広布史(月別)

〈7月〉

 

 ◎7・1「札幌大会」

 ◎7・2「夕張大会」

 65年前の1957年(昭和32年)7月、池田大作先生は学会員の信教の自由を圧迫した北海道・夕張炭労に対し、「札幌大会」(1日)、「夕張大会」(2日)を開催。民衆勝利の大道が開かれた。※参考資料=小説『人間革命』第11巻「波瀾」「夕張」

 

 ◎7・3 戸田先生出獄の日、池田先生入獄の日

 1945年(昭和20年)7月3日、軍部政府により不敬罪、治安維持法違反に問われ、投獄されていた戸田城聖先生が出獄した。また57年(同32年)の7月3日には、参議院大阪地方区の補欠選挙で支援の責任者であった池田先生が、事実無根の選挙違反の容疑で大阪府警に不当逮捕された(62年1月25日に無罪判決)。※参考資料=『人間革命』第1巻「黎明」、第11巻「大阪」、『新・人間革命』第5巻「獅子」

 

 ◎7・3「東北の日」35周年

 35年前の1987年(昭和62年)7月3日、池田先生が出席し、東北最高会議が行われたことが淵源である。

 

 ◎7・6「牧口先生不当逮捕」

 1943年(昭18年)7月6日、牧口常三郎先生、伊豆・下田で、官憲に不当逮捕される。1944年(昭和19年)11月18日73歳で獄死される。

 

 ◎7・8「白蓮グループの日」

 1966年(昭和41年)、池田先生が女子部の役員メンバーに「白蓮グループ」の名称を贈り、同年7月8日付の本紙で発表された。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「厳護」

 

 ◎7・11「男子部結成記念日」

 1951年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で戸田先生のもと百数十人が集い、男子部が結成された。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

 

 ◎7・12「東京大会」

 ◎7・17「大阪大会」

 1957年(昭和32年)7月3日の池田先生の不当逮捕を受け、同12日に「東京大会」、また先生が出獄した同17日に「大阪大会」が開催された。

 

 ◎7・19「女子部結成記念日」

 女子部は1951年(昭和26年)7月19日、旧学会本部で戸田先生のもと結成された。2021年(令和3年)11月18日、女性部として新出発した。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

 

 ◎7・22「鼓笛隊の日」

 1956年(昭和31年)7月22日、33人で鼓笛隊が結成された。※参考資料=『新・人間革命』第14巻「使命」

 

 ◎7・27「中部の日」

 1976年(昭和51年)7月27日、池田先生が中部記念幹部会に出席し、「中部旗」を授与したことが淵源。

〈6月〉

 

 ◎6・4「世界池田華陽会の日」

 2009年(平成21年)6月4日、池田大作先生ご夫妻が東京・信濃町の現・創価池田華陽会館を初訪問し、「池田華陽会 永遠の五指針」を贈った。この日を慶祝して、「世界池田華陽会の日」が制定された。

 

 ◎6・6「初代会長・牧口常三郎先生誕生日」

 1871年(明治4年)6月6日、初代会長の牧口常三郎先生が、現在の新潟県柏崎市荒浜に生まれた。1928年(昭和3年)に日蓮大聖人の仏法に帰依。30年(同5年)11月18日、『創価教育学体系』第1巻を発刊。この日が創価学会(当時は創価教育学会)の創立記念日となった。戦時下、軍部政府による弾圧に抗して信仰を貫き、44年(同19年)11月18日、獄中で73歳の生涯を閉じた。※参考資料=小説『新・人間革命』第2巻「勇舞」、第15巻「開花」

 

 ◎6・7「高等部結成記念日」

 1964年(昭和39年)6月7日、東京の各本部(当時)で高等部結成式が行われた。東京第2本部の男子高等部結成式には池田先生が出席し、参加者と共に勤行を。※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」

 

 ◎6・10「婦人部結成記念日」

 1951年(昭和26年)6月10日、第2代会長に就任したばかりの戸田城聖先生のもとに、婦人の代表52人が集い、結成された。戸田先生は席上、「白ゆりの/香りも高き/集いかな/心の清き/友どちなれば」との和歌を詠み贈った。昨年の5月3日、70年の歴史を昇華し、婦人部が女性部として新出発した。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

 

 ◎6・25「団地部の日」

 1978年(昭和53年)6月25日、団地部の第1回全国大会が開催。これを記念して、「団地部の日」に定められた。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

 

 ◎6・27「未来会の日」

 1970年(昭和45年)6月27日、現・神奈川研修道場に高等部・中等部・少年少女部の代表が集い、東京未来会第1期が結成。以後、全国に未来会が誕生していった。※参考資料=『新・人間革命』第14巻「大河」

 

 ◎6・30「学生部」結成65周年

 1957年(昭和32年)6月30日、戸田先生のもと、東京で学生部結成大会が行われた。北海道で人権闘争の指揮を執っていた池田先生が祝電を寄せた。本年は結成65周年の節目。※参考資料=『人間革命』第8巻「学徒」、第11巻「夕張」

〈5月〉

 

 ◎5・3「創価学会の日」

 1951年(昭和26年)5月3日、生涯の願業として75万世帯の弘教を掲げ、戸田城聖先生が第2代会長に就任。60年(同35年)5月3日には、32歳の池田大作先生が第3代会長に就き、広布誓願の師子吼を放った。※参考資料=小説『人間革命』第5巻「烈日」、第12巻「新・黎明」

 

 ◎5・3「女性部結成記念日」

 2021年(令和3年)5月3日、婦人部・女子部の70年の歴史を昇華して、女性部が発足。池田先生は同部の誕生を祝し、「生命の/世紀の太陽/女性部よ/平和の門を/開き照らせや」との和歌を贈った。

 

 ◎5・3「創価学会母の日」

 1988年(昭和63年)4月27日の全国婦人部幹部会で池田先生が5月3日を「創価学会母の日」にと提案。同年から実施された。

 

 ◎5・3 SUA開学

 2001年(平成13年)5月3日、米カリフォルニア州オレンジ郡にアメリカ創価大学(SUA)が開学。※参考資料=『新・人間革命』第15巻「創価大学」

 

 ◎5・5「創価学会後継者の日」

 1976年(昭和51年)5月5日、関西戸田記念講堂で行われた鳳雛会・未来部の記念勤行会の席上、「こどもの日」を「創価学会後継者の日」とすることが発表された。

 

 ◎5・5 トインビー博士との初対談から50周年

 50年前の1972年(昭和47年)5月5日、池田先生は歴史学者A・J・トインビー博士と、ロンドンの博士の自宅で初めて対談。翌年にも語り合い、対談集『21世紀への対話』(邦題)に結実した。これまでに世界31言語で出版。※参考資料=『新・人間革命』第16巻「対話」

 

 ◎5・9「音楽隊の日」

 1954年(昭和29年)5月6日に結成された音楽隊が初出動した同月9日が淵源。

 

 ◎5・19「創価学会常住御本尊記念日」

 戸田先生が1951年(昭和26年)5月3日の会長就任式の席上、創価学会常住御本尊を発願。同月19日に、したためられた。※参考資料=『人間革命』第5巻「烈日」「随喜」

 

 ◎5・30 池田先生の初訪中

 1974年(昭和49年)5月30日、池田先生は中日友好協会の招聘を受けて中国を初訪問。※参考資料=『新・人間革命』第20巻「友誼の道」

 

〈4月〉

 

 ◎4・2「第2代会長・戸田城聖先生命日」

 1958年(昭和33年)4月2日、第2代会長の戸田城聖先生が広布の一切の願業を成就し、58年の尊い生涯を閉じた。戦後の焦土に一人立ち、初代会長の牧口常三郎先生の遺志を継いで、学会の再建と75万世帯の折伏を達成した戸田先生。その偉大な足跡は、広布史に不滅の光彩を放っている。※参考資料=小説『人間革命』第12巻「寂光」「新・黎明」、『新・人間革命』第4巻「春嵐」

 

 ◎4・2「創価大学開学の日」

 1950年(昭和25年)11月、戸田先生は自らの会社が経営不振に陥るなどの窮地にあったが、池田大作先生に、創価大学の設立の希望を語り、その実現を託した。池田先生は師の構想の実現に全生命を注ぎ、71年4月2日、創価大学は開学した。※参考資料=『新・人間革命』第15巻「創価大学」

 

 ◎4・2「第2総東京の日」

 幾重にも意義を刻む4月2日は、「第2総東京の日」に定められている。

 

 ◎4・8「関西の日」

 1956年(昭和31年)4月8日に行われた、大阪・堺2支部連合総会が淵源。池田先生の指揮のもと、1万1111世帯の弘教と「まさかが実現」の勝利史を刻む「大阪の戦い」は、ここからさらに勢いを増した。※参考資料=『人間革命』第10巻「跳躍」

 

 ◎4・14第三代会長就任決意の日

 1960年(昭和35年)4月14日、池田先生が創価学会第三代会長就任を決意される。※参考資料=『人間革命』 第12巻 新・黎明 476頁~478頁

 

 ◎4・14第三代会長勇退決意の日 

 1979年(昭和54年)4月14日、池田先生が創価学会第三代会長勇退を決意される。 

 

 ◎4・20「聖教新聞創刊記念日」

 1951年(昭和26年)4月20日、聖教新聞が発行部数5000部、旬刊2ページ建てで創刊。65年7月に日刊化し、71年1月から現在の日刊12ページ建てに。聖教電子版には現在、210カ国・地域からアクセスがあるなど大きく発展した。※参考資料=『新・人間革命』第10巻「言論城」、第14巻「大河」、第18巻「師子吼」

 

 4・24第三代会長勇退の日 

 1979年(昭和54年)4月24日、池田先生が創価学会第三代会長を勇退される。※参考資料=『新・人間革命』 第30巻〔上〕大山 同巻〔下〕勝ち鬨

 

 ◎4・28「立宗の日」

 1253年(建長5年)4月28日、日蓮大聖人が32歳の時、末法の全民衆を救う根本の法である「南無妙法蓮華経」を唱え、立宗宣言した。※参考資料=『人間革命』第6巻「七百年祭」

 

 ◎4・28『日蓮大聖人御書全集』発刊70周年

 1952年(昭和27年)4月28日、戸田先生の発願により『日蓮大聖人御書全集』が発刊され、本年で70周年となる。2021年11月18日には『日蓮大聖人御書全集 新版』が刊行された。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」、第6巻「七百年祭」

〈1月〉

 

1・2 池田先生が男子部の第1部隊長に就任

 1953年(昭和28年)1月2日、25歳の池田先生が男子部の第1部隊長に就任。翌54年3月までに、部員数を当初の4倍近くにまで拡大した。※参考資料=小説『新・人間革命』第17巻「民衆城」

  

1・10~15 雪の秋田指導

 1982年(昭和57年)1月10日からの6日間、池田先生は障魔の嵐に耐えた秋田の友のもとへ。渾身の励ましを送り、正義の勝ち鬨を上げた。2022年で40周年。※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」

  

1・14「さんふらわあ7」号で四国の同志が師のもとへ

 1980年(昭和55年)1月14日、第1次宗門事件の渦中、四国4県の代表約800人が客船「さんふらわあ7」号に乗り、池田先生の待つ神奈川へ。同年5月にも2度、訪れている。※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈上〉「雌伏」  

  

1・15「中等部結成記念日」

 1965年(昭和40年)1月15日、中等部結成を記念する集いが全国で行われた。※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」

 

1・25「大阪事件」無罪判決

 1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は参院大阪地方区の補欠選挙における事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕され、7月17日に出獄。4年半の法廷闘争の末、

 1962年(昭和37年)1月25日、大阪地裁の無罪判決が出た。同年2月8日、検察は控訴を断念し、無罪が確定。2022年で60周年。※参考資料=『新・人間革命』第5巻「獅子」

  

1・26「SGIの日」

 1975年(昭和50年)1月26日、グアムに世界51カ国・地域の代表が集まって開かれた第1回「世界平和会議」で、「SGI(創価学会インタナショナル)」が発足。池田先生はこの日に寄せ、83年から毎年、記念提言を発表している。※参考資料=『新・人間革命』第21巻「SGI」

  

1・27「東洋哲学研究所」発足

 1962年(昭和37年)1月27日、アジア文化等の研究機関として東洋学術研究所(現・東洋哲学研究所)が発足し、2022年で60周年。※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」

  

1・29 中東初訪問

 1962年(昭和37年)1月29日、池田先生が初の中東訪問へ出発。同30日、イランのテヘランに第一歩を。2022年で60周年。※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」「遠路」

〈2月〉

 

◎「二月闘争」70周年

 1952年(昭和27年)2月、24歳の池田大作先生が蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、当時の支部の限界を打ち破る「201世帯」の弘教を達成。本年は70周年の節目。最前線の組織単位である「組」(現在のブロック)に焦点を当て、第2代会長・戸田城聖先生の誕生月を拡大の金字塔で荘厳した。※参考資料=小説『人間革命』第5巻「驀進」、『新・人間革命』第3巻「平和の光」

 

◎2・8「沖縄の日」

 1974年(昭和49年)2月8日、池田先生は沖縄広布20周年記念総会に参加。席上、「沖縄を幸福と平和建設の模範の島に」と力強く語った。※参考資料=『新・人間革命』第19巻「虹の舞」

 

◎2・11 戸田先生の生誕の日

 戸田先生は、

 1900年(明治33年)2月11日、現在の石川県加賀市塩屋町で生まれた。苦学して北海道の小学校教員となった後、上京。初代会長・牧口常三郎先生に出会い、牧口先生と共に創価教育学会(現在の創価学会)を創立した。戦後、学会を再建し、51年(昭和26年)5月3日、第2代会長に就任し、75万世帯の弘教達成など、広布の永遠の基盤を築いた。※参考資料=『仏法入門 任用試験のために』『新会員の友のために――創価学会入門』

 

◎2・11「戸田記念国際平和研究所」設立

 1996年(平成8年)2月11日、戸田先生の生誕96周年を記念し、戸田記念国際平和研究所が発足した。

 

◎2・11「国際部結成の日」

 国際部は

 1971年(昭和46年)2月11日、国際舞台で活躍していた代表50人で発足。2002年(平成14年)に国際本部へと発展し、本年で20周年となる。※参考資料=『新・人間革命』第16巻「対話」

 

◎2・16 日蓮大聖人聖誕の日

 1222年(貞応元年)2月16日に、安房小湊の貫名重忠邸に生まれる。幼名善日麿。「生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給わりし事ありき。日本第一の智者となし給へと申せし事を不便とや思し食しけん 明星の如くなる大宝珠を給いて右の袖にうけとり候いし故に一切経を見候いしかば八宗並びに一切経の勝劣粗是を知りぬ」(清澄寺大衆中、全893㌻)

 

◎2・17 戸田先生の「地球民族主義」宣言から70周年

 1952年(昭和27年)2月17日に行われた青年部の研究発表会の席上、戸田先生が「地球民族主義」を自身の思想として宣言された。※参考資料=『人間革命』第5巻「驀進」

 

◎2・17「農漁光部の日」

 45年前(2022年1月現在)の

 1977年(昭和52年)2月17日、学会本部で開催された農村部(当時)の第1回勤行会を記念して「部の日」が制定された。同部はその後、農漁村部に発展。2011年(平成23年)に農漁光部となった。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

〈3月〉

 

◎3・5「壮年部結成記念日」

 1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成。席上、先生は“学会精神を根本として、創価の城を支えゆく柱に”“壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です”と期待を寄せた。※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」

 

◎3・8「芸術部の日」60周年

 1962年(昭和37年)3月8日、「文化の世紀」の到来を見据え、池田先生のもと、20人で発足したのが、芸術部の淵源である。本年で60周年。※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」

 

◎3・11「小樽問答記念日」

 1955年(昭和30年)3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で相手を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。※参考資料=『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」

 

◎3・16「広宣流布記念の日」

 1957年(昭和32年)12月、第2代会長・戸田城聖先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成。翌58年(同33年)3月上旬、戸田先生は池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろう」と提案した。

 同年3月16日、青年部の精鋭6000人が集い、“広宣流布の記念式典”が開かれた。戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを青年に託した。※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」

 

◎3・21「九州の日」

 1973年(昭和48年)3月21日、池田先生は第1回九州青年部総会に出席し、“生涯、誠実を貫き、立派に大成して輝かしい人生勝利を”とスピーチした。※参考資料=『新・人間革命』第25巻「薫風」

 

◎3・22「関西青年平和文化祭」40周年

 1982年(昭和57年)3月22日、大阪・長居陸上競技場で第1回関西青年平和文化祭が開催。関西魂を象徴する不屈の六段円塔が打ち立てられた。本年で40周年。※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」

 

◎3・31「教育本部の日」20周年

 20年前の2002年(平成14年)3月31日に、教育本部が発足したことが淵源。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「人間教育」

 

世界広布新時代

創立100周年へ

青年・飛躍の年

(2022年)

2013.11.18

広宣流布大誓堂落慶

更新日

2022.6.27

第2037

 

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