2024年9月度
多宝の命は御書とともに
<未曾有の高齢社会を迎えて、
「生老病死」が
ますます人類の焦点の課題となっていくに違いない>
日蓮大聖人の御書全集は、
立宗七百年という大佳節(1952年)に、
創価の師弟の手で発刊された。
戸田城聖先生の喜びは、あまりにも大きかった。
――御本仏の力が漲る、この御書を拝すれば、
必ず「生老病死」の苦悩を打開していける。
誰人たりとも、「常楽我浄」の境涯へ到達できるんだよ、と。
御書には、
宇宙と社会と人間を貫く生命の究極の法理が明かされている。
とともに、いかなる現実の試練にも、
希望と勇気の励ましを送られ、
変毒為薬へ具体的な指南をしてくださっているのだ。
御書の刊行より七十二星霜。
私の誇りは、大聖人の仰せ通り、
幸福勝利の歓喜の舞を示しゆく多宝の同志が、
いずこにも輝いていることである。
座談会で、家庭訪問で、個人指導で、
百戦錬磨の広布の父母たちは、
何と自在に御文を語ることか。
心肝に染め上げてきた、その命からは、
悩める友を蘇生させる御金言の一節一節が溢れ出てくる。
そこには、
門下を抱きかかえてくださる御本仏のお心が、
実に生き生きと再現される。
仏勅の学会と共に、
御書そのままに戦い続けている
「実践の教学」の底力が、ここにあると言えまいか。
「どんな時でも、『此の事にあはん為なりけり』(1451頁)や。
恐れるものなどありまへん。勇気のが涌きまっせ!」とは、
関西の錦宝会の父の言葉である。
創価の無名にして偉大な哲人たちこそが、
御書という希望の宝典の光で、民衆を照らしているのだ。
年齢を重ね、多くの苦労が打ち続いていた
弟子の報告を聞かれた大聖人は、仰せになられた。
『災難を払はん秘法には法華経に過ぎず、
たのもしきかな・たのもしきかな』(1017頁)
そして、その上で、一切を『日蓮に任せ給え』(同頁)と言い切られているのである。
何があろうとも、あなたには妙法があるではないか!
私(大聖人)がついているではないか!
御書を開けば、
その仰せが命に迫ってくる。
たとえ、若い時のように自由に体は動かなくとも、
心は妙法と一体である。
大聖人とご一緒である。
『苦楽ともに思い合わせて』(1143頁)題目を唱え、
全てを御本尊にお任せして、朗らかに前進するのだ。
御聖訓には、
『此の経を一文一句なりとも聴聞して神(たましい)にそめん人は生死の大海を渡るべき船なるべし』(1448頁)と約束なされている。
未曾有の高齢社会を迎えて、
「生老病死」がますます
人類の焦点の課題となっていくに違いない。
御書に留められた「生命尊厳」の平和の大光が、
いよいよ地球を包みゆく時代に入っている。
我らは、創価の大船に、さらに多くの友を誘いながら、
「常楽我浄」の大航海を進めようではないか!
その新たな出航の明るく賑やかな銅鑼を打ち鳴らすのが、教学部の任用試験(仏法入門)である。
『行学の二道』を励み抜いた誉れの多宝の先輩たちに続いて、御書とともに、皆が大勝利の人生を!
御聖訓
そのまま行ずる
多宝かな
常楽我浄と
勇み舞いゆけ
大白蓮華2017年9月号№815 巻頭言