病院

2014年12月27日

 学会は絶対に病院をつくってはならない!(2)

 

<″内なる力″を引き出すのが信仰>

 
 「戸田先生は、『学会は病院をつくらない』と指導されたとうかがいました。それはなぜでしょうか」(マレーシア・男性)
 結論から申し上げると、どこまでも「信仰の力」で人々を幸福にする。成仏の境界に導く、これが大聖人の仏法の目的であるからです。
 病に打ち勝つ人間自身の″内なる力″を引き出していくのが、宗教本来の使命です。
 ゆえに、宗教自体の力で人々を救うこともなく、教団として病院や薬局を営業していくならば、それは宗教教団としては、本道をはずれた″亜流″の生き方になってしまう。
 自分たちの宗教で人々を健康にし、幸福にすることができない″力不足″をカムフラージュする姿と見ることさえできるかもしれない。いわんや病院によって利益を得るようになっては堕落といわざるを得ない。
 いうまでもなく仏法は医学を否定するものではない。
 戸田先生は、「病院には病院の使命がある。私たちは、信心を根本にして医学を使っていけばいいのだ」と言われていた。
 要は、次元の違いであり、仏法は生命の内側から、根底的に人間を健康の方向へと向かわせていく。その根本的使命をこそ教団は果たすべきだということです。
 

1993. 4.11 SGI春季研修会

 

2014年12月26日

 学会は絶対に病院をつくってはならない!(1)

 

<宗教者として最も正しい生き方>

 
  さて、あるマスコミ関係者が語っていた。
 ――世間には、自前の大病院を有している宗教団体もある。しかし学会はもっていない。私はその点を評価し、尊敬する。
 本来、宗教の使命とは、どこまでも内なる″精神″の次元から、人間を救っていくところにあるはずだ。人間が希望を持って生きぬいていくための″精神闘争″″生命闘争″を教えるべきである。
 それが、精神的な教えを説く一方で、病院を建て、金儲けをし、人々を内面から救っていけない自分たちの無力さをごまかしている。これは人間への欺瞞であり、宗教者としての根本の使命を忘れた、堕落の姿といってよい。その点、創価学会は、いわゆる病院というものをもっていない。さまざまに批判されているが、私は学会こそ、宗教者のいき方としてもっとも正しいと思う――と。
 戸田先生(創価学会第二代会長)は「学会は、絶対に病院をつくってはならない」と厳しく戒められていた。学会はあくまでも「信心」で進んでいくのだと――。このことは、宗教人としての自覚と自負がこめられた重要な原則である。
 

1990.8.17ドクター部、白樺会、白樺グループ合同研修会

 

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