って営業を再開しました。

 ある日の夕方、一人のお客さんに言われました。「店を開けてくれてありがとう。避難所にいる家族に何も買うてやれんかったけど、これで喜ぶ顔が見れるわ」との涙ながらの一言は、今も忘れることができません。

 喜ばれるお菓子を作り続ける。これが自分の使命なんやと心が定まりました。

 一、2004年に壮年部に進出してからは、池田先生のご指導の通り、徹底して地域の発展に尽くそうと決意。店舗のある「西神戸センター街」でも会計係となり、地域振興のイベントがあれば、運営や司会など何役もこなしました。「とてもケーキ屋さんとは思われへんわ」と皆さんに驚かれた時、初めて学会の薫陶のありがたさを実感しました。

 思いがけない出会いもありました。イベントで大手百貨店のバイヤーと知り合い、“デパ地下”の催事にケーキを出品できることに。評判が評判を呼び、その後は神戸と大阪の九つの百貨店の催事に出店できるまでになり、大きく売り上げを伸ばすことができました。

 さらに震災から10年となった2005年、神戸港のシンボルであるメリケンパークの神戸海洋博物館で開催されたイベントで、数ある神戸のケーキ店の中の10店に選出され、オリジナルケーキを出品できることになりました。題目を唱えては創作を重ね、美しい神戸の夜景をイメージした「ハーバーナイト」が完成。ケーキは好評を博し、主催者に「一番売れた」と言っていただくことができました(拍手)。

 一、しかし、このコロナ禍で状況は一転しました。百貨店の催事が次々と中止になり、売り上げの大幅な減少が続きました。先行きが見えない中で、徹底して御本尊に向かいました。「大変だからこそ、大きく変わる」――先生のご指導が心に浮かびました。振り返れば、催事のたびに店を空け、高齢となった両親に大きな負担をかけていました。“店が愛されてこそ、街も活性化する。経営も長く続けられる。今こそ変わらなあかん”と思い切って催事を断り、本店一本での営業に切り替えました。

 そんな昨年2月、思いがけないことがありました。ショーケースの隅っこに並べていた「たぬきケーキ」が次々と売れ始めたのです。どうやら、この前日に放送されたテレビ番組の影響のようでした。

 たぬきケーキは、常温保存の利くバタークリームを使った昔ながらの商品で、昭和の頃には、全国どこのケーキ屋さんでも売っていました。しかし、冷蔵技術の発達に伴って生クリームのケーキが主流となり、たぬきは、やがて街から姿を消していきました。私の店では、シンプルだからこそ、ごまかしの利かないたぬきケーキを、父の代からこだわりをもって作り続けていました。詳しい方によると神戸で売り続けていたのは、うちの店だけだったようです。

 1カ月後、今度は地元の新聞社から取材依頼がありました。とても感じのよい女性記者が、熱心にたぬきケーキを取材して帰られました。あまりの急展開に“実は、あの記者さんはたぬきで、私は化かされとんちゃうかな”(笑い)と思ったほどでした。

 しかし新聞を見て驚きました。何と夕刊1面のトップ記事で私とたぬきケーキが、でかでかと紹介されているではありませんか。記事では、“懐かしさとSNS映えするかわいさが、広い世代に受け入れられている”と紹介されていました。記事はインターネットでも配信され、話題は全国区に。その後も、ラジオやテレビの出演依頼が相次ぎました。

 店舗には連日、たぬきを“捕獲”しにくるお客さまが訪れ、10匹、20匹と飛ぶように売れていきました。父の代から大切にしてきた味によって、コロナ前の売り上げを本店だけで回復することができたのです。

 

 一、感謝を胸に、同志の皆さんとも体験を語り合い、励まし合いながら前進してきました。本部幹部会に向けた拡大でも、わが西須磨光彩本部は青年を先頭に10世帯の弘教を達成。地区1を超える拡大を成し遂げることができました(拍手)。

 これからも、どこまでも池田先生のご指導の通りに戦い、皆さんに喜んでいただけるケーキ作り、自分づくりに全力で取り組んでまいります(拍手)。

2022年2月17日聖教新聞2面

2022年2月17日

第7回本部幹部会・兵庫総会から

(要旨)

 

 あいさつ

 広崎高司総兵庫長

 大野木文子女性部長

 

「勝利また勝利」の前進!

「支部2」の弘教を達成

 

 

 広崎 “常勝関西の要”との誇りも高く、勇躍前進を続ける兵庫の同志の皆さん、お元気ですか!(拍手)

 大野木 本日は、伝統の2月の本部幹部会を、「兵庫総会」として開催することができました。

 広崎 池田先生の初めての兵庫指導から、65年の節目を刻む本年。

 私たちは、「常勝兵庫! 先生とともに大歓喜の飛躍を!」をスローガンに掲げ、笑顔と励ましの「座談会」「聖教拡大」「折伏」に挑戦するなか、新たな活動者が陸続と立ち上がっています。

 会合内容の充実と、訪問・激励に力を注いだ1月の座談会は、コロナ禍前に比べて参加者を大幅に増やすことができました。

 大野木 兵庫では、昨年末より座談会に集う友を、さらに励まし、聖教拡大に挑戦する「聖教チャレンジャー」を育成しています。

 姫路総県のある女性部副本部長は、「学会活動には、全く興味ありません」と語っていたメンバーにも訪問を重ね、2年間にわたって温かい言葉を掛け続けました。

 その真心が伝わり、初めてグループの会合に参加したメンバーは、そこで聞いた体験や、先生の講義に大感動。学会活動への挑戦を決意し、先日、初めて『ワールド セイキョウ』を3人の友に渡すことができたのです。

 徹底して一人を励ます中で、新たに「8万人の聖教チャレンジャー」が誕生しました(拍手)。

 広崎 「聖教チャレンジャー」が、さらに「折伏チャレンジャー」へと成長できるよう、笑顔と励ましの伴走を続けていきます。

 現在、各地区・ブロックでは、「わたしが1世帯」「わが家で1世帯」を合言葉に、折伏の波動が広がっています。

 本年1月2日に、東兵庫総県の圏男子部長が入会に導いたメンバーは、その直後に、仕事の依頼が増えるなど功徳を実感。

 何より、題目を唱えると気持ちがポジティブになると、その素直な思いを語っていきました。

 すると、今度はその妹さんが「すぐに学会に入りたい」と入会を決意。歓喜の輪が広がりました。

 各部団結の折伏は、総兵庫として本日までに「支部2」を達成することができました(拍手)。

 「3・16」に向け「支部3」の完遂へ、怒濤の勢いで前進していきます。

 大野木 2000年2月。池田先生の75回目となる兵庫指導が実現しました。

 先生は「学会は『関西が心臓』です。神戸が『関西のスクリュー』です」、そして兵庫は「『日本の中心』の自覚で進んでいただきたい」と呼び掛けてくださいました。

 以来、私たちは「兵庫が勝てば、関西が勝つ! 全国が勝つ!」との決意で、どんな困難も、どんな厳しい戦いも、いつも心は先生と共に、全てを勝ち開いてくることができました。

 私たちは、本日の兵庫総会を“76回目の兵庫指導”と受け止め、創立100周年を開く本年の戦いを大勝利するべく、関西の月・7月へ、報恩の心を燃やし、団結して戦ってまいります。

 広崎 65年前の1957年10月18日、「大阪事件」の初公判の夜。池田先生は、神戸市の御影公会堂での大会に出席。その日の日記に「友よ、次の勝利に、断固進もう。俺も、戦うぞ」と記されました。

 そして5年後の62年1月24日。

 無罪判決がある前夜も、尼崎市体育会館での関西男子部幹部会で、「善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う」と烈々と宣言されました。

 先生が教えてくださった、この「勝利また勝利」こそ、我ら常勝兵庫の魂です。

 さあ、“歓喜の中の大歓喜”のスクラムを大きく広げ、一人一人が自分史上最高の拡大で、新たな飛躍の歴史を開こうではありませんか!(拍手)

 

2022年2月17日聖教新聞2面

2022年2月13日

第7回本部幹部会兵庫総会から(要旨)

 

原田稔 会長

 

「二月闘争」70周年を報恩の心で邁進

試練の時こそ地涌の慈悲の力を

 

 一、「第7回本部幹部会」ならびに「兵庫総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。

 1995年、平和旅でアメリカの地を訪れていた池田先生は、大震災の渦中にあった関西の同志に思いをはせ、次のように語られました。

 「わが偉大なる関西の友は、自分のことをさしおいてまで、人々のもとに足を運び、激励を続けている」

 「人の面倒をみた人、友を励まし続けた人。その人には、だれもかなわない」

 まさに今、兵庫の友、関西の友の不屈の姿は、全世界の希望と輝いています。兵庫の同志の皆さま、本当におめでとうございます(拍手)。

 一、本年は「伝統の2月」の淵源となった「二月闘争」70周年。戸田先生が、75万世帯の達成を願業に掲げ、第2代会長に就任されてより9カ月がたつも、弘教は思うように進まず、支部で月100世帯前後が限界だった1952年の2月、その突破口を開くべく、蒲田支部の支部幹事として指揮を執られたのが、当時24歳の池田先生でした。

 先生は支部で201世帯の弘教を敢行され、前途に立ち塞がる壁を見事に打ち破り、75万世帯の達成へと、学会を飛翔させたのであります。

 この広布史を画する歴史的な戦いが、いかにして実現されたのか。共に戦った蒲田支部の当時のリーダーが証言されていました。

 池田先生は、折伏・弘教を進める上で、三つの基本を、蒲田の同志に教えられました。

 一、折伏は、祈りから始める。

 二、折伏は、隣近所を大切にすることから始める。

 三、折伏は、体験を語っていく。

 これらは、全て池田先生が自ら実践されたことであり、また、この一つ一つを改めて深めていく時、「人間革命の信心」と「広宣流布の信心」の真髄が、この簡潔明瞭な3点に凝縮されていると、感銘を禁じ得ません。

 また、先生が“200世帯やりましょう”と、目標をおっしゃった時、その方は夢のような数に、思わず、「できません」と答えたそうです。

 すると先生は、温かくも間髪を入れずに優しく「やればいいんでしょう」と即答されました。

 “誰かにやらせる”のではなく、“自分がやる”。この責任感こそ一切の出発点であります。

 中には、池田先生が“大風呂敷を広げた”などと、揶揄する人もいたそうです。しかし、それを耳にされた先生は悠然と、「広げた風呂敷で包めばいいんでしょう」とおっしゃったそうです。まさに有言実行。「結果」をもって実証を示し、模範を示してこられた先生の戦いに、私たちは学び、続いていくことを、決意し合いたいと思います。

 一、70年の時を経て今、私たちはコロナ禍という壁に立ち向かっています。

 かつて池田先生は、「世界広布新時代」の開幕(2014年)を前に、このようにご指導くださいました。「深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」と。

 御書には仰せであります。「因縁和合して、自在神通の慈悲の力を施し、広く衆生を利益すること滞り有るべからず」(新728・全574)

 私たち一人一人の生命に「因」として内在している地涌の使命は、大きな逆境や試練という「縁」と和合した時、一切衆生を救いゆく“自在なる慈悲の力”を発揮するのであります。

 すなわち、まさに今こそが、自分自身にとっての、また学会にとっての、目の覚めるような発迹顕本の時――こう心を定めて、断じて目前の壁を打破し、「世界宗教・創価学会」として、雄々しく飛翔してまいりたい(拍手)。

 一、「二月闘争」を貫く精神は、恩師の誕生月を、広宣流布の拡大をもってお祝いしたいとの、報恩の真心でありました。

 こうして池田先生が命懸けで築かれた創価学会を、守り、発展させていくことは、私たち池田門下にとっての、報恩の戦いであります。

 かつて先生は、こうご指導くださいました。

 「戸田先生は語られた。『経文にも和合僧といって、現代でいうならば、その教団の発展、進歩のために、組織をもっとも大切にしてきている。和合僧――という組織を大切にすることは、現代においては、最高の広宣流布への構築に奉仕している仏道修行である、ともいっておきたい』。広布のために、和合僧を厳護せよ!――この恩師の叫びを、断じて忘れてはならない」という大事なご指導であります。

 学会の組織を離れて、師弟も広布も、人間革命もありません。

 ゆえに、コロナ禍という未曽有の状況下にあって、自分自身が大変であるにもかかわらず、何としてもわが責任を果たそうと、創意工夫を重ねながら、同志を励まし、諸活動を推進してくださるリーダーの皆さまの福運は、計り知れません。

 日蓮大聖人は、大難を前に広布の陣列から脱落した者たちの本質を、「我賢しと思わん僻人」(新1291・全960)――すなわち「自分のほうが賢いと思っている、ひねくれ者」と喝破されています。

 感謝の人は、謙虚です。恩知らずは傲慢です。

 私たちは、因果の理法の厳然たるを見つめながら、池田先生と同志への感謝の心を新たにして、報恩の戦いに邁進してまいりたい。

 池田先生は二月闘争の歴史を通して、小説『新・人間革命』で教えてくださいました。

 「師を求め、師とともに戦おうとする時、広宣流布に生きる、師の生命の脈動が流れ通うといってよい」と。

 さあ、池田先生を求め、先生と共に戦い、わが発迹顕本から、社会に地域に、希望の陽光を送っていこうではありませんか(拍手)。

 

兵庫総会の意義を込め、神戸市の兵庫池田文化会館を中心に、県内の31会館を中継で結んで開催された第7回本部幹部会(6日、兵庫池田文化会館で)

2022年1月16日

 

第6回本部幹部会

(8日、巣鴨の東京戸田記念講堂で)

  

原田稔 会長

 

大いなる飛躍へ新たな挑戦!

本物の友情結ぶ対話を

 

 一、青年の心で、創立100周年への飛躍を誓い合う「第6回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。はじめに、昨年末の財務につきまして、広布部員の皆さまの尊き真心に、深く感謝申し上げます。大変にありがとうございました(拍手)。

 一、さて、本年は、20世紀最高の歴史学者といわれるイギリスのトインビー博士と池田先生が、1972年5月5日に初めて対談されてから50周年の佳節を刻みます。これまで30の言語に翻訳された対談集『21世紀への対話』は、世界の大学で教材に使用されているほか、各国の大統領や大学学長、文化人など多くの識者の座右の書となっております。

 このトインビー博士との対談もしかり、

 

 池田先生の対話は、

 常に「目の前の一人」に全精魂を注ぎ、

 何ものにも揺るがぬ「本物の友情」を

 結ぶ対話であります。

 その友情が、国境を超え、時を超え、

 大きく世界広布の扉を開いたドラマを、

 幾度も目にしてきました。

 

 例えば、かつてブラジルでは、軍事政権下にあって学会への偏見やデマがまき散らされ、先生が隣国まで行かれながら、ビザが下りずに入国できなかったことさえありました。しかし、時代は変わり、ブラジルが軍事政権から民政へと移行する1984年、18年ぶりに先生のブラジル訪問が実現しました。

 先生が当時のフィゲイレド大統領と会見される時です。事前の準備で、学会側スタッフが、行政のトップであるアブレウ文官長と会いました。日本の官房長官のような立場の方です。その時、文官長から、“池田会長は、どういう人物か”と問われました。先生がブラジルに入られる時が近づくにつれ、やはり嫉妬の輩が、妨害の声を立て、騒ぎ始めていました。“事によっては”という緊張の瞬間でした。

 この問い掛けに応えて担当者は、文官長に、先生の対談集と写真集を見せて説明しました。その時です。写真集を開いていた文官長が、一枚の写真を見て、“ああ、この方か!”と大変に驚いたのです。それは、先生が大歴史学者トインビー博士と写っていた写真でした。

 実は、文官長は以前にロンドンを訪れた際、池田先生とトインビー博士との対談集を自ら買い求めたそうです。そして、その素晴らしい内容に、何度も繰り返し読んだそうです。トインビー博士との写真を見て、文官長の疑問は一気に氷解しました。そして文官長は、こう切り出しました。

 「池田SGI会長が大統領と会うために、一つだけ条件がある」

 「条件」という言葉に身構える学会側スタッフに、文官長は言いました。

 「大統領と会見した後、短時間でいいので、私とも会っていただきたい」と。

 すぐさま池田先生にご報告をして了解を頂き、先生は予定通り、フィゲイレド大統領と会って友情を結び、そして、アブレウ文官長とも個別に会見されたのであります。

 このフィゲイレド大統領との会見は、日本の昼のニュースでも報道されました。

 以来、ブラジルでのSGIを巡る環境は一変。池田先生には、最高の国家勲章「南十字国家勲章コメンダドール章」が授章されたのをはじめ、数多くの顕彰が贈られております。

 

 一人の人と結んだ本物の友情が、

 広宣流布において、

 どれほど大きな可能性を秘めているか。

 私たちは、大いなる飛躍を遂げるために、

 しっかりと大地を踏み締め、

 「本当の友人づくり」

 に挑んでまいりたいと思います。

 

 一、社会学者である早稲田大学文学学術院の石田光規教授が、「創価新報」のインタビューで、若い世代が置かれた“つながり”の現状について、鋭く論じていました。

 かつてあった「地縁」や「血縁」は都市部などへの人口集中によって薄れ、それに代わる会社でのつながり――「社縁」も、経済成長に陰りが見え始めた90年代から失われていきました。

 結果、社会の個人化が進み、

 かつては何気なく生活していても、

 それなりに“つながり”がつくられていた

 ――いわば人脈が与えられていたのが、

 

 今では自ら“つながり”を選び、

 つくっていかなくてはならなくなりました。

 

 加えて2000年代後半からSNSが普及すると、

 人々は、“自分を認めてくれる関係性を、

 いかにつくっていくか”という課題を抱えると同時に、

 “周りは自分のことを認めてくれないかもしれない”

 という不安に、常にさいなまれる状況になったといいます。

 その上で石田教授は、

 「人間関係が不安定化する中、

 『信仰』は、個人のみならず、

  関係を支える重要な基盤となり得るでしょう」

 と期待を寄せています。

 

 「青年・飛躍の年」、私たちは、

 こうした社会状況の大きな変化や、

 それに伴って創価学会がタイムリーに

 果たし得る社会的使命について、

 敏感に察知し、吸収し、

 私たちもまた、

 大胆に変化していかねばなりません。

 

 翻っていえば、

 会内にあっても、

 90年代に青少年期を送った世代、

 40代以下の活動者は、

 「自ら選択して“つながり”をつくっていく社会」

 を生きており、

 いわゆる「人脈」というものが、

 自然と存在する世代ではない、

 ということです。

 だからこそ、

 まずは、新しい出会いを結び、

 人間関係そのものを広げられるよう、

 さまざまな友好活動を広宣流布運動の基礎に位置づけ、

 時間的余裕と、

 個々の取り組みへの理解が必要となってきます。

 各地・各部で工夫しながら、

 飛躍への新たな挑戦を開始してまいりたいと思います。

 

 一、かつて、ドイツの教育学・哲学の権威であるデルボラフ博士が、池田先生に、こう尋ねられたことがあります。

 「識者との対談は、どういうきっかけで実現するのですか?」

 この問いに、先生は答えられました。

 「世界の平和、人々の幸福を願う気持ちを

  深く持った人同士は、

  どこかで自然と出会うものなのです」と。

 

 さあ、私たちもまた、

 「広宣流布」にわが「心を一にして」、

 池田先生に「二陣三陣」と続き、

 地涌の眷属を呼びいだす

 対話の旋風を巻き起こしていこうではありませんか(拍手)。

 

田島大樹 学生部長

 

普賢の力で世界広布に先駆

 一、学生部は今、スローガン「Toward2030 一人立つ英知の若鷲よ 世界広布の先駆の勇舞を!」を胸に、各地の新リーダーのもと、意気軒高に弘教拡大に走り抜いています。コロナ禍で人のつながりが希薄化する中にあっても、昨年の「11・18」から毎週、多くの御本尊流布を成し遂げることができました。

 一、本年、学生部は二つの重要な佳節を迎えます。一つは「6・30」部結成65周年です。1957年6月30日、権力の魔性との戦いの渦中に誕生した学生部には、民衆を守り抜く使命があります。学生時代に正義の言論力を培うため、キャンパスや地域で仏法の哲学を語り抜き、友情と信頼の輪を広げています。

 私も学生時代、対話に励む中で3人の友人を入会に導き、師匠との原点を築くことができました。昨年の「11・18」以降、率先して戦おうと5回の折伏対話の場をもち、その中の一人の友人と勤行を実践しています。

 全国のメンバーと共に、池田先生との原点を築く弘教に挑み、「二月闘争」、そして3月の「青年部幹部会」へ、学生部が広布拡大に先駆します。

 一、重要な佳節の二つ目は、「8・31」池田先生の御義口伝講義の開始60周年です。

 『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊された今、学生部員の中にはアルバイトで貯めたお金で、人生で初めての御書を買ったというメンバーも少なくありません。

 学生部は、本年の年間拝読御書を改めて「御義口伝」に定め、全国をオンラインで結んでの部長講義を実施します。学生時代に御書新版が発刊された意義をかみ締めながら、大聖人の仏法の大哲理を一人一人が心肝に染めていきます。

 一、さらに、知性を磨き、新しい時代を開く行動を起こすのが、英知の学生部の使命です。「SGIの日」記念提言や、対談から50周年を迎える先生とトインビー博士との対談集を研さんするとともに、連続シンポジウムなどを通して、核兵器廃絶や日中友好、そしてSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた平和の行動を起こします。

 先生が対話によって切り開かれた世界平和の道を、学生部が受け継いでいく決意です。

 「御義口伝」には、「この経の広宣流布することは、普賢菩薩の守護なるべきなり」(新1085・全780)とあります。創価の普賢菩薩である学生部が、人間主義の智慧の光で世界を照らし、勇気の折伏で、「青年・飛躍の年」の突破口を開いてまいります(拍手)。

 

山口華 女子未来部長

 

希望を開く励ましに全力

 一、学会創立100周年から22世紀へ、今の未来部の世代が時代を創り、未来を開きます。女性部新出発を期して、ヤング白ゆり世代から、これまでの2倍を超える女子未来部・少女部リーダーが、全国各地で誕生しました。女性未来本部長と共に総力を挙げて、一人一人が伸び伸びと使命を輝かせていける未来部を築いてまいります(拍手)。

 一、私自身、未来部時代を温かな創価家族の中で育てていただきました。高校2年の時、先生が関西指導のため、地元・大阪をご訪問。直後に、未来部担当者の方の提案で、先生が写真に収めてくださった大阪城のもとに集い、記念撮影を行いました。直接の出会いはなくとも、先生が関西をご訪問された感動を、私たち未来部員の心に残してあげたいという、担当者の方の真剣な思いからだったと思います。その時は、正直、師弟のことは分かりませんでした。ただ、先生のことを真剣に話してくれたことは、鮮明に自身の中に残っています。

 一、コロナ禍にあって、先生が「大白蓮華」誌上で7回にわたって、未来部に御書講義をしてくださったことを、今の未来部員は命に刻んでいます。

 ある中等部のメンバーは、講義を通して、自分と同じように相手にも宝の生命があることを学び、友だちを心から大事にできる自分になりたいと決意。多くの友だちと友情を結び、今では生徒会長としても活躍。習っている空手では、全国大会への出場も決まりました。師匠の限りない信頼と期待に触れた未来部員が可能性を輝かせ、先生との絆を強めゆく姿に感動でいっぱいになります。

 うれしいことに、今年の夏、この御書講義を一冊にまとめた書籍が発刊されることになりました。一人でも多くのメンバーと学んでいきたいと思います。

 一、現在、受験生をはじめ、全未来部員が進級・進学などに向けて大事な時期を迎えています。3月には全国各地で「卒業部員会」、少年少女部の合唱団の「入卒団式」も行います。皆が誓いも新たに出発を切れるよう、全国の未来部リーダーと共に、励ましを送り抜いていく決意です。

 先生は、「『師子』を育てられるのは『師子』だけだ」と教えてくださっています。未来部に関われる喜びと決意を胸に、メンバーと共に飛躍の青春を歩み、希望に満ちた未来を勝ち開いてまいります(拍手)。

 

2022年1月15日第6回本部幹部会から(要旨)

 

2021年11月19日

第5回本部幹部会

 池田先生のメッセージ

 

 

王者の誇りで人間革命へ飛躍

 慈悲と英知の翼を威風堂々と

 

女性部の1期生は一人も残らず幸福に

心広々と栄光の大空へ羽ばたけ

 

池田先生がかつてしたためた

「教学材宝(財宝)」、「栄光天使空」、「英知広布翼」の書が本部幹部会で紹介された

   

 一、多難なこの一年、全世界の創価家族が、まさに「苦楽ともに思い合わせて」妙法流布に戦い抜き、「創立の日」、そしてまた創立の父・牧口常三郎先生の「殉教の日」を、異体同心で勝ち飾ることができました。

 誠におめでとう!

 本当にありがとう!(大拍手)

 

 御本仏は「妙法の五字を弘め給わん智者をば、いかに賤しくとも、上行菩薩の化身か、また釈迦如来の御使いかと思うべし」(御書新版694ページ・御書全集550ページ)と仰せであります。学会員の一人一人が、どれほど偉大であるか。その福徳が、どれほど絶大であるか。なかんずく、多宝会・宝寿会・錦宝会をはじめ労苦を惜しまぬ宝友の尊き奮闘に最敬礼します。

 一、きょうは、全同志へ感謝と讃嘆を込め、三つの書をお贈りしたい。

 最初に、このたびの『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊を記念して、「教学材宝(財宝)」であります。

 思えば1952年、立宗700年の大佳節に完成した創価学会版・御書全集の発刊の辞に、戸田城聖先生は「今後の補正に最善の努力を尽さん」と記されました。その恩師の誓いを受け継ぎ、御本仏の御聖誕800年のこの年この秋、従藍而青の俊英たちと実現できたことは、大いなる報恩の誠であります。

 「教学」は、まさしく私たちの人生の「財宝」であるとともに、全人類にとって、かけがえのない「財宝」にほかなりません。

 コロナ禍にあっても創意工夫しつつ、各国各地でたゆみなく、教学の研鑽が進められたことは、なんと気高い求道でしょうか。

 地球文明の針路を示す確固たる希望の聖典が求められてやまない今こそ、教学という最も普遍的な生命尊厳の哲理を掲げて、世界市民の大連帯をいよいよ広範に築いていく時であります。

 

 一、次に、わが女子部が女性部の誉れの第1期生として羽ばたきゆくことを祝して、「栄光天使空」であります。

 「創立の日」のきょう、御書新版の発刊と同時に、女性部が新出発することは、華陽の乙女たちに「教学で立て」と望まれていた恩師もきっと笑顔で見守っておられることでしょう。

 とともに、恩師が創価の愛娘たちに念願されたことは、「一人も残らず幸福に」ということでありました。

 御書には、「この経(法華経)は女人成仏を手本としてとかれたり」(御書新版1738ページ・御書全集1311ページ)と仰せです。

 どうか、女性部の皆さんは、

 何があっても題目を唱え抜き、

 一人も残らず「幸福の天使」として、

 また「平和の天女」として、

 「歓喜の中の大歓喜」の舞を、

 楽しく仲良く伸びやかに繰り広げていってください。

 そして家族や友人を大切に、

 心広々と新しい地涌の仲間を創り、

 皆を栄光の大空へいざなっていただきたいのであります。

 

 一、最後に、新たな「青年・飛躍の年」の開幕に当たり、「英知広布翼」であります。

 大宇宙の森羅万象は、

 瞬時も止まることなく、

 生成流転を続けています。

 その一切をよりよく変転させていく

 究極の法則が妙法であります。

 この力を自他共に発揮して、

 「月々日々に」惰性を打ち破り、

 目覚ましい生命の飛躍を成し遂げ、

 よりよき社会を創造していけるのが、

 人間革命の大仏法なのであります。

 大聖人は、

 「にくまばにくめ」という毅然たる信心を貫き、

 同志を護り、

 後継を育てている健気な千日尼に示されました。

 「この経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり、師子王のごとし。空飛ぶ者の王たり、鷲のごとし」(御書新版1737ページ・御書全集1310ページ)と。

 明年は、

 師恩に報いようと

 広布拡大の飛躍を果たした「二月闘争」から70周年――。

 共々に、正義と勇気の師弟不二の師子吼を混迷の世に放ち、

 悩める友を包み励ます慈悲と英知の翼を大きく広げながら、

 威風堂々と王者の誇りで飛躍しようではありませんか!

 一、70年前、師弟の力で完成した御書全集に、恩師は和歌を認め、私に贈ってくださいました。

 その信頼の一首を、愛する不二の青年に、そして青年の心で立つ全宝友に贈り、私のメッセージとします。

  

 山を抜く

  力はみちたり

   若き身に

  励み闘へ

    妙法の途に

  

 日本のため、

 世界のため、

 未来のために、

 創価は勝ち進もう!(大拍手)

 

2021年11月19日第5回本部幹部会

2021年11月19日

第5回本部幹部会

原田会長

次なる「広布の山」へ新展開を

 

 一、女性部の新出発とともに、晴れ晴れと迎えた「創立の日」を記念する「第5回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。

 

 すでに聖教新聞で報じられた通り、学会は明2022年のテーマを「青年・飛躍の年」と掲げ、前進してまいります。2030年の学会創立100周年への「勝負の10年」の第一歩を完全勝利で踏み出し、明年は、さらに「大いなる広布の山」の登攀を目指して、人材の育成、広布の裾野の拡大に取り組むべき一年となります。

 

 コロナ禍の影響により、孤立や分断が深まる社会にあって、利他の精神で、心の絆を結び強めようとする学会員一人一人の生き方は、創価学会への認識を確実に変化させつつあります。その見えざる触発の積み重ねが、やがては、さらなる地涌の陣列の拡大への飛躍台となっていくことは間違いありません。

 

 と同時に、一人の人生にあっても、難を受け、魔と戦いながら信心を貫くことによって初めて自身の宿命を転換し、絶対的幸福境涯を開くことができるのであり、今の苦境は、そのまま人間革命への飛躍台でもあります。

 また、新たな飛躍のために、どこに力を入れ、伸ばしていけばよいのか。その開拓の最前線は「青年」をおいてほかにありません。

 

 明年は池田先生の入信75周年、

 「二月闘争」70周年、

 トインビー博士との対談開始50周年の佳節を迎えるとともに、

 「第2の七つの鐘」の4番目の鐘が打ち鳴らされる年となります。

 加えて『日蓮大聖人御書全集 新版』の発刊、

 女性部の新出発に当たり、

 64回の年間テーマで初めて「飛躍」の二文字が躍った意義を、

 しっかりと踏まえてまいりたい。

 創立100周年に向け、

 青年を先頭に、

 学会のさらなる飛躍へ、

 広宣流布の新展開を開始する一年にしてまいりたい(拍手)。

 

 一、未曽有のコロナ禍への前例のない対応を通し、かつてない効果も生まれています。

 

 オンライン会合が浸透した地域では、これまで仕事や育児で参加できなかった方や、夜間の外出が難しい高齢者など、協議会の参加者が大幅に増え、対面で開催する座談会の活気も増しているという地区が多くあります。

 実際、21世紀に入って以降、私たちを取り巻く時代状況は様変わりしています。

 

 共働き世帯の数は、

 専業主婦世帯の571万世帯に対して、

 1240万世帯と、

 今や2倍以上にも上っています。

 働く高齢者も、

 60歳から64歳の男女で70%以上、

 65歳から69歳で約半数を占めるなど、

 人々の就業環境だけを見ても激変しています。

 こうした中にあって、

 どうすれば幅広い人材を糾合し、

 積極的に活動へ参加していただけるか。

 また、限られた時間を有意義に活用して、

 友好の拡大に力を注いでいただけるか。

 

 池田先生は『未来対話』で

 「『新しい挑戦』『新しい自分になる』といっても、

 何か特別なことをやる必要はないんです」

 「大いなる飛躍のためには、

 基本がしっかりしていることが重要です」

 と指導されています。

 

 では、その広宣流布活動の「基本」とは何か。

 先生は

 「『座談会』

 『教学の研鑽』

 『一対一の個人指導』である。

 これが牧口先生、戸田先生以来の学会の伝統であるからだ。

 この3本の柱が、

 強力に、忍耐強く、実践される限り、

 やがて時代を動かし、

 人道と正義の連帯を広げ、

 新しい平和の世界を創っていくことができる」

 と教えてくださいました。

 

 「座談会」

 「教学の研鑽」

 「一対一の個人指導」

 ――この3本柱を、

 次なる飛躍を期すための最重要のホシと定め、

 その充実に総力を傾けてまいりたい。

 

 一方で、

 その他の諸会合や打ち合わせ、

 会議などは、

 リーダーが本当に必要最小限のものを、

 効果的かつ効率的に行うよう心掛け、

 その「会合革命」によって生み出された時間を、

 新たな人材の発掘・育成と、

 新たな友好の拡大に充てて、

 飛躍への力を十二分に蓄えてまいりたいと思います。

 

 一、昨年12月から本年1月に行われた調査では、

 60歳以上で、

 相談し合ったり、

 世話をし合ったりする親しい友人がいない人は、

 実に3割を超えておりました。

 若い世代でも、

 SNSなどを通じて“つながり”があふれているようでいて、

 実態は孤独感に包まれているようです。

 本年、行われた調査では、

 20代から30代の2人に1人が、

 日常的に孤独を感じると回答。

 そのうちの5割から6割が、

 コロナ禍で孤独を感じることが多くなったと答えています。

 

 御書には

 「夫れ、木をうえ候には、大風ふき候えども、つよきすけをかいぬればたおれず。本より生いて候木なれども、根の弱きはたおれぬ。甲斐なき者なれども、たすくる者強ければたおれず」(御書新版1940ページ・御書全集1468ページ)と仰せであります。

 

 人間革命と

 立正安国の「根」を強く張る

 私たち一人一人が助け、

 支えるべきたくさんの友が、

 私たちを待っています。

 

 さあ、今までの自分を超える勇気の跳躍から、

 新たな勝利への飛躍を開始しようではありませんか(拍手)。

 

永石女性部長

桜梅桃李のスクラム固く

 

 一、お元気な池田先生、奥さまのもと、11・18「創価学会創立記念日」に、女子部も一体となっての「女性部」の出発となりました。皆さま、大変におめでとうございます。

 

 創立の日を師弟の凱歌で飾ろうと、史上最高の拡大に挑戦し、輝く歴史を残した女子部の皆さん! 立正安国の連続闘争に走り抜いてくださった女性部の皆さん! 今日から共に女性部として出発できる!――これ以上の喜びはありません。

 

 いよいよ全世代にわたる創価の女性のスクラムが誕生しました。

 

 池田先生は

 “女性部のパイオニアである一人一人の人間革命の実証と

 桜梅桃李のスクラムこそが、

 21世紀の女性の

 「幸福勝利」と「平和連帯」の道を

 大きく踏み開けていく”と期待を寄せてくださっています。

 

 私たちは、ますます絆を強くし、尊敬し、信頼し合い、自他共の幸福を広げながら、永遠に広布の未来を開いていこうではありませんか!

 

 一、神奈川のあるヤング白ゆり世代のメンバーは、在日韓国人として偏見や差別を感じながら生きてきました。26歳の時、高校時代の同級生から仏法の話を聞き、人間主義の哲学に感銘を受けて入会しました。

 

 結婚が決まった時も、お相手のお母さんから「信心あるお嫁さんが来てくれてうれしい。これでうちもSGIね」と温かい言葉を掛けられ、“これが創価の世界なんだ”と熱いものが胸に込み上げました。

 

 その後、そのお母さんが病を患い、小学1年の息子さんが発達障がいの診断を受けた時に、「ヤング白ゆり希望カレッジ」の配信を見ました。同世代の人が同じ悩みを抱えながら学会活動に励み、はつらつと生きている体験に大きな希望が湧きました。

 

 彼女は今、「この信心に出合えて本当に良かった。感謝でいっぱいです」と語り、創価家族の励ましの中で、明るく朗らかに前進しています。

 

 一、仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、仏教は人間を中心に据えた宗教であり、仏教の広がりは、社会で最も弱い立場にある人々に「生きる力」を与えることになったとし、次のように語っています。

 

 「池田先生はこれまで、万人の幸福を目指し、世界の知性と対話を重ねてきました。これは偉大な功績です。皆さんには、この世界的な対話運動を継承していただきたい」と。

 

 私たち女性部は、その思想と行動の継承者として、人々に生きる力を送る対話を広げようではありませんか。

 

 「青春の誓い」に生き抜く池田華陽会の皆さん!

 幸福の春を創り広げゆくヤング白ゆり世代の皆さん! 

 そして、どんな闇をも晴らしゆく創価の太陽、女性部の皆さん!

 先生、奥さまと共に、新たなる歴史を築きゆく出発です。

 

 さあ、今ここから、自身と広布の勝利を目指し、新たな挑戦を開始してまいりましょう!(拍手)

 

林池田華陽会委員長

華陽姉妹と希望の連帯

 

 一、このたび、池田華陽会委員長の任を拝しました、林玲子と申します。華陽姉妹の皆さんと、世界一の麗しい連帯を築き、前進していく決意です。

 

 私は、三代会長有縁の地、東京・豊島区で生まれ育ちました。創価学園で学び、迎えた卒業式では、愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を“何があっても負けない自分になります”との思いを込め、池田先生に届けとばかりに一生懸命歌いました。その様子を先生が中継で見ていてくださり、「一緒に歌いました」とのご伝言が。先生は全部分かってくださっているのだと感謝があふれ、生涯、師弟の道を貫くことを誓いました。

 

 一、大学進学後、人と比べ、自信をなくすこともありました。その時、女子部の先輩が「負けない自分に成長するには、折伏だよ」と励ましてくださり、「変わりたい。強くなりたい!」との一心で挑戦を開始。多宝会の女性部の先輩にも対話に入っていただく中、友人を入会に導くことができました。

 

 気が付けば、自身のことばかりで悩んでいた自分が、人のために何ができるかと悩んでいました。広布の誓いに立ち上がった時、縁する人を守り、共に幸福になっていけるのだと、勇気を出す楽しさを心から実感した原点です。

 

 一、先生は「仏道修行といっても、特別なことではありません。善き友と語らい、善き友情を結び広げながら、皆で励まし合って、善き人生を勝ち開いていくことなのです。これが、創価学会です。これが、華陽姉妹です」と教えてくださっています。

 

 明年2月には、池田華陽会として初めての集いとなる「華陽カレッジ」を全国各地で開催します。同世代の友と何でも語り合いながら、一人一人の無限の可能性を輝かせ、自信と誇りをもって前進していきます。

 

 学会創立100周年へ、池田華陽会から、希望の連帯を大きく広げ、広布の未来を開いてまいります(拍手)。

2021年11月19日第5回本部幹部会

2020年1月8日

第1704回

さあ出発!

「一年で百年分の歴史を」

 

太陽の仏法の大光赫々と

 苦悩の民衆を照らせ!

 

世界広布の久遠の使命を胸に

「地涌の菩薩」の勇気と智慧を

 誓願の国土の安穏を勝ち開け

   

 一、「青年」こそ「希望」の異名です。

 いかなる試練の挑戦があろうとも、青年がたくましく応戦し、成長してくれるならば、無限の希望が生まれ広がるからです。

 新たな一年、我ら創価の大地には、いやまして凜々しく「青年」即「希望」の価値創造の連帯が躍動しています。

 一、日蓮大聖人は、父君・母君のことを偲ばれつつ、法華経神力品の一節を引いておられます。

 「太陽と月の光明が諸々の闇を除くことができるように、妙法を受持し弘通する地涌の菩薩は、世間の中で行動して、衆生の闇を滅することができる」(御書903ページ、趣意)と。

 民衆仏法の御本仏であられる大聖人は、末法濁悪の闇が最も深い時をあえて選ばれ、「民が子」として「民の家」に誕生されました。

 そして泥沼の如き現実社会に飛び込み、全民衆の苦悩を万年先、いな、尽未来際まで照らし晴らす「太陽の仏法」を説き顕してくださったのです。

 一、この「太陽の仏法」の赫々たる陽光を、二度の世界大戦という前代未聞の大闘諍に喘ぐ20世紀の闇に、黎明の如く決然と放っていかれたのが、牧口先生と戸田先生であります。

 創価の師弟は、「十界互具」「一念三千」という、人生観、社会観、生命観、宇宙観まで明かした最極の哲理を掲げて、一人一人の胸奥から元初の希望・勝利の太陽を昇らせていきました。

 この人間革命と宿命転換の蘇生のドラマは、今や全地球で「月月・日日に」(同1190ページ)、強く生き生きと繰り広げられているのであります。

 一、今年は、大聖人の御聖誕800年――。

 私たちは不思議にも、「今この時」を選んで共に生まれ合わせ、「世界広宣流布」の戦いを起こしております。

 久遠からのこの宿縁と使命を自覚するならば、何ものにも負けぬ偉大なる「地涌の菩薩」の勇気と智慧と慈悲が、一人一人に滾々と涌現しないわけがありません。

 日蓮仏法は、「世界平和」と「永遠の幸福」という、全人類が力を合わせて目指すべき境涯の最高峰を照らし出し、そこへ至る道筋まで明確に示しております。

 「衆生の闇」は、ますます深い。

 だからこそ、私たちは「立正安国」「立正安世界」の信念の行動を貫きながら、地域へ社会へ未来へ「太陽の仏法」の大光を、いよいよ、たゆまず明るく温かく、そして普く惜しみなく贈っていこうではありませんか!

 一、60年前、第3代会長として最初に迎えた元日、私は学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の御本尊の御前にて、宣言しました。

 「力の限り、戦いましょう! 私は、この一年で百年分の歴史をつくります」と。

 そして年頭より関西を経由して九州へ入り、さらに東京・関東各地の支部結成を行って、初のアジア訪問へと出発しました。

 日本全国を駆け巡り、ヨーロッパを初訪問したのも、この年の秋です。

 「一年で百年分の歴史を」と誓った私の先駆の行動は、題目を唱え抜き、心で戸田先生と常に対話しながらの「不二の旅」でした。

 御聖訓には、「よき師匠と、よき弟子と、よき法と、この三つが寄り合って祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである」(同550ページ、趣意)とあります。

 「師弟不二」にして「異体同心」なれば、力が湧きます。友が広がります。諸天も動き、勝利の道が開かれます。

 あらゆる祈りを成就し、誓願の国土の安穏と繁栄を勝ち開いていくことができるのです。

 一、これからの十年は、まさに地球の大難をも払い、「生命尊厳」そして「人間革命」を基軸とした「新たな人類文明」を建設しゆく大事な大事な時であります。

 この十年を決しゆく勝負の一年、希望・勝利の「不二の旅」を共々に朗らかに決意し合って、私の年頭のメッセージとします。

 

2021年1月8日第1回本部幹部会への池田先生のメッセージ

世界広布新時代

創立100周年へ

青年・飛躍の年

(2022年)

2013.11.18

広宣流布大誓堂落慶

更新日

2022.8.14

第2073

第2074

 

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL