師弟不二

2018年11月28日

第1562回

10月11日

どこまでも師とともに

 

<東京拘置所>

 

 牧口先生が牢獄で精読された哲学者カントは言う。
 「ソクラテスのような人をまで誹謗して、何人か徳を信じようとするものを妨害したりするということは、人間性に対して仕向けられる大反逆である」(『人間学・教育学』清水清訳、玉川大学出版部)
 牧口先生を国粋主義の日本が弾圧したのは、まさに、「人間性に対する大反逆」であった。
 正義の創価学会を迫害する日顕宗も、「人間性への大反逆」にほかならない。
 人類の師ソクラテスは、嫉妬の謀略によって、毒杯をあおって死んでいく。その時、弟子プラトンが立ち上がる!
 牧口先生は牢獄で殉教する。その時、弟子・戸田先生が立ち上がる!
戸田先生が、あらゆる迫害と戦い、死んでいく。その時、弟子の私が立ち上がった!
 偉大なる師の心を継いで、必ず″不二の弟子″が立ち上がるものだ。この方程式が仏法である。真実の「師弟」の道である。
 きょう、十月十一日は、どういう日か。それは五十八年前(一九四三年〈昭和十八年〉)、戦時中のことである。稀代の悪法である治安維持法違反と不敬罪によって、不当にも逮捕された戸田先生が、警視庁から巣鴨の東京拘置所に移されたのが、この日だったのである。
 その半月ほど前の九月二十五日、牧口先生が、先に東京拘置所に移された。真の弟子である戸田先生は、勇んで師匠の後に続かれたのである。
「どこまでも師匠とともに!」「どこまでも師匠のために!」
 これが弟子である。私も、同じ決心で、戸田先生にお仕えしてきた。
 創価学会の三代の「師弟の道」――これを、若い皆さんは、よく覚えておいていただきたい。
 この最高の人間の道を忘れない限り、踏みはずさない限り、創価学会は永遠に繁栄していく。自分自身も、永遠の勝利王となり、人間王者となることは、絶対に間違いない。
 大聖人は仰せである。「よき弟子をもつときには、師弟はともに仏果(成仏の境涯)にいたり、悪い弟子をたくわえてしまえば、師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師弟が相違すれば(師匠と弟子の心が違えば)何ごとも成し遂げることはできない」(御書900頁、通解)
 この師弟の大道を、まっすぐに走りながら、私は、牧口先生、戸田先生のお名前を全世界に宣揚してきた。
 それまで、世界はおろか、日本でも知る人は少なかった。中国に行っても、韓国を訪れても、私は、師匠の偉業を語りに語りぬいてきた。今や、両先生のお名前は、世界中で讃えられている。これが私の人生の誉れである。

 

2001年10月11日 第十回本部幹部会、第二回関東総会

2018年10月13日

第1537回
『師弟』を忘れたら

学会は崩壊する
『師弟の道』を誤ったら

成仏はできない

 

<全員が池田大作たれ>

 

 「真の池田門下として、毅然と立ち上がり、必死の祈りと行動で、一生涯、戦って戦って戦い抜く人間こそが『弟子』なのだ。
 仏法の根幹は『師弟』である。創価の三代に連なる師弟の道に生き抜いていただきたい。
 『師弟の道』を誤ったら成仏はできない。折伏を忘れ、広宣流布を忘れ、一番大事な師弟を忘れたら、学会は崩壊である。
 かつて戸田先生の時代、私たち青年部は、『全員が戸田城聖たれ!』と叫んで戦った。
 全員が会長であり、
 全員が大将軍であり、
 全員が広布の総責任者

 ――その自覚で大前進していっていただきたい」


大白蓮華2018年10月号№828 28頁

2018年9月19日

第1526回

師弟の真実を

正しく後世に残せ!

 

<師弟は不二でなければ仏法の生命はない>

 

真実」とは

広宣流布あるのみ

創価学会を守れ

「大切な仏子を、一人残らず幸福にさせたい」

 

 一、大変にご苦労さま! また、祝賀の集い、本当におめでとう!
 一、私が『人間革命』の執筆を決意したのは、戸田先生の「真実」を、正しく後世に伝えたい、残しておかねばならないとの思いからであった。
 戸田先生の弟子と名乗る人は多かった。また、戸田先生にお世話になり、直接、指導を受けた人も数多くいた。
 にもかかわらず、戸田先生の死後、師敵対して、学会に反逆する者も出ている。
 それは、戸田先生の「真実」を知る人が極めて少なかったことを物語っている。
 事実と真実――これほど判別の難しいものもない。人間の目に映った「事実」が、必ずしも「真実」を表しているとは限らないからである。
 「事実」は、ある意味で、だれにでも見える。しかし「真実」は、それを見極める目を磨かなくては、決して見抜くことはできない。
悠然たる心
 一、こんなエピソードがある。
 戦前のことだが、初代会長の牧口先生が一生懸命に講義をされているのに、理事長の戸田先生は、よく将棋をさしていたというのである。
 周囲の人は、それを見て、「会長は講義、理事長は将棋」と陰口を言い、「不遜極まりない、傍若無人な振る舞いである」と非難した。
 しかし、そこには、戸田先生の深いお考えがあった。
 当時、厳しく罰論を説く牧口先生についていけず、一部に離れていこうとする人々もいた。
 そこで戸田先生は、悠々と将棋をすることで、学会の自由さを示しながら、雰囲気をなごませ、励まし、退転への防波堤となっておられたのである。
 そうした戸田先生の「真実」を、牧口先生だけはご存じであった。
 だからこそ、あの厳格な牧口先生が、そうした振る舞いを、決して咎めようとはされなかったのである。
境涯で決まる
 一、また、戦後、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げた時のことである。莫大な負債。会社は倒産。給料も、もらえない。人々も去っていった。
 しかし、そのさなかで、先生は私に言われた。「大作、大学をつくろう、創価大学をつくろうよ。いつごろつくろうか」と――。
 他の人が聞いたら、何を“ほら話”をと思ったであろう。
 苦境という「事実」はどうあれ、この悠然たる心に、先生の「真実」があった。その壮大なる希望、闘争の一念、絶対の確信――私は知っていた。私は忘れない。
 だが、その先生を、「ペテン師」「詐欺師」と非難する者は多かった。一時の姿のみで、先生を悪人と決めつけたのである。
 先生は、まったく弁解されなかった。そうした人々とは、あまりにも「次元」が違っていた。「境涯」が、人間としての「格」が違っていた。
 一、「事実」といっても、一断面のみ見れば、「真実」とまったく違った様相を呈する場合もある。
 また、同じ「事実」を前にしても、そのとらえ方、見方は、人によって異なる。歪んだ鏡には、すべてが歪んで映る。歪んだ心の人には、一切が歪んで見えてしまう。物事を見極める眼力――それは、自らの「境涯」で決まる。
 御書に「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(237ページ)と。また戸田先生も、この御聖訓を拝して、「大聖にほめらるるは一生の名誉なり」と言われていた。

使命の生涯を

 一、戸田先生の「真実」とは何か。
 結論して言えば、「広宣流布あるのみ」――ただそれしかなかった。そして、「広宣流布」を進めゆくための「創価学会」を築き、守りぬいていく以外にない――ここにこそ、先生の「真実」があった。
 そして「大切な仏子を、一人残らず幸福にさせたい」との一念――先生のお考え、行動の一切は、そこに発し、そこに尽きていた。もとより、相手の地位や名声、財産など、まったく眼中になかった。
 ある時は、阿修羅のごとく悪を砕き、ある時は、大海のごとき慈愛で同志を包んでくださった――ただ一人、広布の前進を担われた先生であられた。
 一、私は、19歳の夏、先生とお会いした。1年数カ月後、21歳からは直接、先生のおそばで働いた。365日、朝から夜中まで、懸命にお仕えした。
 ――「真実」を知るためには、多面的に「事実」を多く知ることも、その一つの前提となろう。
 なかでも、その人物が、「最悪の事態のなかで、何をなしたか」を見極めることが肝要であろう。
 人物の真価は窮地にあってこそ、明らかとなる。
 その意味で私は、先生を、あらゆる面で、つぶさに見てきた。先生の「真実」を、魂の奥底に刻んできた。
 一、私は「先生の行くところ、どこまでも行く。先生とともに生き、先生の目的のために死のう」と決めた。弟子として先生の志を受け継ぎ、広宣流布の一切の責任を担いゆかんと決めた。
 その時から、先生のお気持ち、お考えが、鮮明に心に映じはじめた。師の真の偉大さ、すばらしさを、胸中深く焼き付けることができた。
 また打つ手、打つ手が、師のリズムに合致しゆく自身を確信した。
 私が言っていること、やっていることは、すべて先生の心を受けての言動のつもりである。師弟の心は、どこまでも「不二」でなければ、仏法の生命はない。
 最後に、尊き使命の生涯を、ともどもに、見事に「満足」で飾っていただきたい、と申し上げ、本日のスピーチとします。
 ありがとう! お元気で!

 

1991年10月16日の「世界広布新時代第37回本部幹部会」関西総会
※2018年9月1日「世界広布新時代第37回本部幹部会」で紹介された池田先生の指針「師弟は不二であれ! 師の真実に生きよ」9月17日付聖教新聞

2018年9月8日

第1522回

一人の本物の弟子がいれば、

広宣流布は断じてできる

 

 山本伸一の厳とした声が響いた。
 「私は、戸田先生が『水滸会』の会合の折、こう言われたことが忘れられない。
 『中核の青年がいれば、いな、一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる』
 その『一人』とは誰であったか。誰が戸田先生の教えのごとく、命がけで世界にこの仏法を弘めてきたか――私は“その一人こそ、自分であった”との誇りと自負をもっています。
 どうか、青年部の諸君は、峻厳なる『創価の三代の師弟の魂』を、断じて受け継いでいってもらいたい。その人こそ、『最終の勝利者』です。また、それこそが、創価学会が二十一世紀を勝ち抜いていく『根本の道』であり、広宣流布の大誓願を果たす道であり、世界平和創造の大道なんです。
 頼んだよ! 男子部、女子部、学生部! そして、世界中の青年の皆さん!」
 「はい!」という、若々しい声が講堂にこだました。
 会場の後方には、初代会長・牧口常三郎と第二代会長・戸田城聖の肖像画が掲げられていた。二人が、微笑み、頷き、慈眼の光で包みながら、青年たちを、そして、同志を見守ってくれているように、伸一には思えた。
 彼は、胸の中で、青年たちに語りかけた。
 “さあ、共に出発しよう! 命ある限り戦おう! 第二の「七つの鐘」を高らかに打ち鳴らしながら、威風堂々と進むのだ”
 彼の眼に、「第三の千年」の旭日を浴びて、澎湃と、世界の大空へ飛翔しゆく、創価の凜々しき若鷲たちの勇姿が広がった。
 それは、広宣流布の大誓願に生き抜く、地涌の菩薩の大陣列であった。

 

 (小説『新・人間革命』全三十巻完結)

 二〇一八年(平成三十年)八月六日

                長野研修道場にて脱稿

  
 創価の先師・牧口常三郎先生、
 恩師・戸田城聖先生、
 そして、尊き仏使にして「宝友」たる
 全世界のわが同志に捧ぐ    池田大作

 

小説「新・人間革命」(6469) 誓願 139 2018年9月8日
 

◆原田会長の談話◆
命を削る「ペンの大闘争」に感謝

 小説『新・人間革命』が本日、ついに連載完結を迎えました。
 1993年8月6日に、池田先生が長野の地で執筆を開始されてから25年。64年12月2日に沖縄で筆を起こされた小説『人間革命』から数えれば、半世紀以上という長きにわたる執筆となります。
 池田先生が命を削る思いで続けてこられた「ペンの大闘争」に、池田門下を代表して、満腔の感謝を捧げるものです。
 池田先生の戦いを貫くものは、ひとえに、恩師・戸田城聖先生への誓願に、ほかなりません。
 戸田先生ご執筆の小説『人間革命』は、戸田先生の分身ともいうべき「巌さん」が、獄中で、生涯を広宣流布に生き抜く決意をしたところで終わります。
 獄門を出た戸田先生が、若き日の池田先生と出会ったのは47年8月14日。それからちょうど10年後の57年8月14日、池田先生は恩師と訪れた長野の地で、発刊まもない戸田先生の小説『人間革命』の単行本を読み終えた感動のままに、執筆の誓いを固められました。“先生の真実を記すことができるのは、私しかいない。また、それが先生の私への期待であり、弟子としての私の使命であろう”と。
 この峻厳な歴史に思いをはせる時、小説『新・人間革命』の完結とは、私たち門下にとって、その続編を自身の姿と行動でつづり始める“誓願の出発点”であると言っても、過言ではありません。
 『人間革命』『新・人間革命』は、広宣流布の歴史を通して「学会精神」を刻み残した「信心の教科書」です。一人一人が、山本伸一の分身たる思いで進むことが、“人間革命”の「精読」であり、「実践」となります。
 また、『人間革命』『新・人間革命』は、「未来を照らす明鏡」であります。先生はご自身の足跡を通し、未来永劫にわたって弟子が広布と人生に勝ち続けるための方途を、示してくださいました。
 さらに『人間革命』『新・人間革命』は、「師匠との対話の扉」でもあります。
 インドのある青年リーダーは、若い友から「池田先生にご指導を受けたいのですが」と尋ねられるたび、こう答えているそうです。「簡単さ。『NHR』を開こう!」と。
 「NHR」は「New Human Revolution」の略。つまり、『新・人間革命』を開くことは、先生と心で対話できる“扉”を開くことに通じる――というのです。
 『人間革命』『新・人間革命』を学び続ける限り、学会が永遠に勝ち栄えていけることは間違いありません。
 新たな人間革命の歴史を開く戦いを開始して、師恩に報いる弟子の道を貫こうではありませんか。

2018年9月8日付 聖教新聞一面

2018年7月28日

第1516回

弟子が本当に勝負すべき時

 

<師が、直接、指揮を執らなくなった時こそが勝負>

 

出でよ!戦う勇者よ!

 

 彼は、すべての質問に、率直に答えた。
 午後八時前、記者会見は終わった。
 受付の女子職員が、心配そうな顔で伸一を見ていた。彼は、微笑を浮かべて言った。
 「大丈夫! 私は何も変わらないよ!」
 それから別室に移り、青年部幹部らと懇談した。彼は魂を注ぎ込む思いで訴えた。
 「私が、どんな状況に追い込まれようが、青年が本気になれば、未来は開かれていく。
 弟子が本当に勝負すべきは、日々、師匠に指導を受けながら戦っている時ではない。それは、いわば訓練期間だ。師が、直接、指揮を執らなくなった時こそが勝負だ。
 しかし、師が身を引くと、それをいいことに、わがまま放題になり、学会精神を忘れ去る人もいる。戸田先生が理事長を辞められた時もそうだった。君たちは、断じてそうなってはならない。私に代わって、さっそうと立ち上がるんだ! 皆が“伸一”になるんだ!」
 彼が聖教新聞社を出て、自宅に向かったのは、午後十時前のことであった。
 空は雲に覆われ、月も星も隠れていた。
 これで人生ドラマの第一幕は終わったと思うと、深い感慨が胸に込み上げてくる。
 すべては、広布と学会の未来を、僧俗和合を、愛するわが同志のことを考えて、自分で決断したことであった。彼は思った。
 “これからも、学会の前途には、幾たびとなく怒濤が押し寄せ、それを乗り越えて進んでいかなくてはならないであろう。私が一身に責任を負って辞任することで、いったんは収まるかもしれないが、問題は、宗門僧らの理不尽な圧力は、過去にもあったし、今後も繰り返されるであろうということだ。それは広宣流布を進めるうえで、学会の最重要の懸案となっていくにちがいない。
 学会の支配を企てる僧の動きや、退転・反逆の徒の暗躍は、広宣流布を破壊する第六天の魔王の所為であり、悪鬼入其身の姿である。信心の眼で、その本質を見破り、尊き仏子には指一本差させぬという炎のような闘魂をたぎらせて戦う勇者がいなければ、学会を守ることなど、とてもできない。広宣流布の道も、全く閉ざされてしまうにちがいない”
 未来を見つめる伸一の、憂慮は深かった。

 

新・人間革命 第30巻 上 大山 85頁

2018年7月16日

第1515回
創価の師とは、
現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁

 

<師弟の結合こそが創価の生命線>

 

  伸一は、首脳幹部の一人ひとりをじっと見つめた。皆、眉間に皺を寄せ、口を開こうとはしなかった。長い沈黙が続いた。
 伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。
 「時の流れは逆らえません……」
 なんと臆した心か――胸に痛みが走った。
 伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしても不甲斐ないのは“時流”という認識である。
 “ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか! 大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
 伸一の声が静寂を破った。
 「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな! すべては収まるんだな!
 しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
 伸一には、“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
 戦後、宗門が危殆に瀕した時、外護の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって、実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を推進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
 伸一の話に感極まった首脳が言った。
 「先生! 誠に申し訳ありません……」
 広布の道は、第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。
 戸田城聖は、弟子たちに、「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。
 伸一は、自分を守ってもらいたいなどという気持ちはなかった。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
 彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。
 「私は師子だ! 何も恐れはしない。皆も師子になれ! そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!
 彼は席を立ち、部屋を出ていった。
 窓の外で、桜の花が舞っていた。
 伸一は、その花を見ながら、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争を思った。
 一九四三年(昭和十八年)六月、国家神道を精神の支柱にして戦争に突き進む軍部政府の弾圧を恐れ、宗門は「学会も一応、神札を受けるようにしてはどうか」と言いだした。
 牧口は、それを拒否し、大難を覚悟で国家の諫暁に立ち上がった。その時、弟子の戸田もまた、死身弘法の決意を固めたのである。そして、牧口と共に逮捕・投獄された戸田は、獄舎の独房にあって、“罪は私一身に集まり、先生は一日も早く帰られますように”と、ひたすら祈り続けたのだ。
 宗門が謗法の濁流に没しようとしていたなかで、師弟のこの魂の結合が、日蓮大聖人の正法正義を守り抜いたのである。牧口は獄中にあって殉教するが、生きて獄門を出た戸田は、師の遺志を受け継いで学会を再建し、日蓮仏法の悠久なる流布の道を開いていった。
 創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念が噛み合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。

 

新・人間革命 第30巻 上 大山 34頁

2016年11月4日

恐れるな!
我が弟子ではないか!

 

 <広布の大ドラマを創るのだ!>

 

 ナラヤンは、すべての階層の人びとの向上をめざして運動を展開し、社会、経済、政治、文化、思想等の総体革命(トータル・レボリューション)を主張してきた。山本伸一も、総体革命を提唱・推進してきた者として、その革命の機軸はどこに定めるべきかを訴えた。
 「私は、結局は一人ひとりの人間革命がその基本になり、そこから教育・文化など、各分野への発展、変革へと広がっていくと思っています。いかなる社会にせよ、それをつくり上げてきたのは人間です。つまり一切の根源となる人間の革命を機軸にしてこそ、総体革命もあるのではないでしょうか」
 「全く同感です!」と力強い声が響いた。
 二人は、死刑制度の是非などについて論じ合い、多くの点で意見の一致をみた。
 対談を終えた伸一は、夕刻、ガンジス川のほとりに立った。インド初訪問以来、十八年ぶりである。対岸は遥か遠くかすみ、日没前の天空に、既に丸い月天子が白く輝いていた。空は刻一刻と闇に覆われ、月は金色に変わり、川面に光の帯を広げていく。
 伸一は、戸田城聖の生誕の日に、恩師が広布旅を夢見たインドの、ガンジス河畔に立っていることが不思議な気がした。戸田と並んで月を仰いでいるように感じられた。また、広宣流布の険路をひたすら歩み続けた一つの到達点に、今、立ったようにも思えるのだ。
 戸田の後を継いで第三代会長に就任してからの十九年、さまざまな事態に遭遇してきた。いかにして難局を乗り越え、新しい創価の大道を開くか、悩みに悩み、眠れぬ夜を過ごしたこともあった。疲労困憊し、身を起こしていることさえ辛いこともあった。そんな時も、いつも戸田は彼の心にいた。そして、厳愛の叱咤を響かせた。
 “大難は怒濤のごとく押し寄せてくる。それが広宣流布の道だ。恐れるな。戸田の弟子ではないか! 地涌の菩薩ではないか! おまえが広布の旗を掲げずして誰が掲げるのか! 立て! 師子ならば立て! 人間勝利の歴史を、広布の大ドラマを創るのだ!”

 

小説新・人間革命 源流 53

2016年9月28日

  不二の弟子が立ち上がる時

 

<師匠の死>

 

 牧口先生が牢獄で精読された哲学者カントは言う。
 「ソクラテスのような人をまで誹謗して、何人か徳を信じようとするものを妨害したりするということは、人間性に対して仕向けられる大反逆である」(『人間学・教育学』清水清訳、玉川大学出版部)
 牧口先生を国粋主義の日本が弾圧したのは、まさに、「人間性に対する大反逆」であった。
 正義の創価学会を迫害する日顕宗も、「人間性への大反逆」にほかならない。
 人類の師ソクラテスは、嫉妬の謀略によって、毒杯をあおって死んでいく。その時、弟子プラトンが立ち上がる!
 牧口先生は牢獄で殉教する。その時、弟子・戸田先生が立ち上がる!
 戸田先生が、あらゆる迫害と戦い、死んでいく。その時、弟子の私が立ち上がった!
 偉大なる師の心を継いで、必ず″不二の弟子″が立ち上がるものだ。この方程式が仏法である。真実の「師弟」の道である。
 きょう、十月十一日は、どういう日か。それは五十八年前(一九四三年〈昭和十八年〉)、戦時中のことである。稀代の悪法である治安維持法違反と不敬罪によって、不当にも逮捕された戸田先生が、警視庁から巣鴨の東京拘置所に移されたのが、この日だったのである。
 その半月ほど前の九月二十五日、牧口先生が、先に東京拘置所に移された。真の弟子である戸田先生は、勇んで師匠の後に続かれたのである。
「どこまでも師匠とともに!」「どこまでも師匠のために!」
 これが弟子である。私も、同じ決心で、戸田先生にお仕えしてきた。
 創価学会の三代の「師弟の道」――これを、若い皆さんは、よく覚えておいていただきたい。
 この最高の人間の道を忘れない限り、踏みはずさない限り、創価学会は永遠に繁栄していく。自分自身も、永遠の勝利王となり、人間王者となることは、絶対に間違いない。
 大聖人は仰せである。「よき弟子をもつときには、師弟はともに仏果(成仏の境涯)にいたり、悪い弟子をたくわえてしまえば、師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師弟が相違すれば(師匠と弟子の心が違えば)何ごとも成し遂げることはできない」(御書900頁、通解)
 この師弟の大道を、まっすぐに走りながら、私は、牧口先生、戸田先生のお名前を全世界に宣揚してきた。
 それまで、世界はおろか、日本でも知る人は少なかった。中国に行っても、韓国を訪れても、私は、師匠の偉業を語りに語りぬいてきた。今や、両先生のお名前は、世界中で讃えられている。これが私の人生の誉れである。

2001年10月11日第十回本部幹部会、第二回関東総会

2016年8月15日

師弟不二への決意は

三世永遠の広宣流布の道なり

 

<正義と真実>

 

師弟は

同じ目的に、同じ責任で、同じ戦いを

  

 偉大な師匠を持つ人生は、
 幸福である。
 偉大な師匠の弟子として
 生きゆく人生ほど、
 強く、深く、美しい劇はない。
 「師弟不二」なれば、
 何ものにも揺るがない。
 「師弟不二」なれば、
 何ものをも恐れない。
 「師弟不二」こそ、究極の
 「絶対勝利の力」なのである。

 

 出会い――そこには、
 生命と生命の触れ合いがある。
 魂と魂の啓発がある。
 人は出会いの中で
 新しい自分を発見し、磨かれる。
 善き出会いは、
 より善く生きるための相互作用だ。
 自分の小さな殻を破り、
 他者と共に、他者のために――
 このダイナミックな交流の中でこそ
 成長できる。境涯も変えられる。

 

 仏法の師弟は永遠不滅である。
 私は「月月・日日に」、
 恩師・戸田城聖先生と前進している。
 師弟は一体である。
 同じ目的に向かって、
 同じ責任を持って、
 同じ戦いをしていくのだ。
 恩師は、私の血潮の中に
 厳然と生き続けておられる。
 今世も一緒であり、
 三世にわたって一緒である。
 
 わが師弟不二への決意は
 偉大なる創価の足取りとなって
 一段と力強く
 一段と朗らかに
 一段と厳然と
 前進を続け始めた。
 正義と真実の
 師弟不二の私は
 永遠なる勝利へ
 永遠なる栄光へ
 永遠なる完勝へと
 戦い続けていくのだ。
 広宣流布のために!

 

 

 2016年8月14日聖教新聞 四季の励まし 師弟の道は 永遠の正義の道

 

2016年8月13日

原爆許すまじ!

 

<師弟して人間革命挑みゆく>

 

我らの人間革命の前進が、

戦争と決別し、

生命尊厳の世紀を開く確かな光明

 

 創立の父・牧口常三郎先生は、獄中での尋問で「立正安国論」を引かれつつ、戦争の元凶について謗法国である処から起きて居る」と鋭く喝破された。社会に生命尊厳の深い哲理がないゆえと、断じられたのだ。
 師と共に入獄した不二の弟子・戸田城聖先生は独房で法華経を身読し、「仏とは生命なり」「われ地涌の菩薩なり」と覚知された。
 戸田先生は“地上から悲惨をなくすことこそ、信念の殉教を遂げた師の仇討ちだ。世界戦争を二度と起こさせない”と、敗戦の焦土に一人立たれた。そして地涌の菩薩を民衆の大地より呼び出していかれたのだ。
 六十年前、私が「大阪の戦い」に突進していた渦中の六月、先生は福岡県を訪れ、八幡市(現・北九州市)で叫ばれた。
 「原爆を使う人間は最大の悪人だ!」
 さらに福岡市でも核使用を弾劾し、「二度と同じ愚を繰り返すな!」と強く訴えられている。
 福岡県の小倉市(現・北九州市)は原爆投下の第一目標であった。八月九日、原爆を搭載した米軍機は、小倉上空の視界が悪く、第二目標の長崎に向かったのである。
 九州の大地を踏んで、長崎の悲劇に思いを馳せ、戸田先生の胸には、原爆許すまじの憤怒が燃え盛っていた。
 この正義の師子吼が、翌一九五七年の九月、横浜・三ツ沢の競技場における「原水爆禁止宣言」の原型となったのだ。
 この「宣言」の要点を書き留めた戸田先生の手帳の「十一月二十二日」の予定欄には、「広島行」とあった。平和記念館――現在の広島平和記念資料館(東館)で行われる、わが同志の大会への出席を決めておられた。
 何としても、自ら被爆の地に赴き、恒久平和を目指す地涌の闘士たちを励ましたいとの固い一念であったのだ。
 されど、先生のご体調を案じ、私は広島行きをお止めせざるを得なかった。なればこそ、広島、長崎の友と手を携えて核兵器の廃絶に邁進することは、分身の弟子としての生涯にわたる天命であると、心に定めてきた。
(中略)
 本年五月、オバマ米大統領の広島訪問は、核廃絶へ一条の光を投じた。その日は、ある広島の婦人にとっも、「亡き母に伝えたい日」となった。
 婦人の母は爆心地から八百メートルで被爆した。目の前で妹を亡くし、その後、両親も原爆症で失った。母自身も放射能を浴び、市内の病院を七軒も渡り歩き、命懸けで娘を産んだ。わが子の前では気丈な様子でも、毎年八月六日になると、身を震わせて泣かれていたという。
 晩年はがんと闘いながら、平和の語り部として、修学旅行生に原爆の残酷さを訴え、四年前、命の灯が消えゆく瞬間まで、平和を叫び抜かれた。
 この母の人生を無駄にしてなるものかと、婦人は「核兵器なき世界」へ、仏法に学んだ生命尊厳の信念を語り続ける。
 日蓮大聖人は、『一日の命は三千界の財にもすぎて候なり』(御書九八六ページ)と仰せである。
 今日という一日、妙法と共に、同志と共に、生きる喜びに燃えて広布に走ることが、母娘一体の偉大な平和闘争なのだ。
 (中略)
 一九九三年八月六日、師との思い出を刻む長野の天地で、私は『新・人間革命』を書き始めた。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない」と。
 以来、二十三年――。今も日々、世界中の後継の友と、心で対話する思いで執筆を重ねている。
 お陰様で、次の章で第二十九巻が終了となる。「清新」に続く章は「源流」と題して綴っていく予定である。
 ともあれ、一人の声に耳を傾け、一人の友を励まし、一対一の対話を広げる。この最も地道な菩薩道こそ、新たな平和の潮流を起こす第一歩だ。
 我らの人間革命の前進が、戦争と決別し、生命尊厳の世紀を開く確かな光明だ。この大情熱で、「地涌の陣列」即「平和の陣列」を幾重にも拡大していこうではないか!
     
 師弟して
  人間革命
   挑みゆく
  我らの一歩が
    平和の光と

 

   2016年8月11日<随筆 永遠なれ創価の大城10>被爆七十一年に誓う(抜粋)

2016年7月21日

師弟とは

物理的な触れ合いのなかにあるのではない

 

<心に師をいだき、

その師に誓い、

それを成就しようとする、

必死の精進と闘争のなかにこそある>

 

 山本伸一は、下北の青年たちと記念のカメラに納まり、皆に語った。
 「人生の本当の戦いは、いよいよこれからだよ。さらに十年後、いや二十年後、三十年後にどうなるかが勝負だ。今日、来られなかった皆さんに、くれぐれもよろしく!」
 そして、歩き始めてから振り返って言った。
 「どんなに離れていても、みんな、“わが弟子”だよ! 私は、そう信じています!」
 このメンバーは、自分たちを「下北会」と名づけ、その後も折々に集っては励まし合っていった。
 また、メンバーのまとめ役であった木森正志は、創価大学卒業後、大手企業に勤めたあと、故郷のために働きたいとの思いが日ごとに強くなっていった。そして、遂に、地元の教員となることを決断した。
 青森県の教員採用試験を受け、下北の小学校の教員となった。やがて校長も務め、地域に大きく貢献する一方、学会にあっても、県幹部などとして活躍していくことになる。
 メンバーは、それぞれが伸一との誓いを胸に、各地で人生の勝利劇を演じていった。
 始まりは、一葉の写真である。誰かに言われたからではなく、皆が誓いを込めて、あの写真を撮り、自主的に伸一に送った。決して、激励を期待してのことではない。
 もちろん伸一自身は、日々、すべての会員の真心に応えようと、懸命に奮闘していた。
 しかし、仮に伸一からなんの返事も激励もなかったとしても、メンバーは、写真を送ったことで、人生の師と定めた伸一と、心を結び続けてきたにちがいない。既に一葉の写真を送った時から、メンバーは、己心の伸一と共に、勝利の大海原に船出していたのだ。
 師弟とは物理的な触れ合いのなかにあるのではない。心に師をいだき、その師に誓い、それを成就しようとする、必死の精進と闘争のなかにこそある。そこに人生の開花もある。
 「人の目を喜ばせる花や実は、必ず地中に隠れている健全な根の力です」(注)とは、青森出身の教育者・羽仁もと子の洞察である。

 

小説新・人間革命29巻第3章清新30

2015年11月2日

「師弟の大道」を進むことこそ

世界広布新時代

 

<「創価の師弟」の本舞台の開幕>

 

 ブラジル・北パラナ大学のラフランキ総長は語って下さいました(1998年)。
 「師弟の関係は大変に重要であります。師匠が計画し、弟子が実行する。師匠が成功の道を指し示し、弟子が人生をかけてその道を行く。私たちはまた、『一人の人間革命が、やがては一国の宿命をも転換する』ということを信じています
 この師弟の大道を、世界各地の地涌の菩薩が進むことこそ、世界広布新時代です。
 新たな「時」が来ました。
 「師子王の仏法」を世界が待っています。
 「創価の師弟」の本舞台の開幕です。
 さあ、一人一人が、いやまして「師子王の心」を取り出し、幸福と勝利の師弟の大陣列を、さらに強く、さらに大きく、さらに重曹的に、威風も堂々と築き上げていこうではありませんか!

 

大白蓮華2015.11月号 №793 41頁

2015年8月1日

師弟は「三世の契り」

 
 『次に法華経は末法の始め五百年に弘まり給ふべきと聴聞仕り御弟子となると仰せ候事、師檀となる事は三世の契り種熟脱の三益別に人を求めんや、「在在諸の仏土常に師と倶に生れん若し法師に親近せば速かに菩提の道を得ん」との金言違ふべきや』(秋元殿御返事、1070頁)
 「師匠となり、弟子となることは三世にわたる約束である」――仏法の師弟の絆は永遠であることを教えられています。今世で初めて弟子となったのではなく、三世の契りなのです。永遠の絆であると聞いた門下の感動と歓喜は、いかばかりだったでしょうか。
 また、この一節は牧口先生が傍線を引いて拝されていた御文であり、日蓮仏法、そして学会精神の根本を示す大変に重要な仰せです。
 仏教は「師弟の宗教」です。師弟がなければ、民衆を幸福にする広宣流布の実践は成り立ちません。師匠は、民衆のために戦う仏の境涯を、なんとしても弟子に伝えたい。
 弟子は、その師匠の生き方を、わが生き方として貫き通すなかで、不二の境涯を自身の人生に厳然と確立していく。
 師と一体となって戦う民衆が出現することが、人間の境涯を高め、人類の宿命を転換する大道となるのです。
 弟子を自分と同じ境地に導く師匠、また、師匠と同じ生き方を力強く歩む弟子。師弟共戦――共に戦うことが師弟不二の本義です。
 そして、この師弟の絆は、今世だけのものではありません。師弟は「三世の契り」であることを、明確に教えているのが法華経です。
 とりわけ法華経の焦点は、末法という法滅の時代の救済にあります。人々が正法から遠ざかり、無明が増長する闘諍の時代です。
 この時に、正しき法を、正しく求めて、その法を説く正しき師匠と出会う。そして、その師匠と共に不二の不惜と誓願の人生を貫く。
 そう決定した人にとって、師弟の縁は、現世だけのものではなく、過去世から未来世にわたって続くものなのです。
 仏と同じ慈悲の行動を、自身の振る舞いで体現し、根源の地涌の使命を発揮しているからです。
 それゆえに、三世永遠に連なっている本来の境地を、生命の奥底で会得していけるのです。これ以上の誉れの人生はありません。


大白蓮華2015年8月号№789 秋元殿御返事 12頁

2015年7月29日

師弟の因果(完) 

 

<「師弟不二」の栄光>

 

わが胸中に″師弟不二の太陽″が昇れば、

その瞬間から大変革が始まる


 恩師・戸田先生と出会ってから六十二星霜(当時)。先生は言われました。
 「妙法実践の証明が未来にどう開花していくか、私と共に、どこまでも戦ってもらいたい
 今、私はますます健康で、世界中の指導者と友情を結び、一千万の同志と共に前進しています。世界から拝受する栄誉も、師との出会いの瞬間から広がった″栄光の因果″です。広宣流布の大師匠にお仕えし抜いた果報に他ならない。
 この栄冠のすべてを、私は報恩の心で牧口先生、戸田先生に捧げております。そして、この福徳が全同志へ子孫末代まで流れ通うように、との祈りを込めてお受けしているのです。
 わが胸中に″師弟不二の太陽″が昇れば、その瞬間から大変革が始まる

 打開できない宿命はない。打ち勝てない戦いなどないのです。
 仏法で説く境涯革命の因果とは、現実的には、師弟がなければ実現されません。「妙法の因果」とは、いわば「師弟の因果」です。弟子は「因」です。師匠は「果」です。弟子の自覚に一切の因がある
 「開目抄」においても、大聖人は「法華経の行者」としての勝利を示されることによって、弟子が敢然と立ち上がることを促されています。
 弟子の勝利が師匠の勝利である。師匠の勝利は弟子の勝利です。これが仏法の甚深の方程式であり、「師弟不二」の真髄です。
 恩師の誓願であった七十五万世帯の折伏を達成した昭和三十二年の年末。私は詠みました。


 冬枯れに
   春の若芽は
     因果倶時


 不二の弟子として、未来に伸びゆく決意を託した句です。
 師匠は心の大地です。その心の大地から、弟子は永遠に勝利の花を咲き薫らせるのです。
 ゆえに君よ、あなたよ、断じて負けるな! 現在から未来へ断固と勝ちゆけ! 「師弟の因果」「勝利の因果」に生きゆく青春こそ、悔いなき生命の尊極の大道です。
 わが尊き同志の皆様、本年も勇敢に戦い、威風も堂々と勝ち進もうではありませんか!


御書と師弟(2009.1.8付聖教)

2015年7月28日

師弟の因果(3)


<人生は強気でいけ>

 

  今、日本も世界も大変な不況下にあります。多くの同志が必死の格闘をされている。リストラや倒産の危機と闘う壮年もおられる。厳しい就職戦線に挑み続ける青年もいる。お子さんのいじめや不登校などで悩むお母さんもおられます。さらに、病気との闘いもあるでしょう。
人生は、生老病死の闘争です。しかし、皆様には、『無上宝聚 不求自得』(無上の宝の聚りを求めずして自ら得る)という「絶対勝利の信心」があります。
 最も苦しい時にこそ、最も神々しい歴史が刻まれ、最も大いなる福運が積まれるのです
 広宣流布のために戦う皆様を、ご一家を、三世十方の仏菩薩、諸天善神が守護しないわけがありません。
 私も妻も、全同志が厳然と守りに護られ、信心即生活で勝利していかれるよう真剣に祈っています。
 「人生は強気でいけ」とは、戸田先生の遺言でありました。我らは強気でいきましょう!


本因妙の仏法


 戸田先生は語られました。
 「結果を感じて結果に生きる――過去の因を考えて、今の果のみが生活の全体であるならば、人類の生々発展はありません。瞬間に起こった生活の事実を、たえず未来の原因とする、あるいは原因でなければならぬと決定するのが、本因妙の仏法であります
南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果みな消えさって、久遠の凡夫が出現するのであります」と。
 過去がどうあれ、これまでがどうあれ、最も強い本因を新たに植えて生命の潮流を巻き返すことができる。そして「前へ! 前へ!」と未来を勝ち開いていけるのが、我らの信心です。
 アメリカ・ルネサンスの旗手エマソンも言っている。
 「成功をおさめた人びとのすべてに共通に認められる点が一つある――それは彼らが因果律を信じていたということだ」「私たちの役目は瞬間瞬間にかかわっているのだから、瞬間を大事に使うことにしよう」(小泉一郎訳)
 世界的な経済学者として名高い、香港中文大学の劉遵義(りゅうじゅんぎ)学長と語り合った時、「自己実現される期待」という理論が話題になりました。
 つまり、人々が現在、抱いている「期待」が、未来の経済現象に反映されるという洞察です
 心の一念を明るく前向きに変えていくことは、経済の好転にも連動するのであります。それが人間社会の前進の因果です。
(つづく)

御書と師弟(2009.1.8付聖教)

2015年7月18日19日

師弟の因果(2)

 

<祈った瞬間、生命はすでに勝っている>

 
 その根本が「祈り」である。南無妙法蓮華経は、最も偉大な幸福の法則です。
 御書に『久遠元初の自受用報身無作本有の妙法を直に唱う』(御書875頁)とあります。
 妙法を唱えれば、その瞬間に、久遠元初の大生命が発動します。その時、過去の宿業に左右されるような不幸は、乗り越えているのです。
 妙法の「変毒為薬」(毒を変じて薬と為す)の功力は絶対です。信心は、宿命を転換し、この人生を最高に楽しく生ききっていくための道です。
 「祈り」とは、観念ではありません。燃え上がる生命の勝利の炎です。この一念の炎があれば、祈った瞬間、生命はすでに勝っている。『百千万年くら闇き所にも燈を入れぬればあか明くなる』(同1403頁)と仰せの通りです。
 これが万人に開かれた人間革命の実践です。
 新年を晴れやかに出発された皆様のように、「目標」を立てて、生まれ変わった決意で前進することも、偉大な「未来の果」をもたらす「現在の因」です。
 戸田先生から私が、低迷していた文京支部の指揮を託されたのは、昭和二十八年の四月のことです。最初の会合で、私は同志と一緒に題目を唱えました。はじめはなかなか声がそろわない。しかし何度も繰り返すうちに皆は真剣になり、呼吸が合うようになった。そして「前進!」「前進!」と何度も声を出しながら出発した。この一念の革命から、全国が驚嘆する支部の革命が始まったのです。
 広布の目標に、「よし、戦うぞ!」「断じて勝ってみせるぞ!」と挑む。この「現在」の深意の一念が、「因」となって境涯が開け、不可能をも可能にしていく力が発揮できるのです。私も、この師子奮迅の連続闘争で勝ってきました。
 どうか、『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経と』(御書1143頁)唱えに唱え抜いていってください。
(つづく)

2015年7月17日

師弟の因果(1)

 

<「師弟不二」の烈々たる一念を因として全てに勝利!>

 
 『過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ』(開目抄下231頁)
 日蓮大聖人は、「目抄」でこの心地観経の文を引用されています。
 この経文は、過去世・現在世・未来世の三世にわたる生命の因果律を説いています。現在の姿を見れば、過去世の因がわかる。また現在の姿を見れば、未来の果もわかるという意味です。
 この経文そのものは、通途の因果を説いたものです。しかし、佐渡流罪の大難の中で記された「開目抄」では、この経文を通して、さらに深遠なる「妙法の因果」の理法を鋭く表されていると拝されます。
 すなわち、過去世からの宿命は、今世で必ず転換できる。広宣流布のために、三類の強敵と勇敢に戦い抜く中で、いかなる宿業も断ち切ることができる。難を勝ち越えて、大果報の未来を開くことができる、と示されているのです。(中略)


 正義の反転攻勢へ

 

 二十三歳の二月、戸田先生の事業の危機を打開するために奔走する中で、私は日記に記しました。
 「業因、業果、善因、善果、この理法は、誰よりも悉く自己自身が知悉しているものだ。所詮、誰人を責めるものでもない。誰人の責任でもない」――。
 透徹した仏法の因果律に照らすならば、運命は嘆き悲しむものではない。決然と立ち向かうものである。いな、断固として創り変えていくものである。
 わが師・戸田先生は、師子王でありました。ゆえに、その弟子である私も、一切の悲哀や感傷を打ち破りました。私の胸奥には、広宣流布の師匠のために命を捧げて戦う随喜が燃えたぎっていた。この「師弟不二」の烈々たる一念を因として、正義の反転攻勢の渦を巻き起こしていったのです
 仏法も人生も、成長への最高の「因」となるのが「師匠」の存在です師と出会い、師に応え、師と共に戦い、師の勇気と智慧を生命に刻んでいく中で、自分の小さな境涯のカラを破ることができる。それこそが、大いなる未来の自己を築きゆく勝利の根源力となるのです。


  「未来の果」を創れ


 信心とは、過去から現在、また現在から未来への幸福を照らし出す道です。
 「過去の因」に縛られ、「現在の果」を嘆く人生は不幸です。確かに、一面では「過去の因」があって今がある。しかし、今の自分の境涯を高めていくことで、過去の因は悪因ではなくして善因となる。過去に囚われない。いな、過去さえも変えていくことができるのです
 そして、今この瞬間の一念が変われば、それが「現在の因」となって「未来の果」をいくらでも変えていけます
 日蓮仏法は、太陽の仏法です。現実を変革し、未来を創る希望哲学です。わびしさや諦めなどない。くよくよ愚痴をこぼすことなどありません。
 今の一念がどうか。それによって、常勝の道が深く、強く、できあがっていく。生死流転の苦しみを断ち切り、勝利と栄光の果を創造していけるのです。

(つづく)

2015年6月18日

本物の弟子

 

<牧口先生の獄中の戦い>

   

 戸田先生は「私と本物の弟子が二、三人いれば、たとえ臆病者が皆、退転しても、いつでも大創価学会をつくってみせる!」との大確信をお持ちであった。
 私も、この言葉の意味が、よくわかる。(省略)


 牧口先生は、獄中で、特高刑事らの苛烈な取り調べに対しても、毅然たる折伏精神で、正義を訴え、真実を語った。当時の状況を知っている人は、それがどれほど勇気ある行動だったか、想像できるであろう。
 「訊問調書」によれば、“「法華経」は、いかなる教えか”という質問に対して、こう答えておられる。
 「仏法は、決して釈尊によって作られたものではありません。無始無終にして、始めなき久遠より、終わりなき永劫にわたり、常に流動しつつ、たえず一切の森羅万象を活躍させているところの法――その法自体に相応(合致)するように行動することが仏法であり、妙法なのであります」(『牧口常三郎全集』第十巻。一部、現代の表記に改めた)
 牧口先生は、この「永遠不滅の生命の哲理」にのっとって、最後の最後まで生き生きと信念を貫かれた。
 何があろうと、断じて行きづまらない。これが妙法であり信心である。
 さらに、牧口先生は、当時の「大日本帝国憲法」と「法華経の大法」の関係について尋問される。これに対しても、厳然と答えておられる。
 「法華経の法は宇宙根本の大法でありまして、過去・現在・未来の三世を通じて、絶対に不変であり、万古不易(永遠に変わらない)の大法であります。その時代時代によって改正されたり、廃止されたりする法律や諸制度とは違うのでありまして、終世変わらない人類の行動の規範が示し顕されているのであります。ゆえに、この大法に悖(もと)る(=反する)ことは、人類としても、また国家としても許されないことであり、これに反すれば直ちに法罰を受けるのであります」(同前)
 何と勇気ある発言であろうか。何と堂々たる境涯であろうか。
 皆さまも、相手がだれであろうと、こと「正義」に関しては、こびたり、へつらったりしてはならない。臆病であってはならない。堂々と、言うべきことを言いきっていくべきである。正義を、真実を叫びきっていただきたい。

1998.4.20 5・3記念第21回本部幹部会

2015年5月22日

真実の師弟の心


<戸田先生の夢が、私の夢>

 

 本日は、ドイツをはじめロシア、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリアの中欧・東欧諸国、さらにオーストリア、イギリス、フランス、スペイン、アメリカ、日本など十三カ国の友人が集われた。本当にご苦労さま。
 きょうの会合は、ささやかに見えるかもしれない。しかし、時とともに三十年、五十年、百年先には、たいへんな歴史的会合と意義づけられることは間違いない。「東欧」の代表の皆さまに、私は一首を贈らせていただきたい。


  東欧の
   友と相見る
    不思議さは
   大聖人の
     たしかな子等かと


 今回の出発の日の前夜、夢を見た。戸田先生の夢であった。先生は和服を着て立っておられた。
 私は、先生の体を支えながら、申し上げた。
 「先生、これから先生の思想・理念を、世界に広めに行ってまいります」
 戸田先生は「私は、うれしい」「本当にうれしい」と、泣いておられた。
 また「私はうれしい。ありがとう。ありがとう」と、立って、泣きながら、私を抱きかかえられた。
 これが出発の日の前の夜に見た夢である。ひさかたぶりで見た、戸田先生との夢であった。きょうの歴史的な会合に当たり、真実の師弟の心を、一言言い残しておきたい
 本日のこの会合を一番、喜んでくださっているのも、戸田先生であると私は信ずる。戸田先生は、当時、東欧・ロシアの民衆のことを、深く深く思いやられていたからである
 特に、一九五六年(昭和三十一年)の“ハンガリー動乱”(東欧初の反ソ蜂起へのソ連軍介入と弾圧)の折には、先生は民衆の嘆きに、それはそれは心を痛めておられた。その直後の青年部総会の席上、先生は「ハンガリーの今度の問題などは、じつにかわいそうでたまらない。かの民衆はどれほど苦しんでいるか──」と語られている。
 また、その後の論文でも「ハンガリーの民衆にたいして、(=今は)吾人らはなんの救うべき手段も方法もない。ただ、一日も早く、地上からかかる悲惨事のないような世界をつくりたいと念願するだけである」と。
 こうした悲劇を転換しゆくために、先生は、私ども青年に「確固たる生命哲学を打ち立てよ!」「人間主義の行動で世界を結べ!」と呼びかけられた。私は、そうした先生の構想を一つまた一つ実現してきた。
 今や、先生が憂慮しておられたハンガリーをはじめ、東欧・ロシアの天地に、このような偉大な地涌の同志が誕生した。私は、皆さまを、戸田先生とご一緒に心から歓迎したい。


1992.6.12 中欧・東欧・ロシア合同会議

2015年4月4日5日

民衆の求めに応えよ!

 

<師弟に徹せよ!求道せよ!使命を自覚せよ!>

 

 池田 大通智勝仏が出現する前は、衆生は苦悩し、時代は行き詰まっていた。経文では、その閉塞状況を「冥(くら)き従り冥きに入って」(法華経280頁)と表現している。人々は闇から闇へという悪の流転を止める仏の出現を生命の奥底では求めていた。その心が表されています。
 戸田先生もよく「商売でも何でも、民衆が求めているものが広まるのです。広宣流布も民衆が今、妙法を求めているから、必ずできるのです」と言われていた。(中略)
 池田 (大通覆講の時に生命の奥深くに持った「無上の願い」)その根源的な願いを、私たちの実感できる言葉で言い換えれば、「自他ともの幸福を願う心」とでも言えようか。言ってしまえば何だ、と思うかもしれない。だれでも知っている心ですから。しかし、この心に生ききることは至難だ。煩悩、無明、欲望、エゴイズム、分断の心などが妨げるからです。
 だから、この心を生ききるには、「師」が必要なのです。そのことを、長遠の時間にわたる師弟の因縁を通して、化城喩品で教えているのではないだろうか。
 要は、ここでいう因縁とは「人間と人間の永遠の絆」のことです。決して、人間を離れたものではない。人間を外から縛るものでもない。
 反対に、弟子の自分が、自分の生命の根本にある「成仏の因」を自覚する。すなわち久遠の「本願」を思い出す。そして、その因を仏果へと育ててくれる師匠という「縁」のありがたさを自覚するこの「最高の絆」への感謝と感動が、化城喩品の心なのです。
 斉藤 天台は、仏の「一大事因縁」について「衆生に此の機有って仏を感ず故に名けて因と為す、仏機を承けて而も応ず故に名けて縁となす」(『法華文句』)と言っています。
 やはり弟子(衆生)を因、仏を縁に配しています。
 池田 そう。因と縁では当然、因が中心です。縁はそれを助けるものです。師弟の道も、弟子の自覚が中心です。弟子がどれだけ強き求道心に立つか、どれだけ強き使命感に立つか、その一念の強さに師匠が応じるのです。
 それを前提にして、仏はいかなる弟子も見捨てることなく、三世にわたって営々と化導している。教育している。慈愛を注いでいる。この大慈悲を法華経は強調していると思う。
 弟子は師匠を信じ、求める。師匠は弟子を守り、鍛える。誓いを忘れた弟子たちをも最終的には見捨てない。この最高に麗しい「人間の絆」こそ、仏法の師弟です


法華経の智慧 化城喩品 第七章

2015年3月23日

前進だ! 追撃だ! 最激戦地へ打って出よ!

 

<闇が深いほど、希望の夜明けは近い>

 
 「3・16」から「4・2」、そして「5・3」へ、
 学会は大いなる前進の節を刻む。
 もうすぐ桜の春が来る。
 恩師・戸田先生の雄姿を思い出す。
 民衆を苦しめる邪悪と戦われた師であった。
 巌のごとき信心の先生であった。
 世界広布、立正安国を願われた師を偲び、
 私は先日、恩師記念会館で全同志の健康と幸福と勝利を祈念した。
 思えば、昭和33年3月16日、広宣流布の記念式典に、
 6000人の青年が電光石火で集まった。
 今、あの誓いのままに、戦う心を燃やす多宝の友がいる。
 勇んで駆け付ける心意気を継ぐ、
 頼もしき後継の勇者がいる。
 恩師は青年を信じ、愛し、大激励された。
 励ましを送ろうと自ら大太鼓を打ち鳴らし、
 その雄渾の響きに思いを込めた。
 前進だ! 追撃だ! 最激戦地へ打って出よう!
 勝利、勝利のリズムで進め!――と。
 私も同じ心である。
 嵐も怒涛も乗り越えて、青春の命で生き抜こう。
 闇が深いほど、希望の夜明けは近いのだ。


 戸田先生は烈々と叫ばれた。

 「師と苦楽をともにする弟子たれ!

  師と目的をともにする弟子たれ!

  師と勝利をともにする弟子たれ!」と。

 この心で私は全てに勝った。

 大変であればあるほど、強盛の信心を奮い起こし、

 いよいよ喜びをなして、勇み戦い、断じて勝つ!

 これが常勝の魂だ。

 何があろうとも、我らには題目の師子吼がある。

 異体同心の団結がある。

 何も恐れるものはない。

 断じて負けない。

 広布の行動は、全部が仏縁となる。

 諸天を動かす。

 功徳に変わる。

 今再び

 「異体同心なれば万事を成し

 同体異心なれば諸事叶うことなし」(御書1463頁)

 との大確信で、「いざや前進」だ。

 忙しい時こそ励まし合い、

 讃え合って歴史を創ろう。

 常勝の太陽の皆さん方の健康と、

 満々たる生命力の行進を祈ります。

 

2015.3.22付聖教新聞 新時代を駆ける10

2014年10月1日

師に学び続けよ!

   
 「弟子のしらぬ事を教えたるが師」御書。
 師に学び続けよ!そこに成長の道


聖教新聞2014.9.29付寸鉄

 

2014年9月27日

己心の師

  
 谷沢徳敬は、山本伸一に語った。
 「母は、山本先生をわが家にお迎えするのだと言って、前々から準備し、祈り続けておりました。二階にお上がりください」
 徳敬は、伸一を、座談会などの会場として提供している二階へ案内した。仏壇の前には、真新しい紫色の座布団が置かれていた。
 「母が、『先生に使っていただくのだ』と言って、縫ったものです」
 老いた母親が、真心を込め、目をしばたたかせながら、一針一針縫い上げてくれたのであろう。伸一は胸が熱くなった。
 彼は、徳敬に言った。
 「では、一緒にお題目を三唱しましょう。真心にお応えするために、この座布団を使わせていただきます」
 伸一は、感謝の思いを込め、谷沢一家の繁栄を願い、題目を唱えた。
 千秋は、伸一を迎えることを思い描いて、部屋の畳替えもし、湯飲み茶碗等も用意していたという。
 彼女は、伸一とは、会ったこともない。しかし、心のなかには、常に、信心の師としての伸一がいた。よく、「もっと、もっと、山本先生のお心を知る自分になりたい」と語り、日々、真剣に唱題を重ねてきた。そして、“今日も弟子らしく戦い抜きました”と、心の師に、胸を張って報告できる自分であろうとしてきた。
 日蓮大聖人は、「若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書三八三㌻)と仰せである。師もまた、厳として己心にいてこそ仏法である。師弟の絆の強さは、物理的な距離によって決まるのではない。己心に師が常住していてこそ、最強の絆で結ばれた弟子であり、そこに師弟不二の大道があるのだ。


小説 新・人間革命 27巻 求道66

2014年9月20日

いざという時の信心


 『もし・さきにたたせ給はば梵天・帝釈・四大天王・閻魔大王等にも申させ給うべし、日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ、よもはうしんなき事は候はじ』(南条兵衛七郎殿御書、1498頁)
 『中有の道にいかなる事もいできたり候はば・日蓮がでしなりとなのらせ給へ』(妙心尼御前御返事、1480頁)
 いざという時に、胸を張って「日蓮の弟子」と言い切ることができるかどうか。
 日蓮仏法の根幹は、どこまでも師弟です。
 三世にわたって師弟に生き抜く誓願と実践が、一切を勝ち開きます。私たちの日々の実践に即するなら、「我、創価学会員なり!」と喜びの唱題を重ね、広布の活動に励むことです。その信心があれば、三世十方の仏菩薩。諸天善神が動きます。そして、その人自身が、未来永遠に「仏」と輝くのです。

 

大白蓮華No.778号2014.9月号44~46頁(抜粋)

2014年9月7日

師弟の生命は永遠に若い

   
 空には、鳥の飛ぶ道がある。
 海には、魚の泳ぐ道がある。
 人には、人の歩む道がある。
 人間が、最も人間らしく、
 価値ある人生を歩み、
 向上していくための道が、
 「師弟の道」である。

 

 人間だけが、
 師弟をもつことができる。
 師弟の道によって
 自分を高めていける。
 ここに人間の究極がある。
 後継の青年たちには、
 伝え遺せる限り
 私のもっているものを
 すべて伝えたい。
 一切の後事を託したい。
 その私の心を、
 弟子たる君たちは
 深く知ってほしいのだ。

 

 若き日に人生の師に巡り合い、
 真実の人間の練磨を
 受けることは
 青春の最高の誉れである。
 この人生の真髄がわかれば、
 富や名声などの飾りに
 惑わされることもないし
 何ものをも恐れることはない。

 

 真剣勝負の出会いは
 人の心を変え、生命を変える。
 さらに地域を変え、社会を変え、
 世界をも大きく変えていく。

 

 師匠と近くにいるから
 偉いのではない。
 師匠の「心」を身に体して、
 現実の上に
 実現していく人が偉い。
 どんな場所であれ
 そんな立場であれ
 その自覚があれば、
 立派な弟子の戦いはできる。
 「心」が大事なのである。

 

 正しき師匠を求め
 師の心に応えんとする
 弟子の一念にこそ、
 前進と勝利の本因が刻まれる。
 師弟に生き抜く生命は
 永遠に若い。
 その人が
 永遠の青年なのだ。

 

聖教新聞2014.8.31付 光の言葉 幸福の曲

2014年8月3日 

師弟不二の永遠の闘争

  
 師匠の示した構想を、弟子が、わが誓いとし、わが使命として実現していく。その継承があってこそ、慈折広宣流布大願成就の大道を開くことができる。つまり、師弟不二の永遠の闘争なくして広宣流布はない。
 伸一は、そのために、いかなる生き方が重要になるのかについて、言及していった。
 「それは、地道な実践です。一攫千金を追い求めるような生き方では、人生の勝利も、広宣流布の本当の前進もありません。大事なことは、しっかりと、自身を磨き鍛え、社会に、深く信頼の根を張っていくことです。
 長い目で見た時、時代の流れは、地道さが求められる時代にならざるを得ない。基礎がしっかりと築かれていなければ、時代の変化のなかで、はかなく崩れ去っていきます。人生も広宣流布も持久戦です。
 したがって、地道に精進を重ね、持続の信心、水の流れるような信心を貫いた人が、最後は勝ちます。堅実な戦いの積み重ねが、広宣流布の新しい時代を開いていくんです。」


「小説 新・人間革命 27巻 求道39

2014年6月18日

恩師の広布の半生(後半) 

  
 やがて、会長に就任したとき、私は七十五万世帯の折伏を誓った。最初は、誰も本気にさえしなかった。
 しかし、そんなことは、私の眼中にはなかった。自分一人でも、やろうと思っていたことだからだよ。それは、私がこの世で果たさなければならぬ、私の使命なのだからな。
 人をたのむ心があれば、ほんとうの戦いはできない。人をたのみ、数を頼る――その心にこそ、敗北の要因があるものだよ。
 私は、この世でやるべきことは、すべてやったと思う。人間として、なんの悔いがあるものか」

 戸田はさも満足そうに、山本伸一に笑いかけた。それから彼方を仰ぐように眼を細めて言った。
 「人間一人ひとり、皆、生涯になすべき仕事をもっている。私は、広宣流布の未来のために幕を開いたと思っているが、いまになってみると、それが私の仕事であったことがよくわかる。
 伸一君、君は生涯を賭けて果たすべき自分の未来の仕事について、考えたことはあるかな。・・・・・僕が大きく幕を開いた舞台で活躍するのは、ほかならぬ君たちなのだ。しっかり頼むよ。
 ひとたび広宣流布の戦を起こしたならば、断じて勝たねばならぬ。戦いを起こしておいて負けるのは、人間として最大の恥だ」
 伸一は、戸田の話を心に刻みこむ思いで聴いていた。

 

小説 人間革命 12巻 憂愁 179頁

2014年6月17日

恩師の広布の半生(前半) 

  
 (戸田は)そして、穏やかな口調で、自分の半生を回顧するかのように語りはじめた。
 「私は、広宣流布という尊い仕事に、自分の命を賭けさせていただいた。どんな人間でも、崇高なる目的に生きることによって、強く、大きな力を得ることができるものだ。
 私にとって、もっとも厳しい人生の試練は戦時中の獄中生活だった。
 軍部政府は私の最愛の恩師の命を奪い、学会を壊滅状態に追い込み、私の体も、事業もボロボロにした。
 しかし、私は、この二年間の獄中生活に勝った。おのれを捨てたからだよ。広布にわが身をなげうつことを決めたから勝ったのだ。そう決めた時からなんの迷いも、恐れもなかった。

 この決意をもって唱えた独房での二百万遍の唱題のなかで、御本仏とともにある久遠の自分を知り、地涌の菩薩としての使命を自覚するにいたった。
 独房という地獄のなかで最高の歓喜と法悦につつまれ、不可思議な境地を会得したのだ。金色の光を一身に浴びるような無量の随喜に打ち震えながら、私は妻の両親に手紙を書き送った。――私がいる限り富める者なれば落胆しないでくれ――と。
 平凡な取るに足らぬ男が、偉大な使命を知り、不動なる大確信を得たのだよ。

(つづく)

2014年5月17日

弟子の道は、如説修行の道 

  
 戸田先生は、「弟子の道」と題する講演で明確に語っています。(昭和十六年十一月二日)
 「日興上人は、日蓮大聖人様をしのごうなどとのお考えは、毫もあらせられぬ。
 われわれも、ただ牧口先生の教えをすなおに守り、すなおに実行し、われわれの生活のなかに顕現しなければならない」
 師匠の教えは、民衆救済です。その教えを素直に守り、素直に実践する弟子もまた、民衆救済に徹していかなければならない。
 師匠が、不惜身命・死身弘法ならば、弟子もまた、不惜身命・死身弘法でなければならない。
 不遜どころか、師匠の振る舞いと一致しなければ「弟子の道」は存在しない。
 大前提は、仏の生命は「戦う心」の中に顕現するということです。戦い続ける人は、つねに「まだまだ」「いよいよ」と、ますます師匠と同じ戦いを繰り広げようとする。
 戸田先生は、講演をこう結ばれている。
 「弟子は弟子の道を守らねばならぬ。ことばも、実行も、先生の教えを、身に顕現しなければならない」
 私も、同じ覚悟で戦ってきました。
 創価学会は、「日蓮大聖人が如く」そして「牧口先生が如く」「戸田先生が如く」の精神で進み、発展してきた。師弟不二を目指す実践があったからこそ、広宣流布が進んできたのです。
 「弟子の道」という観点から言えば、一切の諸仏もまた、根源の「法」を師匠として仏になったのですから、「法」の前では「弟子」です。
 釈尊も、絶えず自身の胸中の「法」に基づいて行動した。日蓮大聖人も外用の振る舞いとしては、久遠の釈尊の弟子である地涌の菩薩の実践を貫かれたと言えます。
 ありがたいことですが、大聖人御自身が、法華経の経文どおりの如説修行の在り方を、身をもって門下に教えてくださった。
 弟子の道とは、如説修行の道です。師の教えのままに行動しぬくことです。


御書の世界(下)第十四章 弟子の法難

2014年5月14日

師弟の劇を心の奥底に! 

  

 戸田先生は、牧口先生の法要(1954年、昭和29年、11回忌)の折、言われた。
 「牧口先生と私とは、親子であると信じています。親子という意味は、先生の精神的財産を、私が受け継いだことであります。もし私が先生とお会いしていなければ、いまの私はありません」
 私も皆さんのことを“わが子”と思っている。
 「(牧口)先生にお別れした最後は、昭和十八年、警視庁の二階でした。先生が先に東京拘置所に行くことになり、私が後になりました」
 「顔を見合わせたときは、なにもいえず、顔を見て泣いているだけであり、ただ『おからだをお大事に』と申し上げたのが、お別れの最後でした」
 すごい師匠であった。すばらしい弟子であった。ちょうど五十年前の「師弟の厳粛な劇」である――私の心には永遠に刻まれている。
 「私は、先生が死んだのも知りませんでした。ちょうど、二十年一月八日、忘れもしません。その日に初めて呼び出され、予審判事に会ったとたんに、『牧口は死んだよ』といわれました」
 「あれほど悲しいことは、私の一生涯になかった。そのとき、私は『よし、いまにみよ! 先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、先生にお返ししよう』と決心した」
 「かならずや一生を通して、先生の行動が正しいか正しくないか、その証明をする覚悟です」――と。
 戸田先生の命の叫びであった。巌窟王となって、必ず、仇を討ってみせる。一生をかけて、師の正しさを証明してみせる――これこそ「弟子」である。
 この峻厳なる師弟の「心」を私は受け継いだ。ゆえに、何も怖くない。ただ信念のままに進む。
 この師弟のドラマに創価教育の原点がある。
 これほどの気高く、深く、そして強い、人間の信頼の世界はどこにもない。「ここ」にしかない。


1993.5.5創価同窓の集い

2014年5月1日

 こ・れ・だ・け・です!

 

(“地区をどうすれば発展させられるか”の質問に対して)
 「私は、“全学会員の最高責任者として、真心込めて、御本尊に力をいただいて、指導しよう”――。
 これが一つ。
 それから、御本尊を通して“全学会員に題目を送ろう”――。こう決めた。
 もう一つは、“責任者として、事があったら私が矢面に立って三障四魔を防ごう”――。
 これだけです!」

 

大白蓮華No.774号2014.5月号11頁

2014年4月2日

桜花の「4・2」に恩師を想う


 (前略)
 ああ! 
 恩師と共に過ごし来た
 あの日あの時は
 すべてが
 また すべてが
 私にとっては
 輝く黄金の思い出となっている。
 (中略)
 恩師はあまりにも偉大であり
 私は幸福者であった。
 いな 師も弟子も
 永遠不滅の
 幸福と勝利の生命が
 輝きわたって
 流転してゆくにちがいない。

 

 私の心には
 いつも いつでも
 笑顔輝く戸田先生がいる。
 いまもなお
 「先生なら どうされるか」
 師との対話の日々の連続である。
 
 いかに暗黒の時代に遭遇しても
 偉大なる師を念うときに
 必ず一本の光の大道が
 広がってくるのだ。

 

 ああ!
 師匠は鑑である。
 師匠は希望である。
 師匠は力である。
 心に師を持つ人生には
 絶対に逡巡はない。
 心に師を持つ人生には
 断じて敗北はない。

 

 おお!
 わが恩師
 戸田先生!
 世界第一の師匠
 戸田先生!
 永遠の人生の師
 戸田先生!

 

 弟子・池田大作は
 晴れ晴れと勝ちたり。
 師弟不二の詩を
 不滅の歴史と残したり。

 

 一段と
  決意深まる
    師弟かな

 

聖教新聞2014.3.30付 桂冠詩人の世界

「師弟不二の詩 ああ恩師 戸田城聖先生」より

2014年3月29日

師匠の通りに実行

 

「師匠の一言を、私は『その通り』全力で実行してきたつもりです。
 『その通り』に実行するから『師弟不二』なのです」

 

大白蓮華No.773号2014.4月号23頁

2014年3月28日

『師弟不二』論

 

 「昭和25年・・・戸田先生が非常に事業の上でも苦境にあった。・・・体の調子もお悪い様子。
 私はどういう縁か、戸田先生のもとで働かざるをえない境遇にあった。・・・何人かの同志は、だんだん退転していく。その中で、戸田先生を批判している」
 「私の体も13貫(約49キロ)を欠けてしまった。
 非常に体の調子が悪い。もう自分も、このまま長生きできないかもしれない、と予感までした。
 その時に決意した。
 それは何か!」
 「公私ともに、戸田先生の広宣流布への証明をする者は誰か!」
 「それは自分しかない!」
 「絶対に、題目をあげ、御本尊を疑わず、御本尊にしがみついて、戸田先生の証明をするんだ! こう決めた」
 「所詮、自分が成長して、健康になって、力を持って、戸田先生の偉業を証明するのだ!
 これが『師弟不二』論であると思うのです」

 

大白蓮華No.773号2014.4月号19頁

2014年2月9日

敵など、断じて恐れるな!

 
 「大作!
 大聖人をいじめ抜いた、極悪の仏敵である平左衛門尉に対して、御書には〝彼は、自分にとって善智識だ〟と仰せになっておられる。
 敵など、断じて恐れるな!
 全部、自分自身を完成させ、仏にしてくれる、闇の烈風に過ぎない」と。

 戸田先生との語らいは、私の青春時代の生命に、すべて宝となって、刻みつけられている。
 師匠というものは、本当にありがたく、師をもたぬ者は、かわいそうだ。
 師をもたぬ者は、増上慢になる。はかない毀誉褒貶の自己中心を自由と錯覚して、最も不自由な人間の欠陥をもってしまうのである。

 

2000.5.28随筆 新・人間革命 忘れ得ぬ五月の静岡

2014年2月3日

師弟の絆は時空を超える!

 
 人間の絆は国を超え、民族を超え、時代を超える。
 インドのマハトマ・ガンジーが非暴力の民衆運動への絶対の確信を固めていく上で、「私の師」と仰いだのは、ロシアの文豪トルストイであった。
 若きガンジーは、南アフリカでインド系住民の人権闘争を推進する中で、トルストイの非暴力抵抗の信念と行動を学んだ。そして、仏教などインドに脈打つ不殺生の民衆運動へと展開していったのだ。
 戦う場所は離れていても心はつながる。ガンジーが南アから手紙を送り、深い共鳴を伝えると、トルストイは大変喜び、交信は三度に及んだのである。
 トルストイは逝去の二ヶ月目前に認めた手紙で、ガンジーの活動を、「それは地上におけるこんにちのあらゆる活動のうちでもっとも重要なもの」と賞讃した。
 ガンジーとトルストイと直接会うことは一度もなかった。しかし、生涯をかけた自らの実践で、その言葉を証明し抜いたのである。
 トルストイが泣くなって二十年余年が過ぎたある年、スイスで講演会に臨んだガンジーは、「トルストイは私の一生の師です」と。
 ガンジーの非暴力運動は、その後、アメリカのキング博士の公民権運動や南アのマンデラ元大統領のアパルトヘイト(人種隔離)撤廃運動へもつながった。
 非暴力の魂――この人類の宝が、国境や言語の壁を超えて輝き広がりゆく底流には、師弟という精神の道があったといえまいか。

 

2014.1.29聖教新聞 民衆凱歌の大行進[1]「師弟の道」一筋に 

2014年2月1日

師と同じ力と智慧が涌現

 

 私の胸には、いつも恩師がいる。会長就任の時も、世界への一歩を踏み出した時も、非難の嵐の中でも、我が生命の奥には師匠が厳然といらっしゃった。
 「御義口伝」に、「師弟が感応し、仏の生命を自身の中に顕現して、『如我等無異』の文の如く、わが身仏なりと悟る。これが悟仏知見である」(御書717頁)と仰せである。
 師である仏と、弟子である衆生が一体不二で誓願を立てて戦う――そこに仏法の師弟の真髄がある。
 師を求め、師の心に迫りながら、弟子が広宣流布の誓願の題目を唱え、戦いを起こす。その弟子の生命には、師と同じ力と智慧が脈々と涌現してくるのだ。

 

2014.1.29聖教新聞 民衆凱歌の大行進[1]「師弟の道」一筋に

2014年1月9日

師匠が獅子ならば、弟子もまた獅子


 私たちの永遠の師匠である牧口初代会長が、獄中にあって、軍国主義の官憲から不当に起訴された日――それが、十一月二十日だったのであります。(中略)
 後に、牧口先生の葬儀の模様をしのぶ時、戸田先生は激昂して、熱い涙を流されるのが常でありました。そして、雷鳴がとどろくように憤怒され、こう叱咤されました。
 「(牧口)先生の法難におどろいて先生を悪口した坊主どもよ、法を捨て、先生を捨てたるいくじなしどもよ」と――。(中略)
 師匠が獅子ならば、弟子もまた獅子であらねばならない。
 今、私に続く、本物の弟子はどこにいるのか――。師匠の難を傍観視して、自分はうまく難を避けていく。そんな卑怯な人間は、学会にいらないのであります。

 

1999.11.20ブラジル「文化市民功労第十字勲章」叙勲式、他

2014年1月8日

「勇敢」は最高の人生、真の弟子は戦闘開始せよ!


 「勇敢なる人生を生きる人は、最高の人生である。
  臆病な人生を生きねばならない人間は、畜生のようなものである。
  勇敢な人生を生ききる人は幸福である。
  臆病な人生を生きる人は卑怯であり、不幸である」
 これは、戸田先生の正月の指導でありました。(中略)
 創価学会の青年部の諸君も、この「命をかける精神」を学んでいただきたい。
 時代は違っても「悪との闘争」の方程式は同じです。侵略者とは、断じて戦わなければならない。断じて「撃退」しなければならない。
 私の青年時代は、全闘争を一人で担って立ちました。仏敵がいれば、日本中どこへでも行きました。
 大事なのは人数ではない。真剣の一人です。
 戦うべき時に戦えないような、だらしのない青年であってはならない。今、立たなければ、日本はまた人権抑圧の強権的な社会になってしまう。(中略)
 五十五年前(1945年)の一月、創価学会の戸田第二代会長は、日本の軍国主義と戦い、獄中で、二度目の新年を迎えておりました。
 厳寒の牢獄にあって、戸田先生は「若い自分が、あらゆる難を一身に受けて、高齢の牧口先生は一日も早く、無事に釈放され、ご帰宅されますように」と、ただ、ひたすら祈りに祈っておられました。有名な事実であります。
 しかし、一月八日に、突然、判事から、師匠の獄死を告げられたのであります。
 戸田先生叫ばれた。
 「だれが牧口先生をいじめ、苦しめ、殺したのか!永遠に忘れない!牧口先生の仇を返す!」
 仏の敵を一人も残すな!これが先生の口くせであった。
 断じて仏敵を倒す!――これが、牧口先生の精神であり、戸田先生の精神であり、私の精神です。これがわからない人間は、真の「師弟」とはならない。(中略)
 声です。声が大事です。最近の青年は、おしゃべりは長いが、「正しいことを言いきる」強さがない――とも言われる。堂々と正義を、「いい声で」「人の胸の中に」入れなくてはいけない。
 仏法では、「声仏事を為す」(御書708頁)と説く。また、「言(ことば)と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563頁)と説いています。
 わが「生命」それ自体が、妙なる音声を、朗々と、またりんりんと発しゆく尊貴な「楽器」であり、敵を打ち破る「大砲」なのであります。
 誠実にして真剣なる「声の響き」が、人間の魂を、どれだけ揺り動かしていくか。ゆえに、「いい声」で明快に語ることである。
 とくに末法では、いちばん乱れた時代であり、経文には「闘諍言訟」と説かれている。争いや論争が絶えない時代である。ゆえに強く、恐れなく、正義を叫び、真実を訴えきっていったほうが勝つ。おとなしく黙っていては敗北であります。
 語りに語ることである。人権弾圧の悪書を追放することである。
 断じて軍国主義にさせない、平和主義へと変えていく戦いである。正義の声を出しきって、戦いましょう!(中略)
 断固、「戦闘開始」して、勝ちましょう!
 私も先頭をきって戦います。一人、戦います。本当の弟子はついてきていただきたい。

 

2000.1.6ロシア・サンクトペテルブルク大学「名誉博士」授賞式、他

2013年11月17日

誓願の継承 


 伸一は、先師・牧口常三郎と、まみえることはなかった。しかし、彼の胸中には、恩師・戸田城聖と共に、常に牧口がいた。戸田を通して牧口を知り、戸田の先師への誓いを、わが誓いとしてきた。誓願の継承こそが、師弟の生命にほかならない。
 
小説 新・人間革命 27巻 若芽19

2013年11月6日

 永遠なる創価の師弟の流れ 

 

 大事業は、一代で成し遂げられるものではない。弟子が、さらに、そのまた弟子が、先師の志を受け継ぎ、創業の思いで、全身全霊を注いでこそ、成就されるものである。
 弟子は、師が道を開いてくれたからこそ、大業に連なることができる。師は、弟子が事業を継承してくれるからこそ、大願の成就がある。
永遠なる師弟の流れありてこそ、新しき創価の大潮流がつくられていくのである。
 
小説 新・人間革命 27巻若芽14

2013年8月29日

弟子の覚悟で全ては決まる

 

 師匠からの厳しき訓練を受けてこそ、人間の土台ができるのだ。戸田先生の弟子として、すべてを捧げてお仕えし抜いた私には、それがよくわかる。
 師弟は、弟子で決まる。「師匠に一生懸命、お仕えしていこう!」――この一点に心を定めることだ。そうすれば、すべて良い方向に変わっていく。覚悟が定まらず、心が散り散りばらばらになっている人は、何をやってもうまくいかない。誠実な人かどうか。要領の人間かどうか。師匠は、弟子のことをすべてわかっている。

 

大白蓮華No.766号2013.9月号93頁

2013年8月11日

 人類・社会のために歴史を残せ!

 

 歴史をつくることだ。人類のために、社会のために、何か歴史をつくった。勝利の歴史を残した。これが人生の価値である。 希望の歴史、平和の歴史、文化薫る歴史――それを生みだす大地が、創価学会である。 今は民主主義である。民衆こそ王である。 しかし、権力は魔性をもつゆえに、民衆を奴隷にしようとする。そんな転倒は、断じて許してはならない。民衆に仕え、民衆を守るために、権力者はいるのである。 民衆を苦しめる、あらゆる邪悪を打ち破り、勝利また勝利の金字塔を打ち立てていく。それが、新世紀の「本門の時代」である。 私は戸田先生の弟子として、すべての山を勝ち越えた。大難の嵐に耐えながら、同志を励まし、一人、広宣流布の道を開いた。師弟ほど崇高な人生はない。師弟ほど無敵の力はない。 師弟不二が仏法の魂である。弟子が心を定め、総立ちになる時、新しい時代は開かれる。 きょうから出発だ。毎日が真剣勝負である。 とくに青年は気取りを捨てることだ。地道に、一心不乱に、勝利の突破口を開いてもらいたい。栄光輝く広宣流布の歴史を、ともどもにつづってまいりたい。

 

2003.9.30全国最高協議会

2013年8月10日

 最も幸福な弟子とは

 

  戸田先生は「何がいちばんうれしいですか?」と聞かれて、こう答えられた。 「広宣流布のために戦っていく弟子たちが、どんどん成長することだ。青年と会うことが、語ることが、最高の喜びである」。私もまた同じ気持ちである。 ブルガリアの芸術史家、ジュロヴァ博士は、(中略) 「師匠を持つ人は幸福であり、自分は彼の弟子だと言える人はもっと幸福です。しかし、もっとも幸福なことは、師匠から弟子と呼ばれることです」 そのとおりだと思う。  

2003.11.25全国最高協議会

 

2013年7月24日

 師弟の会話、昭和25年8月24日
 

 師匠 『熟慮の末、思うところあって、理事長職を辞任する』
 弟子 『理事長が変われば、師匠も変わってしまうのでしょうか』
 師匠 『いや、それは違う! 苦労ばかりかけてしまうが、君の師匠は僕だ!』


 弟子は決意する。

 『先生に襲いかかる、ありとあらゆる難は、断じて私がはね返してみせる。そして、必ず必ず、戸田先生に会長になっていただくのだ』

 

  ※法華経講義の終了後、事業が最悪の苦境に陥った恩師が、創価学会理事長辞任の意向を発表した・・・

 

大白蓮華No.764号2013.8月号13頁

2013年6月20日

 師匠を求めてどこへでも!

 会場の立川文化会館に勢ぞろいした信越の青年たちは、意気軒昂であった。”師匠を求めて、どこへでも行こう!””広宣流布の激戦地があれば、勇んで飛んで行こう!”というのが、彼らの心意気であった。それこそが、男子部魂である。
 そもそも、この信越男子部の幹部会自体、「先生のいらっしゃるところに駆けつけます。師匠のもとから、広布の最前線へ、出発させていただきたい」との強い要請があって、開催が決まったのである。
 山本伸一は、その決意が嬉しかった。
 伸一自身、青年時代から、広宣流布の激戦地には、どこであろうと、欣喜雀躍して駆けつけた。
 蒲田へ、文京へ、小樽へ、札幌へ、大阪へ、山口へ、夕張へ、荒川へ、葛飾へ……。
 ”同志が苦闘している――それを知りながら何もしないのは、無慈悲な傍観者である。断じてそんな生き方をしてはならない”
 伸一は、そう自らに言い聞かせてきた。
 皆が常に広宣流布の全体観に立ち、心を合わせ、勇猛果敢に行動していくなかに、真の団結があり、勝利の道がある。
  
小説 新・人間革命 26巻 奮迅 36  

2013年5月28日

 師弟の道

 昭和二十八年(1953年)十一月十三日、西神田の旧本部から、ここ信濃町の新本部への移転が完了した。
そこで真っ先に行われたのは、牧口先生の十回忌法要である(十一月十七日)。また、この十回忌を記念し、戸田先生は恩師の著書『価値論』を出版された。
これは『創価教育学体系』の第二巻にあたる。
 牧口先生の一切を後世に伝え、宣揚していく――これこそ戸田先生の悲願であり、ある意味では“すべて”であったと言っても過言ではない。
戸田先生に対する私の思いも、まったく同じである。
 戸田先生は、その法要のさい、次のようにあいさつされた。
「先生は、じつに純真な真面目そのものの方でありました。それほど立派な人が死なれた所は、牢獄の中である」(中略)
「日本の国家が、先生を遇したのは、じつに牢獄における死によってでありました。(中略)私は弟子として先生の遺された大哲学を、世界に認めさせなければならない。(中略)私の代にできなかったら、諸君たちがやってください。頼みます」と。(中略) 
 牧口先生は、つねづね戸田先生に語っておられたという。
「将来、私が研究している創価教育学の学校を必ずつくろう。私の代に創立できない時は、戸田君の代でつくるのだ。小学校から大学まで、私の構想する創価教育の学校ができるのだ」(中略)
 私は、牧口先生の構想を、何回となく、戸田先生から聞かせていただいた。そのたびに“もしも戸田先生の代で実現できなければ、必ず私の力で”と決意してきた。「師」の構想を、すべて引き継ぎ、実現していく――そこにこそ、真の「弟子の道」があると信じてきたからだ。(中略)
 「師弟の道」こそ、正しい信仰、正しい人生を全うしゆく要諦である。
 「師弟の道」を見失い、自己の「原点」をなくした場合には、大切にしてきた大目的をも忘れ、小さな自身のエゴと虚飾におちいってしまうことがあまりに多い。確たる「原点」を失い、「原点」から軌道をはずれれば、結局、無常に漂い、いかなる営々たる努力も、幸福と結びつかない人生となってしまう。
 
1989.11.18第23回本部幹部会 

2013年4月22日23日

五月三日

 

 毎年、この「5・3」を迎えるたびに、私どもは「偉大な自覚」と「偉大な確信」をいちだんと強めながら、晴ればれと集い、また晴ればれと出発してまいりたい。「自覚」ある人は強い。不屈である。無限の知恵がわいてくる。そして「確信」のある人は強い、何ものにも恐れない。無量の力があふれてくる。無辺の福運につつまれていく。それが偉大なる御本仏の「仏子」としての、すばらしき功徳であり、栄誉なのである。

 

1989.5.3「創価学会の日」記念勤行会 全集(72)419頁

2013年4月7日

毎日が3・16

 

 私が広布を開きます!
 今日はこう戦います!
 必ず勝利に導きます!
 私は御本尊の前に端座するたびに、御本仏・日蓮大聖人、そして現代に地涌の陣列を呼び出された恩師への誓いを深くしてきた。
 この五十五年間、毎日が「3・16」である。永遠に決意の日であり、断固と勝利へ出発する日なのだ。
  

聖教新聞2013.3.20付我らの勝利の大道100

2012年12月19日

創価学会の生命線

 

「ともかく、学会の生命線は、師弟を中心にした心の絆にある。目に見えないが、これがあるから、学会は難攻不落なんです。強い団結もできるんです。」

 

新・人間革命25巻 福光 53

2012年10月21日

弟子の道

 

  戸田先生も、生涯、牧口先生に対して「弟子の道」を貫かれました。牧口先生を語る時、常に峻厳な表情であられた。「弟子は弟子の道を守らねばならぬ」と言われ、大事なことは、師匠の教えを自身の生活の中で現実に現すことだと教えてくださいました。そして、仏法で最も大事な「師弟の世界」を破ろうとする輩には厳しかった。純真な広布の世界を破壊するものを断じて許すな、とそれはそれは厳粛でした。「師弟の世界」を絶対守り抜けとは、戸田先生の厳命です。仏法の根幹は「師弟」です。「師弟」という、何よりも深く、強く、そして美しい生命の交流の中でこそ、若き生命は「小我」への執着を打ち破り、「大我」に立脚した境涯を開くことができるからです。 

 

大白蓮華747号2012.3月号39、40頁

2012年10月17日

よき弟子・あしき弟子

 

『よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』(900頁)(中略)

 師弟不二であれば何事も成し遂げ、一切に勝利していけます。「師弟の道」は「絶対勝利の大道」なんです。「万人成仏の大願」を果さん!

 

 大白蓮華747号2012.3月号39~41頁

2012年9月15日16日

本物の弟子

 

「牧口先生のときは、戸田先生が一人、立ち上がった。戸田先生のときは、私一人であった。今、その一人が、どこから出てくるのか。私はじっと見ている。『私が広宣流布の全責任を担います!』『誰が何と言おうとも、私が一人、立ち上がります!』こう天に向かって叫び抜き、祈り抜き、戦い抜いていく。その『真剣の一人』が必要なのである。『本物の弟子』を育てたいのである。

 

聖教新聞2011.3.7付未来への一歩No.5

2012年8月18日

牧口先生の殉教

 

学会の創立から14年後の1944年(昭和19年)、軍部政府と生命を賭して戦われた枚口先生は、東京拘置所で殉教された。 それは奇しくも「創立の日」である11月18日の午前六時過ぎであった。この日は土曜日で、東京は雨であった。戦時中の弾圧で、学会は壊滅状態に陥った。(中略)

 創立者を大切にしたところは栄える。師匠をないがしろにし、創立の原点を忘れたところは、必ず派閥ができ勢力争いが盛んになって、乱れる。分裂と混乱の道におちていく。これは戸田先生の厳粛なる指導であった。 創価学会の原点は、牧口先生、戸田先生の死身弘法の闘争にある。そして、戸田先生と私の一体不二の戦いによって、学会は世界的な大発展を遂げた。この三代の師弟の精神こそ、学会の根幹である。この一点を絶対忘れてはならない。

 

聖教新聞2008年11月14日付 創立78周年記念最高協議会

2012年8月8日

今こそ師弟不二の人材城を!

 

我らの天地に、永遠に崩れぬ「師弟不二の人材城」を築く時は、今である。断固として、誉れ高き「勝ち戦」の歴史を開いてもらいたい。(中略)新時代の「将の将」と立つ君よ!師弟一体の「諸葛孔明」となって、悠々と、堂々と、皆を鼓舞する名指揮を執るのだ。呼吸を合わせ、心を合わせて、楽しく、「異体同心」の出発を頼みます。

 

聖教新聞2012.7.29付  今日も広布へ24

2012年8月6日7日

常に心に師を

 

師弟とは、形式ではない。常に心に師があってこそ、本当の師弟である。心に師がいてこそ、人間としての「自律」があり、また、真の「自立」があるのだ。

 

 小説 新・人間革命 22巻 新世紀 12頁

2012年7月16日

師と同じ心

 

 頼らない。

 自分が立ち上がる。

 同情もいらない。

 感傷もいらない。

 だれが励ましてくれなくてもいい。

 自分が決然と、そして朗らかに立ち上がって、

 自分を変え、

 周囲を変え、

 社会を変え、

 国土まで変えていくのです

 

大白蓮華 №749 2012.5月号

 

※1260年7月16日立正安国論上程の日を記念して(サイト・マスタ)

2012年7月3日  

7・3師弟勝利の日と人間革命
 
    昭和二十年(1945年)の七月三日
    この日は
    師である戸田先生が
    軍部権力の弾圧を
    勝ち越えて
    出獄された日である。
 
    そして
    昭和三十二年の
    七月の三日は
    弟子である私が
    冤罪によって
    入獄した日である。
 
2012年7月1日付 聖教新聞 (5) 桂冠詩人の世界

7月3日は、北海道から大阪へ向かう途次、羽田空港で短い待ち時間がありました。この時、恩師戸田城聖先生から手渡されたのが、先生が「妙悟空」のペンネームで聖教新聞に執筆され、単行本として完成したばかりの著書『人間革命』でした。   
大白蓮華№751 2012.7月号 39頁

2012年6月19日

力の発揮できない理由など無い
  
 年が若いから、立場が与えられていないから、権限がないから、時間がないからなど、力を発揮できない理由をあげれば、常に、枚挙にいとまがないものだ。広宣流布という仏意仏勅の使命と責任を果たしゆくには、年齢や立場など、問題ではない。大宇宙を己心にいだく信心の世界、仏法の世界では、そんなことは、なんら障壁とはならない。それらを理由に、力が発揮できないという考えにとらわれた時、自らの無限の可能性を放棄してしまうのだ。それこそが、魔に破れた姿である。 要は、師弟不二の自覚と祈りと実践があるかどうかである。
 
小説 新・人間革命 23巻 326頁

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.6.1

第1682回

  

日天月天ワンショット

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