今月のメッセージ履歴

2022年9月度

 

「健康革命」の力を地球民族に

 

<「病」は地涌の無窮の生命力を

自他共に現すための試練

  

 「病に因って力を説く」※1

 ――若き日、病気との闘いが続く中、

 目を瞠った御書の一説である。

 

 苦しい病にも深い意味がある。

 断じて負けず、断じて勝ち越えて、

 妙法の偉大な功力を示し、

 地涌の無窮の生命力を自他共に現すための試練なのだ。

 御本仏は、病の門下をどれほど力強く激励されているか。

 

 「尼ごぜん御前の御所労の御事、

  我が身一身の上ともおもい候えば、

  昼夜に天に申し候なり

 「『願わくは、日月天、その命にかわり給え』

  と申し候なり※2

 との御聖訓が胸に迫ってならない。

 

 このお心に包まれ、いかなる病魔にも、

 共に祈り、互いに励まし合って立ち向かっていくのが、

 創価の宝友である。

 

 仏法は、最高の道理である。

 色心にわたる健康の智慧が具体的に明かされている。

 たとえば、

 張りのある勤行と献身の行動。

 また大宇宙のリズムに合致した、

 無理と無駄のない生活や

 教養ある食生活など、

 基本を持続することを、

 改めて大切にしたい。

 特に、使命深く多忙な日々ゆえに、

 睡眠を十分にとることを、

 聡明に留意していただきたいのだ。

 

 とともに、

 「重病すら、善医に値って急やかに対治すれば、

 命なお存す。いかにいわんや軽病をや※3

 と仰せのように、

 

 鋭敏に時を逃さず早めの検診や治療を受け、

 広宣流布を遂行する、

 かけがえのない宝器たる我が身を

 守り抜いていくことだ。

 

 ドクター部の負けじ魂の善医や、

 白樺会の慈愛の天使も、

 支えてくれる。

 希望と蘇生の体験も、無数に光る学会だ。

 

 打ち続く感染症をはじめ、

 世界はこれまでにも増して

 病苦に挑みゆく

 生命尊厳の英知と活力と団結

 を要請している。

 

 「人の力をませば我がちからさり、

  人のいのちをのぶれば我がいのちぶなり※4とは、

 厳然たる因果の理法である。

 

 我ら創価家族は、妙法の大良薬を掲げ、

 慈悲の振る舞いを広げて、

 地球民族に「健康革命」の力を漲らせてゆくのだ。

 

 臆するな

  いかなる病も

   さわりなし

   師子吼の題目

    唱うる仏に

   

※1 新版1359頁、全集1009頁

※2 新版1353頁、全集978頁

※3 新版1307頁、全集1985頁

※4 新版のみ2150

 

2022年大白蓮華9月号№875 巻頭言


2022年8月度

 

安穏なる幸齢社会の開拓を

 

長寿にして衆生を度せん>

 

 

 日蓮大聖人は、「冬は必ず春となる※1との御金言を贈られた妙一尼へ、真心の功労に感謝され、こうも仰せである。

 「いつの世にかわすれ候べき。この恩は、

  かえりてつかえたてまつり候べし※2

 戸田先生の弟子として広布に身を投じて七十五星霜――。

 共に喜び、共に涙し、

 幾多の大闘争を勝ち越えてきた、

 忘れ得ぬ全ての宝の盟友に、

 私はこのご聖訓を捧げたい。

 「大功徳・小功徳、すこしもおとさず※3と、

 御本仏が、どの友も御照覧である。

 我らは、三世永遠に離れざる誓願と信頼の縁で結ばれた

 陰徳陽報の長者なのだ。

 

 朝な夕な読誦する法華経の自我偈に、「我此土安穏 天人常充満」※4

(我が此の土は安穏にして天人は常に充満せり)とある。

 この経文さながらに、現実の濁世の只中で、より安穏の宝土を築きゆく立正安国の祈りと行動を重ねているのが、創価の多宝如来たる、我が誉れの戦友たちだ。それは、戦争の悲惨さと平和の尊さを知る世代として担い立つ挑戦でもある。

 

 それぞれに厳しい宿命との戦いがある。

 労苦を厭わぬ歴戦の中、

 病苦老苦もあろう。

 愛別離苦も訪れる。

 しかし、「現世の安穏ならざることをなげかざれ※5との覚悟で、

 不退の信心を貫く勇者たちは、

 「転重軽受(重きを転じて軽く受く)」という法門に則り、

 いかなる宿業も今世で転換し、

 必ず晴れ晴れと、

 一生成仏の勝ち鬨をあげゆけるのだ。

 

 加速する高齢社会は、

 人類史の新たなフロンティアである。

 創価家族は「一人として成仏せざることなけん※6の妙法を掲げ、

 人間尊敬の連帯で、

 幸光る幸齢社会を開拓していこう!

 

 人生百年時代を生きる若人に、

 「長寿にして衆生を度せん※7という希望の鑑を示しつつ、

 平和と文化と教育の世界市民が充満しゆく

 安穏なる地球の春をと、私は願ってやまない。

 

 

 迷いなし

  大聖人と

   共に征く

   師弟の旅路の

   大歓喜かんき永久とわ

   

 

※1 新版1296頁、全集1253頁

※2 新版1696頁、全集1254頁

※3 新版1519頁、全集1115頁

※4 法華経491頁

※5 新版117頁、全集234頁

※6 新版1696頁、全集1253頁

※7 法華経505頁

 

2022年大白蓮華8月号№874 巻頭言


2022年7月度

 

「だからこそ!」

我は立つ

 

信心で勝つと決めれば、

 楽しく大きく勝てるんだよ!

 

 苦難に燃え立つ勇気から、

 偉大な人間革命の飛躍が始まる。

 日蓮大聖人は大難の佐渡から、

 「強盛の大信力をいだして、

 『法華宗の四条金吾、四条金吾』と、

 鎌倉中の上下万民、

 乃至日本国の一切衆生の口にうたわれ給え※1と師子吼された。

 

 日蓮門下と名乗れば、

 悪口罵詈・猶多怨嫉の標的とされた渦中である。

 だからこそ金吾夫妻は弟子の誇りに胸を張り、

 眼前の苦境を切り開き、

 負けじ魂で同志を守っていったのだ。

 それは、

 御指南の通り短気や油断を戒め、

 人を敬う振る舞いを重ねゆく挑戦でもあった。

 その人間革命の実証が良かりけり※2

 人々を感嘆させ、師弟の凱歌を轟かせたのである。

 

 戸田先生が御書を拝し、

 言われたことが思い起こせされる。

信心とは一念を決めることだ。

 信心で勝つと決めれば、

 楽しく大きく勝てるんだよ!

 

 かつて、学会への誹謗が渦巻く中、

 地域広布に懸命に尽くしてくれる同志を、

 私は讃え、ねぎらい、語り合った。

 ――周囲には、誤解や悪い印象を抱いている人がいるかもしれない。

 しかし、

 「だからこそ、自分がいるんだ。

  私は学会の全権大使なんだ

 との自覚で理解の輪を広げていこう、と。

 

 いずこにも、大変であればあるほど、金吾夫妻のごとく、

 「だからこそ!」と

 強盛の大信力をいだして、

 自らの勇気の声と大誠実の振る舞いで、

 反転攻勢の戦いを起こしゆく創価の大使が光る。

 ゆえに、学会は断じて負けないのだ。

 

 関西をはじめ、わが同志と

 「最後は正しい仏法が必ず勝つ」と誓い合った、

 

 あの大阪大会から二十年目の

 1976年(昭和51年)7月、

 私は「人間革命の歌」を作り、恩師に捧げた。

 「地よりか涌きたる 我ならば この世で果たさん 使命あり

 君も我も地涌の使命を果たしゆく大闘争の中で、

 人間革命の勝利劇を飾り、

 世界へ世紀へ希望を送ろうではないか!

 

 不二なれば

   師弟の七月つき

     後継の

    師子よ舞い勝て

      威風も堂々

 

※1 新版1522頁、全集1118頁

※2 新版1596頁、全集1173頁

 

2022年大白蓮華7月号№873 巻頭言


2022年6月度

 

先師のごとく大確信の対話を

 

試練に行き当たった時こそ、

前進の炎をさらに燃え上がらせて、

生きて生きて、生き抜くのだ>

 

 「源に水あれば流れかわかず※1と、御書に仰せである。

 偉大なる創立の源流を抱く誉れは、何ものにも代え難い。

 六月は、我ら先師・牧口常三郎先生の生誕の月だ。

 先生が座右の御書に線を引かれていた御聖訓がある。

 それは、「大悪は大善の来るべき瑞相なり。一閻浮提うちみだすならば、『閻浮提内、広令流布(閻浮提の内に、広く流布せしむ)』は、よも疑い候わじ※2との一節である。

 第二次世界大戦という「前代未聞の闘諍※3の渦中にあっても、この御本仏の師子吼のままに、「とも疑い候わじ」と、牧口先生は広布大誓願の如説修行を貫き通された。

 学会草創の座談会は、「大善生活法実証」と謳われた。

 先生は一対一の対話を重ね、どんな人生の大悪にも怯まぬ勇気を送り、自他共の幸福という大善の価値を創造する妙法の実証へ、一人また一人と導いていかれたのだ。

 太平洋戦争勃発の一月前にも、関西の兵庫を経由して福岡をはじめ九州の各地へ足を運び、信念の対話を展開された。

 法難の過酷な獄中からは、大聖人の佐渡での御苦労を偲ばれつつ、「何の不安もない」「何の不足もない」「何の煩悶もない」「心一つで地獄にも楽しみがある」等と書き送られている。

 この「喜悦はかりなし※4の心を継ぎ、一人の人間革命から一国さらに全人類の宿命をも転換しゆく道を開いてきたのが、戸田城聖先生を先頭とする創価の地涌なのである。

 我ら師弟には、いつ、いかなる時にも、「大悪は大善の来るべき瑞相なり」と言い切れる哲理があり、実践があり、そして平和・文化・教育の大連帯があるではないか。

 「試練に行き当たった時こそ、前進の炎をさらに燃え上がらせて、生きて生きて、生き抜くのだ」と先師は言われた。

 さあ、先師のごとく、大確信の対話を、いよいよ勇敢に!

 

 声仏事

  誓い貫く

    確信で

   幸の勇舞

     凛と広げよ

 

※1 新版1210頁、全集900頁

※2 新版1969頁、全集1467頁

※3 新版165頁、全集259頁

※4 新版1792頁、全集1360頁

 

2022年大白蓮華6月号№872 巻頭言


2022年5月度

 

 心機一転!御書を力に

 

 我が身一人の日記文書なり

 

  

 わがスポーツ部の友に贈った一言がある。「心機一転」 ――これである。調子が良くても悪くても、大事なことは、常に心機一転して、次の戦いに新たな命で挑むことであるからだ。

 私たちには御書がある。「心こそ大切なれ ※1 ――御書を開くたびに、旭日を仰ぐように鮮烈な光と熱が心に注がれる。

 四条金吾への有名な「陰徳陽報御書」には、こう仰せである。「申すようにだにもふれまわせ給うならば、なおなお所領もかさなり、人おぼえもいできたり候べしとおぼえ候」 ※2と。

 どんな境遇にあろうと、日蓮大聖人の仰せの通りに実践するならば、必ずや福徳と信頼の道が開かれるのだ。

 牧口、戸田両先生は、御書を「我が身一人の日記文書なり」 ※3とされ、広宣流布、立正安国への大誓願をもって身読された。

 

 ゆえに、

 私たちもまた、

 御聖訓の一文一句は、

 他の誰でもない

 自分自身へ送ってくださった励まし

 と拝していきたい。

 

 そして、御本仏のお心に体して、

 縁する一人一人を大切に、

 勇気と確信の対話へ打って出るのだ。

 そこに、自他共に「一生成仏」 へ、

 心機一転のだ大生命力が

 滾々こんこんみなぎってくるのである。

 

 フランス語版「御書」の総合監修をされたデニス・ジラ博士は、「日蓮仏法は、地球規模の危機にある社会を照らす、希望の哲学である」 と洞察されるとともに、「創価の青年たちの深き誓願と、世界を結ぶ団結と連帯」 は、現代を覆う恐れを見事に打ち破り、涌現した群像なりと讃えてくださっている。

 

 「創価学会は、

 どこまでいっても創価学会である。

 御書根本の『師子王心』の陣列である。

 これを忘るるな」 

 

 この恩師の師子吼のまま、

 御書を力として「いまだこりず候」※4と、

 祈り学び、

 動き語り、

 戦い進もう!

 家族と友人にも、

 地域と社会にも、

 そして、世界と地球民族にも、

 心機一転の生命の息吹を広げゆこう!

 五月の光風さながらに。

 

 

 妙法の

  力を出せ

   惜しみなく

  勝利の聖典

   我が身に体して

 

 

※1 新版1623頁、全集1192頁

※2 新版1613頁、全集1178頁

※3 新版713頁、全集563頁

※4 新版1435頁、全集1056頁

 

2022年大白蓮華5月号№871 巻頭言


2022年4月度

 

 信頼の大地に幸の花園を

 

 我が身には、自分自身の仏界と一切衆生の仏界もそなわっている>

 

 法華経の薬草喩品に、「人華※1という美しい一語がある。

 アフリカの人道の巌窟王ネルソン・マンデラ翁を五百人の青年たちと熱烈に歓迎した折、この言葉を通して語り合った。

 ――色とりどりの花々のごとく、「人華」という人間性の花が個性豊かにして平等に、繚乱と咲き誇る未来を共々に!と。

 深くうなずかれた、あのマンデラ・スマイルが温かく蘇る。

 薬草喩品では、あらゆる草木に分け隔てなく降り注ぐ慈雨のように、妙法の大功力は「無数千万億種の衆生※2を差別なく潤し、仏の生命を平等に開花させていくと明かされている。

 多様性の尊重と共生という人類の課題を照らす光である。

 七十年前、戸田先生が「地球民族主義」の理念を提唱された当時、先生と一緒に深く拝した御聖訓の一説がある。

 「我が身に本より、自の仏界、一切衆生の他の仏界、我が身に具せり」※3――我が身には、もともと、自分自身の仏界とともに、一切衆生の仏界までもそなわっているのである、と。

 一人一人の生命が、どれほど尊厳であり、どれほど壮大な広がりを持っていることか。全民衆、全人類、そして全宇宙の仏性ともつながっている。創価の地球民族主義は、かくも深遠な、かくも確固たる生命観に依って立つのである。

 ゆえに、いかなる事態にも、我らはひるまず諦めず、自行化他の題目を唱え抜き、立正安国の対話を貫くのだ。仏界の命を呼び顕し、結び合い、地球上に仏国土を築きゆくために!

 妙法の慈雨を浴び、変わっていかない人はいない。反発さえも、仏の種が芽吹き、幸の花が育っていく兆しといえる。

 今いずこにも、尊き広布の父母たちが汗と涙で耕してきた信頼の大地が広がり、新たな地涌の人華が咲き誇っている。

 「信心のこころまったければ、平等大慧の智水乾くことなし※4

 大きな大きな賢者の心で、友の生命を満々と潤す対話を!

 

 

 仏種たねを蒔く

  誇りに燃えて

    語り切れ

  いまだこりずと

    明日の人華へ

 

 

※1 法華経255頁

※2 法華経243頁

※3 新版345頁、全集403頁

※4 新版1458頁、全集1072頁

 

2022年大白蓮華4月号№870 巻頭言


2022年3月度

皆が「一念三千」の哲人王

 

<人間以上になる必要はない!>

 

 人間は、人間以上には偉くなれない。なる必要もない。

 日蓮大聖人は、誰もがありのままの人間として、最も偉大に最も尊貴に、人間らしく輝きゆける道を開いてくださった。

 騒乱の世で、単身、幼い娘を抱えながら、同志に尽くし、大難の佐渡にも馳せ参じた日妙聖人を讃えて、仰せである。

 「民の現身に王となると、凡夫のたちまちに仏となると、同じことなるべし。一念三千の肝心と申すはこれなり」※1

 ――信強き貴女こそが、仏そのものの生命なのです。幸福の王者の境涯にならないわけがない。そのための一念三千の仏法なのですから、との大慈悲の心音が迫ってくる。

 初代・牧口常三郎先生も線を引かれていた御聖訓である。

我らは「一念三千」という極理を体現したつくろわざる」※2生命の哲人王を、庶民の大地から、一人一人、呼び出してきたのだ。

 御書の随所に記される「王」とは、権威の象徴ではない。

 「王は民をおやとし」※3とされ、誰にもまして民衆に奉仕して「人をたすくる人」※4と示されている。とともに、「王と申すは天・人・地の三つをつらぬくを王と名づく」※5と、何ものにも揺るがない、正しき生命の王者の境地を明かされているのだ。

 1966年の三月、軍事政権下の圧迫にも、毅然と未来を見つめるブラジル広布の女性リーダーと、私は語り合った。

 「大変だな、困ったなと思う時に、どう戦ったかによって、大飛躍、大勝利の因をつくることができる」

 その通り、今や、世界広布の王者と光るブラジルとなった。

 全ては一念で決まる。先の見えないトンネルに入ったような社会だからこそ、大宇宙をも動かしゆく地涌の誓願の一念を脈動させて、民衆と共に、民衆のために、人情味あふれる振る舞いで、励ましの対話を広げていこう! 人間の王者、民衆の王者の大連帯で、明るい希望を開きゆくのだ。

 

 幻の

  虚栄の流転

   見下ろして

   民の王城

     築く誇りよ

 

※1 新版1681㌻、全集1216㌻

※2 新版1058㌻、全集759㌻

※3 新版1886㌻、全集1554㌻

※4 新版13㌻、全集9㌻

※5 新版746㌻、全集587㌻

 

2022年大白蓮華3月号№869 巻頭言


2022年2月度

 

厳冬に冴え光る満月のごとく

 

<今再び、広布と人生の跳躍を!

 

 ある厳冬の夜道、恩師・戸田城聖先生と一緒に、冴え光る満月を仰ぎながら語り合った御金言が思い出される。

 「月は、よいよりも暁は光まさり、春夏よりも秋冬は光あり。法華経は正像二千年よりも、末法にはことに利生有るべし」※1と。

 戸田先生はしみじみと、「御本仏の大慈大悲は有り難いな。一番大変な時にこそ、一番苦しんでいる民衆を、一番明るく照らして救ってくださる仏法なのだ」と言われたのである。

 立宗七百年の佳節たる1952年(昭和27年)の二月、師が教えてくださった、この日蓮仏法の大光を濁世にいよいよ鮮烈に放ちゆく時だと、私は報恩の誓いに立ち上がった。

 戦災の傷跡が残り、深刻な経済難や病苦が絶えない時代である。あまりに厳しい宿命の壁に、皆がぶつかっていた。

 新任の蒲田支部幹事の私は、今こそ、妙法の大功力で、支部の全員に幸せになってもらうのだと祈りを定め、訴えた。

 「戸田先生の弟子として、この闘争で、悩みを乗り越える突破口を開き、宿命転換の実証を断じて示していこう!」と。

 一人一人が「よし!自分も」と、勇んで唱題と折伏に挑戦する中で、地涌の闘士に生まれ変わった。弘教は勢いを増して進み、病気や失業の克服など体験が次々に語られていった。この功徳の連鎖、歓喜の連鎖から、月に二百一世帯という飛躍が果たされ、師の願業の成就へ突破口が開かれたのだ。

 常勝関西がこの息吹とともに出発したことも、懐かしい。

 ともあれ、師弟不二の信心で突破できぬ壁などないのだ。

 二月闘争から七十年の今再び、わが青年部を先頭に、世界中の宝友が広布と人生の新たな跳躍に励んでくれている。

 日蓮大聖人は、「深く信ずる者は、満月の闇夜を照らすがごとし」※2と仰せである。

 我らの深き祈りと行動と団結で、冴え光る満月のごとく、勝負の一年を照らしゆこうではないか!

 

 金色の

  歴史を創る

    時は今

   師弟の舞に

     友をいざな

 

※1※2 御書新版527㌻・御書全集1501㌻

 

2022年大白蓮華2月号№868 巻頭言


2022年1月度

 

誉れの地区に福智の海あり

 

新たな飛躍の出発点は、「地区」にあり>

 

 

 日本、そして世界の識者との語らいの中で、

 しばしば異口同音に感心されていたことがある。

 

 「創価学会の方々の眼差しは優しい。

 人間と生命への慈愛があります。

 世界にって、

 かけがえのない宝です」と。

 

 法華経の観世音菩薩普門品かんぜおんぼさつふもんぼん第二十五には、

 「慈眼もて衆生を視る

 福寿の海は無量なり

 (法華経6384㌻)

 と説かれている。

 

 日蓮大聖人は、この経文を通し、

 妙法の慈悲を体現して、

 海のごとく

 福智を無量に

 開いていくよう示された。

 

 その通り、

 どの人にも仏の生命あり

 と慈しみの眼を注ぎ、

 どんな宿命も打開できる

 と勇気の声を送ってきたのが、

 創価家族である。

 

 私は、

 とりわけ「地区」こそ、

 笑顔の慈眼で見交わし、

 仏のごとく互いに敬いながら、

 地域社会を

 大誠実の福徳と智慧で

 潤していく「福智の海」であると、

 祈りの一念を定めてきた。

 

 1961年の最初のアジア歴訪の折、

 まだ人数少ないゆえに、

 各国の地区の結成をためらうリーダーへ、

 私は言った。

 「『0ゼロ』には、

  何を掛けても『0ゼロ』だが、

  『1』は何を掛けるかで、

  無限に広がっていく。

  だから、その『1』を、

  その一人を、

  大切に育てあげ、

  強くすることです」と。

 

 そして一つの地区の「福智の海」から、

 どれほどの人材が育ち、

 三十年後には、

 その国の広布の大海原が

 どこまで広がりゆくかを

 明確に展望し、

 着実に手を打ち続けてきたのである。

 

 新たな飛躍の出発点は、

 「地区」であることは忘れまい。

 

 今、不信や偏見の冷たい視線が

 人の心を傷つけ、

 引き裂く時代にあって、

 創価の「慈眼」の励ましが、

 いかに重要か。

 

 御義口伝に曰く、

 「南無妙法蓮華経は福智の二法なり

 (御書792㌻、新版1104㌻)と。

 

 慈折広布の誓願の題目を唱え、

 満々たる福智を湛えながら、

 尊き地区部長、

 尊き地区女性部長を中心に、

 ますます温かく大らかな

 信頼の絆で、

 青年・飛躍の千波万波を広げゆこう!

 

 わが地区の

   仏法流布を

       託されて

    不二の心で

        励む随喜よ

 

2022年大白蓮華1月号№867 巻頭言


2021年12月度

信心の「心ざし」は自在なり

 

 信心とは、

 何ものにも揺るがず、

 何ものにも侵されず、

 何ものにも屈しない、

 最も深く、

 気高く、

 強き心である。

 

 日蓮大聖人は、

 大法戦を開始された御自身の出発点を

 『いかなる大難にも退せぬ心』(1488頁)

 と仰せられた。

 

 初代・牧口先生、二代・戸田先生以来、

 この御心を継ぎ、

 勇猛精進を貫いていることが、

 創価の師弟の誉れである。

 

 とりわけ、

 全世界がコロナ禍に直面した

 去年、今年は、

 あらゆる動きが制限される中で、

 広宣流布の流れが

 停滞し後退させられかねない

 試練であったといってよい。

 

 しかし、学会家族の信心の「心ざし」は、

 いささかたりともひるまず、

 退かなかった。

 

 いずこの国・地域も、

 思うように集まれなくとも、

 互いに気づかい支え合い、

 聡明に工夫して

 異体同心の団結を深め、

 断固と前進してきた。

 

 そして民衆と社会の安穏を祈り、

 変毒為薬の光を送って、

 立正安国の希望・勝利の実証を

 打ち立てたのである。

 

 御本仏の御称讃はいかばかりであろうか。

 『北国も東国も西国も南国も一同

 やみなげくよしきこへ候、

 かかるよにいかなる宿善にか・

 法華経の行者をやしなわせ給う事

 ありがたく候ありがたく候』(1552頁)

 これは、当時、

 二年にわたる疫病の大流行の渦中も、

 変わらぬ心ざしで大聖人をお守りし、

 先頭に立って強敵に立ち向かった

 南条時光への御聖訓である。

 この功徳は、

 亡き家族への最高の追善になり、

 自身を荘厳し、

 さらに一切に及ぼしていけるとも示されている。

 

 それは、今この時に、

 自発能動の信心で戦いを起し続けている、

 わが同志一人一人への

 御照覧に他ならない。

 

 信心の心ざしは

 自在であり、

 壮大であり、

 永遠である。

 『心の一法より国土世間も出来しゅったいする事なり』(563頁)

 と明かされている通り、

 新たな年も、

 御本仏と共に、

 妙法と共に、

 立正安国と一閻浮提広宣流布、

 そして

 末法万年尽未来際への令法久住を心ざし、

 明朗に進みゆこう!

 

 人類も地球も宇宙までも、

 元初の太陽の心で

 悠々と照らしながら、

 青年・飛躍の大ドラマを綴りゆくのだ。

 

 真金を

   鍛える試練を

       勝ち越えて

    万年までの

        大河は無窮と

 

2021年大白蓮華12月号№866 巻頭言


2021年11月度

「桜梅桃李」の人華の連帯を 

 

 創立の月に当たり、広宣流布の太陽と輝き光る世界中の創価の女性へ、みんなで改めて感謝を捧げたい。

 御本仏・日蓮大聖人が、法華経の「第一の肝心」として日眼女に送られた薬王品の一節が胸に迫ってくる。

能く是の経典を受持すること有らん者は亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」(法華経596頁)

 大聖人は、この一切衆生の「第一」の人とは、妙法を持つ「女人」である貴女なのですよ、と讃嘆されている。

 薬王品では、妙法の力用について、一切衆生を「よく救い」、「よく諸の苦悩から離れさせる」。そして「よく大いに利益して、その願いを満たす」と説かれる。

 この妙法の大良薬を携えて、仏に代わり、仏の仕事を、日々懸命に果たしているのが、地涌の女性たちだ。

 人間として本当に偉い人とは一体、誰か。地位や名声、権勢や富などに惑わされる時代は、もはや過ぎ去った。

 どのような哲学を抱き、人々のため、社会のため、いかに苦労し行動しているか。その実像が心を打つ。

 なかんずく生命尊厳の法理を掲げ、喝采のない舞台で、苦しむ友に寄り添い、地道に誠実に不退の信心で人道の貢献への連帯を築きゆく広布の女性が、どれほど偉いか。

 虚栄も威張りもなく、朗らかにして笑顔さわやかな無冠のヒロインこそを、大聖人が御照覧の通りに「第一の鑑の人」と仰ぎ、いよいよ大切に敬い学ぶのだ。いやまして誇り高く宣揚し、幸福勝利の華冠を贈るのだ。

 地味でありながら、ここに、民衆の心の大地を耕す人間性の指標があり、地球民族を結ぶ平和の要がある。

 とりわけ、「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(784頁)、多彩な人華を咲かせ合う女性部の異体同心のスクラムは、世界が希求する多様性の共生のモデルである。

 とともに、「大悲とは母の子を思う慈悲の如し」(721頁)と仰せのように、一段と慈悲から発する智慧の光を、華陽姉妹をはじめ若き世代と未来へ広げていきたい。

 創立百周年へ、一閻浮提第一の希望の陣列、楽しく!

 

 殉教の

  師父が祈りし

   母娘らの

  幸の笑顔が

   輝く人道世紀(せいき

 

 2021年大白蓮華11月号№865 巻頭言


2021年10月度

仏性を呼び覚ます対話の渦を 

 

 1961年10月、築かれて二カ月後の「ベルリンの壁」を私は目の当たりにし、人々を引き裂く魔性に憤怒した。

 それは、師・戸田城聖先生が第一の遺訓とされた「原水爆禁止宣言」で、世界の民衆の生存の権利を脅かす根源と喝破した魔性そのものである。この魔性に打ち勝つ究極の力こそ、人間生命に内在する仏性にほかならない。

 私は、三十年先には必ず壁が破られていることを深く祈るとともに、仏性を呼び覚ます対話の渦をと誓った。

 日蓮大聖人は、全宇宙の仏菩薩をはじめ、「日月・明星」から「那落の炎の底まで」含め、「所有(あらゆる)一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり」(御書498頁)と示された。

 ゆえに妙法を一遍唱えれば、一切衆生の仏性を皆、呼び集め、我が身の仏性も顕し出せると仰せである。

 自行化他の題目を唱えゆく地涌の生命ほど、強く大きなものはない。天空も、大地も、生きとし生けるものを包み込み、絶望や不幸、不信や対立の壁に閉じ込められてきた人間の本然の力たる仏性を解き放ち、結び合いゆく壮大な前進こそ、我らの広宣流布である。

 わが誉れの同志は、一人一人の宿命の壁に体当たりでぶつかって「人間革命」に挑むと同時に、万人の幸せと国土の安穏を祈り、心の壁を取り払って、地球上いずこの地にも「立正安国」のスクラムを広げてきたのだ。

 分断の象徴「ベルリンの壁」は二十八年後に崩壊した。私の一歩から六十年の今、統一ドイツをはじめ全欧州で、尊き創価の世界市民たちが異体同心の団結で、コロナ禍にも屈せず、平和と共生の連帯を輝かせてくれている。

 東西冷戦の終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合ったことが蘇る。「今再び、『あきらめの壁』『無力感の壁』を青年の勇気で破ろう!」と。

 行く手に、いかに高く厚い壁がたちはだかろうとも、地走る者の王・師子王の如く何ものにも遮られない師子吼を轟かせ。空飛ぶ者の王・大鷲の如く一切の障壁を悠々と見おろして、生命尊厳の勝利の虹の橋を架けるのだ。

 

 妙法に

  破れぬ無明の

   壁はなし

  平和の師子吼を

    王者の我らは

 

2021年大白蓮華10月号№864 巻頭言


2020年5月度

 

地球民族の揺るがぬ宝塔を

  

 心一つに、苦難を共に乗り越えてきた師弟の絆ほど、尊く、深く、強いものがあろうか。
 御本仏は、竜の口の法難、佐渡流罪にも負けなかった門下たちにこそ「まことの大事」を示していかれた。
 この「佐後(佐渡流罪以後)の法門」の意義を明かされた三沢抄には、『但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なれば・たのもしと・をぼすべし』(1489頁)と記されている。
 創価学会は創立より90年、三類の強敵に打ち勝ち、日蓮大聖人の未来記の通り、一閻浮提に大法弘通を成し遂げてきた。どれほど大きな福徳が積まれていることか。
 『宿縁深き人なのだから、頼もしく思われなさい』とは、そのまま、わが尊き学会員への仰せと拝したい。

 戦後、経済苦や病苦、災害や争乱が渦巻く時代相に、恩師は胸を痛めつつ、しみじみと私に言われた。
 ーーー大聖人は『当世は世みだれて民の力よわし』(1595頁)と嘆かれた。「民の力」を強くして、世の乱れを治められる地球民族の連帯を、必ずや築くのだ、と。
 今、新型コロナウィルスの感染拡大をはじめ、厳しい試練に直面する世界で、創価の宝友は「立正安国論」を体し、国を超えて共に、「四表の静」と「変毒為薬」を祈り抜き、社会へ誠心誠意の貢献を貫いている。
 妙法の大音声は宇宙まで遍満する。もはや、いかなる三災七難にも屈しない。地涌の民衆のネットワークが結ばれた。『一切衆生に仏性あり』(1382頁)という人間への尊敬と信頼の絆を、未来へ遠大に広げていくのだ。
 『四相(生老病死)を以て我等が一身の塔を荘厳するなり』(740頁)―ーー英知の殿堂・ハーバード大学での二度目の講演を、私はこの「御義口伝」を引いて結んだ。
 創価の師弟は、「生老病死」の苦悩をも「常楽我浄」という希望へと転ずる人間革命の実証を無数に重ねている。
 一人一人が今一重、生命の光を強く放ちながら、地球民族の揺るがぬ宝塔を荘厳していこうではないか!
 
 頼もしき
  創価の友の
   宝光かな
  苦難を転じて
   人類照らせや

 

 2020年大百蓮華5月号№847 巻頭言


2020年2月度

第1639回

夢物語が現実に!

 

<生きていること自体が楽しい>

 

 今、あらためて思い起こされる恩師の宣言がある。

 「我々はこの世に楽しむために生まれてきたのだ」と。

 戦後の苦悩渦巻く大混乱の時代の只中にありながら、

 戸田先生は、信心の力で一人一人が「生きていること、それ自体が楽しい」という人生を開いていけると断言された。

 そして、「日本中、世界中の人をみんな楽しい笑顔にしようではないか」と呼び掛けられたのである。

 夢物語のように聞いた人も少なくなかった。しかし、御聖訓に深く裏付けされた大確信の叫びであった。

 

 日蓮大聖人は、苦難と戦う四条金吾夫妻に仰せである。

 「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く『衆生所遊楽』云々、此の文・あに自受法楽にあらずや」(1143頁)

 

 それは、富や名声など、儚く移ろう楽しみではない。自らの生命の中から込み上げてくる大歓喜である。

 大聖人は、「衆生のうちに貴殿もれ給うべきや、所とは一閻浮提なり」遊楽とは我等が色心依正ともに一念三千・自受用身の仏にあらずや」(同頁)とも示された。

 「一切衆生」がもれなく、「一閻浮提」のいずこでも、題目を唱えれば、妙法の当体として必ず「遊楽」の境涯と国土を創造していけると、約束くださっている。

 

 現実の苦しみは賢人・聖人も逃れることはできない。

 だからこそ、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて」(同頁)題目を唱え、前進するのである。

 ここに、いかなる人生の宿命も社会の難題も、一つ一つ打開し、未来を照らしていく「絶対勝利」の道がある。

 その何より雄弁な実証は、共戦の旅を勝ち越えた多宝の父母たちのいぶし銀の笑顔ではないだろうか。うれしいことに今、聖教新聞を通し、全世界へ発信されている。

 

 修羅の命が噴出する時代であればこそ、一段と異体同心の結合を強め、我らは「歓喜の中の大歓喜」の妙法を人類へ伝え弘めようではないか!

 「いよいよ強盛の信心をいたし給へ」(同頁)との仰せのままに。

 

 苦楽をば

  分けあう縁の

    我らかな

   永遠に進まむ

       遊楽道を

 

 大白蓮華2020年2月号№844 巻頭言より

 


2020年1月度


第1634回
今再びの「一歩前進」を!

 

人類の前進を開く希望の宝庫こそ「青年」

 

  人類の前進を開く希望の宝庫とは、実は一番身近にあるのではないだろうか。

 それは「青年」だ。「挑戦しゆく若き生命」である。
 かけがえのない自らの財宝に気づかないまま、青春を送ることは、可哀想でならない。
 また、若い活力を大切に育まなければ、計り知れない社会の損失となる。

 御本仏・日蓮大聖人は、誠に明快に示された。
 『妙と申す事は開と云う事なり 世間に財を積める蔵に鑰(かぎ)なければ開く事かたし開かざれば蔵の内の財を見ず』(943頁)と。
 妙法は、あらゆる生命の無限の可能性を開く鑰である。
 「青年の熱と力」を無窮に解き放って、幸福と平和の価値を自在に創造していけるのが、我らの信仰なのだ。

 尊い青年たちが利用されたり、引き裂かれたり、犠牲にされたりすることは、絶対にあってはならない。
 御聖訓には、「妙の三義」として「開く義」とともに、『妙とは具の義なり、具とは円満の義なり』(944頁)、
 そして『妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すはよみがえる義なり』(947頁)
 ゆえに妙法と共に走る青春は、どんなに過酷な壁に突き当たろうとも、断じて行き詰まらない。絶望などない。
 春の旭日のような新鮮にして明るい福徳の光で、自分も家族も友人も、職場も地域も社会も照らし包んでいける。
 戸田先生はよく、青年は、厳しい訓練を糧として、伸びていくのだ、それが青年じゃないか、と励まされた。
 この不屈の生命力で、朗らかに人生を勝ち開くのだ。

 1960年(昭和35年)、第三代会長に就任した私は、地涌の青年として「一歩前進への指揮」を宣言した。
 この六十年、わが宝友は私と一緒に、生涯青春の心で、「生老病死」の苦悩も「常楽我浄」の希望へ転じながら、
 前進また前進を貫き、そして後継の青年を育ててきた。
 創価の若き世界市民の連帯は、壮大な広がりとなった。
 さあ、今再びの「一歩前進」を若々しく開始しよう!

 

 大宇宙
  轟くリズムの
   妙法と
   我らの前進
    世界に人材を

 

 大白蓮華2020年1月号№843 巻頭言より


2019年7月度

 

日輪の如く 師子の如く

 

 人の世はいかなる道にも修行がある。その修行に徹し、道を究めてきた人には、命の張りがあり、光がある。
 日蓮大聖人は『法華経の修行の肝心』を明確に教えてくださった。不軽菩薩の如く『人を敬う』ことであり、賢き「人の振舞」を貫くことである。(1174頁)
 それは、その人も仏性を信じ、礼儀と誠意を尽くして会うことから始まる。その時は反発されても、こちらの礼拝の一念は、相手の奥底の仏性には必ず通じている。
 とともに、庶民を傲慢に見下し、不幸に陥れる魔性の働きには、勇敢に聡明に忍耐強く立ち向かっていくのだ。
 御書には、その手本が幾重にも示されている。
 『日蓮は此の法門を申し候へば他人にはにず多くの人に見て候へ』(1418頁)とも仰せである。
 他者とは比較にならないほど人と会われ、語り抜かれた。その上で、『いとをしと申す人は千人に一人もありがたし』(同頁)と率直に記されてもいる。
 御本仏の大慈大悲で包まれても”本当に立派な人”は少ないと言われるのだ。
 いわんや凡夫の私たちが末法の衆生の只中で、どれほど苦心しているか、全て御照覧くださっているに違いない。
 まさに「立正安国の対話」は、至難の修行なのである。
 だからこそ、福徳もまた大きい。自らの境涯を開く人間革命とともに、一家眷属も、地域社会も大福運を積み、さらに国土世間の宿命まで転換していけるのだ。
 「この世の悲惨をなくし、不幸をなくし、人権を、人間の尊厳を守り、平和な社会を築いていくなかにこそ仏法の実践がある」とは、恩師の関西での宣言であった。
 ともあれ我らの語らいは、皆が幸せになるための修行である。一歩また一歩が、仏になりゆく道なのである。
 『法華経の行者は日輪と師子との如し』(1219頁)
 ゆえに、太陽の如く明るく大らかに、一人一人の心を照らし、仏縁を結び希望の連帯を広げゆこう! そして、師子の如く強く堂々と正義を叫び切って、「人の振舞」という人間主義の勝利の旗を掲げゆこうではないか!

 

 太陽と
  師子のいのちの
   君なれば
  照らせ 吼えゆけ
   凱旋かざれや

 

 大白蓮華2019年7月号№837 巻頭言


2019年5月度

 

青春の晴れ舞台は

創価にあり

 

<衆生無辺誓願度の成就>

 

 恩師・戸田城聖先生ほど、青年を信頼し、慈しみ、薫陶してくださった指導者を、私は知らない。
 残酷な戦争に家族を奪われ、青春を蹂躙された私たちに、先生は「富士の高嶺を 知らざるか」と最高峰の生命尊厳の大哲理を示され、妙法流布という平和の大信念を「富士の如く」貫くことを教えてくださったのである。
 先生の法華経講義の感激を、私は「若干二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」と記した。
 この道を同志と歩み通して七十余星霜。経済苦や病苦など、どんな宿命も皆で転換し、人間革命の劇を広げながら、幸と平和の揺るがぬ民衆の連帯を築き上げてきた。
 新時代の若人たちよ、絶対に悔いのない、この創価の青春の道に「競うて来れ速やかに」と、私は叫びたい。
 日蓮大聖人は、伊豆流罪の渦中、門下を激励された。


 『一切衆生なくば衆生無辺誓願度の願を発し難し、又悪人無くして菩薩に留難をなさずばいかでか功徳をば増長せしめ候べき』(四恩抄、937頁)

 多様な人がいるからこそ、民衆救済の誓願を果たせる。圧迫にも負けないからこそ、無量の功徳を積めるのだ。


 広布の勝ち戦のリズムに合わせ、現実社会の人間群に飛び込んで使命を果たす青春ほど、尊い晴れ舞台はない。
 忙しく労苦も多いけれども、何ものにも代え難い充実がある。誇りがある。生き甲斐がある。大歓喜がある。
 一人の若人が妙法によって蘇生する時、家庭も職場も、地域も社会も国土も、生命力を増す。この若き地涌の陣列の拡大にこそ、人類の希望があるといってよい。


 御聖訓には『物だねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』(御衣並単衣御書、971頁)と仰せである。


 立正安国のため、地区で支部で、壮年・婦人の先輩方が青年と一緒に行動し、若き心の大地に励ましの種を植えることが、どれほど豊かな華と果を成就することか。
 我らの五月。伸びゆく宝の命と、今を勝ち、未来も勝ち抜く「令法久住」の大行進を、さあ威風堂々と!

 

 青春を
  思いきり舞え
   誇らかに
  嵐に揺るがぬ
    創価と共に

 

 大白蓮華2019年5月号№835巻頭言


2019年4月度

 

創価に「しりぞく心なし」

 

 「さあ、勇敢に、楽しく戦おうじゃないか!
 恩師は、大変であればあるほど、悠然と言い放たれた。
 どんな断崖絶壁の苦境に追い込まれようと、一歩も退かないと決めた勇気ある信心で、必ず難局を切り開ける。
 苦難の中でこそ、偉大な創造が成されるのだ。思えば、聖教新聞の創刊も、最大の試練の渦中に構想された。
 御本仏・日蓮大聖人は、「広宣流布」「立正安国」とは、法華経の行者と第六天の魔王とが、生死の苦悩の逆巻く大海で、この娑婆世界を『とられじ・うばはんと・あらそう』(1224頁)大法戦の舞台であると示されている。
 一切衆生を魔軍から守り、不幸の流転から救い切って行くために、大聖人御自身が戦い起こされて、『一度もしりぞく心なし』(同頁)と仰せなのである。
 この甚深の御書をいただいたのは、庶民の母である。
 度重なる大難に臆病な弟子らが退転しても、決して退かなかった健気な信心を、御本仏は『釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか』(同頁)と讃えておられるのだ。
 ”あなたこそ、私と同じ不退の心の法華経の行者だよ”――それは、学会家族への御賞讃と拝されてならない。
 大聖人が開始なされた、人類に宿命を転換しゆく壮大なる平和と幸福の師弟共戦を、そのまま受け継いでいる地涌の陣列こそ、創価の父母たちであるからだ。
 いかに障魔が競い起こり、いかに災難が打ち続こうとも、我らは「立正安国」の旗を断じて降ろさない。強敵が立ちはだかるほどに、誓願同心の民衆がいやまして団結し、底力を発揮して一切を勝ち越えていくのだ。
 広布の大闘争から、一人一人の「人間革命」の劇が生まれ、それぞれの地域の「三変土田」の歴史が創られる。
 「御義口伝」には、『依報も正法も福運・智慧ともに無量であり、いわゆる南無妙法蓮華経とは福智の二法なのである』(792頁、通解)と明かされている。
 個人も社会も妙法の福智の光で包みながら、幸と安穏の世界を広げゆこう! 創価には「しりぞく心なし」と。

 久遠より
  共に誓いし
    この地にて
   皆が笑顔の
     勝利の旗ふれ

 

大白蓮華2019年4月号 №834 巻頭言


2019年3月度

仏法は大きい!!

 

<よりよき社会の建設へ、人間主義の連帯を築こう!>


 忘れ得ぬ戸田大学の研鑽の中で、恩師が「大作、仏法は大きいな!」と微笑み、示された御聖訓がある。
 日蓮大聖人が「其の国の仏法」を任せると信頼された、駿河国(静岡県)富士郡の高橋夫妻への一節である。
 『たすけんがためにこそ申せ、かれ等のあだをなすは・いよいよ不便にこそ候へ、まして一日も我がかたとて心よせる人人は、いかでかをろかなるべき』(1460頁)
 ――迫害してくる権力者などさえ不憫であり、導こうと仏法を語っているのだ。ましてや一日でも味方となり心を寄せてくれた人々を、どうして疎かにしようか、と。
 どんな差異も超えて全人類を包み込む大きさと、縁を結んだ民衆一人一人の幸福をどこまでも祈り抜く深さを、御本仏から受け継いでいるのが、創価の世界である。
 大聖人は、一切衆生の「異の苦」も「同一苦」も悉く「日蓮一人の苦」と仰せになられた。
 このお心に連なって、我らはたゆまず「立正安国」の対話に打って出る。信仰の有無や立場などを問わず、同じ時代に生きる仲間として、現実の課題を共に見つめ、よりよき社会の建設へ人間主義の連帯を築くのだ。
 信念と大情熱の語らいの中で、仏性という最極の善の生命を互いに輝かせ合うことができる。反発さえも、「立正安国論」に「咲み止めて」とあるように、笑顔で受けとめながら、幸の仏種を心田に蒔いていくのである。
 ここから、「人間革命」のドラマが幾重にも生まれる。
 法華経の妙荘厳王品は、邪見に囚われていた父王が、妻と二人の子によって正しき信仰に導かれる物語である。
 ひとたび目覚めた父王は大いに歓喜し、一挙に偉大な力を発揮する。王宮の幾多の群臣眷属を、仏のもとへ引き連れ、そして諸共に正義と功徳を拡大していくのだ。
 広布の最前線の地区やブロックでも、勇敢にして誠実な宝友の挑戦が、新たな地涌の眷属を呼び出している。
 祈りと真心を尽くす人間外交で、「一人」への励ましを広げ、幸福と平和の波動を起こしゆこうではないか!


 みな宝塔
  みなが仏子と
    誇らかに
   声を惜しまず
    励まし勝ちゆけ

 

 大白蓮華2019年3月号№833巻頭言

世界広布新時代

創立100周年へ

青年・飛躍の年

(2022年)

2013.11.18

広宣流布大誓堂落慶

更新日

2022.10.2

第2118

 

日天月天ワンショット

日めくり人間革命URL