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寄稿

 コロナ後の目指すべき社会

2020年5月31日

社会学者 大澤真幸

国民国家を相対化する

自発的な連合の重層化を

 

 現在、世界は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって大きな転換点、岐路に立たされている。かつての日常が失われるなか、私たちの社会はどのような世界へと向かえばよいのだろうか。社会学者の大澤真幸氏にコロナ後の社会と世界をテーマに寄稿してもらった。

 

地球社会貫く原理の限界

 

 人類の共同体は、国民国家の集合である。政治的主権は、最終的には国民国家に帰属しており、それよりも大きな組織(例えば国連)も、またより小さな共同体(例えば自治体)も、国民国家の主権を超える権限をもたない。そして何より、私たちのアイデンティティーが、国民国家への所属をベースにしている。標準的な日本人にとって、「私は日本人だ」という意識は非常に重要だ。しかし例えば「アジア人である」と意識することはほとんどなく、「○○県民である」ということを自尊心のよりどころとする人は少ない。

 従って、地球社会の全体を貫いている原理は、国民国家の間の競争の論理である。もちろん、国民国家は絶えず闘っているわけではなく、多くの協力的な関係が結ばれてきたが、そのような協力も、それぞれの国益に合致する限りでしか成り立たない。

 しかし、二十世紀の末期以降、私たちは、国民国家間の競争という論理には限界がある、いやこの論理は危険である、ということを繰り返し確認してきた。人類の存続にも関わるような大きな問題は、国民国家のレベルでは解決できない。それどころか、国民国家間の競争こそが、問題を深刻なものにしてきた原因だ。例えば環境問題。アメリカの「パリ協定からの離脱」が示すように、それぞれの国の利益の追求こそが、二酸化炭素排出量の削減という目標への到達を阻む最大の障害である。

 国際社会の基本的な枠組みが、「国民国家間の競争」である限り、個人が倫理の点でいくら成熟しても、絶対に重要な社会問題は解決できない。このとき、最も高潔な行為と最も野蛮な行為とが、完全に合致してしまうからだ。国民国家の観点からは、最も高潔な行為とは、自国民のために命をも懸ける覚悟でなされることだ。しかし、その同じ行為は、国家間で見れば、野蛮さむき出しの闘争として表れる。例えばある国の科学者が、その国の防衛方針に従い、自己犠牲的な努力によって核ミサイルを開発したとする。この業績は、その国の内側から見ると英雄的だが、国家間で見れば、ケンカを売っているに等しい。

 

一国だけの解決はない

 

 さて、現在の新型コロナウイルスのパンデミックは、「国民国家間の競争」という前提の下では絶対に解決できないということを示す究極のケースとなっている。述べたように、現在の重要な問題はいずれも、国民国家がそれぞれ国益を求めて競争しあっている限りは解決困難なわけだが、その問題から生ずる破局はまだ少し先のことであるため、人々は、何とか従来の枠組みの中でことを収めようと、「悪あがき」してきた。しかし、目下の新型コロナの場合は違う。破局的な混乱はすでに来ているのであって、私たちは今その渦中にいる。

 もちろん、現在、コロナ対策は国ごとに行っている。各国政府は、外国からの渡航を制限し、都市をロックダウンしたり、人々の外出を制限したりしてきた。そうしながら、世界中の人が理解したことがある。感染症の流行は、一国だけでは解決できない、と。いや、そもそも、「一国だけの解決」ということ自体がナンセンスだということを人々は学んだはずだ。

 仮に自国の感染者の数が減少し、ゼロに近づいても、他国で流行が止まっていなければ、自国にとってさえも解決ではない。地球上のどこかに、感染者がいれば、ウイルスがいつ自国に再び入ってくるか分からないからだ。そもそも、他国に感染者がいる間は、十分な経済活動も交流も不可能で、私たちは本来の生活を取り戻すことはできない。要するに、「一国だけ」であれば、それはいまだ解決ではないのだ。

 従って、各国政府が奮闘する中で明らかになったことは、「国民国家の主権」の不十分さ、無力さである。ここから導かれる教訓は次のようなことだ。すなわち、今後もまだ何年か続くパンデミックへの対応を通じて、あるいはコロナ後の来るべき社会においては、国民国家の主権は相対化され、やがて乗り越えられなくてはならない、と。

 国民国家の主権は、二つの方向へと――つまり、より包括的な上位と、よりローカルな下位へと――向けて相対化される必要がある。

 

人々にも変化の必要が

 

 一方で、国民国家は最終的には主権を放棄し、代わって主権は、国民国家を横断するグローバルな共同体に、要するに「人類」そのものであるような共同体に担われるべきである。現在でも、WHO(世界保健機関)や国連など、国民国家をつなぐ機関や制度はあるが、それらは、国民国家の主権を超えるものではないので、いざというときに役立たない。WHOや国連が、国民国家の争いの場となってしまうからだ。将来は、WHOや国連を改組し、「人類」を代表するそれらの機関に、国民国家レベルの行動を抑制し得る権威が与えられなくてはならない。

 この目標はしかし、非常に高い。人類を代表するとされる機関が民主的に支持され、実際に機能するためには、少なくとも、私たちのアイデンティティーの在り方が変容しなくてはならない。国民国家への所属からくるアイデンティティーより、人類という共同体への所属に基づくアイデンティティーが優越する必要がある。「日本人」や「アメリカ人」であるより前に世界市民である、と。

 例えば、グローバルな機関は、パンデミックのとき、医療資源やスタッフを「わが国」ではなく、別のもっと感染者が多い地域に優先的に配分すべきだと決定するかもしれない。「国益」には反するこうした決定を受け入れられるためには、人は世界市民である必要がある。他方で、(大枠の方針ではなく)具体的な個々の判断や施策に関しては、権限は逆に、国民国家よりも小さいローカルなコミュニティーのレベルへと移されなくてはならない。現在のコロナ対策において、日本でも、また他国でも、一国の政府よりも、地方自治体の首長や地方政府の活躍が目立っているが、それには理由がある。医療に関しては、地域の実情を熟知し、それに即した対応ができる行政機関が必要だからだ。人が、地方政府の判断を信頼できるのは、もちろん、ローカルなコミュニティーに対して、強い参加意識をもっているときに限られる。

 従って、整理すれば、国民国家は、将来的には、その上位と下位の二つのレベルの「連帯」によって相対化される必要がある。ローカルなコミュニティーのレベルの連帯とグローバルな人類のレベルの連帯である。この二つのレベルを合体させると、私たちが最終的に目指すべき社会の在り方として、次のような理念的な像を得ることができる。

 コミュニティーの理想を、自由な個人の間の自発的な連合という意味で「アソシエーション」と呼ぶとしよう。これをグローバルな連帯と接続するということは、結局、アソシエーションを重層化していくということである。アソシエーションの集まり自体が、アソシエーションの原理で結び付く。アソシエーションをこうしてより包括的なものへと何段階も積み上げ、最終的には人類の普遍性へと至る。これは単純化したモデルだが、しかし、コロナ後に目指すべき社会の骨格を表現している。

 

世界市民として考える

 

 とはいえ、悲観的にもなる。私たちが現在目にしているのは、むしろ国民国家レベルの極端な利己主義でもあるからだ。トランプ大統領がドイツの製薬会社に米国人向けのワクチンを開発させようとしたり、中国がコロナ後の覇権を視野に入れて戦略的に他国を援助したり、米中が互いを非難しあったり……と。パンデミックの前からあった「自国ファースト」の方針が、強化されようとしている。

 要するに、人類は、現下のパンデミックの中で、大きな分かれ道に差し掛かっているのだ。国民国家の利己主義を極限まで推し進めるのか、それとも国民国家を相対化する新たな連帯へと向かうのか。二十一世紀の末にも人類が繁栄しているとすれば、私たちが今、後者の道を選んだときである。

 二百年以上も前にカントが書いていたことが、今このときほど当てはまるときはない。カントによれば、思考の自由とは、理性を公的に使用することだ。普通私たちが「公的」と見なすこと、例えば公務員が自国のためにあれこれ考えることは、カントの考えでは、理性の私的使用である。それは国家の利己的利害に縛られているからだ。理性の公的使用とは、世界市民として考えることである。

 カントはこうも書いている。思考の自由を維持しつつ、とりあえずは国家のルールに従いなさい、と。私たちも今は安全のために必要な要請に従いながら考え抜こう。理性を公的に使用する術を得たならば、私たちは正しい道の方へと進みつつあることになる。

 

 おおさわ・まさち 1958年、長野県生まれ。千葉大学助教授、京都大学教授を歴任。社会学博士。著書に『夢よりも深い覚醒へ――3・11後の哲学』『自由という牢獄』『三島由紀夫 ふたつの謎』『社会学史』などがある。

 

〈危機の時代を生きる〉

 新型コロナのパンデミック

 乗り越える鍵は皆が地球規模で考えること

2020年5月27日

北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 髙田礼人教授 

 

 猛威を振るう新型コロナウイルスは、なぜ出現したのか――。世界各地を飛び回り、動物から人にうつるウイルスの感染メカニズムを解き明かしてきた北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの髙田礼人教授に、電話で取材した。(聞き手=本田拓視)

 

 ――新型コロナウイルスの出現について、どう思われていますか。

  

 正月明けくらいに、中国で原因不明の肺炎が流行していると報道され、これが他の地域に広がったら、どのくらいの影響を及ぼすかと心配していました。

 今回の新型コロナウイルスは、感染しても症状の出ない「不顕性感染」も多いことが対策を難しくさせています。感染者が感染に気付かず、他の人と接触してウイルスを撒き散らしてしまう可能性があるからです。SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)に比べて致死率は高くないものの、今は警戒が必要だと思います。

  

 ――教授はこれまで、エボラウイルスやインフルエンザウイルスの研究をされてきましたが、今回のウイルスもエボラウイルスと同じく、コウモリの持っていたウイルスと考えられています。

  

 新型コロナウイルスに非常によく似ているウイルスがコウモリから見付かっているので、自然宿主(もともとウイルスと共存している動物)はコウモリと考えられます。その上で、どうしてコウモリに、そんなに多くのウイルスがいるのかとよく聞かれます。あくまで推測ですが、コウモリは洞窟等の密閉した空間で密集・密接して生活しているものが多いのです。いわゆる「3密」です。そういった環境は、ウイルスが維持されやすいのだと思います。

 ただ実際は、コウモリとともにげっ歯類(ネズミの仲間)もまた、多くのウイルスを持っていることが分かっています。そうしたウイルスがたまたま人や他の動物に入った時に、感染症を引き起こすのです。

  

 ――エボラ出血熱で臨床試験が行われていた「レムデシビル」が、新型コロナウイルス感染症の治療薬として国内で承認されました。

  

 新型コロナウイルスは感染した細胞の中に入り込み、自らの遺伝情報(RNA)を複製させていきますが、この複製の際に必要なのは、ウイルスが持っている「RNAポリメラーゼ」という酵素です。「レムデシビル」には、この酵素の働きに作用する性質があり、結果としてウイルス遺伝子の複製を阻害することができます。日本で注目されている抗インフルエンザ薬「アビガン」も似たような機能を持っており、2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱の治療にも使用されました。ともに副作用があることも指摘されていますが、有効な薬の候補であることに間違いはありません。

 

 

ウイルスは無生物だが生物的

 自然界で生き物と静かに共生

コロナ後に求められる新たな哲学

 人と動物と環境の健康を

 

上空を飛ぶコウモリ。新型コロナウイルスの自然宿主と考えられている(コートジボワール、EPA=時事)

 ――RNAを持つウイルスは、変異しやすいといわれます。さらに凶暴化することはあるのでしょうか。

  

 それは分かりませんが、そもそも重症化しやすいウイルスは、生き残りにくい。感染者に依存して自らの子孫を増やすウイルスにとって、生き残るためには“一人の感染者から一人以上に感染させること”が求められますが、感染者が重症化して寝込んでしまうと、他の人にうつすことができず、途絶えてしまう確率が高くなるからです。なので、毒性が強すぎるウイルスは、生存戦略としても望ましくないのです。また新型コロナウイルスは、普通の風邪を引き起こしているウイルスと同じ「コロナウイルス科」に属します。断定はできませんが、このまま人類に定着するならば、長い年月をかけて弱毒化していくだろうと思っています。

  

 ――ウイルスを、まるで生き物のように語られますね。

  

 生命活動に必要なエネルギーを生み出す「代謝」を行わず、自ら分裂して「増殖」することができないウイルスは、生物学的には「生物」ではありません。ですから、ウイルスは“ただの物質”と考えることもできますが、ひとたび生物に感染すると、生物の細胞の代謝能力などを利用して、自らの遺伝情報を複製させるのと同時に、ウイルス固有のタンパク質を合成させ、子孫をつくっていきます。まさに“極めて生物的な物質”といえます。

 また、そう考えるようになったのは、私が長年、人と動物に共通して感染する「人獣共通感染症」を研究対象としてきたからかもしれません。人と動物の接触によって起こりうる事態を予測し、先回りで予防策を立てるために、これまで各地でフィールドワーク(現地調査)を続けてきましたが、その中で動物を生かし、時には支えながら自分も生き続け、自然界で静かに存続するウイルスの姿を見てきました。そのあり方から、ウイルスも地球上に存在する生命体の一部であると感じるのです。

  

 ――そうしたウイルスがなぜ、人間にとって致命的な病気を引き起こすものに変わってしまうのでしょうか。

  

 長い時間をかけて築き上げられたウイルスと自然宿主動物との蜜月な関係に、人間が踏み込んでしまったからでしょう。

 人獣共通感染症の多くは、野生動物との接触から始まります。自然破壊などを通して人間の活動領域が広がったことや、地球温暖化による動物や昆虫の生息域の変化で、ウイルスと共生していた動物との接触が増える。すると当然、今まで人との接触がなかったウイルスと出くわす可能性も高くなります。野生動物からまずは家畜に感染し、それが人に伝播するという経路もあります。そのウイルスが人への感染に成功し、爆発的に増殖できる条件を備えたものであれば、高い病原性を示すこともあるのです。

 また、人類の食糧問題とも深く関係しています。先進国では野生動物を珍味として食べているかもしれませんが、途上国では生きていくために食べざるを得ない状況もあります。その動物の血液、粘液、尿あるいは糞等に触れることで感染する恐れがあるのです。一方、こうした感染の恐れのある動物を食べないようにするため、農業や畜産業を発展させようと思っても、農地などを広げるためには、やはり自然に踏み込まざるを得ない。こうした環境破壊や食糧問題とどう向き合うかも、人類に問われていると思います。

  

 ――仏法には、環境(依報)と人間(正報)は密接に関わっていると説く「依正不二」という法理があり、自然破壊は人間の命を脅かすものとなり、逆に自然を守ることが人間を守ることにつながると考えています。

  

 興味深い視座です。私たちの大学院では今、人の健康、動物の健康、環境の健康は互いにつながっていると捉えるワンヘルス」という考えをもとに教育・研究を進めています。「依正不二」とも共鳴するのではないでしょうか。

 ともあれ私たちが研究を続けているのは、今の脅威はもちろん、新たに遭遇するかもしれないウイルスにも備えるためです。近年は遺伝子の配列を高速で調べることができる「次世代シーケンサー」と呼ばれる装置も生まれ、今まで発見できなかったウイルスも検出できるようになりました。こうした科学技術の力も使いながら、獣医学、医学、環境学という分野の垣根を越えて、感染症対策に当たっていきたいと思っています。

  

 ――最後に、新型コロナウイルス対策で私たち市民が心掛けるべき点を教えてください。

  

 世界がこういう事態になっても、悲観も楽観もせず、なるべく平常心でいてほしいと思います。

 その上で、たとえ緊急事態宣言が解除されても、「自分の地域は大丈夫」と人々が一気に動きだせば、当然、再び感染は広がります。感染が世界に広がっている以上、日本だけが乗り越えればよいという問題でもありません。

 私自身、「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー」という言葉、つまり“地球規模で考え、足元から行動する”ことを大切にしていますが、一人一人が世界全体のことを考え、今できることを地域や個人レベルでやっていく。この心掛けが大事だと思います。

 

 たかだ・あやと 1968年、東京都生まれ。獣医学博士。専門は獣医学、ウイルス学。北海道大学獣医学研究科助手、東京大学医科学研究所助手などを経て現職。エボラウイルス研究の第一人者として知られる。著書に『ウイルスは悪者か』(亜紀書房)など。

 

〈危機の時代を生きる〉

 希望は正しい知識と行動から

2020年5月20日

東海大学医学部 山本典生 教授

ウイルスからの「挑戦」には人類の知恵と絆で「応戦」

 

 新型コロナウイルスの正体を知ることが、私たちの身を守るための第一歩――そう主張するのは、ウイルス学を専門とする東海大学医学部の山本典生教授。現在の研究で分かっていることや、一人一人ができる感染防止法などを電話で聞いた。(聞き手=加藤伸樹)

 

 ――新型コロナウイルスについて、研究が進む中で分かってきたことを教えてください。

  

 ウイルス感染は、ウイルスが体内の細胞と結合し、自らの遺伝情報(RNAやDNA)を複製させていくことで広がります。新型コロナウイルス(SARS―CoV―2)の感染は、まだ謎が多いものの、人間の細胞膜にある「ACE2」というタンパク質と結合することから始まると判明しています。私自身、これまでSARS(重症急性呼吸器症候群)の研究をしてきましたが、そのきっかけとなるタンパク質と同じです。

 ACE2の量は臓器によって違いますが、肺の奥にある細胞で多く発現しています。そこでウイルスが増殖するため、気道の比較的浅いところで増殖するインフルエンザウイルスと比べて、重症肺炎が起きやすいのでしょう。またACE2は、心臓や腎臓などの細胞表面にもあることから、感染が多臓器不全にもつながると考えられています。

  

 ――これまでも重症化のリスクが高いといわれてきた心不全、呼吸器疾患などの基礎疾患のある方は、やはり注意が必要ですね。

  

 一般的に、高齢者や基礎疾患のある方は、ウイルスに対する炎症反応が起こりやすいことが分かっていますが、新型コロナウイルスの感染メカニズムから考えても、こうした方々を感染から守らなければなりません。またACE2は血圧を調節する役割を担うタンパク質なので、感染による血圧の乱れが人体に悪影響を及ぼしてしまう高血圧の方も注意が必要です。

 ACE2は最近、舌の細胞にも発現しているとの報告がありました。そうしたことが背景で「何を食べても味がしない」という味覚障害につながっている可能性も指摘されています。

  

 ――世界で今、研究者がウイルスの解明に当たりながらワクチンや新薬を開発しています。実用化の見通しを教えてください。

  

 ワクチンは急ピッチで開発が進んでいます。安全性や有効性を調べるため、通常は実用化までに数年を要しますが、1年半程度で実用化されるものも出てくると思います。ワクチンは体の免疫系に働き掛け、体内でウイルスへの抗体(抵抗力)をつくらせるものですが、今回のウイルスは、その抗体が、かえって症状を悪化させる可能性も指摘されています。開発されたワクチンの安全性などは、慎重に見る必要があります。

 また治療薬の研究も精力的に行われています。新薬をゼロから開発するには、一般的に10年以上かかるともいわれますが、10年後に特効薬が開発されても、目の前で起きている感染症の治療には使えません。そこで、別の病気に対して既に開発された薬を、今回の治療に転用するという研究が進められています。現時点で治療薬候補として挙げられている薬剤は、ほとんどがこの枠に入るものです。

 

 

新型コロナウイルスの弱点

 

①石けん・アルコールに弱い

   →小まめな手洗い・消毒で撃退

②自分では増殖できない

   →接触・飛沫からの感染に注意

 

小まめな手洗いは有効な感染症対策(スイス、EPA=時事)

 ――「アビガン」や「レムデシビル」など、有効といわれる薬が次々と出てきていますね。

  

 薬には、さまざまな形でウイルスの動きを制限する働きがあります。「ファビピラビル(アビガン)」と「レムデシビル」は、どちらもウイルスのRNA複製を抑える薬です。アビガンは抗インフルエンザウイルス薬、レムデシビルは抗エボラウイルス薬として開発されましたが、作用メカニズムとしては、これらのウイルスに限定されないと考えられます。そのため、今回のウイルスへの転用が早くから検討されました。

 私たちの研究グループでは、エイズの薬として既に実用化されている「ネルフィナビル」が、今回のウイルスの増殖を抑制することを見いだしました。このほか、喘息薬の「シクレソニド(オルベスコ)」、抗寄生虫薬の「クロロキン」や「イベルメクチン」、リウマチの治療薬「トシリズマブ(アクテムラ)」なども有効と期待されています。

 現状、どの薬が最もよいかという結論は出ていませんが、例えばアビガンは副作用の面で妊娠中の方には使用できないなど、特定の薬だけでは対応できない方も出てきてしまいます。また将来、そうした薬に耐性を持つウイルスが現れる恐れもあることから、薬の選択肢を増やすことが、多くの人の命を守ることにつながると考えます。

  

 ――“目に見えない敵”ということもあって、不安を感じている人もいます。

  

 ウイルスは、電子顕微鏡を通さなければ見えない大きさです。まさに目には見えない敵ですが、人類にはウイルスからの「挑戦」に対し、巧みな技術と知恵で「応戦」してきた蓄積があります。その中で、これまで不治の病と恐れられたエイズも、今では効果的な薬が見つかりました。今回も、絶対に希望はあると考えています。

 また新型コロナウイルスは、未知の部分が多いものの、分かっていることはあり、全く弱点がないわけではありません。ウイルスの正体を知り、その弱点を踏まえて行動すれば、一人一人も身を守る「応戦」ができると思います。

  

 ――ウイルスの挑戦に応戦する中で、人類は希望を見いだしてきたのですね。今回のウイルスの弱点と、私たちにできる応戦の方法を教えてください。

  

 一つは、新型コロナウイルスの膜(エンベロープ)は、石けんやアルコールに弱いことが分かっています。ですので、小まめに石けんを使って手洗いしたり、アルコール消毒したりすることで、感染リスクを減らすことができます。

 またウイルスは体内の細胞と結合しない限り、自己増殖できないことも弱点の一つでしょう。それを防ぐためにも、接触感染と飛沫感染への注意が大切です。

 接触感染は、ウイルスが付着した手で自分の口や鼻を触ったり、その手で食べ物などを食べたりすることで起こります。飛沫感染は、くしゃみや咳でまかれたウイルスを含む飛沫を、自分の体内に取り込んでしまうことで起こります。

 こうしたウイルスの弱点や感染の特徴を踏まえた上で、むやみに自分の顔を触らないよう心掛けたり、密集、密接、密閉という「3密」を避けたりすることが重要です。また、マスクは“ウイルスがマスクの繊維を通過してしまうので効果がない”と言う人もいますが、手に付いたウイルスが口に入ることを防ぐ効果があることから、感染予防にも有効と考えます。

  

 ――ウイルスの正体を知ると、どこに気を付けるべきかが明確になります。

  

 人との間隔を空ける、対面ではなく横並びで食事をするなど、政府の専門家会議が提言する「新しい生活様式」も、こうしたウイルスの弱点を踏まえて行動することを意味します。大事なことは、正しい知識をもとに、何が感染につながるのかを一人一人が考えて生活することです。

 また感染症には、人と人の接触を避けなければならない面があることから、地域や社会を分断してしまう側面があります。その点、現代は電話やメールなどで周囲の人々と連絡を取り合うことができ、その中で正しい知識を共有したり、不安に思う人々を支えたりすることもできます。そうした励ましの絆も、立派な感染症への「応戦」につながるのではないでしょうか。

 今後も、新たなウイルスのパンデミック(世界的流行)が起こらないとも限りません。私は、そうした時代が来たとしても、人類が乗り越えていける「応戦」の土台を今、創価学会の皆さんと手を携え、築いていきたいと思っています。

 

 やまもと・のりお 1969年、千葉県生まれ。医師、医学博士。東京医科歯科大学大学院ウイルス制御学講座助教、国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第5室室長、順天堂大学大学院感染制御科学講座准教授などを経て現職(基礎医学系・生体防御学)。

 

2020.5.20付聖教新聞1面2面

 

新型コロナと今後の社会

2020年5月19日

自国優先ではなく人類益へ連帯を

Gaviワクチンアライアンス

 オコンジョ=イウェアラ理事長

 

 新型コロナウイルスがもたらした危機を受けて、社会の在り方が改めて問われている。開発途上国の子どもたちへの予防接種支援を行う国際団体「Gaviワクチンアライアンス」のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ理事長に話を聞いた。(聞き手=南秀一)

 

 ――Gaviが設立された経緯を教えてください。

 まず、このたびの新型コロナウイルス感染症で亡くなられた全ての日本の方々に、心からの哀悼の意を表したいと思います。また、医療従事者をはじめ、感染症との闘いの最前線で尽力されている皆さんに、この場をお借りして、世界中が感謝し、応援していることをお伝えしたいと思います。

 Gaviは発展途上国の子どもたちにワクチンを提供するため、2000年に世界経済フォーラムの年次総会で発足しました。ユニセフ(国連児童基金)やWHO(世界保健機関)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などと連携しながら、これまで7億6000万人の子どもたちにマラリアをはじめとする感染症の予防接種を提供し、1300万人以上の命を守ることができました。

 治療する方法が存在するにもかかわらず、国に経済力がないために子どもたちが命を落とすことなど、あってはなりません。私たちは今後5年間で、さらに3億人の子どもたちに予防接種を提供することを目指しています。

  

 ――ワクチン開発への投資は、持続可能な社会を築いていく上でどのような意義を持つのでしょうか。

 今回の世界的な感染拡大は、ワクチンの本質的な重要性を明らかにしました。殺傷力、感染力ともに強力なウイルスから身を守るためには、ワクチンが唯一、継続性ある解決策なのです

 新型コロナウイルスがもたらした損失は、経済の側面でも計り知れません。IMF(国際通貨基金)の発表によれば、本年の世界全体の実質成長率はマイナス3・0%に落ち込むと予測されており、世界中で多くの人々が職を失うことになります。西アフリカで起きた“エボラ危機”の際も、同地域では収入が激減し、多くの失業者が生まれました。

 その教訓から学ぶべきは、効果的な治療法の発見に注力しなければ、世界経済は大きな損失をこうむるということです。その意味でワクチンへの投資は、命を守るためにも経済を守るためにも重要なのです。

 

命を守り未来を守るため保健制度の強化が急務

ワクチンは世界の「公共財」

 

 フランスで新型コロナウイルスの研究に取り組む科学者。今、世界各地でワクチンの開発が進められている(AFP=時事)

 ――新型コロナウイルスのワクチンは、世界中で熱望されています。開発された場合、先進国にも途上国にも平等に行き渡る仕組みをつくることはできるのでしょうか。

 

 まさにそれこそ、私がWHOからCOVID―19ワクチン開発のグローバル特使に任命された理由の一つであると思っています。

 新型コロナウイルスのワクチンは、世界中で研究・開発が進められています。いつ開発されるかは、まだ分かりませんが、一部の国や企業がその利益を独占してしまう危険性があります。そうならないために、世界の民衆の声が大切なのです。

 つまり、経済学の用語になりますが、開発されたワクチンは世界の「公共財」であるという認識に皆が立つことです。万人に提供可能なワクチンが開発されたとして、いかなる団体、個人も、その知的所有権にしがみついてはなりません。誰人も、ワクチンを必要としている人に十分提供できるようにすることを妨げてはならないのです。そのためには、ワクチンが世界の公共財であると宣言することです。

 莫大な資金を投じたワクチンの権益を省みないことには、葛藤もあるでしょう。まして現下の経済状況では、そうした思いは強くなるのかもしれません。

 だからこそ今、世界が一つになって人的資源、物的資源を出し合い、貧しい人も豊かな人も誰もが平等に扱われるようにすることが重要です。自己の利益を超えて、人類の利益という視点に立てるかどうか――ここに、今回の危機を通して人類が直面している課題があります。

 全ての生命には等しく価値があります。お金がないことが、医療を受ける順番が後回しにされ、ワクチンを手にする前に死ななければならない理由になってはならないのです。

  

 ――保健衛生分野における対応として、今後、各国にどのような変化を期待しますか。

 今回の危機を経て、世界が以前と同じ状態に戻ることはないでしょう。とりわけ二つの点で、大きな変化があります。

 

 一つは、世界の連関性のさらなる深まりです。新型コロナウイルスの感染拡大は、旅行や貿易、物流などを通して、いかに私たちが分かちがたくつながっているかを、世界に改めて思い知らせました。

 世界のどこかで起きたことは、即座に他の場所に影響する。それはつまり、これまでのような自国優先の内向きの態度では、かえって人々を危険にさらすことを教えています。もちろん、自国を優先すること自体を否定するものではありませんが、パンデミック(世界的大流行)のような事態に対しては、団結し、協力しなければなりません。私たちは態度を改めなければならないのです。

 もう一つは、保健制度の脆弱さです。先進国でさえ、検査キットやマスク、病床が不足するという事態が起きました。低所得国の状況はさらに悲惨です。次のパンデミックに備えて、世界的に保健制度の強化が急務です。

 今後、薬品や医療器具等のサプライチェーン(部品の調達・供給網)の在り方も変化していくでしょう。この期間、医療品や設備を海外から買い占めるという事態がありました。どの国も国内の需要を満たせるだけの体制を整えていくことになるでしょう。それは保健体制の強化にもつながるものです。

 

 ――創価学会青年部も、SNSやウェブサイトを通し、あらゆる感染症のワクチン量産に向けてGaviが進める署名キャンペーン「Sign For Life」への協力を呼び掛けています。次代を担う青年に、改めて今回の危機から学ぶべき教訓を教えてください。

 

 青年の皆さんに心に刻んでほしいのは、人類が直面している課題は、誰も一人では解決できないということです。だから連帯し、協働することが不可欠なのです。

 今回のようなパンデミックは、残念ながらこれが最後ではないでしょう。多くの科学者が、新型コロナウイルスは北半球で秋ごろに再び勢力を強めると予想しています。いずれにしても今後、世界的な感染拡大がないとは言えません。

 大切なのは、今、準備をすることです。ワクチンを世界の公共財と宣言することをはじめ、持続可能な社会へ動きだすべきは今であるということです。

 皆が問題解決に協力できる社会の構築に向けて、共に頑張りましょう。

 

 【プロフィル】経済学者。アジアやアフリカ、ラテンアメリカ等で30年以上にわたり開発に携わる。ハーバード大学で修士号、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。ナイジェリアの財務大臣、外務大臣、世界銀行副総裁などを歴任し、2016年より現職。

2020.5.19付聖教新聞1面2面

 

学会が「再エネ100宣言」に参加

 気候変動問題への対応の一環 

2020年5月12日

 

 持続可能な地球社会構築への取り組みの一環で、創価学会はこのほど、法人として「再エネ100宣言 RE Action」(https://saiene.jp/)に参加した。

 これは、各参加団体が2050年を目指して使用電力を100%再生可能エネルギーに切り替えることを宣言・実践することで、太陽光や水力などの再生可能エネルギーの利用を広く促していく取り組み。

 2014年、企業活動で消費する電力

を全て再生可能エネルギーでまかなうことを目指す国際的な企業ネットワーク「RE100」が発足。気候変動への対策として国際的に脱炭素化の流れが強まる中、再生可能エネルギー需要の高まりの動向を発信し、そうした動きを加速させてきた。「再エネ100宣言 RE Action」は、日本国内でも同様の機運を高めるべく、昨年10月に発足したもの。

 今後、総本部をはじめ全国の会館などで引き続き着実な省エネを推進するとともに、再生可能エネルギーへの100%転換を目指した取り組みを行う。さらに、同エネルギー普及に関する提言などに協力していく。 

 

2020.5.12付聖教新聞1面

〈危機の時代を生きる〉

 

在留外国人が直面する悩み

「情報不足」と「仕事」 

 

 公益財団法人

 日本国際交流センター

 毛受敏浩 執行理事
2020年4月29日
インタビュー
 

 新型コロナウイルスの感染拡大は、日本で暮らす外国人にも特有の困難をもたらし、顕著な影響を及ぼしている。そうした現状に目を向けることは、新型コロナに立ち向かう社会を考える上で不可欠ではないか――民間の立場で国際協力を推進する公益財団法人「日本国際交流センター」で執行理事を務める毛受敏浩氏に、そうした観点から電話で話を聞いた。(聞き手=金田陽介)
 ――新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言が全国に拡大(今月16日)しています。日本の在留外国人数は、過去最高の283万人(※注)で、人口の2%以上。そうした人の仕事や生活には今、どんな課題が生じていますか?
  
 大きくは2点、「情報不足」と「仕事」の課題があります。


 まず「情報不足」について。
 例えば、これは熊本市の知人から聞いている話ですが、行政や関連機関に、「外国人はどこでPCR検査が受けられるのか」といった相談が増えています。先月は「トイレットペーパーがなくなるというのは本当か」「マスクや消毒用品はどこで買えるのか」などの相談も多く寄せられていました。外国語での、信頼できる情報が少ないのです。


 次に、「仕事」についてです。

 在留外国人の方は、派遣など非正規労働の方が非常に多い。社会の経済状況が悪化すると、こうした人が真っ先に雇い止めや解雇などに遭い、生活が不安定になります。外国人が「雇用の調整弁」のような形で雇われているケースもまだまだ多く、そこに、最初に経済混乱のしわ寄せがいくのです。
 ほかにも、留学生から「内定が取り消しになった」という声もあります。
  
 ――1点目の「情報不足」については、「言葉の壁」が大きいですね。
  
 近年の望ましい変化として、政府や地方自治体で、多言語や「やさしい日本語」による情報発信が増えているという点があります。ただ、状況は自治体によって相当ばらつきがあるようです。また、日本人は日々オンタイムで最新の情報を得られますが、翻訳された情報となると、手元に届く頃には1~2週間が過ぎている、という場合もあります。
 (注)昨年6月時点。出入国在留管理庁の発表に基づく。「在留外国人」とは、3カ月以下の短期滞在者を含まず、永住者や中長期在留者、技能実習生、留学生等を指す。

 

困難の中で他者を思う
今は「想像力」を鍛える時

 
 在留外国人も今、それぞれの、仕事や生活の苦境に立ち向かっている

 もう一つの課題は、多言語での対応が、なかなか「問題解決」までは行きつかないということです。
 例えば、多言語対応の窓口に寄せられた「PCR検査を受けたい」という相談に対して、「ここに電話してください」という対応はできる。でも、指定された先に電話してみると、そこでは日本語での対応しかなく、らちが明かないということもある。困りごとに対して「困りましたね」というところで終わってしまい、本当の問題解決になりにくいのです。
  
 ――ウイルス感染拡大という状況ならではの難しさもあります。
  
 例えば、地震などの災害は、過去の知見の積み重ねもあり、有事に起こることが、ある程度は事前に想定できます。避難所の場所、その中での対応手順や掲示物など、すでに多言語化された情報がネットでも共有されており、いざという時にダウンロードして活用できます。
 ところが、今回のように、これから何が起こるか分からない、いつ収束するかも分からないという状況だと、事前に構えが取れない面もあります。
  
 ――2点目の「仕事」についても、さまざまな対応が取られています。
  
 出入国在留管理庁は先日、新型コロナの影響で働く先を失った外国人技能実習生などに対し、1年間、別の職種への転職も認めることを発表しました。
 厚生労働省は、「新型コロナウイルスにより会社の経営が悪くなっているときでも、外国人であることを理由として、外国人の労働者を、日本人より不利に扱うことは許されません」と明示しています。休業手当や年次有給休暇についても同様です。
 こうしたことは非常に大事だと考えます。日本が外国人のことをきちんと待遇する国だという国際的なメッセージにもなり、日本で暮らす外国人も安心できます。
 いずれにせよ、世の中の皆が同じ不安の中で、目の前の情報を追うのに精いっぱいになり、他者に思いを寄せる心を持ちにくくなる。そうした中で外国人の支援をするということは、非常に困難を伴うことを感じています。
 考えねばならないのは、外国人には特有の不安もあるということです。日本に残るか母国に帰るかの板挟み、また、帰りたくても今の状況では帰れない、などの不安や悩みがあります。
 加えて、社会の緊張が高まるにつれて差別や排斥の空気が深刻になるのでは、という不安を持つ人もいます。


勇気づけ合う発信を


 ――確かに今は、他者に意識を向けにくい社会状況といえるのかもしれません。
  
 日本社会の、包摂の力が試されていると感じます。宗教の役割もそうかもしれませんが、「危機の中でも他者の苦しみを思う力」という意味での、想像力が試されています。それができるかが社会の成熟度、ということにもなるのでしょう。
 もちろん自分も大変だけれども、社会には立場の厳しいさまざまな人がいる。その一つの大きなカテゴリーが外国人であり、そうした方々への想像力が求められています。
 宗教団体には、弱者に寄り添うという本来的な役割を、今の社会状況の中で果たしていただけることを望みたいです。
 また、直接的な接触を控えねばならない状況の中、それでも一人一人が誰かとつながっているのだというメッセージ、苦しいけれど負けずに現実に立ち向かう姿などを、メディアが発信していくことも非常に効果的だと考えます
 誰もが不安だからこそ、皆で力を合わせて頑張りましょうというメッセージを届け、勇気づけ合う――今まさに貴紙が取り組んでいるような発信が、特にこういう社会状況の中では重要だと思うのです。
  

個人としてできることは

  
 できれば、周囲の人に声を掛けること。困っていませんか、お子さんはどうですか、と。もし自分が外国でこの危機に遭ったらどうか、と考えてみるといいでしょう。一言、声を掛けられるだけでうれしく、安心できると思います。
 もちろん、なかなか難しい面もありますが、私も外国人の方に声を掛けてみると、さまざま不安な思いを抱いていたり、情報を捉え違っていたりということがあります。


「本音で語る」社会へ


 ――感染拡大が終息に向かっていったときは、社会のさまざまな在り方や感覚が、大きく変わるのではないかと感じています。
  
 日本の「コロナ終息後」は、諸外国と違う形になるのではないかと思います。

日本は高齢化、

人口減少が急激に進んでいるからです。

中小企業の多くは後継者不足で、

2025年には団塊の世代が75歳以上になります。

 

 働いていた高齢者が、コロナ終息後は一気に退職に向かう、ということも考えられます。

 

 今の日本は毎年、人口が50万人ずつ減って、外国人が20万人ずつ入ってくる状況になってきています。

 日本で頑張りたいという若い外国人材を増やしていく制度設計など、これまでにない大胆な発想での施策を行っていけるかが“終息後”の日本を考えるカギになるでしょう。

 具体的には、別の職種への転職を認めた技能実習制度を、19年にできた「特定技能」に吸収し、定住への道を開くことなどです。
  
 ――その意味でも、多様な他者と共に生きていくための「想像力」を、今のうちから鍛えておく必要がありますね。
  
 同調を求めるのではなく、多様な他者の可能性を引き出し合っていくという発想が必要になるかもしれません。そのためには「深いコミュニケーション」が必要です。つまりは、本音で語り合うこと。目の前の課題に対して一番いい解決策は何なのかを、きちんと突き詰めることです。
 それは、いわば“面倒くさい”ことです。でも、そこから逃げずに議論を重ね、きちんと最善の道を見いだしていくという作業が不可欠になります。仏教の言葉でいえば、慈悲をもって人と接し続けていく、ということになるでしょうか。
 従来と違う価値観や、他者にない背景や経験を持つ人は、物事に違う光を当てられる人、ともいえます。そうした人たちと丁寧に議論を重ねる中で、今までは見えなかったものが見えてくる。コロナ終息後の日本は、いよいよ、それを逃げずにやらねばならない社会になっていくのではないかと思います
 めんじゅ・としひろ 1954年生まれ。徳島県出身。慶應義塾大学法学部卒、米エバグリーン州立大学大学院修了、桜美林大学大学院博士課程単位取得退学。兵庫県庁を経て、日本国際交流センターに勤務。慶應義塾大学等で非常勤講師を歴任し、現在は新宿区多文化共生まちづくり会議会長。『自治体がひらく日本の移民政策』(明石書店、2016年)、『限界国家 人口減少で日本が迫られる最終選択』(朝日新書、2017年)など著書多数。

2020.4.29付聖教新聞1面

広がる新型コロナウイルス

医療社会史から見た感染症

2020年4月7日

聖教新聞10面

小俣和一郎

大戦終結させたスペイン風邪
経済優先の世界見直す作用も
 
 2020年は、思いも掛けず新型コロナウイルス感染症騒動で始まった。もっとも、日本でこの問題が深刻味を増したのは、感染患者が集団発生した大型クルーズ船検疫を巡る対応や国内での感染者が増加した2月以降のことである。

 ところで、歴史上このような新しい感染症が現れ、それが広域に伝染して、いわゆるパンデミック(世界的な流行)の状況が出現したとき、人間社会がどのような反応を見せてきたのかを顧みると、そこには驚くほどの共通点が見いだされる。
 新しい感染症であるから、それに対する免疫を持つ人はなく、治療法もないという点で、大きな不安と恐怖心を呼び起こす。そうした感情は本来身を守るためのポジティブなものであるが、集団心理となると、社会にとって逆にネガティブなものともなる。
 その最も極端な例が感染源とみなされた人々への攻撃であろう。
 ヨーロッパ中世におけるペスト大流行に際してのユダヤ人焼き殺し、いわゆる魔女狩りの一部などがその例といえる。さほど極端ではなくとも、今回のコロナ危機における外出制限のエスカレートや買い占め騒動なども、そうした人間の集団心理が深く関わっている。
 そうしたこともあって、「コロナブルー」とか「コロナ疲れ」ともいわれる何とも表現しがたい鬱積感、圧迫感がまん延している。

繰り返される 

 もっとも、感染者を隔離するという行動は公衆衛生上の基本的な手段であり、検疫という英語のクアランティン(語源はイタリア語のクアランテナ=40)も、町の外の港に船を乗員ごと40日間停泊させ、異常がなければ上陸を許可したことに由来する。その起源は14世紀の都市国家ベネチアといわれる。
 この手法は現代の世界でもなお医学的に有効とされるので、冒頭に触れたクルーズ船検疫のような対応は基本的に間違ってはいない。ヨーロッパ各国のような陸続きの国で国境を封鎖して入国者をとどめ置くというのも、同じ意味で誤った対応とは言えない。
 しかしながら、集団心理が昂じてパニックが広がれば、先に述べたような集団虐殺、人種差別、露骨な買い占め騒動などに結び付き、本来何の科学的根拠も持たない行動となって現れる。こうした非科学的な集団行動は、未知の感染症が流行するたびに歴史上、繰り返されてきた。
 医学の歴史を専門に研究する分野を「医学史(または医史学)」というが、その周辺には最近になって、さまざまな関連分野が生まれている。感染症と人間社会との関わりを研究テーマとする領域も「医療社会史」ないしは「医療文化史」などと呼ばれることがある。
 ただし、こうした領域の定義や境界はまだ定まっていない。しかし、今回のコロナ危機のように、パンデミックを引き起こし、しかもそれゆえに世界経済にも大打撃を与えつつある事態に対しては、そうした新しい領域の研究者も大いに関心を持たざるを得ないであろう。

 

自然共生的

 

 

 ところで、医療社会史的に分析してみると、これまでのパンデミックのような広範な感染症の流行は、一方で上述のような非科学的で非人道的な愚行を繰り返し生むのだが、他方で人間社会全体にとってはむしろよい結果というものをもたらしてきた歴史も見ることができる。
 例えば、1918年に発生した「スペイン風邪」のパンデミックがその一つであろう。この大流行の発生源はいまだによく分かっていないが、その流行がスペインで大きく報じられたことからスペインの名称を冠してこう呼ばれる。また、その正体はインフルエンザウイルスであった。
 しかし、当時はなおこのウイルスに免疫がなかったため、またたく間に世界中に感染が広がった。日本でも多くの人が感染し死亡した。世界的には5億人以上が感染、死者も5000万人以上といわれている。この膨大な数の感染死、とりわけ若者の死によって徴兵に支障が出たため、こう着状態にあった第1次大戦が終結(18年)したともされる。

 

ウィルスによる世直し

 

 今回の新型コロナウイルスのパンデミックはまだ収まらず、一日も早い終息を祈るばかりだが、各国が検疫目的で移動制限を実施したことで旅行者数が激減したのに伴い多数の航空便もストップし、工場の休業で石炭排出ガスなどが減少し、かえって空気が浄化され、パンデミック前までは国連をはじめ多くの学者らが警鐘を鳴らしていた地球温暖化にさえ一時的な歯止めがかかったかもしれない。

 

 つまり、ウイルスという微生物が、人間界に対してあたかも「世直し」のように作用しているということである。もちろん、それに伴う多くの犠牲者、経済的影響は見過ごすことはできない。だが、長い目で見れば、バブル経済のような過度の株価上昇、地元住民にとっては迷惑この上ないオーバーツーリズム、地球規模での気候変動などが抑制されるという結果につながるかもしれない。

 また、テレワークのような勤務形態の促進、経済最優先の成長主義の見直し、地球環境に配慮した自然共生的生き方の拡大などにつながる可能性はないのだろうか。

 よくウイルスVS人類のようにあたかも戦争にたとえ、闘争心を煽るが、感染症という病気自体も自然のなせる業である以上、それを真に克服できることにはつながらない――医療社会史がわれわれに教えていることも、そのようなことではないか。(精神医学史家)

 おまた・わいちろう 1950年、東京都生まれ。精神科医。著書に『近代精神医学の成立』『異常とは何か』『精神医学史人名辞典』、訳書にラング『アイヒマン調書』、グリージンガー『精神病の病理と治療』などがある

 

世界広布新時代

創立90周年へ

前進・人材の年

(2020年)

2013.11.18

祝広宣流布大誓堂落慶

更新日

2020.6.1

第1682回

  

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